国連総会で2000年12月に決議された国際デーで、「数多くの難民が感じている孤独や絶望感に思いをはせ、私たち自身に何ができるのかを自問する日」。
6月20日は「世界難民の日」でした。
世界各地でいろいろな催しが開かれ、難民発生の予防と難民問題の解決に向けて様々な主張と行動が繰り広げられました。
UNHCRの取り組みにもかかわらず、難民問題は深刻化の一途をたどっています。
その原因も戦争や部族・民族紛争、自然的・人的災害、最近は食糧危機がそれらに拍車をかけている様に思えます。
私は、6月20日に札幌のある高等学校に招かれて、“生命について考える=シリア・ヨルダン、戦火を逃れる難民を訪れて”と言う題で講演する機会を得ることができました。
内容は、今年3月に訪れた、シリア・ヨルダンへイラクから逃れてきた難民の皆様の実態、特に米軍が使用している劣化ウランによる先天奇形の子供達や、戦傷被害の実態を報告するものでした。
明日への希望が持つことができなく、ともすれば絶望へと走らざるを得ない境遇の難民の人々の心の問題も含めた“生命”についての私の話の後に、聞いていた生徒からの発言がありました。
生徒は、「今日のお話を聞いて、他人事であった『難民問題』が私と関係のある身近な事に感じることができました。」と語っていました。
私の報告内容は、ありきたりのものですが、たとえ少数であれ、若者にとって、難民問題を身近な事として感じてくれた事に、心が温かくなりました。
これも小さな「世界難民の日」のひとこまでした。
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1980年5月18日、韓国・光州市。この町で25000余名の戒厳軍が民主化を要求する学生、市民らと衝突した“光州事件”…タクシー運転手の青年ミヌは早くに両親を失い、たった一人の弟ジヌと暮らしていた。
父親代わりでもあるミヌは、弟に格別の愛情を寄せていた。そして、ミヌが想いを寄せる看護師のシネ。彼女は母親を亡くし、父親フンスとの二人暮らしだった。
彼らの平和な日常は、その日を境に突如として襲った嵐のような戦禍にまみえていく。ミヌは、ただその現実が夢であることを願った。軍の銃弾に倒れた弟のジヌ。かけがえのない愛と命が次々と犠牲になっていく。ミヌは、ただ愛するものを守りたい一心で戦いを挑んでいくのだが…。
商業映画としては初めて“光州の悲劇”を完全映画化。韓国の歴史に翻弄され犠牲になった市民の悲劇、そこに浮かび上がる人間愛を衝撃的に描く感動作。
アン・ソンギ、キム・サンギョン、イ・ヨウォン、イ・ジュンギら韓国最高の演技派俳優が集結。韓国内動員740万人突破、歴代韓国映画興行トップ10入りを果たした。(作品資料より)今日の午後から、仕事をやりくりして、映画館へ飛び込んできました。
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アフガニスタン:陸自派遣を視野に調査団を近く派遣 政府
政府は4日、アフガニスタンへの陸上自衛隊派遣を視野に、外務、防衛両省の調査団を近く現地に派遣する方向で調整に入った。政府高官は同日夜、「派遣を検討する時には調べなければならない」と認めた。
アフガンへの陸自派遣については、町村信孝官房長官が5月31日の講演で検討を始める考えを表明。
福田康夫首相も今月1日、記者団に「可能性は常々考えている」と述べていた。 日本政府は国連平和維持活動(PKO)スーダン派遣団(UNMIS)への自衛隊派遣を検討してきたが、治安情勢が安定せず決断できていない。
今回の調査団派遣は7月の北海道洞爺湖サミットを前に、福田首相が掲げる「平和協力国家」を具体的行動でアピールする狙いがある。
アフガン支援では、現在実施しているインド洋での給油活動の根拠となっている新テロ対策特措法が来年1月に期限切れとなる。
民主党は同法に反対したが、一方で小沢一郎代表が、アフガン本土で活動中の国際治安支援部隊(ISAF)参加に前向きな考えを示したことがある。
