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今、日本の医学会は、iPS細胞の山中教授が間もなく発表されるノーベル医学生理学賞に選ばれるか?、について結構沸いているそうな。
同世代の私たちのヒーローとして、是非受賞して頂きたいと、節に願っている。
が、今の日本の科学の世界では、税収が落ち込む中研究費のみならず大学の運営交付金までが削減される方向で、わが国の科学研究の裾野は間もなく瀕死の状態に近くなるだろう。
その中で結構元気がよいのが再生医療で、「なんだかなぁ・・・?、ホントに患者さんへ使えるの??」という怪しげな研究まで、億単位のグラントが付いている。羨ましいものだ。
私は、「再生医療は、わが国では絶対に根付かない!」と読んでいる。これは絶対当たる。間違い無い。
再生医療は品質管理が極めて面倒かつばらつきが大きいので、余りにもコストパフォーマンスが悪すぎるためだ。
ただでさえ医療費抑制が急務なのに、コストが高額、さらに数をこなせない再生医療に、あざとい製薬企業が乗ってくるはずがない。J-TECが良い例だ。保険適応された日本初の再生医療も、厳しい使用制限のため、売り上げが伸び悩んでいる。
つまり国民皆保険制度と再生医療は、コストパフォーマンスの面で、絶対に整合性が保てないのだ。
かたや、私は今でも細々と遺伝子治療の研究と臨床試験を進めている。
今や厚生科研の研究細目からさえ外されてしまい、絶滅危惧種とさえ言われる遺伝子治療も、また瀕死の状態である。
研究費の審査員である偏狭な考えを持った科学者や、財務省から予算をぶんどるために流行にしか目が行かない官僚さんのおかげで、「遺伝子・・・」と名前が出ただけで、まずそこそこの研究費は付かない。そのため私を含め、この分野の研究者はずいぶんと煮え湯を飲まされている。
日本では、遺伝子治療の臨床試験をするだけで、とてつもない労力が発生するのに、研究資金を確保することさえ大変なのだ。
一方海外では、地道な進展が見られている。
先天性免疫不全症やレーバー先天盲での成功、そしてつい最近である9月16日のNatureに、beta-サラセミアに対するHIVベクターでの成功が報告された。
たった一例報告なのに、Natureである。すごい!
それほどこの治療法には、医学上のインパクトがあるということだ。(ただ、ベクター挿入部位近傍のHMGA2を高発現するクローンの増殖が見られている。悪性化ではないが、少し気になるところである)
科学・医学の進歩は、広い裾野と一見ムダに見える研究から生まれてくるものだ。
科学への投資は未来への投資である。
そのことを軽視し、効率性のみを追い求め、偏狭なモノの見方しか出来ない日本の科学技術政策は、やがては取り返しの付かないところまで行くだろう。
第2の山中教授がわが国から出てくるか、は、はなはだ疑問である・・・。
ちゃんちゃん!
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以下、ちょっと前の記事だけど・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
09年度医療費、35.3兆円=7年連続で過去最高を更新―厚労省
8月16日17時11分配信 時事通信
厚生労働省は16日、2009年度の医療費動向調査の結果を発表した。医療保険と公費から支払われた概算医療費は前年度比3.5%(約1兆2000億円)増の35兆3000億円となり、7年連続で過去最高を更新した。高齢化の進展に加え、医療技術の高度化が医療費膨張の要因となっている。
70歳以上の高齢者医療費は4.6%増の15兆5000億円となり、全体の44.0%を占めた。この構成比率は統計を取り始めた2000年度(37.7%)から上昇を続けている。
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医療費、上がりっぱなし・・・。
でも少しでも削ると、アッと言う間に医療崩壊・・・。
どうしたら良い??
ここでオレ様的医療費膨張抑制政策、第一弾を。
政治家の皆さん、心して検討するように!!
以下は、全体の20%(=7兆円)を占める「医薬品」の場合。
考え方は簡単!
1)特許切れの医薬品は全て国民皆保険でカバー
2)特許が生きている「新薬」は高額なので、民間保険を活用
という二段構えの保険制度にする。
国民皆保険が使える薬と、使えない薬を、特許の有る無しで決めるのだ。
これしかない!
言わば、日本とアメリカの折衷案だな。
色々と反対意見はあると思うけど、このまま放置するとギリシャの二の舞。国が破綻するぞ!
特許切れの医薬品は、10〜20年の使用経験があり、既に安全性や副作用も十分にわかっているし、ジェネリックも参入できるので、競争原理が効く制度に切り替え、自然に支出抑制傾向になるように仕向ける。
そしてここだけ国民皆保険がカバーするようにする。
さらに抑制するなら、できるだけ「ガスター10!」のように、出来るだけ薬局へ置くように切り替えていくべし。
一方、新薬はとにかく高い傾向なので、ここは民間保険に加入する人だけが享受できるようにする。
新薬は高い価格に見合ったものかどうか、もともとよくわからないし、製造販売が認可されても副作用が起きたり、その後に作用が不十分で適応を取り消されることもあるのだから、そのような部分を国が対応してあげる必要は無し! 自己責任!!と割り切る。
また先進医療は、既に民間保険が頑張り始めているので、これを奨励し、益々促進する。
まあ、これで約半額(3.5兆円)くらいになるかなぁ・・・。
え、これでも1割減に過ぎない???
う〜ん・・・
じゃ、次回はさらに提案することにしよう!!
ちゃんちゃん!!
