

「池澤夏樹氏、原発を語る」==『戦争責任』の様に曖昧にしてはならない「原発推進責任」==文学者、科学者、医療従事者に課せられる「社会的責任」==
1月7日午後、札幌駅西側にある紀伊国屋書店札幌本店のインナーガーデンにて、池澤夏樹氏の原発に関する講演会が開かれました。
池澤氏のお話を聞くのは、現在札幌在住ですが、昨年、フランスのノーベル文学賞作家ル・クレジオ氏との対談以来でした。
どこかのホテルか講演会場ではなく、100人程度の小規模でしたのでもったいない気もしましたが、逆にまじかでゆっくりお話を聞くことができました。
主催は、札幌学院大学 市民メディアプロジェクトが精力的に行なっている「連続市民講座 原発災害以降のメディアのあり方を考える」でした。(これまでの講座内容はFacebookで「市民メディア」を検索してください)
池澤氏といえば、書斎に閉じこもるのではなく『行動する芥川賞作家』としての印象を強く持っています。
これまで、イラク戦争反対運動など国内外で環境問題や少数民族も含めた人権問題に関して人類の生存条件という切り口から発言してる印象がありました。
会場からのこれらの行動基準について質問がありましたが、彼曰く「特に決めてはいません・・・」でしたが、文学者として国際的にも相当な蓄積を感じられました。
さて、池澤氏の講演内容は、宇宙から解きほぐした「壮大」なものでした。
もちろん「脱原発」を講演の基軸にして話が進められました。
また、「核」「原子力」がそもそも人間が制御できないものであると規定し、そうしたものの生産・利用そのものが人類と自然環境への「無謀な挑戦」であることを解きほぐしてくれました。
それとの関係で、臓器移植や遺伝子組み換えなど医学と医療に関わることにも触れかけましたが、原発と言う本題から離れるため言及しませんでした。(いつか機会を持って臓器移植などについて池澤氏の見解をお聞きしたいものです)
『原発村』が社会から遊離して(社会の無関心が遊離させた側面も否定できず)ことが推進派の暴走を許しました。
原発のみならず、科学技術や医学・医療などいわゆる「専門分野」のほうから国民・市民に向かってその内容を解りやすく、丁寧に説明することの必要性を強調していました。
これこそ、科学技術に要求されている「社会性」ではないでしょうか。
私たちも心しなければならない、重要事項でした。これを池澤氏に置き換えると、『文学者の社会性」とでもいうのでしょうか。
池澤氏が続けている「社会的発言」の意味を理解できたような気がしました。
池澤氏がさらに語った論点のひとつは、原発推進派を単純に批判するだけでなく、社会システムに組み込まれている「原発推進」機構そのものへ迫る必要生でした。
また、「脱原発」派もこれまでの原子力発電に依拠してきたことに「反省」を促していました。
わたしは、その「反省」をする上で最も大切なことは、すこしでも『脱原発』の力になることではないかと考えながら聞いていました。
同時に、原発推進の責任を明確にする必要が、第二次世界大戦での『戦争責任』になぞらえて、「原発責任」を『戦争責任』と同様に曖昧にしてはならないことを感じました。
この『池澤講演』を通して、これから札幌在住の池澤夏樹氏の活躍が期待されます。
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長崎は9日、66回目の原爆の日を迎え、長崎市の平和公園では原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。田上富久市長は平和宣言で、東京電力福島第1原発事故について「被爆国の国民が再び放射線の恐怖におびえることになった」と指摘。原子力に代わる安全なエネルギーを基盤とする社会への転換を求めた。
式典には、原爆を投下した米国の代表としてズムワルト駐日首席公使が初めて出席したほか、英、フランス、ロシアの核保有国を含め、過去最多44カ国の代表が参列。約6千人の出席者は、原爆投下時刻の午前11時2分に合わせて黙とうした。
菅直人首相は6日にあった広島市の式典に続き「原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』を目指していく」と表明した。 平和宣言で田上市長も福島の事故で原発の「安全神話」が崩れたとし、
「長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」と強調し、原発の是非に触れなかった広島市の平和宣言より踏み込んだ。
さらに、「核兵器で人々を攻撃することが、いかに非人道的なことか」とした上で、「核兵器のない世界」を表明後も臨界前核実験を繰り返すオバマ米大統領に対し、「被爆地を、世界の人々を失望させることなく、リーダーシップを発揮してほしい」と核兵器全廃の取り組みを要望した。
日本政府には非核三原則の法制化などを求めた。 式典には、東日本大震災で被災した福島市の瀬戸孝則市長や福島県いわき市の中学生43人も出席。田上市長は平和宣言で「福島の皆さん、希望を失わないでください」と呼び掛けた。
式典では、この1年間に死亡が確認された被爆者3288人の名簿3冊が納められ、奉安者は計15万5546人となった。長崎市内の被爆者健康手帳所持者は4万908人で、平均年齢は76・8歳(3月末現在)。
今日は、長崎原爆記念日です。
66年前の今日、アメリカによりプルトニュム型原子爆弾が長崎に落とされました。
今年の原爆記念日は、広島と同様に「福島原発事故」により、原爆以外の放射能被害が注目される中で開催されました。
勿論戦争での武器として使う「原爆の核」とエネルギーとして使う「原発の核」は、おのずとその目的は異なります。
しかし、その結果排出される『核廃棄物』=『死の灰』からの被害は、同じどころか「原発の核」のほうが数千倍の影響を人類に及ぼすのです。
原発一基を一日動かすと広島原発3個分、一年動かすと原発1000個分の「核廃棄物」=「死の灰」が生産されています。
しかし、その核廃棄物の処理の仕方がまだ定まらない・・・つまり、毎日毎日、死の灰が処理も出来ないで蓄積され続けられているのが今日の原発の姿です。
これらは、よく喩えられるように『トイレ設備のないマンションに住まわせられる』のと同じどころか・・・・・・放射能汚染で人命までもが脅かされているのです。
こうした現状から、田上長崎市長が原爆被曝者の立場から「原発の核」であってもそれをなくすることを訴えたのは、大変意義のあることではないでしょうか。
福島から提起されている「低線量内部被曝」の実態を広島・長崎へも広げ、これから未来に向かって予想されるであろう『放射能との戦い』に備えて、『HOROSHIMA―NAGASAKIーFUKUSHIMA』が手を取り合うことが必要です。
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西尾正道先生の論述は続く・・・==放射能「内部被曝」への戦いが、すでに始まっている==
