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北京五輪が開幕 史上最多の204カ国・地域が参加200888日 朝日新聞)

 【北京=阿久津篤史】第29回オリンピック競技会北京大会は8日午後8時(日本時間午後9時)、主会場の国家体育場(愛称・鳥の巣)で開会式が行われ、24日の閉会式まで17日間のスポーツの祭典が幕を開けた。中国での五輪開催は初めて。史上最多の204カ国・地域から選手、役員約1万6千人が集い、28競技302種目で競う。

  入場行進は五輪発祥国ギリシャを先頭に、中国語で表記した国名の1文字目の漢字画数が少ない順に続き、日本は23番目に登場した。卓球女子の福原愛(ANA)を旗手に約190人が行進した。日本はハンドボール、バスケットボールを除く26競技に、選手339人、役員を含めると史上最多の576人の選手団を編成した。2けたの金メダル獲得を目標にする。ブルネイの不参加がこの日決まり、国際オリンピック委員会(IOC)加盟国、地域すべての参加はならなかった。

  開会式は中国の歴史や改革開放後の姿を絵巻物風に見せる演出だった。急速な経済成長で、国際社会での中国の存在感は高まっている。チベット問題などで一時は欧州の首脳らに開会式欠席の動きも出たが、5月の四川大地震で中国が国際社会と協調する姿勢を見せ、ダライ・ラマ14世側との対話が進むなど状況が好転。日本の福田首相をはじめ出席した各国の王室、国家元首、首脳は五輪史上最多とみられる80人以上になった。

  中国は民族問題を抱え、五輪に乗じたテロの不安がある。中国の人権問題を批判する活動も当局の懸念材料で、開会式の観衆9万1千人には入場券購入の際に身元を確認し、この日も厳戒態勢が敷かれた。  アジアでの夏季五輪開催は64年東京、88年ソウルに続き3度目。 ============================

 

 シートに隔絶された「華」と「嘆」 北京の出稼ぎ労働者200889日朝日新聞) 

若者が集まる北京市中心部の西単。すぐ脇にある地下鉄工事現場の宿舎で、出稼ぎの男性(33)は「五輪を見たいとは思わないよ」と自嘲(じちょう)気味に笑った。

  99年に四川省の農村から出てきて、工事現場を転々としてきた。今は8畳一間が約20戸連なるプレハブに家族4人で暮らす。テレビも冷暖房もない。宿舎の周りは五輪を祝う標語や絵が描かれた青いシートで覆われ、外と遮断されている。

  7年前、五輪の開催が決まったときは「何かが変わる」と喜んだ。インフラ整備は進み、給料は上がった。しかし、それ以上に物価が上がった。五輪中の工事は中断。仲間の半分は田舎に帰った。五輪が終われば仕事が始まると信じ、宿舎にとどまる。

  「生活は変わらない。先のこともわからない。建物を造り、カネをもらうだけだ」 ======================

 

いよいよ北京五輪が開幕・・・・・・・・・4年に1度の、スポーツと平和の祭典です。

「参加することに意義がある」を合言葉に、これを目標に、練習に励んできた多くの選手がそれぞれの力を存分に発揮できることを心から願っています。

しかし、今回の北京五輪があまりにも中国の国家の威信が前面に出ているような気がしています。

中国国内の格差と貧困の問題、少数民族問題、言論規制など、五輪開催を契機に「陰の中国」もよりいっそう明らかになってきました。

「五輪」で沸く北京でも、ブルーシートや張りぼてで隠された「貧困地域」には、明日をもしれぬ若者が鬱屈した気持ちでいるのも少なくいないようです。

そうした一方で、昨日の立派すぎる、お金をかけすぎた「派手な開会式」を私は、素直に見続けることは出来ませんでした。

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“レーザーレーサー”と“サメ肌水着”==問われル競技の公平性==国際水連(FINA)の出番== 

競技スポーツと“用具(マテリアル)”の関連は複雑です。水泳に限らず、多くのスポーツでは、使用される“用具“によってそのパフォーマンスの成果は大きく変わってきます。 