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日経BPに面白い記事を見つけた。
一部引用します。
〜〜〜〜〜〜〜〜
タイトル:そういえばこんな施策がありました・・・、「革新的技術推進費」が年度末2カ月前に採択
総合科学技術会議の科学技術担当大臣・有識者議員会合は2010年1月28日、「革新的技術推進費」で支援する3つのプロジェクトを決定した。
(中略)
<最先端プログラムの登場で存在意義があいまいに>
そもそも革新的技術推進費は、09年度本予算で新規に60億円が認められた科学技術関連としては大型の施策だった。総合科学技術会議の主導で、世界でトップレベルにある革新的技術のうち、研究開発を加速すべきプロジェクト採択し、支援するというのが当初の計画だった。09年夏頃には採択プロジェクトが決定される予定だったが、4月に決定された第1次補正予算で2700億円(当時、現在は1500億円に減額)を投じる「最先端研究開発支援プログラム」が登場したことで、その存在意義があいまいになってしまった。トップレレベルの研究開発を支援する、少数のプロジェクトに多額の資金を投入するという基本的なコンセプトが両施策で重複しているためだ。
当然ながら規模がはるかに大きい最先端プログラムに一気に注目が集まり、同施策への対応が優先された結果、最先端プログラムは8月に採択が終了してしまった。
(中略)
<2カ月で5億円超を消化できるか>
最終決定ではないものの、支援額は非侵襲BMIの開発と不揮発性メモリが約4億円、太陽電池が約5億5000万円である。この施策は1年限りでの打ち切りが決まっており、この金額を2カ月で使い切ってしまわなければならない。また、3件を合計しても14億円程度にしかならないため、予算のうち余ってしまう約46億円は国庫に返納することになりそうだ。
内閣府の津村啓介・大臣政務官はこの日の記者会見で、「革新的技術推進費があるのに補正で最先端プログラムまで作ってしまったため、現場が混乱して採択が半年遅れになってしまった。この責任の大部分は前政権にある」と自民党を批判した。採択プロジェクトが3つにとどまり、支援額の総額も当初認められた予算から大幅に少ない額になってしまったのは、最先端プログラムと応募が重複していたり、短期間で多額の予算を使い切れる内容のプロジェクトがほかになかったことなどに原因があるようだ。
(引用終わり)
〜〜〜〜〜〜〜〜
一年限りのプロジェクトに、年度末に予算を付けて、2ヶ月で14億円を使い切るんだと・・・。
まあ、景気のいい話ですね〜・・・。
私も2000年頃の研究費バブルの頃、額はもっと少ないけど同様な経験をしたことがあります。
色々書き込もうとしたら、担当の某官僚様から、「細かい消耗品とかはもう間に合わないからダメ。備品(研究機器)を買って下さい。」とのこと。
ということで、納入業者に相談して、予定額の4倍以上の機器を購入させて頂きました。
まあ、それはそれで有り難いのですが、こんな買い方をしたら結局多くの機器は1回、2回使ってお蔵入り、なんてことになるのは、目に見えています。
私たちは5年プロジェクトでしたが、今回は1年(実質は2ヶ月)ぽっきり・・・。いったい何のためのプロジェクトなのだろう。
成果報告、つまりいわゆる国民への説明、というのはどうなるのだろう・・・。2ヶ月の成果って・・・?
科学技術のことなんてな〜んも知らん野田聖子前内閣府特命大臣が、「すわぁ〜、たっぷりお金付けてあげたわよ! ガンガン頑張んなさぁい!」・・・って大盤振る舞いしたツケが、この結果。通常予算+補正予算=大借金の結果がこれですから・・・。
民主党は、「前政権が悪い!」なんて言う前に、何で事業仕分けできなかったの??
納税者が聞いたら、みんな怒るようなぁ・・・ふつう・・・
ちゃんちゃん!
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民主圧勝!
まあ、今までこのブログでも言い続けた通り、予想通りだったんだけど・・・。
理由は簡単。
1)小泉さんが利益団体へ利益を流さなくなった時点で、自民党の集票システムが完全に崩壊していたこと。
2)自民党から離れて行きつつある票を、小沢さんが「生活が第一」という単純なスローガンで拾って行ったこと。
この2点に尽きる。
自民党の安定した集票システムが破壊された時点で、もう既に二大政党制への方向は固まっていた。
その意味で、小泉さんは本当に「自民党をぶっ壊した」んだねぇ・・・。
さて、さあ問題はこれから。
民主党の圧勝は決して鳩山さんの力ではない。
小沢さんの戦術が素晴らしかっただけ。
ただ、小沢さんは選挙のプロだけど、ちゃんと政治をしたことが無い。そして民主党には、政治戦術のプロがいない。
ここが問題。
二大政党制には、必ずカリスマが必要。
だが、鳩山さんでは役不足。
従って、内閣支持率はこの1年でどんどん下がるだろう。
小泉政権が戦術的に成功したのには、組織論上の法則に則っているからだ。
1)常に意図的に「仮想敵国(抵抗勢力)を作ること」、そしてそれをメディアを使ってアピールすること(心情的味方を増やす)。
2)竹中さんへ丸投げすることにより、親分への直接的な批判をかわすことに成功したこと(竹中さんが「サンドバック」に徹したこと)。
3)竹中さんがかなりの戦術家であり、官僚内部の分裂の誘導に成功し、一部の若くて優秀な官僚を味方にすることに成功したこと。
という意味で、竹中さんはやはり頭がいい。ある種の天才である。
またその竹中さんを意のままに操った小泉さんという政治家も、やはり大したもんである。政治の天才だ。
従って、もし鳩山政権が複数年持続するなどということを望むのであれば、
1)選挙のプロであっても政治に疎く、さらに人望がない小沢さんを冷徹に切ること。
2)労働組合系の左翼系勢力を「仮想敵国」として捉え、徹底的に叩き屈服させること。
3)戦術に長けたブレーンを、少なくとも1名持つこと。
挙党態勢や全員野球などと言っている現状を鳩山さんが続けるならば、1年以内に内閣支持率は10%程度に落ちて政局は混迷していることを、ここでオレ様が予言しておく。
まあ、これから4年、そして次の総選挙。
その時に、本当の二大政党制が始まるのだろう。
その前に小沢さんが謀反を起こし、政界再編を起こしているかもしれない。
益々、政治に目が離せなくなってきた!