すでに始まっている放射能「内部被曝」との戦い・・・・
西尾正道先生の指摘は続く・・・。
『福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う』(その2/2)
独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター
院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●内部被ばくの問題
白血病や悪性リンパ腫などの血液がんの治療過程において、(同種)骨髄移植の前処置として全身照射が行われているが、その線量は12Gy/6分割/3日である。しかしこの線量で死亡することはない。全身被ばくの急性放射線障害は原爆のデータから、致死線量7Sv、半数致死線量4Sv、死亡率ゼロの『しきい値』線量1Svの線量死亡率曲線を導き出し、米国防総省・原子力委員会の公的見解としている。しかしがん治療で行われる全身照射12Gy(Sv)では死亡しない。また医療用注射器の滅菌には20,000Gy(=Sv)、ジャガイモの発芽防止には150Gy(=Sv)照射されている。こうしたX線やγ線の光子線照射では放射線が残留することはない。
しかしα線やβ線は粒子線であり、飛程は短いが身体に取り込まれて放射線を出し続ける。人体に取り込まれた放射性物質からの内部被ばくでは、核種により生物学的半減期は異なるが、長期にわたる継続的・連続的な被ばくとなり、人体への影響はより強いものとなる。このため、被ばく時当初の放射線量 (initial dose)は同じでも人体への影響は異なると考えるべきであり、早急に預託実効線量の把握に努めるべきである。
したがってパニックを避けるためにCT撮影では6.9mSvであるなどと比較して語るのは厳密に言えば適切な比較ではない。画像診断や放射線治療では患者に利益をもたらすものであり、また被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。内部被ばくを伴う放射性物質からの全身被ばくとは全く異なるものであり、線量を比較すること自体が間違いなのである。
臨床では多発性骨転移の治療としてβ線核種のSr-89(メタストロン注)が使用されているが、1バイアル容量141 MBqを健康成人男子に投与した場合の実効線量は437mSvであるが、最終的な累積吸収線量は23Gy~30Gy(Sv)に相当する。一過性に放射線を浴びる外部被ばくと、放射線物質が体表面に付着したり、呼吸や食物から吸収されて体内で放射線を出し続ける内部被ばくの影響を投与時の線量が同じでも人体への影響も同等と考えるべきではないのである。
現在の20mSv問題は、より人体影響の強い内部被ばくを考慮しないで論じられており、飛散した放射性物質の呼吸系への取り込みや、地産地消を原則とした食物による内部被ばくは全く考慮されていないのである。通常の場合は、内部被ばくは全被ばく量の1~2%と言われているが、現在の被ばく環境は全く別であり、内部被ばくのウエイトは非常に高く、人体への影響は数倍あると考えるべきである。早急にホールボディカウンタによる内部被ばく線量の把握を行い、空間線量率で予測される外部被ばく線量に加算して総被ばく線量を把握すべきである。全員の測定は無理であるから、ランダムに抽出して平均的な内部被ばく線量の把握が必要である。また排泄物や髪毛などのバイオアッセイによる内部被ばく線量の測定も考慮すべきである。
現在の状況は、自分たちが作成した『緊急時被ばく医療マニュアル』さえ守られていないのである。
さらに飲食物に関する規制値(暫定値)の年間線量限度を放射性ヨウ素では50mSv/年、放射性セシウムでは 5mSv/年に緩和し、しかも従来の出荷時の測定値ではなく、食する状態での規制値とした。呆れたご都合主義の後出しジャンケンである。これではますます内部被ばくは増加する。ちなみにほうれん草の暫定規制値は放射性ヨウ素では2000Bq/kg、放射性セシウムでは500Bq/kgとなったが、小出裕章氏によると、よく水洗いすれば2割削減され、茹でて4割削減され、口に入る時は出荷時の約4割になるという。しかし、調理により人体への摂取は少なくなるとは言え、汚染水が下水に流れていくことにより、環境汚染がすすむことは避けられない。生体に取り込まれた放射線は排泄もされるため生物学的半減期や実効半減期があるが、元素の崩壊により発生した放射線は物理的半減期の時間のルールでしか減らないのである。
現在、膨大な量の汚染水を貯蔵しているが、これも限界があり、長期的には地下や川や海へ流れることになるため、日本人は土壌汚染と海洋汚染により、内部被ばく線量の増加を覚悟する必要がある。
●今後の対応について
現在、医療従事者の約44万人が個人線量計(ガラスバッジ)を使用しているというが、千代田テクノル社の24万4千人の平成21年度の個人線量当量の集計報告では、一人平均年間被ばく実効線量は0.21mSvである。
そして検出限界未満(50μSv)の人は全体の81.5%であり、年間1mSv以下の人は 94.5%である。ガラスバッジの生産に数カ月要するとしたら、1mSv以下の23万人分の線量計を一時的に借用して、原発周辺の子供や妊婦や妊娠可能な若い女性に配布すべきである。
移住させずにこのまま生活を継続させるのであれば、塵状・ガス状の放射性物質からの被ばく線量は気象条件・風向き・地形条件だけでなく、個々人の生活パターンにより大きく異なるため、個人線量計を持たせて実側による健康管理が必要である。それは将来に向けた貴重な医学データの集積にもつながり、また発がんや先天性異常が生じて訴訟になった場合の基礎資料ともなる。当然、ランダム抽出によりできるだけ多くの人の内部被ばく線量の測定も行い、地域住民の集団予測線量も把握すべきである。
低線量被ばくの健康被害のデータは乏しく、定説と言い切れる結論はないが、『わからないから安全だ』ではなく、『わからないから危険だ』として対応すべきなのである。
また環境モニタリング値を住民がリアルタイムで知ることができるような掲示を行い、自分で被ばく量の軽減に努力できる情報提供が必要である。また測定点はフォールアウトし地面を汚染しているセシウムからの放射線を考慮して地面直上、地上から30~50cm(子供)用、1m(大人用)の高さで統一し、生殖器レベルでの空間線量率を把握すべきである。
土壌汚染に関しては、文科省は校庭利用の線量基準を、毎時 3.8μSvとしたが、この値も早急に低減させる努力が必要である。そもそもこの値は、ガラスバッジを使用している放射線業務従事者の年間平均被ばく量の約100倍、妊娠判明から出産までの期間の妊婦の限度値2mSvの10倍であり、見識のある数値とは言えない。
学校の校庭の土壤の入れ替え作業も一つの対策だが、24時間の生活の中で被ばく低減の効果には限界がある。