逆に言うと、“用具”の開発でパフォーマンスの技術そのものが変化・発展してきます。

スキーやスケートは言うに及ばず、陸上競技のスパイク、野球のグラブやバット、テニスやゴルフの用具などは、私達も良く経験するところです。 

今回問題になっているSPEEDO社による“レーザーレーサー”水着に対しては、記録出現に惑わされず、冷静に考える事が大切ではないでしょうか。 

“レーザーレーサー”水着には、二つの特徴があります。ひとつは、体を締め付ける事により体の凹凸や筋肉、皮膚の振動を減らし水の抵抗が少ない姿勢を保つ機能を高めてあります。

これは、最近流行している“スポーツアンダーウエア”と共通しているところがあります。

これらは、筋肉を体外からサポートし、また筋肉疲労を減少させる働きのあることが表面筋電図なども駆使した実験をもとに作成されています。

 もう一つの特徴は、胸や臀部などの出っぱった部位にポリウレタン製のパネルを配置していることです

これが、北島康介選手が言う「体の浮く感じ」を導き出しているものと思われます。現在の水泳競技に使用するには大きな疑問を感じるところです。

 前者の「筋肉サポート」はすでに多くの他の種目で認められているのですが、後者の「浮く水着」については、その基準自体が不明朗なのです。 

200年シドニー五輪で使用された「サメ肌水着」は、その時生まれた15個の金メダルのうち13個の金メダル獲得選手に使用されていました。

しかし、五輪が終わってまもなくその水着は使用禁止となりました. こうした経過を見ると、開催まで短時間に迫った北京五輪では、“レーザーレーサー”水着の使用を禁止して、国際水連(FINA)のもとでそれが競技水泳での使用が妥当なものか否か検証すべきではないでしょうか。 

単に記録をあらそう競技水泳としてだけでなく、オリンピックはメダルをあらそうと言う特別な側面のある大会です。参加するすべての選手が公平な条件で戦うことが、フェアープレーの最低条件となるからです。 

ここでは、国際水連(FINA)の公明正大なフェアープレーが試されています。

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不明ボーダー7人無事=島根県側林道で発見-広島・恐羅漢スキー場  2008/02/05時事通信
 広島県安芸太田町の「国設恐羅漢スキー場」で3日午後から行方不明になっていたスノーボーダーの男性7人は5日午前、捜索隊に発見され、無事が確認された。いずれもけがなどはないという。2人は自力で、5人は陸上自衛隊員に搬送されて島根県側に下山、病院に収容された。
 広島県警によると、午前9時半ごろ、島根県益田市内の広見林道で、捜索に向かう地元消防団などがスノーボードで下りてくる2人と遭遇。「100メートル後ろに5人がいる」と話したため、さらに林道を進み、歩いたりボードで滑ったりしている5人を見つけた。
 7人はいずれも、スノーボード用のウエアなど軽装だった。3日夜、偶然見つけた山中の廃屋に避難。火をたき、わずかな食料を分け合って飢えと寒さをしのいだという。
 下山後、益田市匹見町内まで救急車で運ばれ、正午前に陸自などのヘリコプターで広島市内の3カ所の病院に収容された。
 不明となっていたのは、山口県周南市の自営業青木貴彦さん(34)らスノーボード仲間5人と、同スキー場臨時従業員2人。臨時従業員の1人が3日午後3時半ごろ、「今から下山する」とスキー場の仲間に携帯電話で連絡したが、その後は音信不通となっていた。
 
 とにかく、7人が無事救出されて良かったです。 

ご存知のように、スノーボードの起源は、冬山の中を郵便物などを運搬したのが始まりとのことです。 

ですから、競技を除き、ボードの醍醐味は、ゲレンデの決められたコース内ですべるのではなく、新雪・深雪の中を自由に滑りまわることなのです、しかも三次元的にです。 

とすれば、当然、冬山に足を踏み入れることになります。ひとつ間違えば、死と対面せざるを得ない場面となります。 

「ボードの楽しさを満喫しながら、安全を確保する」このスポーツ(特に冬山スポーツ)の原則を再度認識させられました 

今は、ウインタースポーツ真っ最中の時期です、無駄な犠牲を出さないためにも「安全第一」を肝にめいじたいものです。 

なんだか・・・「医療の安全性」にも通じることがあるようです!!