このため、陸上での活動を可能にする同法改正を視野に、民主党の理解をとりつけたい思惑もあるとみられる。 防衛省幹部は4日夜、アフガン派遣について「(自衛隊派遣の)恒久法のからみで何ができるか幅広く検討している」と述べ、新テロ特措法の改正にとどまらず、恒久法制定も視野に入れた調査になる可能性も示唆した。
政府はイラクへの陸自派遣に際しても、現地情勢を見極めるため同様の調査団を送っている。【坂口裕彦】
スーダンに陸自施設部隊 PKO本格派遣へ調整政府は25日、スーダン南部で展開中の国連平和維持活動(PKO)スーダン派遣団(UNMIS)へ、道路整備などに当たる陸上自衛隊施設部隊を参加させる方向で調整に入った。国連からの要請を受けたもので、新たな人的貢献により「平和協力国家」の実績づくりを図る。 7月か8月にUNMIS司令部に自衛官4、5人を先行派遣した上で最終的に決定する。政府関係者が明らかにした。 福田康夫首相は7月の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)で、日本がUNMISへ積極関与していく方針を表明する。1回の派遣は数100人規模になる可能性があり、2002年から約2年間、施設部隊が参加した東ティモールPKO以来の本格的な部隊派遣になりそうだ。 関係者によると、これまで慎重姿勢だった防衛省が、スーダン南部の比較的安定した治安情勢などから、部隊派遣が可能との判断に転換。 【共同通信】 |
イラクに航空自衛隊を送り続けている政府の狙いは、「自衛隊海外派遣恒久法」制定であることは明らかです。
中国四川大地震での救助支援のためのテント輸送にまで自衛隊機を飛ばそうとしていました。結局は、民間航空機をチャーターすることで、テント輸送そのもは充分目的を達することができました。自衛隊機派遣構想そのものは全く無意味なものでした。
しかし、自衛隊の海外派遣を何とか実現したい政府にとっては、わずかな機会でも自衛隊の出番をつくり、国民のアレルギーを薄めようとしていることは、見え見えでした。
今度は、アフガンの国連ISAFへの参加です。現地アフガンでは、ISAF自体が米軍と一体のものとして見られ始め、テロ攻撃の対象になってきたとのことです。
また今度は、民族・部族紛争の続く、スーダン南部の地域には陸自施設部隊の派遣の検討です。こうした中では、必ずしも自衛隊でなければならないと言うわけではありません。むしろ非武装での支援が望まれている事が多いのではないでしょうか。
こうした機会に、『自衛隊派遣ではない、また、軍事によらない海外における災害・医療・生活支援』の方法を国の方針として論議する必要を感じています。
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町村氏は会見で「(自衛隊機派遣は)中国から内々に打診があったが、自衛隊機で輸送すると合意したことはない。摩擦を起こしてまですることはない」と述べた。
チャーター機での物資輸送に関しては、「神戸市、兵庫県のテントを無償で提供するという話があり、先行する可能性がある」と述べ、自衛隊の物資でなく同市や同県が災害対策用に備蓄しているテントの輸送を最優先させる考えを表明した。
一方、石破茂防衛相は会見で、自衛隊の物資の提供や人員派遣について「いろいろ可能性がある。今後どのような形になるか、中国側と調整する」と述べるにとどめた。
救援物資輸送のための自衛隊機派遣について中国国内では、共産党長老などに異論が根強く、インターネット上でも賛否が交錯。政府高官は三十日、「日本で『自衛隊機派遣』が大きく取り上げられ、中国側が慎重になった」と指摘した。
中国政府は二十七日、在北京日本大使館を通して救援物資の支援を要請した。
日本政府は「物資とその輸送手段について自衛隊のものを含めて要請があった」(町村氏)として、航空自衛隊C130輸送機の派遣を準備。並行して中国側と具体的な輸送方法について協議を続けていた。
中国四川省大地震への国際的支援は、急を要しています。すでに、日本を始めいくつかの支援が行われています。
そんな中で、中国側からのテント支援要請に対して、一時的にせよ日本政府は、自衛隊のテントと空自の輸送機の出動を検討していました。