1990年のICRP勧告が日本の法律に取り入れられたのは2001年であり、11年も世界の流れに遅れて対応する国なので、多少のデタラメさは承知しているが、法治国家の一国民として為政者の見識なき御都合主義には付き合いきれない。
最後に、私の本音は移住させるべきと考えている。原発事故の収拾に全く目途が無い状態では長期化することは必至であり、避難所暮らしも限界がある。このままでは年金受給者と生活保護者も増え、汚染された田畑や草原では農産物も作れず畜産業も成り立たない。放射線の影響を受けやすい小児や子供だけが疎開すればよいという事ではない。住民の経済活動そのものが成り立たない可能性が高いのである。
また放射性ストロンチウムの濃度は日本では放射性セシウムの一割と想定しているため除外され、核種の種類に関する情報も欠如している。ストロンチウム -89の半減期は50.5日だが、ストロンチウム-90の半減期は28.7年である。成長期の子供の骨に取り込まれ深刻な骨の成長障害の原因ともなる。
メンタルケアの問題も、毎日悪夢のような事態を思い出す土地で放射能の不安を抱えながら生活するよりは、新天地で生活するほうが精神衛生は良い。移住を回避するという前提での理由づけは幾らでもできるが、健康被害を回避することを最優先にすべきである。5月26日の新聞では土壌汚染の程度はチェルノブイリ並みであると報じられたが、半減期8日のヨウ素が多かったチェルノブイリ事故と異なり、半減期30年でエネルギーも高いセシウム-137が多い福島原発事故はより深刻と考えている。
政府は土地・家屋を買い上げ、まとまった補償金・支援金を支給して新天地での人生を支援すべきである。先祖代々住んでいた土地への執着も考慮して、住める環境になった時期には、優先的に買い上げた人達に安価で返還するという条件を提示すれば、住民も納得する。
また、70~80歳を過ぎた老夫婦が多少の被ばくを受けても「終の棲家」として原発周辺で住むのも認めるべきである。老人の転居はむしろ身体的にも精神的にも健康を害するからである。お上のすべきことは正確な情報を公開し、住民に選択権を与え、支援することである。
今までの政府・東電の対応を見れば、馬鹿かお人好し以外の国民は「絵に描いた餅の行程表」など誰も信用していない。将来、発がん者の多発や奇形児が生まれたりして集団訴訟となる事態を回避するためにも、政府は多額の持ち出しを覚悟すべきである。長い眼で見れば健康で労働できる人を確保することが、国としての持ち出しは少なくなるのである。なお今後の復興計画の策定に当たっては、高齢社会の医療・介護の問題も考慮して医療関係者も参画した地域再生計画が望まれる。
●これを機に、ラディカルに考えよう
今回の地震・津波・原発事故は日本社会のあり方に問題を提起した。医療の場面でもここ数年の医療崩壊とも言える事態は社会崩壊の一部であるという認識に立って対応する必要があるが、そうした視点でなお議論され対策が行われていない。
原子力利用による電力確保は国策民営として勧められ、地域住民には多額の原発交付金を与え懐柔してきた。こうした、札束で人心を動かす手法で、54基の原発を持つ原発大国となった。約30%の電力を原子力発電で賄い、今後50%までその比率を上げようとしていた矢先の事故により原子力行政は根本から見直しを迫られている。そもそも原子力を含めたエネルギー政策が真剣に日本で議論されたことはない。政官業学の原子力村の人達は目先の利益で結びつき、「原発の安全神話」を作り上げ、また不都合な真実の隠蔽を繰り返してきた。それどころか、使用済みウランの処理の問題も絡んで、一度事故が起こればより深刻な事態となるMOX燃料を使用した原発まで稼働させている。
しかし原子力発電の廃炉後の管理や使用済み燃料の保管や事故が起こった場合の補償まで視野に入れた場合、コスト的にも原発が優位性を持つものではないことが明らかになった。しかしIT社会や電気自動車の普及など今後の電力需要は増すばかりであり、節電だけでは対応できないことも事実である。脱原発の方向でソフトランディングする施策を根本的に議論すべきであろう。米国も1979年のスリーマイル島事故以来、新たな原発は稼働させていない。
がん医療においても治療成績やQOLの向上ばかりではなく、国民の死生観の共有の議論を通じて、効果費用分析の視点を導入して、高齢社会を迎えて枯渇する年金や医療費の問題も議論されるべきである。診療報酬の配分の議論だけではなく、根本的に考え直すべきである。再生医療も臨床応用の段階となってきたが、生殖医療がそうであったように医学的な問題や技術的な課題だけが議論されて、「命」とは、「生きる」とは、といった「生命倫理」の哲学的な問題は回避されたまま医学技術だけが独り歩きしている。このままでは原発事故と同様に日本は自然の摂理から取り返しのつかない逆襲を受けるような予感を持つこの頃である。この大震災を期に色々な課題に対してラディカルに考え直す機会としたいものである。我々医療従事者も改めて、放射線利用の原則である、正当性・最適化・線量限度に心掛け診療すべきである。
こうした原子力災害を機に、閣議決定や総理大臣の思いつきでも結構であるから、『がんの時代』を迎えた緊急事態として、(1)放射線治療学講座の設置による放射線治療医の育成と、(2)医学物理士の国家資格化と雇用の義務付け、などを発言して頂ければ私の心も少しは治まるかもしれない。
2011年6月5日 記
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北海道がんセンター、西尾正道院長が語る==福島原発事故の被曝対策の不十分さを指摘+==これからは、「放射能との戦いの時代」==
去る、7月30日、札幌で北海道がんセンター院長で放射線治療学専門の西尾正道先生の講演「原発事故と健康被害を考える」(「医療9条の会・北海道」主催)が行われました。
食物の放射能汚染が大きな問題になっていますが、食肉に続いて米や魚介類など食物連鎖による人体への影響に注目していました。
さらに、私たちは、土壌や海洋汚染により、内部被曝線量が増えることがあっても減ることはない現実を受け入れる覚悟が必要であることを述べていました。
私たちの取り組みで、日本が「脱原発」に進んでもアジアやアフリカなど開発途上国で原発の増設が続くと、いずれは地球全体規模で核汚染が進行すること、従ってこれからの時代は『放射性物質との戦いの時代』であることを語りました。
同時に、そうした時代に備えて放射線による健康被害に対して医学的研究を確立するために日本が先頭に立つことを呼びかけていました。
こうした西尾先生のこれまでの主張を不連続ですがお届けするつもりです。 また、BSフジ、プライムニュースもご参照下さい。
http://www.youtube.com/watchv=WCNRtbK8AtU
『福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う』(その1/2)
独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター 院長(放射線治療科) 西尾正道
