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ものぐさ、B型、熱しやすく冷めやすい私は、日記やブログなど適していないことが、最近よく理解できます。もう少し更新を頻繁にしないとね・・・
さて、本日は最近医療業界を跋扈する「エビデンス」に「モノ申す!」で行きます。
Atsullow先生のブログ(http://blog.m3.com/Fight/categories/529)には、この話題がよく整理・考察されていて、大変勉強になります。
要は、私のようなやや古い医学・医療を学んだ世代から申し上げると、「エビデンス、ってそんなに重要なの?」ということなのです。
「エビデンス」、「医療の標準化」の概念は、私の知る限り、恐らくはアメリカ直輸入の考え方です。では何故、この概念が日本では発展が遅く、アメリカでは根付いて来たのか。それはアメリカと日本の社会の成り立ち、医師の育成の成り立ちから考察するべきでしょう。
まず一言でまとめてしまえば、アメリカでは医師のレベルの優劣の差が大きかったこと、複数の人種が医療関係者として従事しているため、一定レベルの医療を行うためには共通の基準の確立が必要だったこと、そして元来人権意識が強く保険制度が未熟であるが故に、訴訟が多く発生するため、誰からも受け入れられる根拠となるガイドライン(科学的・医学的に立証された)が必要だったこと、であろうと私は思います。恐らくは、「チーム医療」の形式なども、これに関わる責任の分散にあるのでしょう。
一方、日本ではもともとドイツ式(一部イギリス式)医学が入り込んでいたため、「一医師完結型」が根付いてきたのです。これは基本的に弁護士や裁判官などと同じく、個々のスペシャリストが独自の判断で職務を遂行することが認められている、ということであり、それ故に(経済的見返りは大して無くても)社会的地位が高い(高かった・・・:過去形が適切か?)のです。
即ち、我々が学んできた原則はあくまで定説として定まった「教科書的な医学」であり、その知識をもとに、個々の症例を、その時々に「考えながら」治療にあたることが、旧来の日本の医師の典型的パターンだった訳です。
少しお考えいただければお解りと思いますが、このアメリカと日本の制度を比べてみて、個々の医師のレベルにおいて高いレベルが要求されるのは日本の方です。
一方、アメリカ式はリスク分散を図る、という意味では、会社でいうガバナンスとリスクマネージメントがしっかりしている、ということになります。つまり、そもそもアメリカの医療制度は、「ヒューマンエラーは当然起こりえる」ことを前提にしており、さほど高いレベルの医師でなくとも、そこそここなしていけるレベルを想定して制度設計がなされている、ということです。
では、日本では何故今までそれで通用していたのか?
私が思うに、それを支えて来たのは、
1)優秀な人材の流入(受験レベルより)
2)医師という仕事の尊さへのあこがれ(結構、無邪気かも・・・)
3)もともと献身的に働く国民性
4)徒弟制度に近い医局制度による卒後教育
5)普通のサラリーマンより「ちょっぴり」いい報酬
6)医師は「知的職業の代表」という(幻想に近い)優越感
などという、複雑な事情が絡み合い、個々の医師のレベルが相当に高いレベルで維持されてきた、そしてこれに加えて「国民皆保険制度」という世界に誇る優秀な制度設計により、先進国最下位に近い人数(人口比)で、WHOが世界一と褒め称える医療レベル、アクセス率を確保してきた訳です。
もっと単純化しますと、日本の医療は性善説、アメリカは性悪説を前提に医療制度が制度設計されてきた訳です。
ところが、時代が変わるにつれ、日本の制度にもほころびが出てきました。もちろん、どんな集団にも問題児は存在しますが、マスコミとインターネットの発達で、情報が丸裸にされてしまうため、医療ミス(中には事故や合併症のたぐいと思われる例も沢山ありますが)がどんどん報道されてきました。これには数多くの偏向報道もありますが、今回はそれには触れません。
このような時代背景のため、ガバナンスとリスクマネージメント、ヒューマンエラーへの対処に優れた米国式制度設計が俄然クローズアップされ、その一つの重要項目として「エビデンス」が台頭してきたものと考えています。
(ただ私は、このアメリカ式を中途半端に一部分だけをかじって導入していることが現在の医療崩壊の原因であると睨んでいますが、そのこともまた機会がある時に)
「エビデンス」は医療の標準化のための、根拠になるという重要な機能を持つことは間違いありません。
しかし、現在の日本は、このエビデンスの利点と限界をしっかりと認識して、有効に活用しているのでしょうか???
エビデンスが呪縛になっていないのか???
以下、次回でさらに突っ込んで考察します!
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