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さっぽろていね

サッポロテイネ [手稲区] [スキー]


札幌市内から車で約40分、抜群のロケーションと最高のパウダースノーのビッグスケールスキー場。

今シーズンは、バックカントリーが楽しめる「ネイチャーゾーン」を4ヶ所に増やし、ますますパワーアップ!
全長520mのスロープスタイル「スーパーパーク」は、道内最大級のアイテム数を誇り、好評だったビッグキッカーは、今シーズンも健在。

お子様が安心して遊べる雪の遊園地「キッズパーク」や託児室も完備。スクールは、キッズだけのスペシャルレッスンもあります。

ファミリーも思う存分エンジョイできる多彩なコースが魅力の「サッポロテイネ」で、思いっきり冬を満喫してください。
親子リフト券、ランチパック券あり。スキー場直行バス「テイネライナー」も。

08年スキーシーズンがすでに始まっています。 

お正月休みを使って、今季は、初滑りを札幌郊外の「手稲山スキー場」に設定しました。  

そこは、1972年札幌オリンピックの時には、アルペン会場のひとつでした。今でも、当時の女子大回転コースや男女回転コースにそのなごりが残っています。  

昨年までは、シーズン当初は、それらのコースに降り立ち「あ~ 今年も何とか滑ることが出来そうだ」と自分なりに自信を沸き上がらせて、シーズンインとしていました。  

ところが、今年は、下の方にある初心・中級コースからの開始となりました。  

実は、今年は「テレマークスキー」の完全マスターを目標にしたからなのです。 

 かがとの上がる「ヒールフリー」のビンディングでは、ブーツのベロや前方に体重がかかると前に派手な転倒が待っています。かといって、後傾になるとスピードコントロールが出来ません。 

従って、体重をのせるポジションの最適な位置が要求されるのです。 

 私がこれを始めたのは、尊敬するスキー友達からの薦めとワールドカップの活躍中の佐々木明さんがOFFにテレマークスキーで練習しているのを知ってからでした。  

無謀とは思いつつも「自分も試してみょうか」と挑戦し、今年こそは完全マスターを目指しています。

 さて、どうなるか・・・・・ 今日はこれから、「キロロスキー場」へ一泊まりで行って来ます。そこは、依然骨折を経験したスキー場なのですが・・・

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桑田 初メジャー 「野球の神様 ありがとう」

20070611日朝日新聞) 左翼後方のブルペンから桑田は小走りにマウンドに向かった。白球を拾い上げ、投球練習を始めた。背中には慣れ親しんだ18番。「心の中で野球の神様に『ありがとうございます』と。それだけです」。万感の思いは胸に秘めた。  68と劣勢の5回、3番手で登板した。7番カブレラからの下位打線を中飛、三ゴロ、遊ゴロと11球で片づけた。球速は最高87マイル(約139.9キロ)。スライダーやカーブで緩急をつけ、バットの芯を外した。  6回。デーモンを右飛、ジーターを遊直に仕留めた後、好調のアブレイユを歩かせた。「ストライクゾーンで勝負するべきだった」。直後、4番ロドリゲスへの初球、126キロのスライダーが甘かった。「投げた瞬間にやられると思った。ど真ん中ですから。しっかりボールにして様子を見ないとダメだった」。2打席連続本塁打となる2ランを右へ運ばれた。  元同僚・松井秀にも四球を与えたが、カノを遊飛に仕留め、40球でデビュー戦を終えた。  「6個のアウトは6個とも、いい感じで投げることができた。これを自信にして、これから投げていきたい」  2回1安打2失点。感動と手ごたえを胸に、大リーガー桑田が、新たな人生を歩み出した。
 巨人で同僚だった桑田と対戦したヤンキース・松井秀 打席に立つと、いつもと違った感じがあった。四球だったけど、ヤンキースタジアムで桑田さんと対決できたのは非常に大きな思い出になる。〈10日、ヤンキース93パイレーツ〉
元巨人の桑田投手が、ついにメジャーデヴューを果たしました。39歳です。