日本のマスコミ報道によるものか、「中国国内への自衛隊派遣」と言うことが一人歩きして、中国国内からの反発で今回は、見送りとなりました。
今回の事態を通して、中国政府側からは、一刻も早い「テント支援」がほしいこと。また、日本政府からすると、これを機に「中国国内へ自衛隊の派遣を」と言う考えが濃厚でした。
自衛隊の海外派遣という側面からすると、現在イラクでの航空自衛隊の派遣が続き、イラク戦争でのアメリカへの協力で国際的・国内的批判が高まっています。
こうした時期に、日本政府は、『自衛隊の海外派遣』を「中国の災害救助という」人道的支援を行う中で、「イラクでの戦争支援」のイメージを薄める効果を考えていたのかもしれません。
そしてまた、「自衛隊海外派遣恒久法」の制定を画策している政府・与党は、その目的は何であれ、自衛隊の海外派遣の実績を作ることによって、その国内アレルギーをなくそうとしていることがよくわかりました。
今回は、諦めましたが、政府の中には、「自衛隊の海外派遣」そのものが目的と言った勢力のあることをかいま見る事ができました。
今回の「テント支援」は、結論的に民間機のチャーターで充分なだけでなく、その輸送効率高いことも明らかになりました。
日本の自衛隊が、武装・実力組織でなく、『純粋な災害・復興支援隊』であるならば、直ちに出動することは、良いのです。
しかし、一方で、軍事・実力組織としてある自衛隊の海外派遣は、相当慎重であるべきなのが今回の事でよくわかりました。
四川省地震への支援を続けてゆきたいものです。
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自衛隊のイラク派遣に反対する市民グループのメンバーらが国を相手取り、派遣が憲法違反だとの確認などを求めた訴訟の控訴審判決が17日、名古屋高裁であった。
青山邦夫裁判長(高田健一裁判長代読)は、1審・名古屋地裁判決と同様、違憲確認や派遣差し止めの訴えは不適法などとして原告側控訴を棄却したが、航空自衛隊の活動について「戦闘地域であるバグダッドへ多国籍軍の武装兵員を空輸するのは、他国の武力行使と一体化した行動。イラク復興支援特別措置法と憲法9条に違反する」と述べ、違憲判断を示した。
自衛隊のイラク派遣をめぐっては、全国11地裁で同様の訴訟が起こされているが、派遣を違憲とした司法判断は初めて。原告側は判決後の記者会見で上告しない方針を明らかにした。勝訴した国側は上告できないため、今回の名古屋高裁判決が確定する見通しだ。
訴えていたのは、自衛隊イラク派兵差止訴訟の会(池住義憲代表)のメンバーと、天木直人・元レバノン大使の計1122人。原告側は「イラク派遣は憲法9条に違反するほか、憲法前文に掲げられた平和的生存権を侵害され、精神的苦痛を受けた」などと主張し、派遣の差し止めと違憲確認、損害賠償を求めていた。
判決はまず、憲法9条の政府解釈について、「自衛隊の海外活動で他国の武力行使と一体となるような行為は禁じている」とし、イラク特措法も自衛隊の活動を「非戦闘地域」に限定していると指摘。その上で、判決は首都バグダッドを「多数の犠牲者を続出させており、イラク特措法のいう『戦闘地域』にあたる」と認定し、航空自衛隊の空輸活動のうち、少なくとも多国籍軍の武装兵員をバグダッドへ空輸する行為については、「他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」と結論づけた。
平和的生存権については「憲法上の法的権利として認められるべきで、これを根拠に裁判所に損害賠償請求などの救済を求めることができる場合がある」との判断を示した。その上で、「確認の利益を欠く」などとして違憲確認や派遣差し止めの請求を不適法と判断。損害賠償請求についても「派遣によって原告らの平和的生存権が侵害されたとはいえない」と退けた。
防衛省の増田好平次官は17日の定例記者会見で、「違憲とされたことは大変遺憾。活動は憲法の範囲内で適正なものと考えている」と述べた。
昨日の名古屋高等裁判所にて、航空自衛隊のイラク派兵に対して、憲法違反の判決の出たことは、憲法をめぐる幾多の裁判のなかでも歴史的なものではないでしょうか。
