6月30日19時31分配信 時事通信
文部科学省は30日、3月に改定した小学校の学習指導要領について、教科ごとの解説書を公表した。社会科では6年生で教える第2次世界大戦に関連して、国民が受けた被害を新たに例示。「各地への空襲、沖縄戦、広島・長崎への原子爆弾の投下など」と記述した。 同日、都道府県教育委員会の担当者らを集めた中央説明会を東京都内で開催し、改定の趣旨などを説明した。中学校分の説明会は7月14日から実施する。 |
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第2次世界大戦に関する今回の文科省のやり方は、まったくの片手落ちです。
確かに、「各地への空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下」について、その正確な事実・歴史的意味づけ・その後の経過を小学生に教えることは大切なことです。
しかし、第二次大戦を学ぶときには、そうした「戦争被害」と同時に、否、それ以上に、「戦争加害責任」を学ばなければなりません。
日中戦争から太平洋戦争のなかで、繰り広げられた日本と日本軍による「戦争加害」は、被害を受けた側からすると決して忘れることは出来ません。
日本政府が自ら引き起こした戦争を真に反省し、戦争再発を予防するのであれば、「加害責任」を誠実に学ぶべきではないでしょうか。
それは、アジア諸国など対外的な加害と同時に、日本国民への加害があることは言うまでもありません。
そして、それは沖縄の現状をみるとすぐれて今日的な問題でもあるのです。
さらに最終的には、「戦争責任」を明確にすることでもあるのです。もちろん「天皇制の戦争責任」も含めてです・・・・。
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国連総会で2000年12月に決議された国際デーで、「数多くの難民が感じている孤独や絶望感に思いをはせ、私たち自身に何ができるのかを自問する日」。
6月20日は「世界難民の日」でした。
世界各地でいろいろな催しが開かれ、難民発生の予防と難民問題の解決に向けて様々な主張と行動が繰り広げられました。
UNHCRの取り組みにもかかわらず、難民問題は深刻化の一途をたどっています。
その原因も戦争や部族・民族紛争、自然的・人的災害、最近は食糧危機がそれらに拍車をかけている様に思えます。
私は、6月20日に札幌のある高等学校に招かれて、“生命について考える=シリア・ヨルダン、戦火を逃れる難民を訪れて”と言う題で講演する機会を得ることができました。
内容は、今年3月に訪れた、シリア・ヨルダンへイラクから逃れてきた難民の皆様の実態、特に米軍が使用している劣化ウランによる先天奇形の子供達や、戦傷被害の実態を報告するものでした。
明日への希望が持つことができなく、ともすれば絶望へと走らざるを得ない境遇の難民の人々の心の問題も含めた“生命”についての私の話の後に、聞いていた生徒からの発言がありました。
生徒は、「今日のお話を聞いて、他人事であった『難民問題』が私と関係のある身近な事に感じることができました。」と語っていました。
私の報告内容は、ありきたりのものですが、たとえ少数であれ、若者にとって、難民問題を身近な事として感じてくれた事に、心が温かくなりました。
これも小さな「世界難民の日」のひとこまでした。
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“レーザーレーサー”と“サメ肌水着”==問われル競技の公平性==国際水連(FINA)の出番==
競技スポーツと“用具(マテリアル)”の関連は複雑です。水泳に限らず、多くのスポーツでは、使用される“用具“によってそのパフォーマンスの成果は大きく変わってきます。
逆に言うと、“用具”の開発でパフォーマンスの技術そのものが変化・発展してきます。
スキーやスケートは言うに及ばず、陸上競技のスパイク、野球のグラブやバット、テニスやゴルフの用具などは、私達も良く経験するところです。
今回問題になっているSPEEDO社による“レーザーレーサー”水着に対しては、記録出現に惑わされず、冷静に考える事が大切ではないでしょうか。
“レーザーレーサー”水着には、二つの特徴があります。ひとつは、体を締め付ける事により体の凹凸や筋肉、皮膚の振動を減らし水の抵抗が少ない姿勢を保つ機能を高めてあります。
