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前回、タミフル騒動に対するマスコミの報道について、オレ様な見解を述べた。その後の経緯を見守っていたが、マスコミの論調が余りに非科学的・情緒的であり、医学・医療、そして医療行政が万能でなければならない、とする迷信を益々国民に吹き込んでいることに対し、益々やるせない気持ちをつのらせている。
ここであえてもう一度発言するが、この異常行動により子どもを亡くされた方、ケガを負わされた方には、慎んでお悔やみ申し上げる。
また私は中外製薬とも全く関係ないこと(大学へ来ている担当者さえ知らない)を附記しておく。
これを前提にしても、マスコミ・知識人の「厚生労働省、製薬企業をスケープゴートに!」という一連の報道の異常さは目に余る。
私がまたタミフルについてこのブログで意見を言いたくなったには、有名な立花隆氏が日経BPに掲載した、次のような記事を見たからである。
「第102回タミフルに隠された真実:第二の薬害エイズに発展か(http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070324_tamiflu/)」
良く読んでみると、某NPOが公開しているデータ(タミフル内服群で、1日目の異常行動発生率が高い)がほとんどの根拠であり、これをもってして、「厚生労働省は何にも手を打たなかった」という、薬害エイズの際に使用されたロジックを展開するのだ。
「知」を標榜する立花氏にしては、余りにお粗末なレトリックである。
とは言え、最近の同氏は「東大はこんなにレベルが下がっている」という大昔から皆が認知してきたこと(東大生はみんなウルトラ天才であるとする幻想:もちろん優秀な人は沢山いますが)を、わざわざ声高に言い続けるネタを探すために、東大で講義をしているらしいが。
こんな風説を流される厚生労働省と製薬会社は、たまったものではない。このような理論がまかり通るようになれば、日本では新型インフルエンザが登場した途端、多くの国民の命が失われることになる。
従って、私は医師・科学者として、このようないい加減な論説は看過できないのだ。
薬害エイズと今回のタミフル騒動には、根本的な違いが2つある。
このことを、オレ様が指摘しておこう。
(1)薬害エイズは混入物(紛れ込んだウイルス)が原因であり、タミフルは本来の薬効を担う活性分子の副作用の可能性についての議論であること。
(2)薬害エイズでは、既に輸出元のアメリカで規制が行われていた事実を把握していながら、厚生労働省が国内で規制をしなかったことに関する点が問題であること。一方タミフルの場合は、海外での頻発事例の報告(もちろん散発事例はある)はなく、厚生労働省の立場としてみれば、タミフルを積極的に規制するだけの科学的根拠が無かった、ということ。しかもその検討を斑会議では進めていた段階であること。
従って今回のタミフル騒動は決して薬害なのではないのだ。あくまで、まだ検討途中の段階であり、異常行動をタミフルのせいだと結論するには、まだ余りに科学的根拠に乏しいと言うことだ。厚生労働省としては、そうしか判断しかできないではないか。
このことを考える上で、非常に参考になる記事が今日の日経メディカルに載っていた。
「薬剤溶出ステント(DES)とベアメタル・ステント(BMS)の優劣は? NEJM誌が異例の特集、5本の論文掲載」
知らない方のために簡単に解説しておく。
動脈硬化で心臓を栄養する血管(冠状動脈)が細くなったり、詰まったりする時に、バルーンやその部分にステントを入れる治療があることはご存知だろう(血管形成術+ステント留置術)。1990年代までは、これら治療の後に起こってくる再狭窄は40%程度にものぼり、大問題であった。それをほとんど解決したのが、2000頃に登場したDESだ。
但しこのDESにも副作用が起こる。急性の血栓性閉塞だ。これが起こると大変である。急性の心筋梗塞になり、かなりの症例では急死してしまうからだ。
事を重く見たアメリカFDAは、これを科学的に分析するため、色々なグループで行われている対照比較試験を検討した。それに関連する5論文が、アメリカで最も権威のあるNew England Journal of Medicineに5報まとめて掲載された。これを報道したのが以上の記事である。
ちなみに、先日行われた日本循環器学会では、このDES使用時の急性血栓の発生頻度は、日本では欧米よりかなり少なかったそうだ。
さて、以上をお読み頂いた方は、今回のタミフル騒動と比較して欲しい。
(1)DESについて、FDAは急性血栓を引き起こすこと、これが致死性であることを充分に知っていたが、その結果DESをアメリカ国内で全面使用禁止にしたのか?
