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(写真:ロッジのバルコニーから見た風景)
少しハードな話が続いたので、ちょっと一息。
Keystoneは標高が富士山くらいあるらしく、酸素不足のせいか、どうも調子がイマイチです。
肩が凝りやすく、安眠できず、なぜか少量の鼻血が出ます(?:理由を知っている方がいたら、教えて下さい)。
これに慣れない寒さ(私は九州育ち!)と時差ぼけで、何とも最悪なコンディションで学会に参加しています。
ただ景色はバツグン! 九州でも、また今年は千葉でも雪はほとんど降らず、粉雪というものを初めて見ました。
今回のKeystone symposiaは樹状細胞がメインのシリーズに参加しましたが、私の元々の専門ではないこともあり、とにかく目新しい、面白い研究が盛りだくさんです。久しぶりに勉強すると、色々とアイディアが沸いてきて、「急いで実験をやりたい!」って気になってきますね。ラボの大学院生諸君とアシスタントは迷惑かも・・・。
今日は大学院生の加藤君とロッジ内のスパで裸の付き合いをしてきました(もちろん、アメリカなので、海パン着用!)。
今日を含めてあと3泊。体調が戻って欲しいものです。
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昨日は間違いとねつ造について思いのまま書きました。
もう一つ大きな問題があります。それが告発の問題。
これについて、オレ様な意見を述べておきます。
2006年2月2日の日経バイオテクによると、2月1日に開かれたねつ造と告発に関する文部科学省科学技術・学術審議会の中で、「すべての告発者が善意とは限らないことを念頭に置く必要がある。悪意を持った告発にどう対応するかも検討の大きなポイントだ」という発言が、科学技術・学術政策局の政策課長からあったそうな。これに対して野依会長も、「不正は見逃せないが、悪意ある告発者による風評被害から研究者の信用失墜を防がなくてはならない。告発者も研究者ならば、科学的根拠を伴った告発が求められる」と述べたそうな。
至極もっともな意見である。しかし現実はどうだろう。
少なくとも私の知っている優秀な研究者の場合は、内心では「いくら何でも、あのデータはおかしいでしょう!」と思い、学会場では激しくバトル(議論)することはあっても、それをわざわざ告発はしない。他大学の発表データが自分のラボで再現性が無いからといって、告発することもない。ちゃんとした科学者は、学会・学術論文という場で正々堂々と意見を述べるのである。そして世界中がそれを追試して行くことにより、最終的な判定は下される。このプロセスは10年以上も掛かる場合もある。不正行為を含め、間違った結果や理論は、やがて風化して消えていくのだ。
科学の世界では、この「時間という裁判官」に判定をゆだねることも、また重要なのである。
従って通常の場合、告発者が出てくる場合、告発者自身がこのような正々堂々とした意見発表が出来ない、レベルの低い研究者が大勢になる可能性が高いのである。恐らく、野依先生が望むような「科学的根拠を伴った告発」者はほとんど出てこないだろう。科学的根拠を正確に示すことが出来るちゃんとした研究者は、実のところ、告発などにかまけていられる程ヒマではないのである。昨年来話題になっている東大でのねつ造疑惑にしても、発端はアメリカの研究者が出したNature Geneticsにおける反論論文と聞いている。恐らくは「おかしいんじゃないの?」と思っていた研究者はいるはずだ。でもその論文が出るまでは、誰も告発しなかったんでしょう?
やっぱりちゃんとした研究者は、正々堂々と自分の意見を公の場で発表出来る力を持っているのだ。
これが科学の世界の自浄作用である。この世界、意外とちゃんとしている!のである。
今日のオレ様な意見:「決して個人情報保護法などを持ち出して、告発者を保護してはならない。他人の人生を潰してしまう可能性のある告発を行うならば、自分も科学者生命を掛けて告発をしなければならない。」ということ。その覚悟がないなら、告発なんかするな。学会・論文で、正々堂々と戦えばよい。
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Keystoneで最初の夜を過ごしています。
中途半端な投稿のつづきを考えていたところ、こんな記事を見てびっくりしました。今日はまたまた別の話で行きます!