横浜の工藤投手と並び、自分の心身の管理には定評がありました。

野球に限らず、他のスポーツや、高齢化社会における、運動の能力の維持・発展と言う側面からも興味のあるところです。

さて、桑田投手といえば、清原和博選手です。彼ら二人は、PL学園出身学園ことは、多くの人がしています。

そのPL学園の1年先輩に、清水哲さんと言う方がいます。清水さんは、進学した大学野球でセカンドに滑り込んだ時に「頸髄損傷」を受傷し、その後は車椅子生活となりました。

その清水さんに、桑田・清原両選手は、今でもボランチイアで支えを続けているのです。

このオールドルーキーの登場は、清水さんもきっと喜んでいると思います。

頑張れ、桑田!!!です。

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Tai-chan先生、TBをありがとうございます。

今日は、日曜日の病院日直です。

先週のことでした。

「戦争のこと」「平和のこと」「憲法のこと」なんかについてお聞きしたいのですが・・・』と医学生に呼ばれる事がありました。

行ってみると、野球部、サッカー部、水泳部、ワンゲル部など、体育会系の学生がほとんどでした。最初は、その話ばかり・・・(ちなみに、わたしの学生時代は、野球部の敗戦投手専門でした)

しかし、考えていることは、本質的なことばかりです。

各課題自体が、多面的なので考え抜いたり、語り尽くすには、時間の確保と方法論の整理が必要かとも思いましたが、彼らの意見には、教えられることが溢れていました。

まず、共通していたことが、「医師としてよりも、その前に、ひとりの人間として考え、行動してゆきたい」ということでした。

厳しいといわれる今日の受験競争の中で、こんなに「まっとうな?医学生」たちがいる事に、目を覚まされました。

「これからの医療を担う若手医師達を信頼し、夢をかけよう」と思いました。

私が、今日の医療問題や、医師問題について発言しても、あまり意に介さずに「大変な問題」として受け止めてくれました。

だからといって、「医師になりたくない」という気持ちには、ならなかったようでした。

そもそも、「医師への動機」は、人の生命・健康への関心ですし、「医学と医療」は、広げるときわめて社会的性格の強い分野でもあります。

また、中村哲先生も語られた、「人に求められること」が多い分野でもあります。

Tai-chan先生など諸先生の努力もあり、国境を越え、国際的な活躍も以前ほど難しくはないかもしれません。

しかし一方、現在は、「医師になりたい」という初心を貫くこと困難なことの多いことは事実です。

若い医学生たちとお話して、「この若者たちのまっとうな気持ちと力を縦横無尽に発揮できる医療界を作ることが私たち、先輩の仕事でもある」と思いました。

今週末に、彼らと再会できるとの事、いまから楽しみです。

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政治

七月の参院選に向け、与野党の“目玉候補”選びが大詰めを迎えている。自民党は、比例代表を中心にタレントやスポーツ選手などに次々と出馬を打診。著名人頼みが「手っ取り早い無党派対策」(幹部)というわけだが、露骨な選挙戦略が有権者の心をどこまでつかむかは不透明だ。(山下幸紀)  

 自民党総裁の安倍晋三首相は十六日、元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代氏を首相官邸に呼び、東京選挙区(改選数五)への出馬を要請。

すでに党としての擁立作業は最終段階に入っていたが、首相自ら本人に働きかける異例の場面をつくることで、目玉候補として売り出す演出をした。  

この日は、サッカー元日本代表の三浦知良氏も所属する横浜FCのホームページで「自民党よりオファーをいただきましたが、お断りいたしました」との談話を発表し、出馬を打診されていた経過を明らかにした。

 自民、民主両党ともに支持組織の集票力低下に歯止めがかからない中、著名人頼みの選挙は「参院選の定番の選挙戦略」(自民党幹部)となってきた。

特に二○○一年に導入された比例代表の非拘束名簿方式は、候補の名前を投票用紙に書くことができ、個人名の票が所属政党の票に合算されるため、知名度の高い候補が票を稼ぐことへの期待が大きい。  

六年前の選挙で自民党が投票日の一カ月前に擁立した国際政治学者の舛添要一氏は約百五十九万票を獲得。三年前の「目玉」だった竹中平蔵経済財政担当相(当時)は約七十二万票を取った。