(2)使用禁止にしなかったFDAを、アメリカのマスコミが「薬害だ!」として叩いたか?
(3)欧米で急性血栓が重大な問題だと解っていたのに、厚生労働省が日本国内で使用禁止にしなかったことを、マスコミが叩いたのか?
立花隆を初めとする日本のマスコミは、以上のDESの例をしっかり再考して頂きたい。
疑わしきは罰する。それは一つの考え方であり、それがBSEの時のように国の方針である場合もあるだろう。しかし医薬品にそれを適応した場合に、失われるベネフィットはどう判断するか?
アメリカのうらやましい点は、そのような判断を迫られた場合、極めて理性的、つまり医療をリスク/ベネフィットで論理的に処理しようとする行政、患者、医師、そしてマスコミの共通認識だ。
そして問題については、アメリカは必ず臨床試験により、時間を掛けて科学的に判定して行くことができる。その結果を、権威ある雑誌に掲載する。つまり科学的な検証がしっかりと進められているのである。
今日のオレ様な一言:
日本の医療を真の意味で遅らせているのは、副作用の発生について幼稚かつヒステリックな反応しか出来ない立花隆のような一部の知識人とマスコミではないのか? このブログを読んだ方は、是非一度よく考えて頂きたい。
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休みの日に職場で仕事をして夜十時に帰宅すると、今夜のニュースはタミフル一色。緊急安全性情報により、10代のインフルエンザ患者へのタミフル投与が原則的に禁止された。
私は元外科医だが今は研究で大学にいるため、医療現場へはほとんど出ることもないが、現場の先生たちは、さぞ困惑しているだろう。
異常行動なる現象で子どもを亡くされた方、また子どもがケガを負ったという方に、まずはおくやみを申し上げたい。
一方で我々は科学者・医学者なのであるから、科学的な観点から、今回のタミフル騒動について一定の考えを持っておく必要がある。
今日は今回の件を報道するマスコミについて、私なりの考えを・・・。
ニュースを見ている限り、マスコミの論調は、あたかも「薬害」のような言い方。従って「またか・・・」というのが率直な印象。イレッサの時も同様であるが、日本のマスコミは医療が「リスク・ベネフィット」であるということを、理解していない。従って、それを国民に理解させようともしない。つまり医療行為を行えば、必ず一定頻度で副作用・合併症で苦しむ患者さんがいるということを国民に伝えることができない。手術をすれば合併症が一定頻度で発生する。キレのよい薬であればあるほど、副作用も一定頻度で間違いなく起こるのだ。薬は水や小麦粉ではないのだ(もっとも、小麦粉はアレルギーの原因にもなるが・・・)。
このようなマスコミにより、国民はミスリードされる。「手術の名医」として紹介するとき、その名医がやった手術で発生した合併症の数と質を明確にしようともしない。薬もまた同様であり、副作用へスポットを当てるのであれば、また同時にその薬がこれまで人類へ貢献してきた治療成績についても、スポットを当てるべきなのである。
このような非科学的なマスコミにミスリードされた国民は、あたかも薬は「コンビニで手に入る手軽さで、しかも余り高くなく、飲めば病気は消えて無くなり、一切副作用はなし!」などと勝手に暗黙の内に思いこんでしまうのだ。
一度欧米に住んで頂くと理解出来ると思うが、欧米では患者さんは本、インターネット、口コミなどによりあらゆる情報を集め、少しでも自分に合った治療をやってくれる病院を見つけ、その病院近くのホテルに滞在し、例え治験であってもその危険性を充分に医師や医療スタッフから説明を受けて、そしてようやく治療が開始される。しかも通常の医療行為の場合は高額である。自分の命は自分でまもる。これが徹底している。即ち、患者自らが人格として成熟しており、決して他人のせいにはしない。欧米で訴訟が多いのは、不満たらたらという訳ではなく、「私が受けた説明内容と現実に起きたことが違う」ことに対して訴訟をするのだ。しかも医療訴訟は刑事ではなく原則民事裁判であり、これにも多額の費用が掛かる。