2011年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●はじめに
2011年3月11日は日本の歴史上で忘れられない日付となった。大地震とそれによる津波被害だけでも未曾有の事態であるが、福島原子力発電所の全電源喪失による事態により原発の「安全神話」は崩壊し、今なお震災復興や事故対策の目途が立たない状況が続いている。関係者は全力で対応しているが、情報開示不足や指揮の不手際や事故収拾に向けた不適切な対応もあり、今後の健康被害が憂慮されている。
原発事故による放射性物質の飛散が続く中、地域住民は通常のバックグランド以上の被ばくを余儀なくされて生活している。私は事故直後に風評被害を避けるために、3月14日に『緊急被ばくの事態への対応は冷静に』と題する雑文を短期収束を前提に書いて配信させて頂いた。しかし事故の全容が明らかになり、放射性物質の飛散が長期的に続くとなれば、全く別の対応が必要となる。6月5日現在の情報をもと、原発事故を通して見えてきた【放射線】を取り巻く社会的対応や健康被害についてに私見を述べる。
●原発事故で判明した「放射線」に関する社会の無理解
原爆被ばく国であり本来は最も「放射線」に対して知識を持っているはずの日本人の原発事故への対応は、なお混迷している。
事実の隠蔽と会社存続に固辞して画策する東京電力、文系技官が中心で正確な知識を持ち合わせていない行政、指導力と緊張感を欠如した政府首脳、政争の具に利用しようとする政治家達、今まで原発の安全神話を作り上げてきた御用学者や業界人、こうした原子力村の人々の姿を見れば、日本に明るい未来を感じることはできない。なんとも悲しい現実である。
多くの報道機関からも取材を受けたが、社会部などの担当者の知識が乏しいため、5分でおわる電話取材でも30分となる。これでは詳細な情報や真実は国民には伝わらない。本当の使命は真実を伝えることなのだが、パニックとなりかねないことは決して報道しないジャーナリストや報道機関。本当にこれでいいのだろうか。しかし現実の超深刻な原発事故の収拾には、多くの犠牲を払っても実現しなければならない。
●作業員に対する被ばく対応の問題
この2カ月余りの経過を報道で知る限り、住民や原発事故の収拾に携わる作業員の健康被害について極めて問題がある。事故発生後、早々と作業員の緊急時被ばく線量の年間限度値を100mSvから250mSvに上げたが、この姿勢はご都合主義そのものである。250mSvは遺伝的影響は別として、臨床症状は呈しないと言われる線量である。「ただちに健康被害は出ない」上限値である。しかし作業員の健康被害を考慮すれば、やはり法律を順守した対応が求められる。そのための法律なのである。
また作業員への衣食住の環境は極めて劣悪であり、人間扱いとは思えない。誰が被ばく管理や健康管理を担当して指揮しているのか、そのデタラメさは目に余るものがある。
自衛隊ヘリによる最初の注水活動「バケツ作戦」では、被ばくを避けるために遮蔽板をつけ、飛行しながら散水した。遮蔽板を付けるくらいならばその分、水を運んだほうがましであり、最適な位置に留まって注水すべきなのである。この論理でいえば我々は宇宙から注ぐ放射線を避けるために頭には鉛のヘルメットをかぶり、地面からのラドンガスを避けるために靴底にも遮蔽板を付けて、常に動きながら生活することとなる。
医療で部位を定めて照射する直接線(束)からの防護と、空間に飛散した放射性物質からの防護の違いを理解していない。必死の覚悟で作業している自衛隊員が気の毒であった。
また、白い独特の服装を防護服と称して着用させて、除染もしないで着のみ着のままで就寝させている光景は異常である。放射線に対する防護服などはない。安全神話の一つとして、ヨード剤を放射線防護剤と称して、あたかも放射線を防護できるような言葉を使用してきたが、防護服も同様な意味で名称詐欺である。着用すれば、塵状・ガス状の放射性物質が直接皮膚に接触しないだけであり、防護している訳ではない。防護服を着たまま寝るよりは、通常の衣服を厚めに来て皮膚面を覆うことが重要であり、毎日新しいものに着替えたほうがよほど被ばく線量は少なくなる。
放射線防護の基本的なイロハも理解していない対応である。また通常は13,000cpm(4000Bq/m2)以上を除染対象としていたが、入浴もできない環境下で、いつのまにか除染基準を100,000cpmとした。13,000cpmの基準では全員が除染対象となるからであろう。作業当日の被ばくからの回復には高栄養と安静が最も重要なことであるが、プライバシーも無い体育館のような免震重要棟に閉じ込めておくのは、逃げられないためなのであろうかと疑いたくない。30分もバスで走れば、観光客が激減して空いているホテルで静養できるはずである。
被ばく線量のチェックでは、ポケツト線量計も持たせず、またアラームが鳴らない故障した線量計を渡すなど、下請・孫請け作業員の無知に付け込んだ信じられない東電の対応である。さらに作業中のみ線量計は持たされても、それ以外は個人線量計も持たせていないのは論外である。寝食している場所も決して正常範囲の空間線量率の場所ではないのである。被ばく線量を過小評価してできるだけ働かそうという意図が見え見えである。また放射性物質が飛散した環境下では最も重要な内部被ばくもホールボディカウンタで把握し加算すべきである。これでもガンマー線の把握だけなのである。
原発周辺の作業地域は中性子線もあるであろうし、プルトニウムからのアルファ線もストロンチウムからのベータ線も出ているであろう。線質の違いにより測定する計測器や測定方法が異なるため、煩雑で手間暇がかかるとしても内部被ばくの把握は最も重要なことである。インターネット上の作業員の証言では通常よりは2桁内部被ばく線量も多くなっているという。このような対応の改善が無ければ、まさに「静かなる殺人」行為が行われていると言わざるを得ない。
5月24日には1~3号機の全てで原発がメルトダウン(炉心溶融)の状態であることが発表されたが、ガンマー線のエネルギーを調べればコバルト-60も放出されていたはずである。ウランの崩壊系列からは出ないコバルト-60の検出は、燃料ペレットの被覆管の金属からの放出であり、メルトダウンしていることは想像できたことである。
今後は膨大なマンパワーで被ばくを分散して収拾するしかない。そのためには多くの作業員を雇用して、原発建屋や配管などの詳細な設計図や作業工程を熟知させて作業に当たる必要がある。しかしその準備の気配もない。現在は5千人前後の人達が原発の収拾に携わっているらしいが、作業員の線量限度を守るとすれば、百倍、千倍の作業員が必要となる可能性がある。不謹慎であるが、低迷する日本経済の中で、皮肉にも被ばくを代償とした超大型雇用対策となった。
