< 前のページ

 コンビニで風邪薬・鎮痛剤の販売可能に 厚労省

 

 厚生労働省は2009年度から、コンビニエンスストアなどでも風邪薬や鎮痛剤を一定の条件で販売できるようにする。改正薬事法の省令を整備し、来年4月の施行を目指す。インターネットやカタログを使ったビタミン剤の販売も解禁する。医薬品の効き目や副作用の強さが一目でわかるように、製薬会社には3段階の区分で表示することも義務づける。消費者にとっては医薬品の購入が便利になり、安全性の評価もしやすくなりそうだ。

  医薬品の情報提供を拡充する改正薬事法は06年に国会で成立した。小泉純一郎元首相の規制改革の一環で、医薬品の利便性や安全性を高めるのが狙いだ。ただ表示や陳列の仕方といった具体的な運用方法が決まっておらず、厚労省はその細目を定める省令づくりを急いでいる。(日経新聞)

 

コンビニやスーパーで風邪薬・鎮痛剤の販売が可能となれば、少なくとも薬剤師からのチェックや説明はなくても済むようになります。

 

今回から講習を経た「管理販売員」を設けて、自由販売となるのです。一見、消費者にとって便利になるようですが、いくつかの重大な問題が内在しています。

1)           薬を購入する事自体を「自己責任」と言い張るにしても、薬につきものの副作用についての責任も不明確になり、これも自己責任とされてしまう可能性があります。しかも、販売される薬は、これまでの一般薬よりの数段薬効の強いものなのです。

2)           また、本来病院へ行くべき疾患を「買い薬」で済ませ、重大な病気を見逃し、手遅れになる可能性も否定できません。これで犠牲となるのは、売薬に手をつけた患者・国民なのです。

3)           これは、国民に対して、「軽い病気は、まずコンビニの薬、それで治らなかったら病院へ」と明らかな受診抑制を進めていることです。

4)           そして、利益を得るのは、薬を製造販売する製薬会社となるのです。

5)           また、こうしたことは、将来の「軽症疾患の保険外し」につながる危険性もあります。

以上の様に、今回のコンビニ販売は、「医療費削減政策」「国民皆保険崩し」「混合診療の解禁」などと同一もののとして、監視してゆく必要があるのではないでしょうか。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

高齢医療の報酬設定を評価日看協

 日本看護協会(久常節子会長)はこのほど、4月からスタートした後期高齢者医療制度に関し、今回の診療報酬改定で訪問看護に対する報酬が充実した点について評価する声明を発表した。

 

 声明は、必要に応じて緊急の訪問看護を実施できる体制を評価する「24時間対応体制加算」や、回復が難しい後期高齢者の終末期の診療方針を医師や看護師など関係職種が話し合い、文書にまとめた場合に算定できる「後期高齢者終末期相談支援療養費」などが新設された点について、「訪問看護機能の一層の充実を評価するもの」との受け止め方を示している。(キャリア ブレイン)

多くの国民の中で怒りが沸騰している「後期高齢者医療制度」をめぐり、日本看護協会は、「後期高齢者終末期相談支援療養費」を取り上げて評価する声明を発しました。

この「療養費」なるものは、終末期を迎えそうな高齢者の方に対して、そのご家族も含めて、在宅で死を迎える様な「合意書」を作成すれば診療報酬がつくというものです。

これは、体裁の良い「終末期患者さんの病院追い出し」を促進しょうとする厚労省の医療費抑制政策のいっかんにすぎません。

患者さんが、自分の死を迎える場所を前もって決めて、「合意書」まで作成する必要なんてありません。ましてや、それに診療報酬までつけて・・・・。

人間が死を迎える形は、多種多様です。また、その時期、病態、周りの環境によりずいぶん変わるものではないでしょうか。

今回の「後期高齢者医療制度」の強制で、お年寄りの生活状態は、ますます貧困化するのは目に見えています。

そうした逼迫した経済状態のなかで、ゆったり医療費の自己負担分を負担することがでず、また扶養してもらう家族への「迷惑」に遠慮して、「入院をあきらめて、お金のかからない在宅死」を選択させられる高齢者の増加が危惧されます。 そして、在宅死に送られる方は、確実に死期を早める事になります。

いわば「早期在宅死」への道を公式に認める通行手形みたいなものです。

なにが何でも「医療費削減」を推し進めようとする政府・厚労省が、そうした経済的弱者のお年寄りにやむなく病院での治療をあきらめさせることを狙っているのが、今回の「後期高齢者終末期相談支援療養費」ではないでしょうか。