なんちゃって外科医であった私も10年くらい前まで救急の現場によく出入りしていた。もちろん、命に関わる重大な外傷などを手早く処置し、患者さんをrescue出来た時、そしてご本人やご家族に感謝された時には、「医者になって本当によかった」と思えた。しかしこれは実に数十例に1例程度であり、多くの場合は、救急病院をコンビニとして見ている患者さんが多く、全くもって閉口する場合が多かった。真夜中に他の患者さんへ救急蘇生している最中でも、「オレは熱があるんだ! ここは救急病院じゃないのか?なんで待たせるんだ!!訴えてやるぞ(刑事裁判ならお金もかかんないぞ)!」など平気でクレームを付ける輩が多い。一体、救急病院をなんだと思ってやがるんだ?と、はらわたが煮えくりかえる思いを何度もしたことを覚えている。
要するに、この国では、医療・病院はコンビニと思われているのだ。
「良くなって当たり前。お金は払いたくないし、待つのもイヤだ。24時間最高レベルの医療が格安料金で提供されるべき。薬の副作用なんてあってはならない。何か起こしやがったら、訴えてやる!医者も製薬会社もだ!そうしたらお前は罪人だ(なぜか、日本の医療訴訟は刑事裁判が多い)!オレは金を払ってるんだ(格安だけどね)!」
これが今日、医療現場で医師が直面している無茶苦茶な横暴である。
もう20年ほど前になるが、研修医の時におばあちゃんの患者さんに、「こんなにしっかりお医者さんに見て頂いたのは初めてです。本当にありがとうございました。」と、まるで仏様にするように手を合わせてくれた方がいた。当時はもちろんぺーぺーであり、そんなことを言って頂ける技量も持ち合わせていなかったのであるが、「お医者さんにしっかり見て頂いて、ありがたい」という気持ちが暖かく伝わってきた。
「ありがたい」と想う気持ち。今の日本人は忘れていないか?
これこそ「美しい国〜日本」の原点ではないか?
タミフルは効く。これは私も自分の身体で確認しているので間違いない。まず異常行動を起こす可能性が高い集団(10代)への投与は当面の間原則禁止。それはそれでよい。ではタミフルの恩恵への影響を最小限にして、どのような方策を取れば異常行動の発生確率を最小限に出来るか? もし異常行動が起こることが懸念される場合はどうしたらよいか? それをちゃんと複数の専門家へ意見を聴いてみたら?
お上(厚生労働省)が指示を出さなければ「何やってんだ!」、出したら「遅い!」、急いで夜中に会見したら「何故慌てて夜中に?」、なんてどうでもいい議論でしょう?責任を誰かに転嫁したい!という意図が見え見えであり、不満を厚生労働省へぶつけているだけ。
こんな時には、イラクで殺害された被害者へ向かって「自己責任だ!」とした、威勢のよい発言は全く見られない。
作用と副作用について説明を受けた上で薬を飲むことは、自己責任ではないのか?
あなたには、医師に勧められた薬を飲む/飲まないを、誰にも束縛されない自由な自らの意思で決定できる権利があることを知っていますか?
今日のオレ様な一言:
このような一貫性のないマスコミにミスリードされ、「成熟できない市民」の状態で置かれていることに、日本国民は早く気がつかなければならない!
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本当に忙しかった今週を乗り切り、ようやく余裕が出てきました。
しかも伸び放題だった髪を切ってスッキリ!