3号機はMOX燃料であり、ガンマー線の20倍も強い毒性を持つα線を出す半減期2万4000年のプルトニウム-239も出ている作業環境である。ガンマー線の測定だけでは作業員の健康被害は拡大する心配がある。揮発性の高い核種であるセシウムやヨウ素は遠くまで飛散するが、事故現場周辺はウランや中性子線もあるであろうし、被覆材からのコバルト-60も出ている。6月4日の報道では1号機周囲で4千mSv/hが測定されており、人間が近づける場所ではなくなっている。
作業員に対して事前に造血幹細胞採取を行い、骨髄死の可能性を極力避ける工夫も提案されたが、原子力安全委員会や日本学術会議からは不要との見解が出され、事の深刻さを理解していないようだ。
また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガルダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸鉄(Ⅲ)水和物)を緊急輸入し無償で提供した。この経口薬はセシウム-137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進することにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なければ問題としない墓石行政、墓石対応となる。
●地域住民に対する対応の問題
地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。高額な研究費を費やしたとされるSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ばく者を出した。SPEEDIの情報は23日に公開されたが、時すでに遅しである。公開できないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しなかったとしか考えられない。
郡山市の医院では、未使用のX線フィルムが感光したという話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとしたら、半減期8日のヨウ素からの放射能が減ってから23日に公開したものと推測できる。
菅首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされる。
「がんばろう、日本 !」と百万回叫ぶより、真実を一度話すことが重要なのである。3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。
後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確かである。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。
そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。
日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20 mSv~100 mSv/年を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1 mSv-20 mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の対応である。
この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間 20mSv」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。
政府をはじめ有識者の一部は100 mSv以下の低線量被ばく線量では発がんのデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発がんリスクのデータが報告されている。
広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100mSv以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。
また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4mSv)の追跡調査でも、がん死した人の1~2%は放射線が原因と報告している3)。
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-Ⅶ(Biological Effects of Ionizing Radiation-Ⅶ、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告, 2008)では、5年間で100mSvの低線量被曝でも約1%の人が放射線に起因するがんになるとし、「しきい値なしの直線モデル」【 (LNT(linear non-threshold)仮説 】 は妥当であり、発がんリスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関する現状の国際的なコンセンサスとなっている。
さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーは ECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰がん患者数を予測している。
原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人 (半数は10年以内に発病)、原発から100Km~200Kmの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島 200km 圏内汚染地域で417,000人のがん発症を予測している。しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分ながん発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。
また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー4)では1986年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊 "Chernobyl : Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。
また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告している IAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。
(その2/2に続く)
文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.
