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今日配信されてきた日経のBTJ /HEADLINE/NEWS 2007/04/25 SOLUTIONS 第979号に、京大再生医科学研究所長の中辻 憲夫先生が、ヒトES細胞研究における生命倫理理論について、大変興味深い論説を述べられていた。
以下、少々引用を。
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The Opinion
「日本の生命倫理議論は免疫病を患っている」
中辻 憲夫 京都大学再生医科学研究所 所長
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日本のヒトES細胞研究が、国際常識に反した過剰な規制によって危機的に立ち遅れた状況に陥った主要な原因は、我が国における生命倫理の議論が、科学性や合理性からはずれた、病的と呼んでもよい状態になっているからであり、この病気は免疫病に似ている。
(中略)
日本だけで通用する生命倫理議論の例を挙げると、ヒトES細胞と動物細胞とを同じ実験室で使用することは人間の尊厳を冒すという考え方である。外国ではおそらくだれも理解できないだろうし、あえて説明して恥ずかしい思いをしたくない。
(中略)
本来あるべき姿は、科学者の委員が研究の推進を重視した意見を出し、非科学者の委員が懸念や問題点を指摘して、各々の観点から議論が行われて、その結果として、問題が起きる可能性をできるだけ小さくしながら研究を進めることができる妥当な所に落ち着くべきである。ところが、倫理委員になった研究者が、生命倫理的配慮に偏った発言に対して、科学性と合理性を強調する視点を提示するのではなく、それに迎合するような意見を言う場合が多い
(中略)
専門家としての知識と判断力をもとに、どうすれば問題が起きるのを回避しながら、社会に貢献する研究を発展させることができるのか、その最善の方法はなにか、どの程度の規制と慎重さが適切と言えるのか、などを真剣に考えて意見表明する責務を負っている。ところが生命倫理に関わる場面では、今の日本はあたかも自由な議論が行われる民主主義が壊れてしまったような状況に陥っている。今すぐに健全で合理的な生命倫理の議論を作り出すことが必要であり、現状のままでは、日本の国と国民全体にとって取り返しのつかない損害を与えてしまうことになる。
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京大再生研に所属する友人から、以前「現在の文科省委員会での議論では、ヒトES細胞という人間様になる能力を持っている細胞様を取扱う時は、ヒトとしての尊厳を大事にして、ちゃんと専用のひな壇を用意せよ。畜生由来の動物細胞と一緒に扱うのは、まかりならん! ということなんだよ・・・」と嘆いているのを聞き、「まさか?」と驚いたが、この論説を読むとどうやら本当らしい。
有機体としての「ヒト」は、「人格」があるからヒトなのだ。ヒトを構成するエレメントはヒトではない。例えば、手術で摘出した臓器の一部を「ヒト」とは言わないし、これまでもヒト由来細胞を「ヒト」とは言わなかった。
ただヒトES細胞の議論は、「命の萌芽」というイメージが強すぎるために、混乱しているのは理解できる。お母さんのお腹の中にいる胎児にはまだ人格は形成されていないが、生まれさえすれば、その能力を持っている。その胎児になる能力(あくまで「能力」:ここが大事)があるES細胞は胎児と同等に扱え、そしてやがては獲得するかもしれない人格も認めろ、という議論である。
ここまでくると、もうムチャクチャ・・・。
じゃ、アメーバも長い進化の過程でヒトに成り得る可能性があるから、アメーバもヒトと同様に扱って大事にしろってか?
ここでオレ様が一言言っておく。
「ヒトES細胞をどんなに試験管・培養皿の中でいじくり回しても、ヒトにはならないの! だから、細胞はあくまで細胞なの!」
以前、無責任な科学ドキュメントをテレビで有名な「耳マウス(背中に耳介軟骨を持つ耳の型を作ったマウス)」を写しつつ、続いてCGが出てきて、「将来は移植用の臓器も試験管で作れる」などというホラを、「もう既にクローンも作れる」というかけ離れた技術と一緒に放映していた。そうすると、すぐ後におきまりの「命の不思議」を想像させる胎児の写真が出てくる。
これらは完全な意識操作であり、色んな可能な技術、将来の技術、そしてまず出来そうもない技術をごちゃ混ぜにして紹介するのが、最近のテレビにおける科学ドキュメントなのだ。
最近では、審議会を構成する「専門家」の肩書きを持った方ですら、この意識操作に引っかかり、理性的かつ科学的・合理的判断が出来ず、完全に思考停止している場面をよく見かける。
科学者が理性を失ったこの国の将来は、本当に大丈夫なのだろうか・・・?
このテーマは、またやるぞ!!
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