さて、最近息子を見て思うことを綴っておきます。
うちの息子は4月から小学校2年生になります。毎日学校が楽しいらしく、またなぜかしら登校時も近所の同級生が元気に呼びに来ますし、休みの日になると、朝っぱらから集団で遊びに来ます。
いかにも、絵に描いたような幸せそうなほほえましい光景なのですが、息子に言わせると、それなりにストレスがあるそうな。「A君はB君にイヤなことを言うんだよ。」、「C君は押すし、物を投げるし・・・。」、など。
まあ「ふんふん」と聞いていますが、特に私の意見を言うこともありません。というのは、私の関心はそれ自体がどうこうということではなく、「さて、彼がどんな風に自分のストレスを解決するかな?」ということ。
息子は同級生に言わせると「正直でやさしくて良いヤツ」なんだそうな。確かに父親の私に対しても、真っ正面から正当な理屈を言ってくるし、間違っていることを諭すと、「ゴメンなさい・・・」と良く理解した態度。確かに大人の眼からみると、いわゆる「良い子」なのだが、さて自分の子どもの頃と比較すると、余りに真っ直ぐ過ぎて、逆にちょっとばかり心配になることもある。
最近はよくいじめが問題になり、いじめが原因で自殺する子どもも増えてきた。「美しい国」のために教育再生を目指す安部内閣の方針でも、いじめの解消は一つの重要な課題のようだ。
しかし一方で、いじめは無くなるのか?というと、「まさか・・・」である。そう、昔からいじめは相当なレベルであった。家内に言わせると、「それでも最近は陰湿になってるから、親と先生が気をつけなければ・・・」ということらしい。確かにこれは一般論としても正しい。しかしこれは母親的視点であり、私は父親として単純に賛同するわけにはいかない。何故なら、いじめなんてものは根本が人間という種の本質から出てくる現象なのであるから、学校でいじめが無くなっても、次は社会に出てから同じ壁にぶち当たる。
従って、私が父親として息子に伝えるべきは、「いかにして、自分に降りかかるいじめと闘うか?」、そしてその闘い方を教えることなのである。
そもそも、いじめとは「他者との比較、そして優越感・劣等感」という、人間の本質的な部分に端を発している。もちろん、これ自体は否定するべきことではない。優越感は自己を確認するために必須であり、また劣等感は自分の足りない部分を理解し、それを乗り越えるエネルギーにすることができる。しかしこれらの感情が自己ではなく特定の他者へ向く場合、それが負のエネルギーとしていじめの原因になるのだ。従って、どんなに工夫をしても、いじめを無くすことは絶対に無理なのだ。
さて、ではどうすればよいのか。それはいじめのプロセスを理解すればよい。
つまり我々が認識すべきは、いじめは不特定多数に向くことは決して無く、必ず特定の個人へ向くことが特徴なのであり、これがいじめに「実効性」がある最大のポイントなのだ。つまり、いじめの対象を「個人」から「多数」へ転換させることができれば、いじめはその実効性を完全に失うのである。これならば子どもへの教育に加え、学校・親の協力によりシステムとして対応することができる。子どもたちには、いじめを見たときにどのようにして「個人から多数へ」転換させるか、その方法論をパターン化して教えることが重要なのである。
生まれと育ちが違う人間が社会を構成している以上、トラブルとストレスはつきものだ。いじめは学校の専売特許ではなく、社会に出ても必ずつきまとう。そしてそのトラブルとストレスをどのようにして料理していくのか、それを子どもの頃にしっかりと教えて行かなければならない。
息子には、いじめなんかに負けない雄々しく逞しい精神を養ってもらいたいものである。
ではまた。
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「日本って、どうしてこんなに雑用が多いんだろう・・・」
なんて考えながら、真夜中に久しぶりの更新です。
Keystoneから帰って、全く余裕無し。今週なんか、ありがたいことに8回も飛行機に乗せて頂いています(先週4回・・・)。明朝一番の学会ワークショップでお話しするため、慌ててスライド調整中。どうやら一段落です。
最近、飛行機の中で「シティが活況」という新聞記事を読みました。英国を知らない人は「シティ? 街? 市?」なんて思うかもしれませんが、英国に留学していた私にとっては、懐かしい響きです(もう10年前)。
英国・ロンドンでの暮らしは、私は大嫌いだったのですが(とにかく食べ物がまずい!)、その社会と成り立ちは、日本と比較して色々と考えさせることが多い。
誤解を恐れずものすごく単純化してお話しすると、ロンドンはもともとシティを中心とした商人の街でした。今の王室の祖先である海賊が、まずウェールズに住み着き、そのうちに「リッチなシティが欲しいなぁ・・・」と思いつきます。ただしシティはお金はあるは、ギルド(互助会みたいなもの?)を作って力も持ってるし、潰すより仲良くした方が得だな、と判断した王室の祖先は、「オレ様がお前たちシティを護ってやる」と厚かましくゴーマンかまして、ウェストミンスター地区へ政治の拠点を移しました。そしてテムズ川を上ってくる外敵からシティを護るため、あの虐殺で有名なロンドン塔を作り、政治を始めたのです。ちゃんちゃん。
従って、英国領土での王室の起源はウェールズなので、亡くなったダイアナ妃は「プリンセス・オブ・ウェールズ」というのだ。どうですか、勉強になったでしょう。
本当かどうか見たことはないが、聞いた話では、今でもエリザベス女王がシティの敷地内に入るときは、ちゃんとシティメイヤー(市長さん)が出向き、剣(?)の交換の儀式をしてから入るそうな。
(ちゃんと知っている人は教えて下さいね!)