これは、最近流行している“スポーツアンダーウエア”と共通しているところがあります。
これらは、筋肉を体外からサポートし、また筋肉疲労を減少させる働きのあることが表面筋電図なども駆使した実験をもとに作成されています。
もう一つの特徴は、胸や臀部などの出っぱった部位にポリウレタン製のパネルを配置していることです。
これが、北島康介選手が言う「体の浮く感じ」を導き出しているものと思われます。現在の水泳競技に使用するには大きな疑問を感じるところです。
前者の「筋肉サポート」はすでに多くの他の種目で認められているのですが、後者の「浮く水着」については、その基準自体が不明朗なのです。
200年シドニー五輪で使用された「サメ肌水着」は、その時生まれた15個の金メダルのうち13個の金メダル獲得選手に使用されていました。
しかし、五輪が終わってまもなくその水着は使用禁止となりました. こうした経過を見ると、開催まで短時間に迫った北京五輪では、“レーザーレーサー”水着の使用を禁止して、国際水連(FINA)のもとでそれが競技水泳での使用が妥当なものか否か検証すべきではないでしょうか。
単に記録をあらそう競技水泳としてだけでなく、オリンピックはメダルをあらそうと言う特別な側面のある大会です。参加するすべての選手が公平な条件で戦うことが、フェアープレーの最低条件となるからです。
ここでは、国際水連(FINA)の公明正大なフェアープレーが試されています。
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1980年5月18日、韓国・光州市。この町で25000余名の戒厳軍が民主化を要求する学生、市民らと衝突した“光州事件”…タクシー運転手の青年ミヌは早くに両親を失い、たった一人の弟ジヌと暮らしていた。
父親代わりでもあるミヌは、弟に格別の愛情を寄せていた。そして、ミヌが想いを寄せる看護師のシネ。彼女は母親を亡くし、父親フンスとの二人暮らしだった。
彼らの平和な日常は、その日を境に突如として襲った嵐のような戦禍にまみえていく。ミヌは、ただその現実が夢であることを願った。軍の銃弾に倒れた弟のジヌ。かけがえのない愛と命が次々と犠牲になっていく。ミヌは、ただ愛するものを守りたい一心で戦いを挑んでいくのだが…。
商業映画としては初めて“光州の悲劇”を完全映画化。韓国の歴史に翻弄され犠牲になった市民の悲劇、そこに浮かび上がる人間愛を衝撃的に描く感動作。
アン・ソンギ、キム・サンギョン、イ・ヨウォン、イ・ジュンギら韓国最高の演技派俳優が集結。韓国内動員740万人突破、歴代韓国映画興行トップ10入りを果たした。(作品資料より)今日の午後から、仕事をやりくりして、映画館へ飛び込んできました。
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まず、自分の意見と異なるかもしれない「違憲判決」がでたからといって、曲がりなりにも「高等裁判所判決」です。いち公務員として、これを真面目に受け止めるべきなのです。判決を茶化して『そんなの関係ねえ』と言ってしまえば、彼に続く多くの自衛隊員の受け止めはどのようになるのでしょうか。
「裁判所からどんな判決が出ようが、自衛隊は自分勝手にやるだけだ!!」となってしまうのです。「文民統制」はおろか、「三権分立」なんのその、自衛隊=軍隊の好きにやるだけだと言うことを宣言しているのです。
専守防衛を是としてきた日本の自衛隊が、イラク特租法を作ってイラクへ派兵され、今回は、航空自衛隊の活動が、9条に違反することが、高裁判決として確定することになります。
意見の相違があるにしても、もっと真摯に「違憲判決」に向き合うべきではないでしょうか。
こうした自衛隊高官の無法な態度と言動を放置しておくならば、自衛隊=軍隊に関しての裁判所の存在事態が揺らいできます。これは、同時に実質的な「軍部の独走」を意味してくるものです。
私の周りの中学生からさえたしなめられた『そんなの関係ねえ』発言は、直ちに撤回すべきです。
そして、それはまた、自衛隊高官を指揮する福田首相や石破防衛大臣の責任でもあります。
田母神俊雄・航空幕僚長の進退も含めてけじめをつけるべきではないでしょうか。
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倒れる長井さんの写真、ピュリツァー賞に(2008年04月08日 朝日新聞)
