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小林多喜二の元恋人、田口タキさん死去 102歳
(2009年12月12日 朝日新聞)
「蟹工船」などで知られるプロレタリア文学作家・小林多喜二(1903~33)が愛し続けた女性として知られる田口タキさんが6月19日、横浜市の自宅で亡くなっていたことが分かった。多喜二ゆかりの北海道小樽市立小樽文学館にタキさんの親族から連絡があった。102歳で、老衰とみられる。
多喜二は24年から6年間、当時の北海道拓殖銀行小樽支店に勤務。市内の飲食店で働いていたタキさんと知り合い、自宅に住まわせたが、タキさんは自活の道を選んで27年、行方を告げずに小樽を去った。
多喜二は代表作を発表して上京したが、治安維持法違反容疑で特高警察に逮捕された。その後、33年にタキさんを訪ねたが会えず、再び逮捕されて築地署で拷問を受け、同年2月20日に死亡した。
小説「蟹工船」で有名なプロレタリア作家、小林多喜二の愛した田口タキさんがひっそりとこの世を去りました。
享年103歳・・・・・まるで30歳で戦前の警察権力の拷問で不本意な死を強いられた多喜二の分まで生き抜いたかのようでした。
多喜二とタキさんの短くも、豊かないたわりあいは、多喜二をめぐる厳しい時代の中でも『人間多喜二』を理解するうえで大変貴重な事実を提示しています。
その内容は、最近岩波文庫から出された荻野富士夫編「小林多喜二の手紙」の中で明らかにされています。
【文庫】『小林多喜二の手紙』荻野富士夫編
(2009.11.29 産経ニュース)
『小林多喜二の手紙』荻野富士夫編(岩波文庫・987円) 大不況により貧困層が急増した昨年、代表作『蟹工船』がときならぬベストセラーとなり、改めて注目が集まるプロレタリア作家・小林多喜二。友人や同志らにあてた獄中書簡を中心に、田口タキへの恋文など159通が収録されている。
来年の2月13日(土)の午後、多喜二研究で活躍されているアメリカ・シカゴ大学教授のノーマ・フィールド氏が、札幌で講演されることになりました。
その時々の社会的課題を反映させて語るノーマ・フィールド先生が、「政権交代」後にもかかわらず、迷走気味の沖縄・普天間問題を絡めながら、どのように多喜二を登場させるのか今からワクワクしています・
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加藤和彦さんの「死」==「誰かのために」・・・を求めるのは、酷なことか?==人は、誰かのために生きるもの==
「・・・・・私たちは、誰かのために何かをすることが出来ます。子供たちのため、愛する人のため、地域社会のため、それぞれの立場で出来ることは沢山あります。 しかし、それに躊躇しがちです。「面倒だ」という思いや、「照れくさい」という感情もあるでしょう。結局のところ自分のために考え、適当なところで妥協してしまいがちです。・ ・・・・・・「誰かのために」。人は強くなれます。」
これは、毎週、地元北海道新聞、月曜夕刊に掲載される、プロゴルファー鈴木規夫氏が掲載されている「ゴルフの心」と言うコラムの一部です。
昨年、の日本シリーズJTカップでインドのジーブ・ミカル・シンが優勝したときのエピソードからの随想です。
一方、一時代を創ったミュージシャンの加藤和彦氏が「もう音楽では、やることがなくなった・・・・」として、自らの命を絶って旅立ちました。
数々の音楽シーンを残していった加藤氏ですが、その「死」の本当の理由は、いずれ明らかになるとして、静観するのがいいのかもしれません。
ただ、音楽以外にも加藤氏の存在自体が「誰かのため」になっていたのも事実ではないでしょうか。
あの音楽の世界で放った、彼のきらめくような才能を、「誰かのために」音楽以外の他の場面で発揮して貰うことを願っていたのは、酷だったにかもしれません。
しかし、人は、濃度の差こそあれ、「誰かのために」生きることが人間の本質に備わる避けがたい一面ではないでしょうか。
それにしても残念でなりません。
加藤和彦さんへのご冥福を心からお祈り申し上げます。