「在宅で死を迎える」という美名のもとに、実は、「早期在宅死を誘導する」今回の処置に大きな疑問を持たざるを得ません。

また、「終末期のあり方」は、75才以上のお年寄りに限られる事ではないことは、「自明の理」です。

にもかかわらず、「早期在宅死を誘導」する、今回の「後期高齢者終末期相談支援療養費」は、「医療費削減のためには、命も削る」厚労省の魂胆を明らかにしています。

生命と健康を守る医療従事者の中にいる看護協会がこうしたとんでもない政策に賛意を表明するとは・・・・・・、開いた口がふさがりません。

「後期高齢者医療制度」全体への評価をもっと明確にすべきではないでしょうか。

固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)

 

「事故調第3次試案」に対して、多方面から異議が唱えられています。

今回は、法律の専門家である河上和雄弁護士が、インタビューに答えて問題点を明快に指摘していました。

上昌弘先生からのお薦めもあり、多少長くなりますが、引用させて頂きます。
 河上氏も最初に指摘しているように、今回の第3次試案では、刑法上の矛盾がありながらも、結局は、厚労省の権限強化=「医療の国家統制」に道を開くことになるような気がします。
 厚労省は、今日まで、行政や医療制度を通して医療をコントロールしてきましたが、今度は、「医療事故の原因究明」に名を借りて、医療内容や医学そのものにまで権限が及ぶ様な仕組みを作ろうとしているのではないでしょうか。
 そうした医療現場から遊離している官僚統制下では、医師や医療従事者の自律的・自発的な「原因究明」を困難にし、本来目指している「医療の安全」と「医療の質的向上」の確保から遠ざかってしまいます。 
「事故調第3次試案」をめぐり、医師・医療関係者からのさらなる議論が重要になっています 

弁護士(医療と法律研究協会副協会長)・河上和雄氏に聞く 警察はあくまで医療事故を独自に調査事故調第三次試案に異議、厚労省の権限強化にすぎず 橋本佳子(m3.com編集長)

 

 先週、厚生労働省は医療事故の原因究明などを行う第三者機関の創設に向けた「第三次試案」をまとめた。医療関係者が注目している第三者機関と刑事手続について、同試案では「新たな仕組みでは、警察・検察が専門的な調査を尊重する仕組みになる」と強調する。だが、東京地検特捜部長・最高検公判部長を歴任し、現在は弁護士の河上和雄氏は、「これは法律を無視したものであり、到底受け入れられない」と問題視する。(200847日にインタビュー)

 

   ――最も医師が懸念しているのは、医療安全調査委員会と刑事手続の関係ですが、この点について問題があると。

 厚生労働省の医療安全調査委員会(以下、調査委員会)の議論自体には、法務省も警察庁も関与はしていますが、十分に詰め切れていません。第三次試案では、調査委員会がまず医療事故の調査を一括して行い、故意などの事例は警察に通知し、そこから捜査が始まるという仕組みを想定していますが、果たして警察や検察は了解しているのでしょうか。

 こうした仕組みを作るためには、刑事訴訟法の改正が必要ですが、第三次試案では触れることができなかったのでしょう。刑事訴訟法上では、警察や検察が捜査権を持つと定めています。第三次試案では、調査委員会の通知がないと捜査ができないような書き方をしていますが、これは法律を無視するものであり、到底受け入れられないでしょう。

 

 ――第三次試案では、「別紙3」という形で刑事手続との関係を補足説明しています。「捜査機関は謙抑的に対応する」「刑事手続については、委員会の専門的な判断を尊重しつつ対応」などと書かれています。

 謙抑的に対応するのは当たり前の話です。また、警察・検察が捜査を進めるにしても、調査委員会の意見を尊重することは考えられます。ただそれは、どれほど信頼できる組織を作るかにかかっています。これまでは医師同士のかばい合いなども見られたわけです。本当に信頼できる権威のある組織を早急に作ることができれば、いずれは厚労省が考えたように、警察・検察がその調査結果を尊重する時期が来るかもしれません。さもなければ、全然相手にしないことになります。

 

 ――調査委員会の調査結果が信頼できる意見であるかどうかは、実績の積み重ねで判断するのでしょうか。

 そうだと思います。ただし、それまでの間に、医師や医療者が何らかの問題を起こすと、捜査機関はそれを放置していいのかということになります。結局、捜査機関は独自に動くわけです。