【ニューヨーク=真鍋弘樹】米国の優れたジャーナリズムを対象としたピュリツァー賞が7日、発表され、速報写真部門で、ミャンマー(ビルマ)の反政府デモを取材中に射殺されたジャーナリスト長井健司さん(当時50)の写真を撮影したロイター通信のアドリース・ラティーフさん(34)が受賞した。
受賞写真は、ヤンゴン市内のデモ現場で、ビデオカメラを手にしたまま銃弾に倒れる長井さんと逃げまどう市民、至近で銃を向ける兵士らを撮影したもので、全世界に配信された。同通信によると、ラティーフさんは「この写真が歴史に残り、あの日起きたことが人々の記憶に刻まれることをうれしく思う」と感想を述べ、長井さんのことを思い出して欲しいと語った。
今期ピュリツァー賞の速報写真部門でミヤンマーの反政府デモを取材中に当局に射殺されたジャーナリスト長井健司さんを報じたロイター通信のアドリース・ラティーフさんが受賞されました。
ピュリツァー賞と言えば、これまで数々報道写真を世界中に発信してきました、いや、逆に言えば、知らされなければならない事実を写真を通して全世界に報じる重要性を訴えてきたのかもしれません。
長井さんをめぐる事態は、即座に写真やVTRを通して世界中に発信され、それを目にした私たちは、ミヤンマーにおける軍事政権の暴挙のひどさを認識させられました。
旧くは、ベトナム戦争での数々の衝撃的な写真がありました。「乳飲み子を抱いて河を泳ぎわたる母と子」、「炸裂する爆弾のなかで泣きながら逃げまどうベトナムの裸の子供たち」などは、当時のベトナム戦争反対の世論の盛り上がりに大きな力を発揮しました。
たった一枚が大きな影響を及ぼすことがあるほど「写真」の力は計り知れないときがあります。先日、伺ったヨルダン・シリア、ダマスカスのリトルバクダッドなどにも、多くの人々にもっと知らせるべき事実がありました。
こうしたことは、一部の報道機関だけでなく、より多くの人々が自由に世界中に「事実」を発信する必要性を感じています。
インターネットやブログの発達は、世界中の出来事の共有を少しは容易なものにしてくれたのかもしれません。
しかし、それ以上に、発信する側の誠実な努力が求められているのも事実だと感じています。
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さて、いよいよ3月10日。わざわざ休暇を取って協力してくれる山口調整員と林理学療法士に案内されてダマスカス郊外に二台の車椅子とともに到着しました。
まず最初に届けたのは、ハラン村に住むジャマル君。9歳の少年でした。生来、脳性マヒの状態で、古い通常タイプの車椅子を使用していました。
札幌から持参したのは「ティルトタイプ」の車椅子で、林理学療法士さんも「これがほしかった!」と大喜びしてくれました。しかし、ジャマル君が年齢よりも小柄であったため、その場で「Foot Rest」と「Head Rest」を一度はずし、小一時間の調整作業を行いました。
その後、美味しいお茶をご馳走になり、満足そうなジャマル君と、感謝でいっぱいの様子のご家族に見送られて村を後にしました。
この村では、ジャマル君が使用した後の車椅子は「責任を持って障害のある子供たちに使わせていただく」とのことでした。
次の届け先は、林さんもかかわっているCBR(Community BasedRehabilitation)でもよく訪問している、カンフリー村の11歳の少女、リナちゃんです。
非常に痙性の強い脳性マヒのため、通常の車椅子では使用困難で、生活のほとんどが床のじゅうたんの上で横になっている状態でした。車椅子のサイズもちょうどよく、調整作業は必要ありませんでした。
ここでも「ティルトタイプ」の車椅子であったことが大変役立ちました。 「あ~、運んできてよかった!」とつくづく感じたのは車椅子に乗ったリナちゃんが屋外に出て満面の笑顔を見せてくれたとき。
そして、何度も感謝の言葉を口にするご家族の姿に接するときでした。そうしたとき、安堵感とともに脳裏に浮かぶのは札幌での、吉田さんをはじめとする事務局の方々や寒い保管倉庫の中で車椅子を整備するボランティアの方々の顔でした。
翌日は残る車椅子をダマスカス郊外にある、サイダー・ザイナブ地区(通称、リトルバグダッド)で難民生活を送るイラクの方たちに届けました。