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麻生首相:学生集会で「金がねえなら結婚しない方がいい」
(毎日新聞8月24日)
「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金がおれはない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」。
麻生太郎首相は23日夜、東京都内で開かれた学生主催の集会で、少子化問題に関連してこう述べた。学生から、若者に結婚資金がなく、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか、と質問されたのに答えたものだが、不況下で就職難の若者らの気持ちを逆なでする発言とも受け取れる。
首相は「(金が)あるからする、ないからしない、というもんでもない。人それぞれだと思う」としながらも、「ある程度生活していけるものがないと、やっぱり自信がない。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しいんじゃないか」と語った。
首相の発言について河村建夫官房長官は24日の記者会見で「若者の就職対策を進めなきゃいかんという思いが表現として出たのではないか」と釈明した。【影山哲也】
民主党の岡田克也幹事長は24日、麻生太郎首相が学生との対話集会で「金がないなら結婚しない方がいい」と発言したことについて、「現実が分かっていないんじゃないか。誰もが好きで所得が少ないわけではない」と批判した。松山市内で記者団の質問に答えた。
共産党の志位和夫委員長も長野市での記者会見で、「心ない発言だ。もう政治家失格だ」と指摘。社民党の福島瑞穂党首も同市での会見で「金がない状況をつくったのは自公政治だ。あまりに無神経で人権感覚がなさ過ぎる」と強調した。 (2009/08/24 時事通信)=================================
最早、救いようもないほど低劣な人物に成り下がってしまった麻生太郎氏・・・。
まるで「貧乏人は結婚するな」といわんばかりの論法ではないでしょうか。
まったく参考にならない自分自身の経験を持ち出して、貧困と格差に苦しむ若者の心を逆なでするような「言葉」です。
30日の総選挙の投票日を控えて、惨敗が予想される自民党の総裁とはいえ、ひとつひとつの発言に責任を伴うのは当然のことです。
政治家の失格どころか、ひとりの人間としても相当低劣な部類に入るのではないでしょうか。
しかも、今は総選挙の真っ只中、自民党の中からもブーイングが吹き出ても不思議ではありません。
しかし、そうした事態に、「内部批判」さえも出すことができない自民党のていたらく・・・・。
そうした自称政治家氏に日本の舵取りを任せるわけには行かないことは、多くの国民の共通認識になっているのが現状となっています。
ちょっと早計かもしれませんが・・・・・総選挙に敗北した後の自民党は、様々な側面からの自己総括さえもできずに四分五裂するかもしれません。
さよなら麻生太郎さん・・・・。
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今では、一国の首相として、その知性と能力と政治信条から、野党は勿論、自民党内部からも批判の声が上がっている麻生首相。
「漫画おたく」を自認している麻生首相が、あの宮崎駿監督から苦言を寄せられていました。
アニメを国際的な評価にまで高め、重要な文化・芸術の分野として確立してきた宮崎駿氏からの見解ですからこれ以上の重みのある指摘はありません。
「漢字の読めない総理大臣」として子供からも揶揄されたり、一国の指導者としての知的水準が疑われる、あるいは、自らの立場をわきまえることができない人物として「定着」した感のある麻生氏です。
この国の難関を乗り切るために、解散・総選挙で国民に自らの「信」を問うべきだはないでしょうか・・・・それが彼に残された最後の「花道?」かもしれません。
勿論その結果が「敗北」となってもです!!