ちゃんちゃん!
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福島県立大野病院での「事件」について、無罪判決が下った。
既にm3の多くのブログでも取り上げられており、特段に追加して意見を述べるものでもないが、この事件関連の報道により、日本のマスコミのレベルの低さが改めて露呈されているので、私の健忘録として、このブログに書き留めておく。
遺族にはやり切れない気持ちが残り、そして加藤医師は安堵の表情だとの報道がほとんど。もちろんそうだろう。
それが真実であり、裁判とはそういうものだ。
しかし報道には「遺族の感情」にフォーカスを当てた論調が目立った。例えば以下の読売新聞。
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「なぜ事故が」…帝王切開死、専門的議論に遺族置き去り
8月20日13時4分配信 読売新聞
産科医不足を加速させたとして医療界が注目した「大野病院事件」に、無罪の司法判断が下った。
(中略)
「何が起きたのかを知りたい」という思いで、2007年1月から08年5月まで14回の公判を欠かさず傍聴した。証人として法廷にも立ち、「とにかく真実を知りたい」と訴えた。「大野病院でなければ、亡くさずにすんだ命」と思える。公判は医療を巡る専門的な議論が中心で、遺族が置き去りにされたような思いがある。
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この一節を見るだけで、「この記事を書いた記者、あなたは中学校から勉強をやり直しなさい!」と言わねばならない。
それはなぜか?
この記事を書いた記者は、「法治国家」という概念を理解していないからだ。
「法治国家」における刑事事件では、被告に罪状を確定するためには、法の下で判断しなければならない。
誤解を恐れずに言えば、「法治国家では、刑事事件の最大の判断基準は法律(特に刑法)と判例であり、遺族の感情を司法判断に組み込んではならない」のだ。
もちろん司法判断には「情状酌量」というものがある。
これは罪状について被告人が十分に反省と謝罪の意思がある場合、「減刑」が目的となる。
法治国家では、刑罰確定するために、そして刑罰のレベルを上げるために「感情」という基準が使われることは無いのだ。
これはなぜか?
法治国家では、「法は人間が定め、罪状は人間が判断するものであり、それは不確かなものである」ことが前提となっているからだ。法律は未完成のルールであり、社会状況が変化するにつれ、改定されなければならない。しかしいくら不合理なこととはいえ、事件が起こった時点で法律が裁く条文がない場合、あるいは裁く法律そのものがない場合は、少なくとも法治国家では罪状を付けることはできない。
法律を改定することで、「次には起こらないようにする」ことが前提。
また余談だが、法律が改定されても、今の法律でその成立前の昔の事件を裁くことはできない。これは事後法不適応の原則ということだ。
以上が法治国家での大原則である。
つまり言い換えれば、被告人に罪状を確定するには、必ず法の条文に触れる証拠が存在しなければならない。「情」という不確かなことを根拠に、人を罰してはならないのだ。
これを象徴する言葉が、「疑わしきは、罰せず」なのだ。
大野病院事件の場合は、剥離を続けるという加藤医師の判断が医師の裁量権の範囲か否かが一つの大きな論点にされた。
これは極めて専門的な内容であり、裁判の過程では当然論点であるべきである。
「公判は医療を巡る専門的な議論が中心で・・・」という報道であるが、「そんなもん、あったりまえじゃね〜か」なのだ。
そして、「遺族が置き去りにされた」という表現は、極めて作為的な文章であり、これは「遺族の感情は十分に理解されたが、それと刑事事件における司法判断は別物である」とされるべきである。
この大野病院事件での報道によく似たレトリックは、例えばA級戦犯への報道、太平洋戦争を「侵略戦争」とする報道、従軍慰安婦に関する報道などにも、頻繁に出てくる。
かいつまんで言えば、「道義的責任」と「被害者の感情」いう表現だ。
もちろん道義的に責任を感じることはあってよいし、それは人間として当然持つべき感情である。
しかし道義的責任と法理論を混同してはならない。
道義的責任では、断罪はできないからだ。つまり道義的責任は、感情に属するものであり、これを争うには民事事件でなければならない。それは「感情」を元にしたものであるからだ。
このようなもので罪状を付けられるのであれば、全ての民事事件は全て刑事事件になってしまう。
かつて東京裁判の際、構成メンバーであったインドのパール判事は、「日本無罪論」という本を出している。
高潔な法律家であったパール判事は、当時の国際法に基づき、日本は無罪であることを法理論として論証した。
なぜなら、現在でも戦争は外交の最終手段として国際法上認められている行為であり、当時は植民地支配は欧米列強が推進していた「合法的行為」であり、さらに「戦勝国による敗戦国の裁き」である東京裁判の法的根拠が極めてあいまいだったからだ。
これに対し、「パール判事は日本の戦争を侵略だと思っていた」という本も、最近散見される。
高潔なパール判事にとって、確かに日本の中国進出は、侵略戦争と写ったかもしれない。
しかし仮にそれが正しかったにしても。そのパール判事の「感情」と、国際法学者としての彼の「プロ意識」は、全く別物であるということだ。
これが本当のプロである。
何者にも代え難い家族を失った遺族の心中は、察しても余りある。
しかしこの遺族の感情を、「被告人の罪状確定」のために司法の場に持ち込むことは、決して行ってはならないのだ。
あくまで法と判例に照らして司法判断を行わなければならない。
それが法治国家なのである。
様々な圧力があったであろうこの裁判を担当なさった判事には、その高潔なプロ意識に対し心より敬意を表したい。
そして、遺族の感情をあえて必要以上にあぶり出し、「医師・医療界 vs. 医療被害者」という構図を無理矢理つくることにより、医療不信を増幅させている各報道機関については、猛省を促したい。
本日は以上!