(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb Survivors;1958-1998. Radiation Res.168:1-64,2007.
(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.
(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/
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日本の説話史上、異形の怪物は数多いが「鵺(ぬえ)」は、その代表格だろう。頭は猿、体は狸(たぬき)、尾は蛇、手足は虎という。その怪異さを想像するだけで、頭がこんがらかる。不気味な夜鳴きで、人々をおびえさせた
▼平家物語や謡曲などが描く弓の名手源三位頼政(げんざんみよりまさ)による「鵺退治」は、英雄譚(たん)として名高い。ギリシャ神話に登場する獅子や山羊(やぎ)、蛇が合体した怪物キメラも、鵺の仲間だろう。洋の東西を問わず、神話世界には異種生命が合体した不気味な異端の生き物が棲(す)んでいる
▼医師と暴力団組員が結託して養子縁組を装い、不法な臓器移植をたくらむとは。そのおどろおどろしさは、神話の怪物を超えている。東京のクリニック院長とその妻、暴力団員らが、臓器移植法違反などの疑いで逮捕された
▼院長は重い腎臓病を抱えていたという。「自分の病を治したい」という気持ちは、医師であろうとなかろうと変わらない。しかし、臓器移植には厳格な規則と倫理が求められることを医師である院長本人は熟知していたはずだ
▼健康な体にメスを入れ、二つある腎臓のうち一つを取り出して移植する生体腎移植は「親族を何としても救いたい」という臓器提供者の切実で、崇高な愛に応えるためにある。医療に携わる者が、それを踏みにじった
臓器移植医療が進む中で、あってはならないことのひとつがおきてしまいました。
以前から、国内外、特に開発途上国も含めて不足している移植臓器の「確保」をめぐり、黒いうわさが絶えません。
「移植臓器の売」が公然と行われている社会のあることも指摘されていました。
そうしたことがたとえ一部分にせよ行われているとしたら、移植医療そのもの発展が大きく立ち遅れることになりかねません。
再生医療など、移植医療とともにこれから大きく前進するであろう21世紀の医学を支えることのひとつに「医療・医学倫理」があることは言うまでもありません。
これを蔑ろにされていては、医療そのものが成り立ちません。
今回の事件は、その中でも大切な位置にある医師そのものが、自己の健康のために犯罪に手を染めたことに、深刻さが内包されているのです。
一方で、「経済優先」がもてはやされている今日、医療をめぐり、利益追求のために、隙あらば「医療」の内外にもぐりこもうとする集団が出てくることは否めません。
しかも、法律の網をくぐりながらです。場合により、ドナー審査の厳密化が必要になるかもしれません。
こうしたことを十分理解しながら、日々の医療の実践に向かいたいものです。
医療関係者自身も自己研鑽と努力が求められているのではないでしょうか。 ・
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政府は、定期検査などで停止している原発について、当面必要な安全対策が実施できたとして、立地自治体に運転再開への同意を求めている。 津波に備えた緊急対策に続き、水素爆発など過酷事故への対策が完了し、再稼働に支障はないと説明している。
しかし、福島第1原発事故が収束せず、事故原因の検証も始まったばかりの段階で、既存の原発の安全宣言を出しても説得力を欠く。原発を抱える13道県の知事が、再稼働に難色を示すのは当然だ。
事故を踏まえ、原発の安全設計や耐震設計の審査指針は見直されることが決まった。 政府が国際原子力機関(IAEA)に提出した報告書には、経済産業省の傘下にあることが問題視されてきた原子力安全・保安院の独立も明記された。
従来の安全基準は無効になった状態だ。しかも、規制機関としてダメを出された保安院が、短期間で審査した緊急対策を再稼働の根拠とすること自体に無理がある。
原発の運転再開は、電力会社と安全協定を結ぶ道県や市町村の同意が前提だ。原発に雇用などを依存する市町村には再開を望む声も多い。再稼働の可否は、事実上、知事の判断にかかっている。
高橋はるみ知事は、福島の事故に地震そのものが与えた影響や、福島原発周辺が地震発生確率の極めて低い地域とされていたことなど、根本的な疑問を投げかけた。 運転開始から40年前後の原発が稼働する福井県は、より厳しい安全基準を求め、プルサーマル発電を行う玄海原発を抱える佐賀県は、その環境への影響を懸念している。
こうした各知事の疑問に答えず、海江田万里経産相は、再稼働を急ぐ理由として、夏の電力不足を挙げた。全国の商業用原発54基のうち35基が停止した状態では、電力供給に不安が生じると主張している。
だが、住民の安全と、国の電力供給事情は次元の違う問題だ。 政府が知事に、この二つをはかりにかけさせて決断を迫るのは、無責任なやり方と言わざるを得ない。
浜岡原発を停止させた際、政府が東海地震の震源域の真上にある浜岡の特殊性を強調し、その他の原発を一律に扱った点に問題がある。
政府は、個別の原発の立地条件、性能や老朽化の度合いなどに応じ、短期、中長期に分けたきめ細かい安全対策を示すべきだ。
この場に及んでなお、原子力発電推進を掲げる財界への忠実さを演じているかのような海江田大臣ではないでしょうか。