政府は、「イラク特租法」を強行して自衛隊をイラクへ派遣しました。その時、憲法第9条を論拠に多くの国民から反対されたのも当然でした。9条は、海外派兵や武力行使を禁じているのですから・・・・。
しかし、当時の小泉首相は、「自衛隊のいるところが非戦闘地域だ」なる、理屈にもならない「迷言」を叫んで、ブッシュアメリカの言いなりに自衛隊をイラクへ送り込みました。
その後、札幌を始め、全国11ヶ所で、「イラク自衛隊派遣差し止め訴訟」(通称、イラク裁判)が展開されていました。 それらのすべては、地方裁判所の1審段階で「棄却」となっていましたが、高等裁判所への上告の中で、まず、名古屋高裁で「違憲判決」が出されたのです。
5月からは、全国の先陣をきって裁判を起こしてきた札幌で、高裁での審議が開始されます。
ここで、被告である「国」への要望です。
第1に、今回の高裁判決を真摯に受け止めて、イラクから航空自衛隊を直ちに帰国させることです。
第2に、今回の違憲判決に恐れをなして、札幌高裁に圧力なんかかけないでほしいことです。 そして、
第3に、地裁段階でも行ってきた「法廷内での沈黙」をあらため、高裁では、原告の主張を無視せず、かみ合った論戦を展開すべきです。
ともあれ、今回の「名古屋・イラク違憲判決」は、憲法9条をめぐる歴史的な判決であることはいうまでもありません。
これを力に、憲法遵守の取り組みの進むことを心から願ってやみません。
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倒れる長井さんの写真、ピュリツァー賞に(2008年04月08日 朝日新聞)
【ニューヨーク=真鍋弘樹】米国の優れたジャーナリズムを対象としたピュリツァー賞が7日、発表され、速報写真部門で、ミャンマー(ビルマ)の反政府デモを取材中に射殺されたジャーナリスト長井健司さん(当時50)の写真を撮影したロイター通信のアドリース・ラティーフさん(34)が受賞した。
受賞写真は、ヤンゴン市内のデモ現場で、ビデオカメラを手にしたまま銃弾に倒れる長井さんと逃げまどう市民、至近で銃を向ける兵士らを撮影したもので、全世界に配信された。同通信によると、ラティーフさんは「この写真が歴史に残り、あの日起きたことが人々の記憶に刻まれることをうれしく思う」と感想を述べ、長井さんのことを思い出して欲しいと語った。
今期ピュリツァー賞の速報写真部門でミヤンマーの反政府デモを取材中に当局に射殺されたジャーナリスト長井健司さんを報じたロイター通信のアドリース・ラティーフさんが受賞されました。
ピュリツァー賞と言えば、これまで数々報道写真を世界中に発信してきました、いや、逆に言えば、知らされなければならない事実を写真を通して全世界に報じる重要性を訴えてきたのかもしれません。
長井さんをめぐる事態は、即座に写真やVTRを通して世界中に発信され、それを目にした私たちは、ミヤンマーにおける軍事政権の暴挙のひどさを認識させられました。
旧くは、ベトナム戦争での数々の衝撃的な写真がありました。「乳飲み子を抱いて河を泳ぎわたる母と子」、「炸裂する爆弾のなかで泣きながら逃げまどうベトナムの裸の子供たち」などは、当時のベトナム戦争反対の世論の盛り上がりに大きな力を発揮しました。
たった一枚が大きな影響を及ぼすことがあるほど「写真」の力は計り知れないときがあります。先日、伺ったヨルダン・シリア、ダマスカスのリトルバクダッドなどにも、多くの人々にもっと知らせるべき事実がありました。
こうしたことは、一部の報道機関だけでなく、より多くの人々が自由に世界中に「事実」を発信する必要性を感じています。
インターネットやブログの発達は、世界中の出来事の共有を少しは容易なものにしてくれたのかもしれません。
しかし、それ以上に、発信する側の誠実な努力が求められているのも事実だと感じています。
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さて、いよいよ3月10日。わざわざ休暇を取って協力してくれる山口調整員と林理学療法士に案内されてダマスカス郊外に二台の車椅子とともに到着しました。