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*題名を見て、「男女差別!」と思ったあなた! その浅はかな感性を磨き直して下さい! これはオレ様流の、表現型なのです!
(さて、本題)
今日の本題は、「凄みのある政治家はどこへ行った???」
2〜3日前、大学から車で帰り道、古舘さんのニュースステーションを見ていると、今回の暫定税率の件で与謝野さんがとうとうとしゃべっていた。
一ヶ月の間のつかの間のガソリン安。そして早速再可決、その後の値上がり。
茶番もいいところだ。
その理由もまたお粗末・・・。
「暫定税率分の2兆円が無くなると、困るのは地方のあなた方なのですよ!」
開いた口が塞がらない。これが日本の未来を創造するべき政治家の言葉か??
これは、家庭に例えれば、「限られた家計でやりくりするお母さん」の発想だ。
もちろん、これは重要であるのは間違いないのだが、じゃあお父さんは一体どこに行った? 一生懸命頑張って、出世して、給料を増やして、家族が少しでも楽になるように頑張るのがお父さんではないのか?
お父さんとお母さんがいて、家族の調和が取れるのではないか?
みんなお母さんになったらどうなる?
はたまた、最近では若い大阪府知事が、公的な場で感極まって泣き出す始末。
大阪のおばちゃんは、「気持ちは伝わった」などと褒めていたが、これはおばちゃんが子どもに「よしよし、よく頑張ったね〜」なんて言っているようなもんだ。
はたまた民主党の若手の元党首さん。
党首だった時には若いだけで選ばれて、実際は大したことも出来ず、小泉さんに「民主党は党首が精神的に参っただけで休めるなんていいですね。これくらいのことで入院できるんなら、私なんかしょっちゅう入院ですよ。」なんて揶揄されて・・・。
参議院選で民主党が勝った途端、小沢さん批判ばっかりやっている。
一体、あなたは誰のおかげで大きな顔をしてテレビに出ているのですか?
「ガタガタ言っても、政党が意見を通すには、数の力が大事なの!」と言い、それを実現していく現党首に、どれだけの敬意を払っているのでしょうか?
この3者に共通するものは何か?
発想と行動が、生物学的なメスそのものであることだ。
私はメスが悪いと言っているのではない。
メスとオスは、必ずペアでなければならないということだ。生物学的に言うと、
オス的発想とは、外向きである。外敵と戦うからだ。
メス的発想は、内向きである。護らなければならないからだ。
メスの役割は、オスの足下を固めることである。
でなければ、オスはすぐ足下を救われてしまう。
古代より、オスがどんなに頑張っても、食料が得られないこともある。そのために、メスは最悪の状況を想定し、切り詰めながら組織の体力を温存する役目を負っているのだ。
一方、オスが良い仕事をすれば、大漁の場合もある。
そうすれば、組織は潤うのだ。その分、余裕が生まれる。
従って、国も、組織も、家庭も、オスの役割をする人、メスの役割をする人、両方が対になって存在するべきなのだ。
私は経済学には素人だが、今のようにデフレを脱却できないまま物価が上がり、スタグフレーションのような状況の時には、国は積極的に財政出動をし、減税し、投資を呼び込み、そして雇用を安定化させること。これが王道だと記憶している。
実際サブプライムであえいでいるアメリカでさえ、矢継ぎ早に金利引き下げ、財政出動を行っている。
ここ数年、いざなぎ景気を超える景気拡大と言いながら、庶民にその実感は無いものの、実際に税収は自然増で数兆円増えた。ある経済学者によると、一昨年度の実績から、プライマリーバランスは間もなく正常化するという状況だった。
つまり景気さえ良くなれば、2兆円程度の財源はどうにでもなるということだろう。
なぜ、たった2兆円程度のために、迷惑千万な暫定税を再導入するのか? どうせ既に800兆円の借金があるのなら、「ここ数年で一気に経済を好転させる自信があるから、今後数年は毎年数兆円規模の緊急財政出動をします。これを元手に雇用を安定化し、年金も確実にもらえるようにします。積極的に減税します。医療も充実します。そして、経済がをどんどん良くして、借金を一気に返して行きます。このような国の財政基盤をしっかり作り、あなたやあなたの子どもの将来も約束します。」とならないのか?
将来に年金も十分にもらえず、雇用も不安定で、医療も満足に受けられず、将来に不安がある状態で、消費が進む訳はないではないか?