今回もタレントの藤原紀香さんや歌手の郷ひろみさん、元日本ハム選手の新庄剛志さん、元シンクロナイズドスイミング選手の小谷実可子さんら複数の名前が浮上。

すでに断念したケースも多いが、自民党幹部は「ゼロから選挙運動が必要な候補じゃない。名前が出るのは直前でいい」となお数人の擁立を模索する。

 一方、民主党も、NHK番組「クローズアップ現代」のキャスター国谷裕子さんに出馬を打診するなど、水面下で有名人の擁立作業を続ける。与野党の目玉候補の争奪戦は選挙戦ぎりぎりまでもつれそうだ

参議院選挙を控えて、またも票集めのために「タレント候補」の擁立に動いている。

タレントとは言え、その人物に、その政策と共に、国政を担うに相応しい「人格と力量」が備わっているかが大切です。

過去に多くの「タレント議員」が誕生しましたが、立派に活躍した議員と全く「議席一人」のための議員がいます。

なかには、「国家乱闘」で大活躍する「肉体派議員」も有名です。

問題なのは、議席を揃えるために、国政を論じることには無理のある「タレント」を動員する、政党のレベルの低さです。 

それに審判を下す時、「大量得票」を与えないためには、有権者の思慮深い投票が大切だと思います。

ただ、自民党から立候補要請されていた『キングカズ』こと、三浦知良氏が自民党からのオファーを断ったことがせめてもの救いでした。 

<ありがとう、カズ、またまたあなたを応援したくなりました!!!>

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 北海道の道南・知内町に町立北海道知内高等学校があります。

そこの野球部で20年間監督として指揮を取られてきた山本鉄弥先生が今年、60才の若さで肝臓がんにより他界されました。 

今日、高校野球界が「特待生問題」をめぐり混迷を深めている時、山本先生の高校野球指導を思い出しました。 

山本先生は、1993年の第65回選抜高等学校野球大会(春の甲子園大会)に22人の部員と共に出場しました。結果は、3-6で浜松商業に敗れはしましたが、「過疎地の町立高校が甲子園へ・・・」という、爽やかな話題を私たちに与えてくれました

同時に、「努力とチームワーク」の大切さを教えてくれました。 

それ以後、知内高校は、高校野球、南北海道大会の常連校になっています。

この地区は、最近、あの苫小牧駒沢高校がダントツの強さのため甲子園出場は、困難でした。 

そんな中、私が、山本先生の生徒=部員指導のあり方に接したのは、20年ぐらい前でした。 

甲子園を目指して南北海道大会に出場のため、札幌に生徒を投宿させた時でした。エースピッチャーが肩の痛みをきたし、十分な投球ができなくなり、私の病院に連れてきました。 

種々、相談の上、試合当日、肩峰下滑液包へ局麻剤を注入して取りあえずの処置をしました。 

その1カ月後、山本先生からひとつのVTRが届きました。

内容は、先の投手のトレーニングを記録したものでした。

そして、添え書きの中で、現地でも行えるトレーニング方法を教えて欲しいというものでした。 

私たちは、山本先生の生徒を思う熱心さと誠実さに心を打たれました。早速、一番若い研修医をモデルとして、設備のない「知内高校」でもできるようなリハビリメニューを作成して、お送りしました。 

その後、たまたま送られてきた、VTRの後半部分が映ることがありました。

それは、先生が、小さなお子様たちを映したいわゆる「家族ビデオ」だったのです。

失礼とは思いながら見てしまったことをお詫びしながら一緒に返送したのでした。 

これらを見て、送られてきたのは、ご家庭を思う先生の姿と、生徒のためには「手を尽くす」誠実さが詰まったVTRなのだと私たちの中で話題になりました。

高校野球の教育的側面のあり方を考えさせられました。

 その後も、「知内高校」を南北海道大会の常連校に育ててきた山本鉄弥先生に心から冥福を祈ります

 後日談:6年前、私の長男の所属していたチームが夏の甲子園を目指す南北海道で、お元気だった山本先生率いる「知内高校」と対戦しました。爽やかで誠実なチームカラーをつくづく感じさせてくれました。

