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福島県立大野病院での「事件」について、無罪判決が下った。
既にm3の多くのブログでも取り上げられており、特段に追加して意見を述べるものでもないが、この事件関連の報道により、日本のマスコミのレベルの低さが改めて露呈されているので、私の健忘録として、このブログに書き留めておく。
遺族にはやり切れない気持ちが残り、そして加藤医師は安堵の表情だとの報道がほとんど。もちろんそうだろう。
それが真実であり、裁判とはそういうものだ。
しかし報道には「遺族の感情」にフォーカスを当てた論調が目立った。例えば以下の読売新聞。
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「なぜ事故が」…帝王切開死、専門的議論に遺族置き去り
8月20日13時4分配信 読売新聞
産科医不足を加速させたとして医療界が注目した「大野病院事件」に、無罪の司法判断が下った。
(中略)
「何が起きたのかを知りたい」という思いで、2007年1月から08年5月まで14回の公判を欠かさず傍聴した。証人として法廷にも立ち、「とにかく真実を知りたい」と訴えた。「大野病院でなければ、亡くさずにすんだ命」と思える。公判は医療を巡る専門的な議論が中心で、遺族が置き去りにされたような思いがある。
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この一節を見るだけで、「この記事を書いた記者、あなたは中学校から勉強をやり直しなさい!」と言わねばならない。
それはなぜか?
この記事を書いた記者は、「法治国家」という概念を理解していないからだ。
「法治国家」における刑事事件では、被告に罪状を確定するためには、法の下で判断しなければならない。
誤解を恐れずに言えば、「法治国家では、刑事事件の最大の判断基準は法律(特に刑法)と判例であり、遺族の感情を司法判断に組み込んではならない」のだ。
もちろん司法判断には「情状酌量」というものがある。
これは罪状について被告人が十分に反省と謝罪の意思がある場合、「減刑」が目的となる。
法治国家では、刑罰確定するために、そして刑罰のレベルを上げるために「感情」という基準が使われることは無いのだ。
これはなぜか?
法治国家では、「法は人間が定め、罪状は人間が判断するものであり、それは不確かなものである」ことが前提となっているからだ。法律は未完成のルールであり、社会状況が変化するにつれ、改定されなければならない。しかしいくら不合理なこととはいえ、事件が起こった時点で法律が裁く条文がない場合、あるいは裁く法律そのものがない場合は、少なくとも法治国家では罪状を付けることはできない。
法律を改定することで、「次には起こらないようにする」ことが前提。
また余談だが、法律が改定されても、今の法律でその成立前の昔の事件を裁くことはできない。これは事後法不適応の原則ということだ。
以上が法治国家での大原則である。
つまり言い換えれば、被告人に罪状を確定するには、必ず法の条文に触れる証拠が存在しなければならない。「情」という不確かなことを根拠に、人を罰してはならないのだ。
これを象徴する言葉が、「疑わしきは、罰せず」なのだ。
大野病院事件の場合は、剥離を続けるという加藤医師の判断が医師の裁量権の範囲か否かが一つの大きな論点にされた。
これは極めて専門的な内容であり、裁判の過程では当然論点であるべきである。
「公判は医療を巡る専門的な議論が中心で・・・」という報道であるが、「そんなもん、あったりまえじゃね〜か」なのだ。
そして、「遺族が置き去りにされた」という表現は、極めて作為的な文章であり、これは「遺族の感情は十分に理解されたが、それと刑事事件における司法判断は別物である」とされるべきである。
この大野病院事件での報道によく似たレトリックは、例えばA級戦犯への報道、太平洋戦争を「侵略戦争」とする報道、従軍慰安婦に関する報道などにも、頻繁に出てくる。
かいつまんで言えば、「道義的責任」と「被害者の感情」いう表現だ。
もちろん道義的に責任を感じることはあってよいし、それは人間として当然持つべき感情である。
しかし道義的責任と法理論を混同してはならない。
道義的責任では、断罪はできないからだ。つまり道義的責任は、感情に属するものであり、これを争うには民事事件でなければならない。それは「感情」を元にしたものであるからだ。