お昼に炊き出しをしているイブラヒム教会を訪問して難民の方たちの状況を聞かせてもらい、「車椅子」を希望されている何人かの子育て中の母親とお話をして、持参した「バギータイプの車椅子」を受け取ってもらいました。
生後七ヵ月のシャーレスちゃんを抱いた母親のマークーンさん(32歳)は1年前にバクダッドから逃げてきたイラク難民の方でした。
今は命の安全だけは確保されているものの、昼食は協会の炊き出しによる毎日です。日本から持参した車椅子にシャーレスちゃんを乗せた母親の嬉しそうな笑顔がいつまでも続くように、そして平和で安全な祖国へ一日でも早く帰国できるようにと願ったのでした。
そこでは旅の仲間のシンガーソングライターさんのミニライブを開いたり、日本から持参した文房具などを贈呈したりして今回のヨルダン・シリアへの旅が終了しました。
「飛んでけ!車椅子」の言葉通り、私たちの活動で、日本では「役目を終えた車椅子」が今度は世界のどこかで子どもや障害を負った人たちに乗ってもらい、生命を吹き込むことができます。
そして、今回の「届ける旅」で、吉田さんを中心とする事務局の方々や寒さの中で車椅子を再生させる「職人的ボランティア』の人々の誠実な活動をあらためて学ぶことができました。心から感謝申し上げます。
最後に、「車椅子を届けるなど、何か目的を持った旅っていいなぁ~」とつぶやいていた、JICA調整員で海外経験の豊富な山口リカさんの言葉が大変印象的でした。
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映画「靖国」への一部国会議員による、「表現・言論の自由」にたいする不当な政治介入。それに呼応してた「靖国信望者」からの上映中止要求など・・・。
しかし、そうした中でも予定通り上映する映画館があれば、新たに複数の映画館から上映希望があがっているそうです。
「自分の考えにそぐわない」、「内容が史実に反する」などと決めつけての上映中止要求は、それこそ全く不当な事ではないでしょうか。
まずは、その映画を上映して頂き、それを多くの人々に鑑賞して頂き、その上で各人が映画に対して判断を下せばいいのです。
今回のような不当な干渉が続けられると、むしろ「しっかりと観てやろうか」と言う気持ちになる人も多いのではないでしょうか。
上映中止を望む「靖国信望者」にとっては、皮肉な結果になる可能性が大です。
映画『靖国』上映中止 “自粛”の連鎖 表現の危機 劇場現場より会社の意向?(2008年4月2日 東京新聞朝刊)
靖国神社を題材にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」(李纓(リイン)監督)は、すでに上映中止を決めていた一館に四館が追随、国内最大のマーケットである東京で作品が見られないという事態になった。劇場側は抗議や嫌がらせによるトラブル回避を理由に挙げているが、今後、上映を予定する地方に“自粛”が広がっていくのではないかと懸念する声が出ている。 (近藤晶)
「お客さんや近隣への迷惑もあり、通常の上映環境を維持できるとは思えない」。銀座シネパトスを経営する「ヒューマックスシネマ」は先月二十六日、同映画の配給協力・宣伝会社「アルゴ・ピクチャーズ」に上映中止を伝えた。
同二十日ごろから劇場前で街宣車などの抗議を受けていたという。 アルゴ・ピクチャーズが、他の上映劇場にシネパトスの中止を伝えたところ、渋谷Q-AXシネマに加え、シネマート六本木とシネマート心斎橋を経営する「エスピーオー」も中止に。
これら三館では、これまでに抗議などはなかったというが、シネパトスの自粛で、嫌がらせや上映妨害が集中する恐れがあったという。 全館中止に至るまでには、一連の流れがある。
先月上旬、一部の国会議員が、同映画に文化庁所管の独立行政法人から助成金が出ていることを問題視。同十二日に国会議員を対象とした異例の試写会が開かれた。
その数日後、新宿バルト9を運営する「ティ・ジョイ」が上映中止を決めており、他の劇場が追随した形だ。
◇ 十年前の一九九八年、横浜市の映画館で、南京大虐殺を扱った映画「南京1937」の上映初日にスクリーンが切りつけられる事件が起きた。その後、公共施設などで上映を拒否する動きが広がったことがあった。 同映画の全国上映委員会代表だった、名古屋市の映画館シネマスコーレの木全純治支配人は「『靖国』の中止は、残念としか言いようがない。
劇場側が見せるべきだと思えば、石にかじりついてでもやるべきだ」と自粛の動きを批判。「今後、より敏感になる劇場が出てくる」と影響の広がりを懸念する。