こんなメス化した三流政治家たちでは話にならん。
小泉+竹中ペアは、政策には問題ありと思うが、凄みはあった。
小沢さんも、善し悪しは別にして「数の力」の重要性を再認識させた。政治は数があってなんぼである。そのことを民主党の若手の跳ねっ返りは理解しているのか?
その意味では、この人たちはやはりしっかりした政治家だ。
こんな連中は、もう与党、野党ともに現れないのか?
実は、現在の大学も全く同じ状況だ。
最高学府のくせに、プライド無く「金がない」ばっかり言うな!
つまらん権威なんかにしがみついているから、誰も大学に投資してくれなくなっていることが判らんのか!
社会が一斉にメス化して行った時、いよいよ日本も落日を迎えるだろう。
我々オスが惚れ惚れするような、本物のオスの出現を期待したい。
ではまた!
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今年初めての投稿です。
たまにおいでになる方、済みません!!
さて、本日はちまたを賑わしている誘導型万能細胞(iPS細胞)について、私見を記しておきます。
この細胞、2006年にマウスでの成功以来、私も大変注目しておりましたが、昨年暮れのヒトでの成功で、一気に火が付きました。
私はマウスとヒトでは、初期化のメカニズムはかなり違うだろうと思っていましたが、同様の方法での成功はむしろびっくりです。
私と同世代でもある山中先生には慎んで敬意の念を表しますと共に、我が国のリーダーとして、そして同世代のヒーローとして、益々研究の成功をお祈りしています。
さて既に報道がなされているように、ES細胞における倫理的問題がクリアーされることは極めて大切であり、この細胞がそのブレークスルーになることは論を待ちません。
しかも我が国としては異例でありますが、文科省がこの研究の体制整備のために即座に反応し、巨額の研究費を付けたことは注目に値します。
私も他の研究者と同様、この細胞に関する海外(特にアメリカ)との熾烈な開発競争において日本が勝利することを祈って止まないのですが、冷静に考えると、こと「実用化(臨床応用)」については、このままの状態では基礎研究で勝利しても実用化では後塵を拝する結果になるのは目に見えています。従って、今の時点において周到な準備が必要です。
先に3つの重要なポイントを記しておきます。
1.iPSの実用化研究は、我が国の規制上は再生医療に加えて遺伝子治療であること。
2.iPSの臨床応用の規制当局は、文科省ではなく厚労省(+環境省)であること。
3.開発するべき企業が、基本的に新しい技術に対して及び腰であること。
以下に、その重要なポイントを解説します。
これは敬愛する森下先生が既にブログで解説していらっしゃいますが、ベクターを用いて細胞の遺伝子を改変し、その細胞を生体に戻すことは、我が国の規制上は遺伝子治療になります。実際、iPS細胞はベクターを用いて4つの遺伝子を導入し体細胞を初期化する訳ですから、これは遺伝子治療です。
第一に、遺伝子治療に関する規制として、我が国では厚生科学審議会での審議に加え、カルタヘナ議定書に基づく生物多様性評価(環境省の管轄)の審議が必要です。
現在の遺伝子治療臨床研究の審議では、外国で既に実施されているものと同様のプロトコールであれば比較的早く審議される場合がありますが、世界で初めての計画の場合、これまでの厚労省の実績では2〜4年ほど掛かります(理由は・・・、よく判りません!)。しかも省庁での審議の前に、各医療機関IRB(倫理委員会)での審議が必要です。従って、計画書を提出しても、審議だけで平気で3〜5年経過しなければ、実際に患者さんへ還元できないのです。その間、研究者は厚労省からの質疑に対応し続けることが要求されます。
アメリカはカルタヘナ議定書を批准していませんので、生物多様性評価の議論がありません。またアメリカでも審議プロセスは同様なのですが、IRB-RAC/NIH-FDAの流れは、遺伝子治療でも1年〜1年半です。
私がいた英国では、基本的に半年。
従って、まずスピードで負けることになります。
第二に、日本の薬事法の問題があります。
これはポイント3に関わってくることですが、企業が治験として計画しない限り、臨床研究〜先進医療(あるいは自由診療)などの枠組みでやらなければなりませんが、その場合は実施する各医療機関が、たいそうお金が掛かる「カルタヘナ関連法」に準じた「細胞プロセシングシステム」をそれぞれ独自に準備しなければなりません。
これは薬事法の縛りによるものです(例外は外国で生産し、輸入すること。この場合は「輸入薬」扱いになるので、薬事法の縛りは受けない)。
ところがアメリカは遺伝子治療の時に、既に面白い試みを実施した経験があります。
まず米国内に政府主導でナショナルベクターコアファシリティーを数カ所(確か3箇所程度だったと記憶しています)作り、国内医療機関が依頼することで目的のベクターを生産してもらい、これを臨床研究に使用しました。この気軽さのためアメリカでは爆発的に臨床研究が進んだことが周知の通りです。
従って、米国が今後どう動くか判りませんが、先導する企業が現れるか、あるいは「ナショナルiPS細胞コアファシリティー」のようなものが出来るかもしれません。
一方で、日本は薬事法の縛りのために、ベクター生産を行うGMP施設が複数出来たにも関わらず、多施設へのサプライは出来ず、結果として開店休業になっているファシリティーが多いのです。
以上が、iPS細胞を実用化しようとした際の問題点であり、どう考えても現行システムではアメリカに勝てそうにありません。
従ってこれを解決するには、
1)審議プロセスを大幅にショートカットできる新しい規制をiPSのみを対象に創設する。あるいは、遺伝子治療の規制ごと刷新する。
2)薬事法を改正する。
3)iPSならびにそれから誘導される治療用細胞のGMP生産施設を、政府主導で作る。これには薬事法を適応しないようにする。
などの措置が必要でしょう。
そしてこれらは研究者側の問題ではなく、文科省・厚労省、そして政府の問題です。決して山中教授に無駄な負担をさせるべきではなく、立法・行政レベルで対応するべきです。
世界と闘えるだけのポテンシャルを持つ技術を手にし、初めて日本の底力が試されます。
山中教授の言う「オールジャパン体制」とは、研究者だけでなく、立法・行政・企業で進むべきでしょう。
山中教授の素晴らしい研究をきっかけに、日本のリジッドな規制システムが大きく改善されることを祈って止みません。
では、また!
