2008.03.30 22:04 |  趣味  |  車 / バイク/ 船  |  その他(一般)  |  ふーさん  | 推薦数 : 0

桜エビと焼きそば

ふーさんは、バイクに乗る(プロフィールを見れば一目瞭然ではあるが)。
今日は、バイクの友人と一緒に、静岡県の由比に出かけた。
第一目標は、桜エビのかき揚げ、第二目標は富士宮の焼きそばである。

前日
 天気予報は曇りのち雨。さてどうしたものか? やる気はあるが、冷たい雨はどうしても、困る。
「どうする?」とメールしたら、「集合時間を早くして、GO! GO!」とのこと。ふふん、やるき満々じゃないの。じゃあ、私もやらなくっちゃあね。

当日
 朝6時に起床。仕事で起きるのは辛いが、こういうことなら、一発で目が覚める。自宅から高速の入口は近いので、すっと乗ってしまった。バイク用のETCを早くつけなくっちゃ、割引ないなあと感じた。 集合地点には一番乗りだった。朝食をとって、仲間と待ち合わせ。仲間の一人は、20年選手の400ccで参上。ずっと一人でこつこつと修理してきて、先日やっと仕上がったとのことで、走りたくてうずうずしていたようだ。

 法定速度までしか出せない ということで、彼のペースにあわせて、清水ICまで移動する。 排気量が、1/3以下のバイクのペースにあわせたので、眠い眠い。 半分寝ていた というのは、こういうことなんだろうなあ と妙な実感を得る。

現地到着!

集合時間がはやかったこともあり、店は開店前。仕方なく、周囲を散策。 小さな町ではあるものの、桜エビに特化した観光誘致の方法に、町の頑張りを感じた。
土産物屋は、「パラダイス」のネタになりそうなお店が多かったような気がした。 で、開店と同時にお店には行ったら、すぐに予約客でいっぱい。バスで乗り付けているらしい。
お味の方はというと… 生桜エビ というのは、今ひとつ? かな? でも、かき揚げは確かにおいしい。私が一番おいしいと思ったのは、実は、味噌汁だったりする。 エビの風味があって、意外とおいしかった。

食後、雨の天気予報が気になり、富士宮まで行くのは断念。 代わりに、浜名湖SAで、富士宮の焼きそばの屋台がある とのことで、そこで立ち寄って食べてみた。 SAでは長蛇の列であった。屋台では、次から次へと焼きそばを作っていたのだが、予想に反して、簡単そうに作っている。 「大丈夫か?」と思ってが、さすが、自慢の品だけあって、かなりうまい。ソバが違うみたい。満足した我々はそこで開散し、それぞれ帰路についたのであった。

やっぱりツーリングはいい。 何も考えずに、ただぼーっとしていられるから。 完全に仕事から離れて、仕事の話を一切しない友人たちと、くだらない話をしながら、食事をしたり、バイクに乗ったりとする時間が、私にとっては非常に貴重なリフレッシュの時間である。 リフレッシュは終わったので、仕事に戻ろう! と思えるような一日だった。

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2008.03.23 10:14 |  研究  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  ふーさん  | 推薦数 : 2

KYとそうでない方々

KY:空気を読めない奴 というそうだ。
私はいったい誰が空気を読めるんだろうか? このぎすぎすした社会で、本当に空気が読める奴がいたら、この社会、そんなにぎすぎすしないんじゃないの? と思う。

自分の周囲で、KYはいっぱいいるけれども、KYじゃない方というのはどんな方なんだろうか? と考えてみた。
大学内にも、ごく一部であるが、この方はKYじゃないよな というのが数人いるように思う。

何が違うのか? 彼らの行動パターンと、KYの行動パターンを比べてみた。

我々の仕事は、どうしても周囲の方々(連中)との協調が必要となるが、KYとは思われない彼らは圧倒的に周囲との協調性があるのだ。 ただ単に仲良し というレベルではない。お互いに意見を言い合い、受け入れるという作業を繰り返してできるある種の「信頼」「安心」を与えているように思う。
自分のワガママを時に言ったりする。そういう面ではKYなのか?と思わせるが、その後のフォローが入るかどうか? が大きく違うのだ。単なる気配りとはだいぶ違うように思う。

もう一点違う点がある。
彼ら(KYと思われない方々)は、展望を持っている点である。
1ヶ月先、半年先の展望あるいは野望、こうなっていたいという姿を持っていて、それに向かって突き進んでいるのが、周囲に見えるのである。ついて行くか行かないかは別の問題だが、彼らの方向性は明確で、そのためにどう動くか? ということを考えている。ある意味強引なので、その点ではKYといえるのかもしれない。しかし独自のフォローの方法をつかって修正をかけてくる。

日常の仕事に毎日毎日追われていると、つい周囲が見えなくなることが多い。気づかないうちに、周囲とのトラブルを起こしていることもあるだろう。そんなことは解っている、が、倒れるほど忙しくて、それどころではない という方もいるとは思う(自分も含めて)。 

しかし、10回に1度ぐらい気がついてもいいのではないか? 気がつきたい と思う。

木蓮の花が町に咲き出しました。もうすぐ春がくるんですね。
カレンダーの日付だけ春を感じるのではなく、周囲の景色から春を感じたいですね。


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2008.03.20 00:15 |  研究  |  その他(一般)  |  ふーさん  | 推薦数 : 1