まず最初に届けたのは、ハラン村に住むジャマル君。9歳の少年でした。生来、脳性マヒの状態で、古い通常タイプの車椅子を使用していました。
札幌から持参したのは「ティルトタイプ」の車椅子で、林理学療法士さんも「これがほしかった!」と大喜びしてくれました。しかし、ジャマル君が年齢よりも小柄であったため、その場で「Foot Rest」と「Head Rest」を一度はずし、小一時間の調整作業を行いました。
その後、美味しいお茶をご馳走になり、満足そうなジャマル君と、感謝でいっぱいの様子のご家族に見送られて村を後にしました。
この村では、ジャマル君が使用した後の車椅子は「責任を持って障害のある子供たちに使わせていただく」とのことでした。
次の届け先は、林さんもかかわっているCBR(Community BasedRehabilitation)でもよく訪問している、カンフリー村の11歳の少女、リナちゃんです。
非常に痙性の強い脳性マヒのため、通常の車椅子では使用困難で、生活のほとんどが床のじゅうたんの上で横になっている状態でした。車椅子のサイズもちょうどよく、調整作業は必要ありませんでした。
ここでも「ティルトタイプ」の車椅子であったことが大変役立ちました。 「あ~、運んできてよかった!」とつくづく感じたのは車椅子に乗ったリナちゃんが屋外に出て満面の笑顔を見せてくれたとき。
そして、何度も感謝の言葉を口にするご家族の姿に接するときでした。そうしたとき、安堵感とともに脳裏に浮かぶのは札幌での、吉田さんをはじめとする事務局の方々や寒い保管倉庫の中で車椅子を整備するボランティアの方々の顔でした。
翌日は残る車椅子をダマスカス郊外にある、サイダー・ザイナブ地区(通称、リトルバグダッド)で難民生活を送るイラクの方たちに届けました。
お昼に炊き出しをしているイブラヒム教会を訪問して難民の方たちの状況を聞かせてもらい、「車椅子」を希望されている何人かの子育て中の母親とお話をして、持参した「バギータイプの車椅子」を受け取ってもらいました。
生後七ヵ月のシャーレスちゃんを抱いた母親のマークーンさん(32歳)は1年前にバクダッドから逃げてきたイラク難民の方でした。
今は命の安全だけは確保されているものの、昼食は協会の炊き出しによる毎日です。日本から持参した車椅子にシャーレスちゃんを乗せた母親の嬉しそうな笑顔がいつまでも続くように、そして平和で安全な祖国へ一日でも早く帰国できるようにと願ったのでした。
そこでは旅の仲間のシンガーソングライターさんのミニライブを開いたり、日本から持参した文房具などを贈呈したりして今回のヨルダン・シリアへの旅が終了しました。
「飛んでけ!車椅子」の言葉通り、私たちの活動で、日本では「役目を終えた車椅子」が今度は世界のどこかで子どもや障害を負った人たちに乗ってもらい、生命を吹き込むことができます。
そして、今回の「届ける旅」で、吉田さんを中心とする事務局の方々や寒さの中で車椅子を再生させる「職人的ボランティア』の人々の誠実な活動をあらためて学ぶことができました。心から感謝申し上げます。
最後に、「車椅子を届けるなど、何か目的を持った旅っていいなぁ~」とつぶやいていた、JICA調整員で海外経験の豊富な山口リカさんの言葉が大変印象的でした。
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私は、10年前から「飛んでけ 車いす」というボランティア団体に所属しています、ほんの末席を汚しているようなものですが・・・。
http://business4.plala.or.jp/tondeke/
そこでは、主に開発途上国へ海外旅行者の手荷物として、日本では使用済みの車いすを再生して届ける事を行ってきました。すでに世界中に1500台の車いすが、多くの方々の協力で運ばれています。
今回の旅の目的のひとつは、戦乱が続くイラクから流出する難民の方々の実態と、劣化ウラン弾による健康被害を実際に見ることでした。また、イラク戦争開始後、札幌に来られた四名のイラク人医師の問題意識や実際の医療活動を少しでも共有したい気持ちもありました。
同時に、今回の旅で、現地で不足しているであろう「車椅子」を少しでも運ぶことでもありました。