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西武裏金問題 社長以下が支出決済

2007年04月04日(朝日新聞)

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 西武の裏金供与問題で、西武が設置した調査委員会は4日、次々と新たな金銭授受を明らかにした。中間報告の時点で、これだけの不正。調査委員会は、西武球団の意識や体質にも厳しい言及をした。  西武が設けた調査委員会は4日、すでに金銭授受が明らかになっていたアマチュア2選手についても中間報告の結果を公表した。  早大野球部を退部した清水勝仁選手については、大学卒業後の入団を誓約する書面に関係者一同が署名をし、03年12月1日から金銭支給を開始したとした。

 倫理行動宣言後の05年10月まで金銭を渡していたことについては、球団内で何回か中止するかどうかの協議が行われたとした上で、「企業のコンプライアンス(法令順守)よりも清水選手側の経済的事情や支給の約束の方を優先させるという誤った判断」がなされたと指摘。

オーナー(当時)の堤義明氏が04年の総会屋利益供与事件などで取りざたされ、当時の球団が混乱をきたしていたことなどを原因に挙げた。  東京ガスの木村雄太選手については、04年1月から金銭供与を開始、同年9月まで支給したあと、東京ガス関係者からの申し入れで、支払いを打ち切ったとした。  また球団内での会計処理について、社長以下の管理職の決裁を得て仮払いとして計上していたとし、「社会的な不正を行うことを避けるより、社内的に資金を不正・不当に支出することがないことへの気配りを優先していた」と断じ、「コンプライアンスに対する意識の低さ」を指摘している。 =================== 

プロ野球、西部球団の裏金問題の第三者機関による調査結果が公表されました。 

「延べ170人、最高1000万円 ==27年間、5選手に合計 6160万円」とのことです。

さらなる詳細がわからないですが、アマ球界との金銭的な繋がりは、西武球団だけにとどまらず、広く深く拡がっているのではないでしょうか。

野球と言えば、日本ではプロ、アマ問わず、深く国民の中に浸透しているスポーツです、私も、熱烈なファンの一人です。

子供から大人まで、野球をする人も観戦する人も多く、日本の文化の一翼であると言っても過言ではありません。

そもそも、スポーツとは、「合意されたルール」のもとでフェアープレー精神で戦い、勝敗や記録を競うものです。だからこそ、だからこそ、多くの人を惹きつけ、感動を呼び起こし、時には、自らの人生に重ね合わせる事もあるのです。

そうした、野球やスポーツの原点に立ち返るために、今回の「裏金問題」を徹底的に究明して、二度とこの様な不祥事がないようにしてほしいものです。

PS:直接的ではなくとも、誰が見ても明らかな不祥事に対して、居直りを続ける政治家(今では・・松岡農相?)にも類似点がありますが・・・・

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サッカー界のキングカズこと、三浦知良が来シーズン、J1での戦いと残されたサッカー人生への抱負を語りました。

今ある目標は、二つ。一つは、もう一度「日本代表」のユニフォームを着ること、それも短時間だけでも。

二つ目は、海外のチームで試合をしてみたいこと、それはアジアになるかもしれないが、出来ればサッカーの根付いた国で・・・。しかし、それはどこでもよく、例えばブラジルの片田舎の小さなチームでも良いそうです。

これから先、サッカーの原点に帰ろうとするカズの気持が感じ取れました。

その間、インタヴュアーの前園氏と語り合うカズの温和な表情が印象的でした。

これまで、仏WCの日本代表からはずされたり、必ずしも恵まれた場ばかりではありませんでした。

しかし、今日のカズには以前あったようなギスギスした様子が消えうせ、私には、「心の円熟」を感じました。

これまで一流の仕事を成し遂げたカズが、残された晩年を静かに、しかし、力いっぱい走り抜けようとする深みのある意思の力を示してくれました。

これから残された現役期間を思い残すことなく活躍し、私たちに希望をもたらしててほしいものです。

ちなみに私は、野球とスキーのファンですが、キングカズはスポーツを通して多くのことを教えてくれています。

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