今年も宜しくお願いします。
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秋は学会を含めてやたらと用事が多いですね・・・。
しばらくブログ更新をさぼっていたら、最近では「クリックする気も起きなくなった・・・」と、お叱りを受けています。
ごめんなさい!
さて、今日は最近目にした素晴らしいコラムをご紹介しておきます。
日経メディカルオンラインに掲載された、
「【緊急特別寄稿】小松秀樹が語る「医療に司法を持ち込むことのリスク」
(http://cmad.nikkeibp.co.jp/?4_9801_162058_4)
これは絶対に読んでください! あの「医療崩壊」の小松先生です。
この文章で、私の頭の中のもやもやがスッキリしました。
Atsullow先生のブログでも話題の「医龍2」。
私もそれなりに楽しんで見ていますが、どうも最近のマスコミが取り上げるドキュメントやこのようなTV番組は、世間に「神の手(ゴッドハンド)」をあがめ奉る風潮を煽っている気がしてなりません。
小松先生は社会学者ニクラス・ルーマンの学説を引用し、「司法・行政(官僚)・マスコミ」を「規範的予期類型」、「医療・工学・航空運輸」を「認知的予期類型」という考えで整理なさっています。
平たく言えば、
・前者は規則(法律)を遵守することを仕事にしており、その範囲内でのみ思考と判断を許される。
・後者は不確実な事象を科学的に分析しつつ、最小のリスクで最大効果を得るという発想をし、一定の基準を創る。従ってその時々において(科学技術の進歩や新しい事象の出現など)、その基準は随時更新され、常に新しいものに生まれ変わることを許容する。
ということです。
これは素晴らしい。本当に素晴らしい類型です。
つまり「司法・行政(官僚)・マスコミ」の発送や判断を「医療・工学・航空運輸」へ適応することは、その健全な進歩を阻害するという意味なのです。
確かに医療事故や航空機事故は、悲しむべきことですが、人間が行っている業である限り、「ヒューマン・エラー」は避けられません。必ず一定頻度で発生します。
これはゴッドハンドの手術でも、全く同様なのです。
社会が健全に発展するには、いかにしてこのヒューマンエラーを最小限とするか。
言い換えれば、ヒューマンエラーの発生は「システムの問題」を多くはらみます。これを個人の問題にすりかえている間は、そしてシステムを改善する努力をしなければ、いくら色々と規則ばっかり作っても、いつまでたってもヒューマンエラーは無くならないのです。
余談ですが、私は出張によくANAを使っていますが、ANAのヒューマンエラー対策システムは素晴らしいと思います。
(機会があれば、また書きたいと思います)
ヒューマンエラーの発生について、それを個人の問題に帰結させる風潮が、医師への刑事罰の乱造的適応、マスコミの個人叩き、そして官僚の保身的行動につながっていくのです。
これは国家がシュリンク(衰退)していく過程で見られる、非常に危険な風潮です。
医療をシステムとして捉え、世界で最も効率のよい現状を、より健全にしていくことを主張する、小松先生には大賛成です。
日本医師会は内部でごたごたしている場合ではありません。
今、立法・司法・行政にしっかりとした手を打っておかないと、国家100年の計ならぬ、100年の失態として日本の歴史に刻まれることでしょう。
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今日配信された「安倍内閣メールマガジン(第39号 2007/07/26)」に、
[お答えします]
● 地方における医師不足対策(回答者 厚生労働大臣政務官 菅原一秀)
という文章を見た。
以下、全文を転載させていただく。
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●質問
地方の医療問題は深刻です。とくに私が住んでいる北海道は面積が広いため満足な医療機関に行くためには2時間以上を要します。医療問題に地域格差を作ってはいけません。すでに地域でどうこうできる段階ではありません。医療問題を「政治の責任」のなかで解決していただきたい。(男、40代、会社員、北海道)
●回答 (厚生労働大臣政務官 菅原一秀)
貴重なご意見、ありがとうございました。
全国各地の医師不足を訴える声が日増しに大きくなっている中で、北海道は面積が広く、道内に適切に医師を配置するには特段のご苦労があることを考えると、道内における医師不足が深刻な状況にあることは私も十分認識しています。医師不足を訴える声を深刻に受け止め、地域に必要な医師を確保していかなければならないと考えています。
従来、地域に必要な医師の配置については、大学の医学部が担っていましたが、大学医学部の医師の派遣機能が低下しているため、今後は都道府県が中心となり、医師が集まる病院(マグネットホスピタル)と協働して医師を必要とする病院が医師を確保できるよう、システム作りに取り組んでいます。
国としては、19年度予算を大幅に拡大し、医師確保に関係する予算を約100億円計上しました。その中では、(1)都道府県が設置している地域医療対策協議会を通じた医師派遣が行われる際に、それに協力してくれる病院への助成、(2)臨床研修において医師不足地域や小児科・産婦人科を重点的に支援するなど、都道府県における医師確保に係る取組みを財政面や内容面から支援することにしています。