最終講義と残された方々

今日、ある教授の最終講義に出た。
その講座(昨今、大学では正確に分野と呼ばないといけない)の後釜を決める選考委員のメンバーであるので、とりあえず出ることにした。

もともと、積極的に大学内で動くといった教授ではなかった。
おかげで、まわりの人間は、とんでもなく大変な苦労をしていた(ようだ)。

挨拶した他の教授のコメント
「教授会で議論が緊迫した際に、先生が発言されると、気分が和んだ」
「このストレス社会でストレスフリーでいらっしゃる姿に憧れました」

要するに、教授会で素っ頓狂なことを言って、周囲に「へっ?」と思わせたという情景が目に浮かぶ。

退官後は、コンサルテーションをするらしいが、それほど積極的に大学に関与することはないらしい。

大学内ではどうしても政治やら、学内の雑用やらに巻き込まれて、それこそストレスばかりなのに、ストレスフリーであり続けたのは、ある意味すごいことである。

退官される教授が学生だったころは、ちょうど学生運動が盛んだった頃だったはず。昔のことだが、一度だけ聞いたことがある。
「先生が学生の頃は、石投げてたんですか?」
「いやあ、私の友人なんかは、もの凄かったですけれどね、私は陰に隠れて本ばかり読んでました」と。

その頃からだったのね。悟りを開いていたのは。

大学には様々な教授がいるし、その性格も様々である。
教授というよりは政治家というタイプの方から、研究者というタイプの方までいろんな方がいる。
信念に燃える方、とりあえず自分の人生をエンジョイする方。

教授一人の人生ならば、それはそれで良いのかもしれない。
問題は、残された方々はこれからどうすれば良いのか? という点である。

私はどれが良いとかどうすべきだ という立場にはないものの、
大学が教育機関であるということから考えれば、せめて学生あるいは後進を育てる ということに、もう少し責任を持って頂きたかったと思う。

教授選考の過程で必ず問題となるのが、残された方々の処遇である。一人でもやっていけるという立派な方々だと、そんなに問題はないのだが、後進となる人間が数人いる場合、あるいは全くいない場合など、残された方々の立場に立つと、「いやあ、私の人生楽しいです」と堂々と言われると、少々複雑な思いがする。

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2008.03.13 20:42 |  研究  |  その他(医療関連)  |  ふーさん  | 推薦数 : 1

いい論文を書きたい

査読をしていて、ふっと思った。
「最近、論文書いてないなあ」

ネタがないのではない。ただ忙しくて書いていないだけ。
(これは弁解)

ついでに言うと、小ネタが多い。

小ネタを組み合わせて、良い論文にしたいと思っているのだが、その組み合わせを、ああでもない、こうでもない と考えているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまう。

大学院生には、「ホームランばかりを狙うんじゃない、アベレージバッターが必要なの」と偉そうなことを言う割に、自分がホームランを狙っている。

ここまでで書いてしまおう という踏ん切りがなかなかつかない。
とほほ~ だめだなあ。

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CBT試験の監督をやってくれと言われた。
CBTってなんやねん! と思われる方も多いと思うが、
要するに、BSLをはじめる前に、学生に勉強しておいてもらおうと、全国レベルでコンピューターを用いて質問に答えていく という試験である。

で、行ったら……
学生は黙々と画面に向かって答えるのみ。

そりゃ、画像も鮮明だし、国家試験と同じように選択方式だし……
でも、何か違うと思う。

こんなことを書くと、国家試験の問題がけしからん と思われるかもしれないが、
我々は患者さんあっての商売。
目の前に、生きている患者さんがいないことには、商売にならないし、疑似体験にしたって、患者がいないことにはしょうがないと思うのだが。
いっそのこと、動画つきで、患者さんに主訴を言ってもらい、
「それではここで質問です……」なんてことはできないか?
(問題作成の立場からしたら、面倒だわな)

子供の塾ですら、DVDで売れっ子教師が講義をするという時間帯があるらしい。
ひょっとしたら、医学教育、とくにマイナーな基礎医学の分野なんかは、著名な先生の講義のDVDを見せて終わり ってやるかも?

教師としての立場からいけば、学生の反応を探りながら、講義の内容を進めていくのが、なまの講義の売りでしょう?
医師としても、自分の発言と患者さんの反応を見ながら、診察を進めていくというのが、本当の診察のはずだし、ライブでなければ意味がないのでは? と感じた。


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私は講師だったのである。
が、ある日「准教授」にしてやる と言われた。
してやる? という言い方も少々「?」ではあったが、
多少給料があがるのならば、それも良いかな? と思った。

「じゃあ、書類だしてね」「へっ?」
書かないといけない書類の多いこと多いこと。
これじゃあ「教授選」に出てくる書類と、ほとんど同じじゃん!

しかも、学会発表を最初から書いてね ときたもんだ。
「最初の発表って何だった? いつだった?」
寄る年波にアルツハイマーか? と思っている奴に「最初の発表の演題、年代、場所を書いてください」というの? それってまるで拷問みたい。

あれやこれやと時間が過ぎたものの、書類を提出した。
こないだ教授会でパスしたらしい。

世間でよく言われます。
「准教授昇任、おめでとうございます」

「へっ? ああ、そうだったね」としか答えられません。
そう、何も変わらないのです。
私がなったのは、准教授(講師)という位です。

給与体系は、講師のままです。仕事内容は准教授です。
だったら、仕事の内容は変わるのか?
そう、変わらないのです。何も……

とほほ~

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