最初に中止が決まった新宿バルト9を運営するティ・ジョイはシネコン大手。「靖国」のような映画を上映するのは、極めてまれなケースだ。木全支配人は「大手だと何かあった時にすぐ引いてしまう」と指摘。
別の映画関係者も「一連の報道などを受けて作品を選ぶ劇場の現場より、経営会社の意向が強く働いたように思える。内容どうこうという問題ではないのではないか」と憂慮している。
◇ 東京・大阪での上映中止は、札幌、名古屋、京都など今後、上映を予定している他の映画館の“判断”にも影響を与えそうだ。東京で公開されないと、雑誌などで作品の内容が紹介されず、宣伝が不十分になる。興行的にも難しく、先行上映しにくい、という実情もある。 上映を予定している劇場の一つは上映するかどうかについては「近く配給会社と話し合いたい」としている。
映画ジャーナリストの大高宏雄さんの話 今回の問題は、数カ月ほど前からマスコミでも取り上げられてきたが、なにやら危なそうだ、という実態のないものだ。こういう形で公開が中止になるのは大変な問題。憂慮すべき事態だ。
「劇場はだらしない」などといわれるが、一概にはいえないだろう。映画館としては女性の従業員が多く働いており、上映後のことも考えないといけない。
ただ上映中止を決めた映画館が再び上映に踏み切ることは考えにくい。そこで、この映画を上映したいという個人映画館をあらためて募ったらどうか。何としても公開のめどを立てる方策をとってほしい。前例をつくらないためにも、そうした努力が不可欠だ。
映画監督・森達也さんの話 問題視した稲田朋美衆院議員が個人的に批判するのはまったく構わない。しかし、国政調査権を盾に映画を見せろと要求し「政治的イデオロギーを感じた」と言っていることには違和感がある。
映画は表現であり、すなわち思想だ。メッセージが偏ってはいけないとか中立であるべきだというのだろうか。根本的に映画が分かっていない。こんな低レベルな言辞に振り回された映画界は反論しないまま幕を下ろそうとしている。 腰の据わった映画館が動きだすことを期待するほかない。
メディアの反応が冷えきっているのも問題だ。これほどの由々しき事態になぜもっと問題を提起しないのか。<映画「靖国 YASUKUNI」> 19年間日本に住む中国人の李監督が、終戦の日に靖国神社を訪れる参拝者や遺族、「靖国刀」を造る刀匠の姿などを10年間にわたって記録した日中合作のドキュメンタリー映画。釜山やベルリンなどの海外映画祭でも上映され、香港国際映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。
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(2008年04月03日 朝日新聞)
ドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映中止問題で、大阪市淀川区の映画館「第七芸術劇場」が5月に予定通り上映することを決めた。同館は地元商店主らが出資する96席の市民映画館。松村厚支配人は「見たい人がいるなら提供するのが役目。映画館を議論の場にしてほしい」と話している。上映は同月10日から7日間の予定。
「靖国」は、靖国神社に参拝する戦没者遺族や軍服姿の若者らをナレーションなしで撮影した中国人監督の作品。トラブルや嫌がらせを警戒した大阪、東京の5館が3月末までに相次いで上映中止を決めた。大阪で唯一の上映先となった第七芸術劇場には、中止しないよう求める電話やメールが相次いだという。
社会派作品を多く扱ってきた松村支配人は「客観的に靖国をとらえている」と作品の感想を話し、「靖国がある東京はもう少し踏ん張ってほしかった」と話している。
一方、5月中の上映に向けて日程を調整していた名古屋市千種区の映画館「名古屋シネマテーク」は、同月中の上映を先送りすることになった。「上映するかどうかも含めすべて検討中」と話している。捜査当局によると、同館には政治結社から上映を見合わせるよう要請があり、2日までに話し合いをしたという。
今回の「靖国」上映中止問題は、「表現と言論の自由」という観点から大きな問題が含まれていることは、少なからずの報道がされています。
政治家と名乗る人々が、「まずい!!」と判断した映画「靖国」を公開前に「試写会」を開催して、「これは、偏向映画だ!!」と判断する。