どうでもいいですが、これは私が多感な青年時代を過ごした博多の成り立ちと似てて、博多商人のいるところに岡山から出てきた大名(黒田さん)が福岡城を建設し、博多商人を護ったそうな。ちなみに岡山に福岡って場所があるそうです、知ってた?
さて前置きが長くなったが、英国で研究をしていて考えさせられたのは(私はロンドン大学、といっても建物はなく、実際はそれを構成するカレッジの一つ、インペリアルカレッジで遺伝子治療の研究をしていたのです)、委員会などの考え方の合理性。
また少し脱線しますが、英国の研究者は、実は多少ひねくれています。これはアメリカに対して。
アメリカという国は「英国の落ちこぼれが作った国」という意識は当時でも(恐らく今でも)根強く、「世界中で一番英語がヘタなのは、なまった英語を厚かましく堂々としゃべっているアメリカ人。」と平気でゴーマンかまします。でも、アメリカのダイナミズムとパワーには、多少忸怩(じくじ)たる感覚があるらしく、私のボスも「研究のマテリアルに、アメリカ人が作り出した技術は採用しない。だから私は日本と組むのだ。」などど堂々と言っていました。
このような英国人だから、例えアメリカがシステムを作っても、それをそのまま採用しません。遺伝子治療の審議で言えば、アメリカではIRB〜RAC/FDAという経過をたどり1年以上掛かります。日本もシステム上はアメリカに準じていますが、どうしても委員会の権限と議論が「あいまい」になりがちです。さらに省庁とのやり取りのプロセスが極めて煩雑(とにかく要求される紙の量が半端じゃない)であり、またFDAがwebでオープンにしている詳細なガイドラインや文例などのように、具体的にいざ書類を作成するときに参考にできる基準がないので、その時々と担当者により状況が変化し、現場にいる人間としては、正直に言って閉口します。私の経験では、IRB1年、省庁3年半。この話をすると、アメリカ人、英国人の研究者は、目を丸くします。
ところが英国では、明確に委員会の役割を分割し、科学的側面を議論するGTAC(Gene Therapy Advisory Committee)、安全性を審査するMCA(Medicines Control Agency)、そして倫理を審査するIRBが、それぞれ必ず半年以内に結論を出します。ラボに出入りしている研究者(医師)に「英国の審議システムは合理的に出来てるね。」と言いましたら、「システムをハイ・スループットにすることで、医師・研究者に対する負担を最小限にし、質を保ちつつ合理性を最大に発揮するという配慮だろう。アメリカと同じ土俵ではアメリカには勝てないのは明らかだ。英国は英国の土俵で勝負する。この場合土俵を作るのは国であり、国も私たちと同じ認識だということだろう。」と言っていました。
最近、我が国でも「国策」という言葉は頻繁に出てきますが、本当に日本という国は国策を考えているのか? 前例主義の落とし穴に陥っていないか?