福島原発の正確な原因さえも解明されずにいる現段階で、しかもその存在意義自体が問われている保安院が審査した「安全保障」など全く信用できるものではありません。
そうした付け焼刃の上に立った「根拠」で、各原発立地自治体に対して「早期再開」を求める菅内閣も「メルトダウン」寸前の様相です。
こんなことで、経産省の言いつけを守って「原発再開」を指示する知事は、皆無ではないでしょうか。
その論拠となる夏場の電力不足も、原発再開を狙う電力企業の「恫喝・脅し」であることは、すでに多くの国民に見抜かれているのが現状です。
さて、プルサーマル原発を始める北海道電力は、経産省へのMOX燃料製造依頼への届出を経産省に提出しています。
しかも、その事実を道庁と高橋はるみ知事は、すでにし行っている立場にいいまし多が、なんらのチェックも抗議も取りやめもしていません。
つまり、事実上の黙認を決め込んでいるのが北海道庁と高橋知事の立場です。先日の議会答弁では、上田札幌市長がプルサーマル発電計画への凍結要請を発しています。
今度は、高橋知事が「脱原発」への立場が問われる番となりました。北海道では、すでに「脱原発」へ1000人規模の集団訴訟が立ち上がりました。
企業のいいなりになって、原発再開の旗振り役に成り下がった菅内閣を尻目に、地方自治体ごとに「原発再開凍結」を実現し、原発がなくても国民生活や企業活動に支障のないこと事を実証したいものです。
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科学者の良心は、何処へ==youtubeが明らかにする「御用学者」さんたちの当時の発言==間違いは、改めたほうがいいのでは== 日本の科学者・医学者の良心は何処へ行っているのでしょうか。「原発」が国策として推進され、その「科学的根拠」を提供し、福島原発事故直後でも、「評論家」「専門家」としてTVに登場し、様々な「安全性」を語っていた人々は何処へ行ったのでしょうか。 もし、あなたたちの主張が正しければ堂々と主張してほしいのですが・・・。 幸い、今ではyoutubeが過去の発言を映像としていつでも拝見できます。以下は、その代表例ですが、是非ご覧ください。 東大の大橋教授が含まれていないのが残念です。http://www.youtube.com/watch?v=ETaDN13Je3Yわれらが北大奈良林教授http://www.youtube.com/watch?v=gpVVI5xFJL4&feature=relatedそれから東大大橋教授http://www.youtube.com/watch?v=6byKIUiuBcgともにうれしそうに話しておられます。小出さんのあげあしとってとても嬉しそうです。しかし、間違いは早く改めたほうがいいのではないでしょうか。
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東日本大震災:福島第1原発事故 1号機汚染水、納容器から漏出か
◇核燃料、炉心溶融で穴
東京電力福島第1原発1号機の原子炉建屋地下1階で14日、行方が分からなくなっていた冷却水が大量に見つかった。1号機では燃料が炉心溶融し、圧力容器、格納容器とも穴が開いていると見られており、東電は同日の記者会見で「格納容器やその下部の圧力抑制プールから漏れた水がたまっているのではないか」と推測した。
東電によると、建屋地下のたまり水は東電社員が13日に1階北西側の階段を下りた際に確認した。水は地下1階部分(高さ11メートル)の半分程度に達していることから、推計で3000立方メートル程度あるとみられる。
放射線量などは不明だが、直近の階段上部で毎時72ミリシーベルトあった。地下1階部分には格納容器の下部や、格納容器につながる圧力抑制プールがある。
1号機炉心へはこれまでに1万立方メートルの水を注入したが、このうち5000立方メートル程度の行方が分からなくなっていた。東電の松本純一原子力・立地本部長代理は「水の所在が分かったという意味では前進。高線量ならたまり水の処理を早急に進める必要があるが、現在進めている冷却装置の設置作業を見直す段階ではない」と述べた。
一方、東電は14日、1号機の原子炉建屋外に設置する冷却装置の搬入作業を公開した。装置は長さ2・3メートル、幅3・6メートル、高さ4メートルで重量は2100キロ。空冷方式で、格納容器内にたまった水を内部で循環させ、その間にファンで水の熱を除去する仕組み。
建屋内にある冷却装置の復旧に時間がかかるため、当面は仮設の冷却装置でしのぐ方針。17日までに計10基導入する予定で、現在は2基の設置作業を進めている。ただ、冷却稼働には、格納容器内の水が配管の位置まで達している必要がある。1号機では格納容器から水が漏れている可能性があるため、東電は水位の確認作業も急いでいる。【中西拓司、八田浩輔】(2001年5月15日 毎日新聞)
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結論から言うと・・・・「メルトダウン」していたということなのでしょう。
次に、予想されるのは・・・・・「再臨界」です。
つまり、メルトダウンした核燃料が再度核反応を再開し、しかもそれが制御不可能な状況下でなのです。
その結果、核の防御容器としてある「圧力容器」を破壊して、核反応が野ざらしになることではないでしょうか。
となると、ことは1号機のみならず他の原子炉へもこの破滅的連鎖が始まる可能性があります。
さて、ここまできて明らかになったことは、東電・政府・保安院が進める事態の把握とそれへの対策がいかに拙劣かということです。
あるいは、把握していながらでも国民への情報公開せずに済まそうとしたのか・・・。