そうすると、上映を予定していた映画館は、おそらく「靖国神社を敬う」人々や団体から「糾弾」される事が予想してしまいます。
その結果、映画館は、先回りして「上映自粛」になってまいました。 事実、名古屋では、上映に対して、ある政治結社から上映見合わせの要請があったとのことです。
これは、先日、日教組の教育研究集会の会場を、右翼の嫌がらせを回避するために、直前に契約を破棄したプリンスホテルの行動と同じではないでしょうか。
今回の映画「靖国」問題に見られる自主規制は、我が国の「言論の自由」がまた一歩後退させられてきたように感じてなりません。
以前、東大教授高橋哲哉先生が出演した従軍慰安婦問題のNHK番組で放送内容が改変された「NHK放送内容への政治介入」事件は、政治家の直接的な介入事件として問題になりました。
しかし、その後の「解決」はうやむやにされたままです。そうした、曖昧な解決が、「言論の自由」を抑圧しょうとする勢力に力を与えている事に疑いはありません。
今回の映画「靖国」の上映も普通どおりに実施してほしいものです。それ自身が、「言論の自由」を守る事に通じる重要なことではないでしょうか。
札幌での上映も心待ちにして・・・・・・。
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私は、10年前から「飛んでけ 車いす」というボランティア団体に所属しています、ほんの末席を汚しているようなものですが・・・。
http://business4.plala.or.jp/tondeke/
そこでは、主に開発途上国へ海外旅行者の手荷物として、日本では使用済みの車いすを再生して届ける事を行ってきました。すでに世界中に1500台の車いすが、多くの方々の協力で運ばれています。
今回の旅の目的のひとつは、戦乱が続くイラクから流出する難民の方々の実態と、劣化ウラン弾による健康被害を実際に見ることでした。また、イラク戦争開始後、札幌に来られた四名のイラク人医師の問題意識や実際の医療活動を少しでも共有したい気持ちもありました。
同時に、今回の旅で、現地で不足しているであろう「車椅子」を少しでも運ぶことでもありました。
早速、『会』事務局長の吉田さんに旅の目的、内容、私の希望などを連絡いたしました。吉田さんからシリアに連絡を取っていただき、「一応、OK」の返信を貰いましたが一般的に「危険地域」というイメージのある中東ですので、「ちゃんと車椅子を届けることが可能かどうか」多少の不安もありました。
しかし、皆さんの協力で、合計四台の車椅子を届けることができましたので、その経過と感じたことを報告します。
今回、「車椅子を届ける」という旅の準備の過程で、色々なことを学ぶことになります。
まず、現地との連絡、調整です。シリア・ダマスカスで活躍されているJICAに所属する調整員の山崎リカさんとそのご主人、また、シリアの村落で医療活動に従事している理学療法士の林 久乃さんと連絡を取っていただきました。このお二人には後ほど現地で大変お世話になるのです。
1月には一時帰国された山口さんと「飛んでけ・・・」の事務所でお会いさせていただきました。現地で仕事をされている山口さんからさまざまな情報をいただいたことは、家族や職場の皆さんに強力な「安全確保」の説得力になりました。
また、車椅子を必要とされている2名の「脳性マヒ」の子どもの症状、身体所見や写真、また必要とされる車椅子のサイズなど詳細なレポートが林さんから送られてきました。
さて次は、現地からの希望に沿った車椅子を準備する必要があります。吉田さんに「車椅子の保管倉庫」に連れて行っていただきました。まず、驚いたのは、整然と保管されている「出番を待つ車椅子」たちの数の多さです。暖房がなく、冬は寒い倉庫の中で作業する方々には本当に頭が下がりました。
一度は役目を終えた「車椅子」を寄贈してくれた人々。それを集積、保管し、もう一度使えるように「車椅子を再生」する人々。千歳空港まで運んでくれる札幌通運の方。それを旅行の友として、必要とされる現地へ届ける人々。そしてこれらを統合し、発展させる事務局を中心に集うボランティアの方々。これらの人々みんなが力を合わせて、初めて1台の車椅子が海を渡って届けられることが実感され、またその大変さを学ぶことができました。(つづく)
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