英国の例は、それを考えさせるものです。
・・・・以下、次回。
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帰国するまで投稿しないはずだったのですが、「ムカッ」とする記事を見つけたので、またまたオレ様な意見を述べておきます。
その記事は、「「端末メーカーは世界市場に挑戦する気はあるのか?」--第3回モバイル研」なるもの。
http://japan.cnet.com/news/com/story/0,2000056021,20343241,00.htm
ここで海外進出に手をこまねいているドコモなどの携帯会社や、端末メーカーが、総務省が開催した有識者なる方々から、やり玉に挙がったことを記されています。
この記事は第3回目らしく、以前の回も目を通してみると、メーカーが中国から手を引いた経緯、日本だけが孤立している(グローバル化していない)原因を会社の姿勢と国内独自の制度〜端末の販売奨励金制度、SIMロック(契約者情報搭載カードの利用制限)〜にあるとする論調です。
私もドコモユーザなので、もちろん毎月の伝票を見ながら「高いな・・・」とは思っていますが、これはサービスに対する対価である、と割り切っています。お金が無いときは使わなければいいし。
ところが、この記事では次のような文章が出てきます。
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「なぜiPhoneは日本で使えないのか?」
最後はインデックスの経営戦略局兼技術局局長の寺田眞治氏。寺田氏は「なぜiPhoneは日本で使えないのか?」とし、iPhoneを例に、国内市場においてユーザーの選択肢を阻む「ボトルネック」が存在していると主張した。
寺田氏は、プラットフォーム、通信サービス、ネットワークのレイヤーにおいて、日本が世界市場と隔絶した高度なモバイルビジネス・カルチャーを達成したが結果として海外市場からの孤立化を招く、「ガラパゴス諸島状態」にあると主張した。「国境のないネットワークの世界で鎖国を続けることは不可能」とし、海外からグローバル・スタンダードが流入すれば、「海外進出どころか、グローバル・スタンダードの流入で国内市場構造の大半が塗り替えられる恐れすらある」との懸念を表明した。
そこで問題の本質になるのは、グローバル・スタンダードへの移行方法であるとし、「(グローバル・スタンダードと)日本型モデルとは共存しえないのか?」と課題を投げかけた。
寺田氏は、その課題を解くカギは「ユーザー・オリエンテッドな環境」にあると主張。最終的な選択権はあくまでユーザーにあり、既存モデルに加えて様々な選択肢を提供する必要があるとした。
加えてFMCの進展についても「次なる不安」として、「更なる巨大な垂直統合事業者が出現する可能性はないか」と警鐘を鳴らした。「次のビジネスの変革点が、ある1社によって決められてしまう可能性がある」(寺田氏)。
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iPhoneが出てきたので読んでみたら・・・、びっくり・・・。これ、ホントに有識者の意見?
この文面の問題点は一杯あります。取りあえず2点を順を追って。
(1)「海外進出どころか、グローバル・スタンダードの流入で国内市場構造の大半が塗り替えられる恐れすらある」
これは、「アホちゃうか?」である。ご指摘のように、日本は高度なモバイルビジネスカルチャーを達成したがゆえに、(ここからはオレ様の意見)「海外メーカーが容易に手を出せない程、市場が成熟している」のである。この人は、ボーダフォンの失敗を忘れてしまったのだろうか?
私は一時、ドコモのがんじがらめの規則に嫌気がさし、ボーダフォンへ浮気したことがある。確かに安かった。およそドコモの半分である。しかしコンテンツは少ない、電話が繋がらないエリアが多いなど、色々と支障が出てきてしまったので、結局ドコモの軍門に下った(!)(う〜〜)。そしてボーダフォン日本法人は結局ソフトバンクへ身売りせざるを得なかったではないか。
ドコモやauは、このようなサービスを充実させるために莫大な設備投資をしているのだ。高いのはある意味当然である。そこでこれらがカルテルを作って価格つり上げを持続させるのであれば問題だが、そこにソフトバンクが乱入した。「サービスの充実+低価格」を売りにしている。従ってドコモ、auともに競合しなければならない。つまりこの構造は、日本が極めて正常な状態であることを示しているのである。そして、その「質の高さ+安さ」(決して僕らユーザには安くないけどね)に関して、海外メーカーは着いて来れないのである。
(2)「更なる巨大な垂直統合事業者が出現する可能性はないか」と警鐘を鳴らした。「次のビジネスの変革点が、ある1社によって決められてしまう可能性がある」
ここまでくれば、もう「あんぽんたん」である。どんなビジネスにしろ、ビジネスの変革点は、多くの場合、ある1社によって決まるのは当たり前ではないか。WindowsのOSが護送船団で開発されたのか? 青色発光ダイオードは? むかしで言えば、VHSは??? ビジネスの変革点にはブレークスルーする技術が存在し、多くのユーザが現れ、その技術が特許で保護されるため、莫大な利益を得る。だからこそ企業は研究開発に莫大な投資をするのではないか。これこそが、企業のそして民間のダイナミズムである。それしドコモの場合の一例が、iModeなのだ。
このような論客が話をする場合、ではなぜトヨタが海外進出に成功してドコモが失敗しているのか、それぞれの社会状況の違いをもとに、ちゃんとした理論を立てられる人はほとんどいない。
このような人は、「ドコモ、au共に、公共性の高い携帯電話事業をやっているのだから、ユーザが便利なように、例えば世界中どこに言っても使えるように、するのが義務だ。」という「グローバル化論+ユーザ第一論」を述べるが、冗談じゃない。こんな傲慢な物言いをする人間は、「識者」としては相応しくないと思わない?