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万能細胞の論文に欠陥 02年ネイチャー誌掲載
記事:共同通信社
提供:共同通信社
【2007年2月26日】
【ワシントン24日共同】2002年の英科学誌ネイチャーに掲載された、体のどんな組織にも分化する胚(はい)性幹細胞(ES細胞)に似た万能な細胞をマウスの骨髄から取り出したとする米ミネソタ大の研究論文について「重大な欠陥がある」との調査結果を同大がまとめた。AP通信が23日、伝えた。
受精卵を壊してつくるため倫理的な問題が指摘されるES細胞の代わりとして使える細胞の可能性を示した有名な論文だが、ほかのグループが実験で完全に再現できないことから、内容が疑問視されていた。
AP通信によると、キャサリン・ベルファイ教授のグループは論文で、マウスの骨髄から取り出した細胞が心臓や神経、肺や肝臓などの細胞に分化したとした。しかし調査の結果、同大は「分化した細胞の確認に重大な欠陥があり、結論は間違いの可能性がある」とした。意図的なでっち上げではないとしている。
問題を指摘した15日付英科学誌ニューサイエンティストは「別のマウスの細胞のデータが流用されている」とした。ネイチャー誌は「論文の著者と連絡を取り調査中だ」と答えているという。
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私はもともと、2005年頃までの幹細胞生物学は、結構いかがわしい論文が多いな、と思っており、この論文もその範疇に入れていましたが、それは取りあえず置いておきます。また恐らくチクッた人間もいるはずですが、それも置いておきましょう。
私の疑問は、「何で、この内容が共同通信の記事なの?」ということです。
論点は1点のみ。「意図的なでっち上げではないとしている。」なら、悪い言い方をすれば、「思慮の浅い研究者が功を急いで、目の前にあるデータを客観的に判断できず、間違った解釈をした。」、つまり基本的には不可抗力であるということであって、もともと存在しないマウスの解析をしたとする某国立大学のねつ造論文や、韓国のES細胞のねつ造とは、本質的に違うのではないの???
アメリカはもともと、それを追っかけている日本もそうですが、Natureなどの超一流雑誌は時代の最先端の論文を掲載するため、業績を求められる研究者の中には、「このデータでそこまで言うか?」という魅力的に見える論文を書く傾向にあります。従って、私の関係する分野だけで見ても、Nature+Nature姉妹紙やScienceに掲載された論文は、もちろん多くは大変立派なものですが、一部には「いくら何でもウソでしょう?」というもの、再現性なんて全く取れないものも多く含まれているのは間違い無いのです。
論文はあくまで論文。研究者が自分の仮説とその証明(必ずしも正しく無い場合も含まれる)を表現する場であって、それは教科書とは違うのです。再現性のない論文は、一時期は一世を風靡しますが、やがては風化していくもの。論文が出た後、数多くの追試で確認され、多くの研究者が「正しい」と認知したものだけが、やがて真理として教科書に残っていくものなのです。
私があえてこれを主張するのは、「意図的なねつ造を含まない、データ不備や解釈の間違いが問題にされる社会になると、科学者の世界は大混乱に陥り、その存立すら危ぶまれる」からです。
今日のオレ様な一言。
「ねつ造は罰せよ! 間違いは軽蔑に止めよ!」
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時差ぼけのおかげで時間ができてしまいましたので、また更新を・・・。
私ももともとは外科医でしたので、現在の医療現場について、日経メディカルの本田宏先生のブログをたまに拝見して勉強していますが、今回はまたすごいコメント投稿数ですね!〜 これくらいみんながアクセスするように、がんばろっと・・・。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/honda/200702/502508.html
さて、私は「オレ様」であり、人智を超えて偉いので(ここまで冗談)、昨今の医師不足(or 医師偏重?)は既に2000年には予言しております(これホント)。当時の私の講義を聴いた学生さんなら、覚えているはずだけどなぁ・・・。
理由は簡単です。たった2つです。そしてその引き金になったのは、新研修制度です。
(1)医局の「力」の低下
(2)医師の専門度の細分化
今回は、前半部(1)の解説を簡単にします。
(1)医局の「力」の低下:
「白い巨塔」の効果で(これは言い過ぎ?)、医局とその長である教授は、最近では「悪の権化」のように捉えるヒトが多いようです。
まあ、権力(医局の場合は、メインは人事権)を能力の無い教授に与えると「きちがいに刃物」になる訳ですが、実はしっかりした教授が就任しさえすれば、医局制度ほど医学・医療に貢献できるトップダウンシステムはないと思っています(異論のある方、また後日バトルしましょうね!)。
実は、国が無策であり続けている地域医療の現場では、この医局システムが人材供給源として、そしてその長たる教授が任命権者として機能してきた訳です。だって、誰が好き好んで僻地に行きますか? 収入は多少いいかもしれないが、勉強できない、交代できない、休みも取れない:地域医療に一生を捧げて励めば、やがては新しい技術に取り残され、下手をすれば過労死です。これまでの医局は、数年ごとに医局員を入れ替えることにより、言ってみれば「だましだまし」地域医療を運用してきた、というところが本音でしょう。
今回の研修制度は、この必要悪であった医局の力を根本から破壊する可能性があるということは、私が、という意味ではなく誰にでも予測できたはずです。
医局の力の第一は「医師の派遣業」だったのに・・・。
従って、解決策は、今のところなし。
可能性があるならば、医局の人材派遣業部分を代行できる会社を作ることです。が、この会社は医師を多く抱える必要があり、しかも恐らくは勤務期間は数年(5年以内かも?)以下でなければならない。相当に高いコストの会社になるでしょう。
さて日本人の知恵は、この唐突な制度改革の影を乗り越えられるか?