彼らは、「行程表の見直し」を語っていますが、それではすまない『行程の根本的作り直し』が必要であることを自覚すべきです。
これまで、東電・政府は、福島原発事故の主要原因を津波による「外部電源喪失」もとめ、地震の揺れには無事であったという弁明をしていました。
もしそうだとすると、東電・政府の事実隠しは決して許されるものではありません。
しかし、今回の事態は、地震の揺れそのもので圧力容器そのものが破壊されていたことを裏付けるものでした。
こうした危険と裏表一体の関係にある原発そのものに対し、「脱原発」への政策転換へと進むことを菅内閣は宣言すべきです。
同時に、この事態を収束させるために国際的な支援を要請してでも全力を注ぐべきなのです。
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「浜岡原発停止要請」・・・・菅首相のパフォーマンスであってはならない==脱原発をはじめ、原発に頼る「エネルギー政策」の転換が必要では==
菅首相会見全文【浜岡原発関連】 (5/ 6 21:39 静岡新聞)
国民の皆様に重要なお知らせがあります。本日、私は内閣総理大臣として、海江田経済産業大臣を通じて浜岡原子力発電所のすべての原子炉の運転停止を、中部電力に対して要請をいたしました。その理由は何と言っても、国民の皆様の安全と安心を考えてのことであります。
同時に、この浜岡原発で重大な事故が発生した場合には、日本社会全体に及ぶ、甚大な影響もあわせて考慮した結果であります。文部科学省の地震調査研究推進本部の評価によれば、これから30年以内にマグニチュード8程度の想定東海地震が発生する可能性は87%ときわめて切迫をしております。
こうした浜岡原子力発電所の置かれた特別な状況を考慮するならば、想定される東海地震に十分耐えられるよう、防潮堤の設置など、中長期の対策を確実に実施することが必要です。
国民の安全と安心を守るためには、こうした中長期対策が完成するまでの間、現在定期検査中で停止中の3号機のみならず、運転中のものも含めて、すべての原子炉の運転を停止すべきと、私は判断をいたしました。
浜岡原発では従来から、活断層の上に立地する危険性などが指摘をされてきましたが、先の震災と、それに伴う原子力事故に直面をして、私自身、浜岡原発の安全性について、様々な意見を聞いてまいりました。その中で、海江田経済産業大臣とともに熟慮を重ねた上で、内閣総理大臣として、本日の決定をいたした次第であります。========
浜岡原発の運転停止を要請した菅首相の方針が実現されるのであれば、それは
歓迎されるべきものでしょう
。しかし、同時に菅首相らしいこの「突然」ともいえるパフォーマンス的手法に少なからずの不安を感じるのも事実です。
あの参議院選挙での「消費税増税発言」を突然表明したことを思い出してしまいます。
その疑問点のひとつは、原発反対派と原発推進派が混在する民主党の中でどれほどの「合意」を得ているかです。
また、これまで自公政権以上に原発推進を謳っていた菅政権が政権や与党内部での議論なくしてその実行力に疑問符がつくのは当然です。
それは、『浜岡原発』に続き全国に展開されている原発そのものへの対処する立脚点への影響するからです。
一方、原発の危険性は、地震や津波による被害だけではありません。
使用燃料の後処理も含めて、現在の科学では制御不可能な側面を内在している『原発』自体の危険性についても指摘されなければなりません。
菅内閣が「脱原発・・・自然エネルギー」へと政策転換できるかを慎重に見てゆかなければなりません。
今回の「首相決断?」を契機として、全国の原発の安全性と電力確保のあり方、同時に、国民と企業の電力方法や国の「電力・エネルギー政策」を真剣に議論すべきではないでしょうか。
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福島原発事故以来、原発問題をめぐり、特にそれまでの「安全神話」が根本から覆りつつあります。
一度原発事故により、土壌や水に放射能汚染が始まるとチェルノブイリで実例が示されているように、その地域には人が住めなくなるという現実があります。
さらに、さまざまな経路から人間の体内に入り込み「内部被曝」がじわじわ始まるのです。
それは、今だ医学的に解決していない「未知の分野」でもあります。
こんな人類の健康を破壊してまでこだわる「原子力発電」とは一体何なのか????また、クリーンエネルギーといわれながら一度汚染が起きるとこれ以上の環境汚染はありません。
経済的にも、原発は高価な発電設備です。
一度事故が起これば損修復費用だけでも相当な金額が必要ですし、住民への保障へも上限がありません。
こんな中で、菅首相は野党からの追求で「安全基準」の見直しを発言しました。
しかし、問題の本質は、「安全基準」の見直しにとどまらず、もっと大切なのは「原発政策」そのものへの見直しはないでしょうか。
これまでの原発推進政策の経過を見ると、長らく政権にあった自民党には大きな責任があると同時に、「政権交代」以後、より積極的に原発推進に踏み込んできたのは菅政権でした。
今必要なことは、福島原発事故を踏まえて、「原発推進政策」から「原発脱却・再生可能エネルギー」への政策転換を図ることです。
これに対して、大企業・電力会社や一部利権政治家からの猛反発が起きるかも知れません。
しかし、多くに国民は「脱原発・再生可能エネルギー」政策に共鳴することでしょう。
財界の利益優先政策か・・・それとも安全・安心の国民重視の政策か・・・
これからの菅内閣の進路が問われているのかもしれません。
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