さらに、5月31日に政府と与党が一体となって「緊急医師確保対策」を取りまとめ、緊急の対策として、国レベルで医師不足地域に対して医師を派遣する体制を整備することにしました。その第1弾として、北海道の岩内にある病院のほか、岩手県や大分県など全国6か所の病院へ、全国規模の病院グループの医師や公募した医師の派遣を決定し、6月27日には、安倍総理が、派遣される医師の方々などを官邸に招き、激励したところです。
また、その対策の中で、臨床研修制度の見直しなどによる研修医などが都市部の病院に集中することの是正や、都道府県が定める医師不足地域で勤務する医師を養成するため、医学部の定員を臨時的に増加する措置を行うこととしました。
その他、北海道では、平成17年度より医師が搭乗して、機内などで必要な治療を行いつつ、傷病者の方を速やかに医療機関などに搬送できる救急医療用ヘリ(ドクターヘリ)も導入されています。「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」が本年6月に成立したところであり、国民の皆さまが安心して暮らせるよう、全国的に整備されるよう推進していきます。
今回取りまとめられた「緊急医師確保対策」を受け、20年度予算などにおいて「地域の医療が改善されたと実感できる」実効性のある対策を具体化していきたいと考えています。
※ 地域で活躍している医師については「山移診療所〜我が村の熱血先生〜(大分県中津市)」を政府インターネットテレビでご覧いただけます。
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1278.html
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突っ込みどころ満載なので、どこから手を付ければよいのやら・・・。
これで解決されると思っているのであれば、やはり医師不足に対する認識が甘いと言われても仕方あるまい。
恐らく、この記事を見たDoctor Takechan先生は、情け容赦なくバッサバッサと切り捨てて行かれるでしょう。
温厚な私は、ささやかな突っ込みを入れておきます。
1)「地域に必要な医師の配置については、大学の医学部が担っていましたが、大学医学部の医師の派遣機能が低下しているため・・・」
(オレ様の突っ込み)
なぜ突然医師派遣機能が低下したのか、誰がそうしてしまったか、そしてその是非についてどう考えているのか、明確にするべきでしょう。
2)「19年度予算を大幅に拡大し、医師確保に関係する予算を約100億円計上しました。その中では、(1)都道府県が設置している地域医療対策協議会を通じた医師派遣が行われる際に、それに協力してくれる病院への助成、(2)臨床研修において医師不足地域や小児科・産婦人科を重点的に支援するなど、都道府県における医師確保に係る取組みを財政面や内容面から支援する」
(オレ様の突っ込み)
(1)はまだしも、(2)は「(保険医を持たない)研修医」を地域に再配分する施策のようです。中堅の医師のパフォーマンスを10として、(保険医を持たない)研修医がどのレベルで貢献できるか、試算するべきであり、また研修医の教育に時間を割かれる中堅医師のパフォーマンス低下についてどう考えているのでしょう?
3)「その第1弾として、北海道の岩内にある病院のほか、岩手県や大分県など全国6か所の病院へ、全国規模の病院グループの医師や公募した医師の派遣を決定し、6月27日には、安倍総理が、派遣される医師の方々などを官邸に招き、激励したところです。」
(オレ様の突っ込み)
大いに激励して頂きたいが、第2弾、第3弾・・・、そして長期展望はどうなっているのでしょう? 第1弾の期間は??
4)「臨床研修制度の見直しなどによる研修医などが都市部の病院に集中することの是正や、都道府県が定める医師不足地域で勤務する医師を養成するため、医学部の定員を臨時的に増加する措置を行う」
(オレ様の突っ込み)
また研修医ですか・・・。問題の本質を分析せず、政治として手を付けやすいところからやるという悪癖です。
医学部定員の増加はもちろん考慮すべきですが、効果が出てくるのは10年後。また定員を「臨時的に」増加させることにより、どのような効果が出てくるか、については疑問です。地域枠などであれば、まだ多少の効果はありますが、都会の医学部で増加した定員は、また都会へ流れるのでは?
5)「「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」が本年6月に成立したところであり、・・・」
(オレ様の突っ込み)
これは色々な人が言っているように、救急医療用ヘリを増やしても、搬入先の病院が手一杯なら全く意味無し。これは着陸できるところが限定されている点で劣る以外、救急車を増やすことと余り大差なし。但し僻地であれば、多少の意味はあるが・・・・。
6)「※ 地域で活躍している医師については「山移診療所〜我が村の熱血先生〜(大分県中津市)」を政府インターネットテレビでご覧いただけます。」
(オレ様の突っ込み)
この「情」に訴えてくる最近の政府の手法は、余り感心しない。地域医療に情熱を注いでいる先生がいることは素晴らしいことであるが、同じような医者はこれまでにも沢山いたはずで、しかもバーンアウトした方々もいるはず。このような影の部分を無視して頑張っているところだけ紹介するのは、情報操作ではないか?
ちなみに大分県中津市は「福沢諭吉のふるさと」であり、江戸時代から藩校における教育レベルが高く、現在もれっきとした「市」なのだが、ここが僻地なのだろうか・・・??