私がドコモの社長なら、「うちのサービスは独自の素晴らしいものであり、どこもまねできないもの。ユーザのみならず社員と株主の利益を護るため、我々のサービスは少々割高だが、同一土俵での他社との競争は避け、より優れたサービスの提供へ特化する。不満があるユーザは、よそのサービスを受ければよい。もちろん、我が社のサービスを採用したいという携帯会社が出てくれば、協力してサービスを広げることにはやぶさかではない。」という。
そして、「端末メーカーは世界市場に挑戦する気はあるのか?」という問いには、「もちろん、それがビジネスとして成立するのであれば。但し、今は必ずしもうまくいかない要素が多いと思うので、積極的には展開しない。我々は株主と社員を護らなければならない。」
当たり前でしょう? だって企業だもん。
今日のオレ様な一言:
ドコモ、auは、このような変な意見に負けずに戦うべし。
それがこの国の輝く一流企業だ!
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(写真:池にできたスケートリンクに備えられた電飾ツリー)
低酸素血症のためなが〜く感じられたKeystoneも、今日が最後の夜。
院生の加藤君は、夕食のメキシコ料理を「うまい!、うまい!」と軽くたいらげて、最近出てきたお腹をポンポン叩きながら、ご満悦のご様子でした。
今回、初めてちゃんとした免疫系の学会に参加したのですが、とにかくブレーン・ストームで、「もう少しちゃんと勉強しないと・・・」と実感。
予定の書き物も6割ほどしか消化していないので、今日・明日が勝負です。
ところで血管新生因子VEGFをターゲットとした抗腫瘍剤・アバスチン(中外製薬、Roche・Genentech)が、いよいよ3月中旬の薬事分科会での報告の後、正式承認されるそうです。
やっとか、という気もしますが、このかなり高い抗体医薬が、どこまで日本で普及するのでしょうか。恐らく大丈夫でしょうが、色々というヒトもいますよね。
ちなみに、VEGF発見者でありアバスチンの開発者、Napoleon Ferrara博士のことは、この分野に多少詳しいヒトなら、皆さんご存知でしょう。私には彼に少し言いたいことがあるのですが、またゆっくししてから投稿します(最近、宿題が増えつつありますね)。
では、次は日本へ戻ってから投稿します!
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今日も軽めの話題を少々・・・。
アップルのiPhoneのCM、見ましたか?
http://www.apple.com/iphone/hello/
シンプルだけどインパクトのあるCMですね。とはいえ、ワンショットごとに著明俳優・女優がキラ星のごとくちりばめられているのは、さすがApple!、と言うところですが。
私は20年来のMac userですが、特にCEOにSteve Jobsが返り咲いてから、その仕事ぶりは本当に素晴らしいですね。
オレ様なりにJobsが凄い!、と思うところは、
1)イメージ戦略
「僕がiPodを付けてジョギングしたら・・・」、「あのMacBookでプレゼンしたらカッコいいかな?」なんて、想像させちゃうところ、かな? 昔子どもの頃、特撮を見てワクワクしたり、スーパーカー(?)なるものの写真を見てドキドキしていたように、「これ、買っちゃったら、オレの生活変わるかも?」なんて、思わせるところだろうね。これはOS・ソフト中心のWindowsには無いところ。フェラーリ、ポルシェにあって、VWにない。ホンダにあってトヨタにない。それは常に一歩先ではなく、生活を変えるくらい衝撃度がある1.5-2歩先を行く。これが事業としてうまくいかないこともあるけど、ブランドイメージのためなら物ともしない。これを作り上げるところは、Jobsはさすがですね!
2)事業戦略
これが日本人にはなかなかできないところです。
私がびっくりしたのは、「アップル」という名前の商標使用について、以前ビートルズと「音楽産業に参入しないことを条件」にOKしていたにも関わらず、「これは時代を変える!」と決断したら、裁判も辞さずにiPod、iTunes、Music Storeを世に送り込み、既成事実をつくったあとに最近和解しています。これは普通の経営者ではできないでしょう!
http://www.apple.com/pr/library/2007/02/05apple.html
iPhoneのデモを見てみて下さい。きっと子どもの頃のようにワクワクしますよ!
http://www.apple.com/iphone/
今、私が欲しい珠玉の一品です!
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