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先週、14日(金)の夕方、自宅近くの札幌市子供劇場で井上ひさし氏作「シャンハイムーン」が地元劇団の劇団新劇場が公演していました。http://home.att.ne.jp/sun/singeki/index.html
大学の先輩で元演劇部の黒川一郎名誉教授の誘われて、その小さな「劇場」へ行ってみました。
井上ひさしさんの独特の軽妙でコミカルな戯曲でもありながら、魯迅の革命生活の一面を描いていました。
特に、魯迅~朱安~許広平の関係、内山寛造夫妻の献身的な人柄と行動、そして善意に満ちた須藤五百三医師のヒューマニズムなど、たぶんに今日的な内容でもありました。
特に、舞台の最終版、須藤医師のせりふ「医師は、病人を待つのではなく、見つけに行くものだ」といって、上海の運河に浮かぶぼろ船にうずくまる人々へ巡回診療に飛び出してゆく場面が印象的でした。
あの軍靴が闊歩する時代での「良心的医療活動」の存在に勇気づけられた一夜でした。
中秋の名月の今日は、その題に月が出てくる話を。 『シャンハイ ムーン』は戦時中の上海での魯迅とその周辺の人々を描いた戯曲。 蒋介石の国民党に狙われた魯迅は、上海の地下に潜んで文筆活動を続けていた。彼の地下潜伏活動を支えていたのは、彼の妻と上海に住む日本人たちだった。
魯迅は中国に侵略しようともくろむ日本という国を心底憎みながら、一方では日本人を心から愛していた。そして、日本人の中にも、魯迅に心酔する人々が多かった。この作品は、そういった魯迅夫婦と彼を取り囲む日本人たちの心温まるつながりを描いている。
潜伏生活で窮地に追い込まれた魯迅は、歯痛に悩まされており、その治療のために使った麻酔(笑気ガス)の服用で幻覚を見る。幻覚で見えるのは、魯迅が常日ごろから常に「すまない」と思い続けている人々。心の中でやましさを覚えている人々である。魯迅は、そのやましさのために、慢性の自殺願望があるのだというのだ。 その人物誤認と自殺願望を取り除くために、医者須藤が提案した方法は、魯迅の深層心理をついた、優しさにあふれるものだった。 魯迅を取り巻く人々は、何よりも魯迅の健康回復のために(彼の身体は、ぼろぼろな状態だった)、ちゃんとした歯の治療を受けさせようと日本に亡命することを勧める。 しかし、敵国である日本に亡命することに異議を唱える許広平と、ちゃんとした治療は日本でしか出来ない、魯迅の才能を生かしておくためには何より身体を丈夫にしなければならないと強く日本行きを勧める日本人たちの主張はなかなか一致しない。 魯迅自身もその思いは許広平の考えを是としながらも、「小説を書くためには健康でなくてはならない」という日本人たちの言葉に反論できない。 そして、極度の精神的緊張から、魯迅は失語症になってしまう。
いつ崩壊してもおかしくないようなぎりぎりの精神状態の魯迅。彼に、なんとしてでも生き続けてほしいと願う人々の献身的な援助。そして、魯迅は、ついに、どこにも逃げることなく上海で文を書き続けることを決意する。 暗い戦争の時期に、文章の力で民衆を支え変えていこうと活動を続けた魯迅。その魯迅を支え続けた日本人たちがいたということは、とてもうれしいことである。 |
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ノーベル賞作家の大江健三郎といえば、言葉を大切にして、多少難解な言い回しと印象を持たれる方もいるかと思います。
今回、新潮社から出版された単行本『大江健三郎 作家自身を語る』(¥1800)は、そうした印象を感じさせないものでありました。 読売新聞社、文芸担当記者の尾崎真理子さんとのインタヴィユー形式で構成されている内容は、割合、平易で内容も理解しやすい構成になっています。
まず、目次だけを紹介しておきます。「作家生活五十年を目前にして」
「伊丹十三との出会い」
「渡辺一夫先生との交流」
「芥川賞のころ」
「『個人的な体験』刊行当時の評」
「故郷 の中学にて」
「『同時代ゲーム』をいま読み返す」
「女性が主役となった八〇年代」
「父という存在」「一九八七年 分水嶺となった年」
「ノーベル文学賞受賞の夜」
「自爆テロについて」
「大江健三郎、106の質問に立ち向かう」などです。