 さらに第三次試案では、遺族が告訴した場合にも、「警察は、調査委員会の専門的な判断を尊重し、調査結果や委員会からの通知の有無を十分に踏まえて対応することが考えられる」としていますが、「考えられる」だけであって、「考えられない」場合もあるわけです。


 要するに前述のように、厚労省は警察や検察と議論はしたのでしょうが、それが第三次試案に全然入ってきていないのです。


 

 ――それはどの辺りから読み取れるのでしょうか。もう少し教えてください。

 この第三次試案は、医師の故意や過失に基づいて、患者の死亡もしくはそれに近い医療事故が起きた場合に、厚労省は「今後の医学の発展のために」という大義名分を掲げて死因の調査を行うというものです。しかし、故意などを犯した医師について、その責任を追及する姿勢が全然ありません。「俺たちに任せろ、われわれの調査結果を見て、俺たちが言ったことだけを捜査しろ」という書き方をしていますが、前述の通り、刑事訴訟法を改正しない限り、それはあり得ません。

 

 ――第三次試案では冒頭に「調査委員会は、責任追及を目的としたものではない」と掲げています。

 それは当然の話です。厚労省には、責任追及、つまり刑事罰や民事罰を課す権限がないからです。法体系を変えない限り、あり得ないことを、あり得るように書いているのは、非常にミスリードさせるものではないでしょうか。

 行政処分にしても、「現在、医師法等に基づく処分の大部分は、刑事処分が確定した後に、刑事処分の量刑を参考に実施されているが、委員会の調査による速やかな原因究明により、医療事故については、医療の安全の向上を目的とし、刑事処分の有無や量刑にかかわらず、医療機関に対する医療安全に関する改善命令等が必要に応じて行われることとなる。行政処分は、刑事処分が確定した後に、刑事処分の量刑を参考に実施されているが」とあります(別紙3)。


 厚労省は行政処分の独自の権限があるにもかかわらず、今まで実施してこなかったこと自体をまず問題視すべきです。調査委員会を作ったからといって、厚労省が新たにできるようになるのでしょうか。


 

 ――刑事処分はどう適用すべきだとお考えですか。

 医師や医療関係者から刑事罰から解放して、医学の発展のために医療事故の原因究明などを行う。そういう考え方を進めていくと、医師や医療関係者が何をしようと、犯罪にはならないことになります。しかし、それでは世論の支持は受けられません。特に医療過誤で家族を亡くした遺族にとっては納得できないわけで、あり得ないことです。

 厚労省が医学的な観点から調査などを行い、医療事故を客観的に評価して、医療の透明性を確保する、それは結構なことです。しかし、刑事責任や民事責任を追及するのは別の話で、厚労省の仕事ではありません。 


 

 ――それでは先生は第三次試案をどう見ているのでしょうか。

 厚労省が医師の立場に立つことは必要でしょう。それはいいのですが、医師の立場に立ち、刑事罰や民事罰から医師をできるだけ遠ざける、調査委員会が一手に引き受けるという形で厚労省の権限を強化する方向性を出したのが第三次試案だと思っています。それも法律を無視して、厚労省の力が及ばない警察・検察に対して、調査委員会の言うことを聞かなければならいないとしています。

 第三次試案の「おわりに」の部分に、「本制度の確実かつ円滑な実施には、医療関係者の主体的かつ積極的な関与が不可欠となる」とあります。この試案は、関係省庁の権限を奪う内容なのですから、「厚生労働省の広い視野からの検討と、関係省庁との十分な連絡が必要」と書くべきです。けれども、こうした観点が欠如しています。 


 

 ――そのほか、第三次試案の問題点があればお教えください。

 遺族のことにほとんど言及していないのも問題です。例えば、「解剖や診療経過の評価を通じて事故の原因を究明し、再発防止に役立てていく仕組みが必要である」とあります。医師と遺族が全く異なる話をすることは多々あります。医学的に調査するならば、医師の一方的な言い分だけはなく、遺族からも話を聞くべきでしょう。

 そのほか、医療事故の届け出範囲を明確化するとありますが、果たして明確化できるのでしょうか。さらに、死亡事故ばかりを想定しているのですが、身体障害を伴う事故も当然考えなくてはいけないのではないでしょうか。(異状死の届け出を定めた)医師法第21条を中心に考えているから、このような案になったのだと思います。  


 