本田先生のブログは、その一つのヒントになるのか?
後日、後半のお話しをしましょう。
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ブログを始めた途端、どたばたと面倒な仕事が入り、「もう飽きたのかよ!」と叱られそうなくらい、ほったらかして済みません・・・。
3時間ほど前、デンバーへ到着! まずはコロラドビーフで腹ごしらえしてから、寝ようというところです。 明日から始まるKeystone Symposiaで、久しぶりにゆっくり勉強(+読書+論文完成+他、雑用も!)しようと企んでいます。
ところで、今日はとにかくついていなかった・・・。 成田を出る前はかみさんとケンカする。飛行機で隣のオヤジは、いきなり靴+靴下を脱いだかと思ったら、水虫+花粉症+フケ症のようで、気になって安眠できず。サンフランシスコのトランジットでは、上田助教授、大学院生の加藤君とはぐれる。デンバー行きの飛行機では、隣のあんちゃんがiPODガンガン響いてくるし、「寝よう・・・」と思ってリクライニングしようにも、後ろの肥満体オヤジのために、リクライニングにならず・・・。 最近の不幸を全て背負ってしまった一日でした。
でも、デンバー空港から見る山々は、何とも言えずキレイですね! とにかく空気がキレイ、景色がキレイ。デンバーは4回目なのですが、冬だからかなぁ・・・。
では、気を取り直して、これから1週間はアメリカより投稿します。乞うご期待!!
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まずは、お堅いところから!
シリーズもので行きます〜。
国主導型の大学機構改革(独立行政法人化)とやらのおかげで、我々「大学の先生」は色々な観点から「業績」を求められるようになった。論文、取得研究費、シンポジウムなど講演回数、学会賞受賞歴、最近では特許、などなど。これらの項目は教授選考に時にも重要らしい。
取りあえず「人が見ても研究者として恥ずかしくない分量」が重要なのだろうが、最近は「量」に加えて「質」について求められるようになって来た。「Impact Factorは高くないとダメだ」、「オリジナルな仕事でないとダメだ」、「Nature、Cell、Scienceが何本あるから素晴らしい」とか・・・。
まあ判らない話でもない、というか「至極もっともな話」である。これだけ研究分野が細分化されてくると、同じ学問分野でさえ、「隣の人は何する人ぞ?」になってしまう。「評価」という言葉には「多様性・個性」は馴染みにくい。だって評価する側もされる側も多様性を尊重しちゃうと意見がまとまらないでしょう? だから評価する側の人間には共通の「評価基準」が必要で、それ故に「多様性・個性」については評価不能項目になってしまう。従って評価をする時点で、既にそれは画一性・公平性を持たせなければならない訳で、その基準としてimpact factorやNatureなどの超一流雑誌を選択することは、「優秀性を定量化」するには最も優れた(ある意味、最も安易な)方法論である。つまり、偏差値と一緒なのだ。
今日の「オレ様」な一言:
「評価」と「個性」は論理的に同時に併存できない、ってこと考えたことありますか?
つづく・・・
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初めてのブログ、挑戦! です。
新米のようにドキドキしますが、ここはあえて「オレ様」で行きます!
皆様、乞うご期待!
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