大江さんの著作に関して、「ヒロシマノート」「個人的な体験」「万延元年のフットボール」「同時代ゲーム」など、それ以降の書籍についても、それらを表現した時代状況や大江さんの考えをわかりやすく丁寧に語ってくれています。
最後にある「大江健三郎、106の質問に立ち向かう」では、大江さんの誠実な人柄を感じさせる回答がなされ、思わず笑みがこぼれてしまいました。
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「パッチギ」=“頭突き” “突き破る” “乗り越える”
井筒和幸監督作品の「パッチギ」を観劇し、そこに流れてくる「イムジン河」を何度も聴きました。 パッチギとは、ハングル語で「頭突き」とのこと。
劇中で主人公の1人は、立ち回りで相手に何度も「頭突き」を食らわしていました。
パッチギとは、別の意味で、“突き破る”“乗り越える”という意味もあるそうです。
物語は、京都で生きる在日朝鮮人の若者の恋愛と喧嘩騒ぎを軸に、日本と朝鮮の間に横たわる溝を若者の純粋さと行動力で“乗り越え”ようとする痛快さ溢れるものでした。
そして、そのバックに「フォーククルセイダーズ」の名曲とともに流れる「イムジン河」の音色と歌詞は、朝鮮半島の美しさと厳しい現実を問題提起しているようでした。
一時は、「放送禁止」にまでなったのが、この「イムジン河」でした。
私が、小学生の頃、近くに在日の方々の住まいがありました。
そこでは、相当過酷な生活を強いられていたのを何となく記憶しています。しかし、当時から、子供どうし、一緒によく遊び、今でも仲の良い友人の仲間です。
今日では、北朝鮮による「日本人拉致問題」や「核問題」・「ミサイル問題」など、映画で描かれていた1968年とは、比較にならないほどの難問が日朝両国の間に横たわっています。
日朝両国が、諸問題のへの誠実な姿勢と立場を確立し、一日も早く平和で思い遣りのある両国関係を築きたいものです。
それこそ、両国間の難問を“突き破り” “乗り越える”、つまり、パッチギする必要性を感じさせられました。
また、こうした深刻な問題を、ある意味コミカルに、かる~く描いて人々を感動させる、井筒和幸監督に拍手です。
今、その続編「パッチギ、Love&Peace」が劇場で上映されています。
私は、週末に映画館へ足を運ぼうと思います、いつものようにシニア夫婦割引(二人で2000円)を利用して・・・・。
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また、戦中・戦後の歴史のひとつが明るみに出てきました。 終戦で一度は、清算されたはずの国家神道であったのもとにあった「靖国神社」が、戦後も国民の知らないところで脈々と生きていたのです。 今日の「靖国問題」は、ここにも大きな要因があります。 ここまで明らかになったのですから、いよいよ「政教分離」の原則にのっとって「靖国参拝」にも、公式にけじめをつけるべきです。 高橋哲哉東大教授のコメントを聴きたいのですが・・・・。 |
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安倍首相は「ごまかし」と批判、ワシントンポスト社説で
2007年03月25日(朝日新聞)
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「ダブルトーク」とは「二枚舌」とも言われます。
安倍首相の国会答弁や記者会見では、一方で「強制には、広義と狭義がある」といいながら他方では「河野の談話を継承する」といっています。
「強制の広義・狭義」発言では、明らかに『河野談話』を後退させるなります。
もし、『河野談話』に依拠してゆくのであれば、「強制の広義・狭義」発言を取り下げるべきですし、昨日の「下村発言」へは、厳しい態度が必要では無いでしょうか。
それにしても、「北朝鮮拉致問題」での日本の人権問題での正当性に傷をつけることが心配です。
安倍首相は、「従軍慰安婦問題」は過去の事、「拉致問題は現在進行形」の事と、ここでも「言葉の操り?」で人権問題の歴史的本質を曖昧化しょうとしています。
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