要するに、この医師不足対策も全て付け焼き刃であり、しっかりとした分析のもとに出てきた案ではないので、「選挙対策」と揶揄されても仕方ないのではないか??
さらなるツッコミをお願いします!!
ではまた!
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さて、ここまで議論してきました「エビデンス」。
では日本ではどのように運用されているのか・・・。
日本では、「ルール作りのため」、「ガイドライン作りのため」、「医療標準化のため」、「適正使用のため」・・・。などという美辞麗句は並びますが、少し意地の悪い言い方をすると、「医療のパターン化」な訳です。つまり、多少のあんぽんたんな医者でも「エビデンス」に基づく医療をやれば、大ざっぱには「外していない」医療行為ができること、また最大公約数の医師からは、「まあこんなもんだろう」という同意を取り付けやすい訳です。つまりこの日本においては、「結果が悪くても言い逃れを可能にする」ことを目的にしたシステムになってしまっているのです。
この意味から、エビデンスは、確かにリスクマネージの点から優れていると言えます。
しかし私のように少し古い時代の医学・医療を学んだ者にとって、もともと60%の患者しか対応できない(その2を参照)エビデンスの絶対視は、大いに「?(クエスチョン)」になります。
何故なら、一医師自己完結型で自らを律してきた、専門家を自負する私たちの感覚からは、「60%? そんなもん、別にスペシャリストであるプロの専門医がやんなくってもいいんじゃないの?? プロなら限りなく100%に近いレベルを目指すんじゃない?」となってしまうからです。
これが、Atsullow先生がおっしゃる「エビデンスより常識が大事なの!」という雄叫び(?・・・Atsullow先生、ごめんなさい!!)につながる訳です。
私は、現在の日本におけるエビデンスの運用(ハッキリ言うと「誤用」)は明らかに間違いであり、このまま間違った使用がなされると、今後少なくとも以下の3つの弊害が出てくると思っています。いや、これはかなりのレベルの確信です。
1)思考放棄の医者の大量生産
日本式EBM(これに基づくガイドライン作成)ではパターン化が主眼ですから、個々の症例の病態を素早く分析する習慣を付ける前に、パターンで処理する医者が増えてくるでしょう。これは以下の3)にも関係しますが、色々と試行錯誤の上、良かれと思ってエビデンス(日本では、=ガイドライン)を逸脱してやった診療行為が不成功に終わった場合、これが糾弾の対象になることは明らかです。従って、私が今の若い世代の医者であれば、「面倒なことはせずに、取りあえず一般的なことをやっとくか・・・」となるのは間違いありません。
医者はどんどん機械的になるでしょう。
2)新しい医療創成の足かせ
本来の意味で言うところのエビデンスは、あくまでのその時点でも医療技術・薬剤、また疾患の病態への理解をベースにしたものであり、決して完成品ではありません。しかし日本人はこれをア・プリオリに「エビデンス=ルール=ガイドライン=規則=法律、そして=憲法!」という硬直化した運用しか出来ないため、完全にマゾ化(?)してしまっています。
例えば「Aという癌にBという化学療法を実施すると、5年生存率は40%」というエビデンスに基づき、「Aという癌にはBという化学療法がファーストチョイス」というガイドラインが作成されます。もちろん「5年生存率は40%」は満足出来る数字ではないので、チャレンジ精神の旺盛な医師が、「これを70%にしたい!」という気持ちから、バツグンに効きそうな新しい免疫療法を開発するとします。抗がん剤は多くの場合患者の免疫能を落とすので、Bという化学療法抜きで新しい免疫療法の臨床試験を組む、ということになると、まず現在の日本の倫理委員会(IRB)は許さないでしょう。彼らの言い分は、「動物実験でいかに良いデータが出ていても、人では判らない。既に40%の効果があることにエビデンスのある治療法を止めてまで、臨床試験を行ってはならない。」ということになります。例えどんなに患者が希望していても関係ありません。
つまり不思議なことに、我が国におけるこのような議論では肝心の「患者の意見と希望」は全く不在です。治験大国であるアメリカを含め、私がいたイギリスでも、このようなIRBの横暴は聞いたことがありません。重要なことは、患者の希望と知り得る限りの予想される効果と危険性について正確な情報を与えた上で、患者と医師が納得して同意を得るインフォームド・コンセントです。これさえうまく言っているのであれば、欧米では例え実験的医療だとしても、IRBが「患者の意見と希望」を無視することは、少なくとも私の知る限りありません。仮にこれでトラブルが起こったとしても、それは薬剤治験では患者と製薬会社、臨床研究では患者と医師が「民事で」争うのが普通(原則)だと認識しています。
3)裁判において個々の医者を糾弾する根拠
これが最も深刻です。ガイドライン通り・型どおりのことをやってうまく行かなければ、エビデンスは良い言い訳になりますが、医師が十分に症例の病態を考察して、「よかれ」と思って逸脱してしまった診療行為が不成功になった場合、エビデンスを根拠にその医師が糾弾されることは間違いありません。裁判で参考人として呼ばれた別の医師が、「そのような治療法がよいとするエビデンスはありません」、なーんて言い出すことは、今後想定しておくべきです。
以上、色々と述べましたが、私の見解は、エビデンスが悪いのではなく、我が国におけるエビデンスの「使い方」が悪いのだ、ということです。
但し皮肉なことですが、これはどうも日本人の「Mっ気」のある特性に関係があるのかもしれません。
まだまだ続く!!
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