このようなもので罪状を付けられるのであれば、全ての民事事件は全て刑事事件になってしまう。
かつて東京裁判の際、構成メンバーであったインドのパール判事は、「日本無罪論」という本を出している。
高潔な法律家であったパール判事は、当時の国際法に基づき、日本は無罪であることを法理論として論証した。
なぜなら、現在でも戦争は外交の最終手段として国際法上認められている行為であり、当時は植民地支配は欧米列強が推進していた「合法的行為」であり、さらに「戦勝国による敗戦国の裁き」である東京裁判の法的根拠が極めてあいまいだったからだ。
これに対し、「パール判事は日本の戦争を侵略だと思っていた」という本も、最近散見される。
高潔なパール判事にとって、確かに日本の中国進出は、侵略戦争と写ったかもしれない。
しかし仮にそれが正しかったにしても。そのパール判事の「感情」と、国際法学者としての彼の「プロ意識」は、全く別物であるということだ。
これが本当のプロである。
何者にも代え難い家族を失った遺族の心中は、察しても余りある。
しかしこの遺族の感情を、「被告人の罪状確定」のために司法の場に持ち込むことは、決して行ってはならないのだ。
あくまで法と判例に照らして司法判断を行わなければならない。
それが法治国家なのである。
様々な圧力があったであろうこの裁判を担当なさった判事には、その高潔なプロ意識に対し心より敬意を表したい。
そして、遺族の感情をあえて必要以上にあぶり出し、「医師・医療界 vs. 医療被害者」という構図を無理矢理つくることにより、医療不信を増幅させている各報道機関については、猛省を促したい。
本日は以上!
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外科医局の後輩I君が、先ほど息を引き取った。
35歳。余りに早すぎる死。
私が企画した臨床試験を一手に引き受け、責任感と志が人一倍高かったI君。
患者さんに好かれ、すぐ友達のような関係になる。信頼関係を築く才能は天性のものだったI君。
実家がソーメンを作っているI君は、夏になると実家のソーメンを差し入れてくれていた。この数年は夏になるとソーメンパーティーをしているので、「今年もそろそろやろうか!」と言っていた矢先・・・。
彼が大学院が終了し、医局で血管外科トレーニング中、たまたま一度だけ一緒に手術に入った。静脈グラフト採取を出血無くテキパキとこなし、「お前、手術のセンスいいね!」と褒めると、「またまた〜・・・。褒め殺しですかぁ?? でもちょっぴりうれしいです!」と屈託無く笑ったI君。
この4月より第一線の関連病院へ出向する際、「ようやく大学の雑用から離れ、臨床一本で頑張れます! また宜しくお願いします!」と生き生きとした表情で挨拶に来たI君。
8月31日、結婚してまだ1年も経たない奥さんの誕生日、研修医の送別会を早めに切り上げ、帰路、脳幹部出血を発症したらしい。
路上で嘔吐している彼は急性アルコール中毒と判断され、近くの救急病院へ搬送されたようだ。診断はそのまま。もっと近くに三次救急に対応できる自分の病院があったのに。
身元が判らず、診断が着いたのは朝。
その時点で出血による脳幹の損傷は、到底治療の及ぶ範囲を超えていた。既に瞳孔は散大。JCS300。
法事を済ませ、ようやくと取れた休みを利用し、息子と海で遊び始めた私に連絡があったのは、11時48分。
急遽休みをキャンセルし、福岡へ。
そして夕方になり、ICUで人工呼吸器に繋がれているI君とようやく対面できた・・・。
そして一夜明け、彼は息を引き取った。
なぜ神様は、彼を見放した?
なぜ死神は、彼に狙いを定めた?
後輩を失ったのは、I君が二人目。
第1子が生まれた数日後、Brugada症候群による発作で亡くなったN君。私が病棟勤務時代に指導していた研修医。
温厚で、誰からも可愛がられたN君。
今でも年に一回同期の連中が集まり、彼の席を用意して、きつくも楽しかった病棟時代の思い出話をする。
なぜ前途を嘱望されていた若い医者が死ななければならないのか。
生き残った我々は、彼らの意思を継いで彼らの分も生きなければ。
明日、突然命を奪われるのは、我々なのかもしれない。
天国で彼らと再会したときに、彼らに恥じることなく語れる人生を、そして彼らが志半ばで断念しなければならなかった医療という崇高なる職務を全うしなければ。
I君、安らかに。
君は私たちの心の中で、いつもまでも生きています。
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