早速、『会』事務局長の吉田さんに旅の目的、内容、私の希望などを連絡いたしました。吉田さんからシリアに連絡を取っていただき、「一応、OK」の返信を貰いましたが一般的に「危険地域」というイメージのある中東ですので、「ちゃんと車椅子を届けることが可能かどうか」多少の不安もありました。
しかし、皆さんの協力で、合計四台の車椅子を届けることができましたので、その経過と感じたことを報告します。
今回、「車椅子を届ける」という旅の準備の過程で、色々なことを学ぶことになります。
まず、現地との連絡、調整です。シリア・ダマスカスで活躍されているJICAに所属する調整員の山崎リカさんとそのご主人、また、シリアの村落で医療活動に従事している理学療法士の林 久乃さんと連絡を取っていただきました。このお二人には後ほど現地で大変お世話になるのです。
1月には一時帰国された山口さんと「飛んでけ・・・」の事務所でお会いさせていただきました。現地で仕事をされている山口さんからさまざまな情報をいただいたことは、家族や職場の皆さんに強力な「安全確保」の説得力になりました。
また、車椅子を必要とされている2名の「脳性マヒ」の子どもの症状、身体所見や写真、また必要とされる車椅子のサイズなど詳細なレポートが林さんから送られてきました。
さて次は、現地からの希望に沿った車椅子を準備する必要があります。吉田さんに「車椅子の保管倉庫」に連れて行っていただきました。まず、驚いたのは、整然と保管されている「出番を待つ車椅子」たちの数の多さです。暖房がなく、冬は寒い倉庫の中で作業する方々には本当に頭が下がりました。
一度は役目を終えた「車椅子」を寄贈してくれた人々。それを集積、保管し、もう一度使えるように「車椅子を再生」する人々。千歳空港まで運んでくれる札幌通運の方。それを旅行の友として、必要とされる現地へ届ける人々。そしてこれらを統合し、発展させる事務局を中心に集うボランティアの方々。これらの人々みんなが力を合わせて、初めて1台の車椅子が海を渡って届けられることが実感され、またその大変さを学ぶことができました。(つづく)
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六十三年前の沖縄戦。慶良間諸島で起きた住民の「集団自決(強制集団死)」への軍関与の史実について二十八日、司法が踏み込んだ判断を示した。被告の大江健三郎さんは、著書を「しっかり読んで下さった」と評価。
被告側支援者らは、涙を浮かべて喜び、元戦隊長ら原告は、顔をこわばらせた。被告側を支援してきた県内の関係者らは「判決は当然。ほっとした」「次は教科書の記述復活だ」と、一様に歓迎した。悲劇の舞台の一つ渡嘉敷島は、くしくも六十三回目の「あの日」。遺族らが犠牲者の名を刻んだ白玉之塔に手を合わせた。
「裁判所が私の『沖縄ノート』を正確に読んで下さった」「新しい証人の声をよく聞いてくれた」。判決の言い渡し後、大阪司法記者クラブで開かれた会見。作家の大江健三郎さん(73)は原告側の訴えを一蹴した司法判断について、落ち着いた表情でよどみなく言葉を連ねた。
「個人の名を挙げて、彼を罪人としたり、悪人としたりしていない」と著書の記述が元戦隊長個人を誹謗・中傷したものではないとあらためて強調した。
また、「裁判の背景に大きな政治的な動きがあった」と指摘。二〇〇三年の有事法制の成立、〇五年の「集団自決」訴訟の提起、〇七年の教科書検定で「集団自決」の記述から軍の強制性が削除された問題が、一連の流れの中で起きたと述べた。
当然といえば当たり前の「判決」でした。
しかし、安倍前内閣の元で、教育基本法が改悪され、憲法改定までもが日程に上げられようとしている今日の時勢で、なされた『勝訴』は、大きな意義を持つものです。
大江さんの「裁判所が著作をしっかり読んでくれた」というコメントが、大江さんの裁判に対する自信と誠実さが表れているように思われます。
原告側は、高裁へ上告するとのことですが、これからは、裁判上でのかかわりとともに、国民の中でも落ち着いた深い議論が大切だと思います。
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