 ――現行制度についてお伺いします。「医療に詳しくない警察が捜査する」などと問題視する声が多いのも事実です。

 確かに医師法第21条の届け出先は、警察の刑事課にしているので、初めから「犯罪か」という見方をせざるを得ない現在の仕組みは問題だと思います。いきなり「犯罪だ、捜査だ」というのではなく、届け出に客観性を持たせるために、犯罪捜査を目的としない組織がまず受ける。そして警察は、調査委員会の意見を参考にしたり、警察が独自に抱えている医師の意見、さらには遺族の意見などを幅広く聞いて、捜査に入るか否かを決めるといった仕組みがいいのではないでしょうか。

 

 ――警察も専門的な調査を行う組織を必要としているわけですね。

 その通りだと思います。ですから、しっかりとした調査機関を作るべきだと思います。その調査機関の目的は二つあります。一つは、医学的な発展のために医療事故の原因究明などを行うことにあります。これは医師が中心となって取り組めばいいでしょう。

 もう一つの目的は、医療事故が故意や過失なのかどうか、刑事責任を追及すべきかという観点から調査を行い、警察に対して材料を提供することです。こうした調査組織は、厚労省単独でできるものはなく、関係省庁が協力して取り組むべきことです。
   

固定リンク | コメント (1) | トラックバック (1)

 

診療報酬が5年で3割減、DPC病院は自分の首を絞めている

日経メディカル

東邦大学心臓血管外科学教授の小山信彌氏

 DPCを導入している病院では、診療単価平均在院日数を抑制すれば短期的な収益が改善する。しかし、行き過ぎたコスト削減は診療報酬の見直しにつながり、結果的に自分の首を絞める――こんな指摘が注目を集めた。329日に開催された第72日本循環器学会総会・学術集会のシンポジウム「循環器診療をとりまく医療経済の現状と問題点」で、東邦大学心臓血管外科学教授の小山信彌氏が講演したもの。

 
DPC病院では、各疾患について「診断群分類番号DPCコード)」という14桁の数字が割り振られており、その番号を基準にして診療報酬が決められている。DPC病院が毎年提出しなければならないデータは、患者情報のほかに、DPC点数Dファイル)、出来高点数Eファイル)、Fファイル(出来高の詳細な内容)がある。これらは行政サイドで解析され、医療機関別の係数やDPC点数の見直しなどに使われている。

 小山氏はこの仕組みの問題点として、医療機関がコストや入院日数などを自己努力で削減すると、その結果をもとに診療報酬規準の見直しが行われる点を指摘。「診療行為の削減が、医療機関自身の首を絞める結果になっている」とした。

 具体的な例として、心臓カテーテルに対する入院期間の診療報酬点数や入院日数について、ここ5年間の削減幅を提示した。狭心症に対する入院期間点数は(DPCでは入院の種別を1種、2種、特定入院に分けている)、2003年度には1種が6143点だったものが2008年度から4172点(32%減)に、2種は4540点から3356点に(26%減)、特定入院は3859点から2853点に(27%)、いずれもここ5年間で約3割削減されていることを示した。

 入院日数の削減幅はより顕著だ。1種は2003年度に4日だったが2008年度からは2日に(50%減)、2種は7日だったのが4日に(43%減)、特定入院は12日だったのが5日に(59%減)、半減、あるいはそれ以上の削減が行われた。

 DPCは、病院が検査や処置を外来で実施する原動力になっており、制度上の問題点として、本来必要な検査まで削減される可能性が以前から指摘されていた。小山氏は、「心カテの分野でこれだけ評価が下がっている要因には、DPC病院による診療行為の削減が大きい。短期的な収益の改善策としては有効かもしれないが、それが患者に不利益をもたらしている。制度上の問題でもあるが、必要な検査、処置、入院日数を必要以上に削減していくことで、医療機関が自らの裁量権を失いつつあることに気付く必要がある」と訴えた。

 DPC2003年に82カ所の特定機能病院で導入され、現在は360病院に適用されている。2008年度には718病院に拡大される見込みだ。小山氏は、「小回りの利く病院でDPCが導入されると、今以上に診療行為の削減が進み、さらに評価が下がるのではないか」と懸念を表明した。

所詮、DPCは、厚労省がアメリカのDRG・PPSを見習い、それをとりあえず「日本風」にアレンジしてものです。

「医療費削減」を目的に、調整係数なる、彼らにとって都合のよい手段を駆使してまずは「急性期包括医療」を浸透させようとしています。そのためには、短期的に「経営的メリット」も強調してきました、ちょうど馬の目の前ににんじんをぶら下げるようにです。

DPCは、クリニカルパスによる「医療の質の向上」と抱き合わせて、実は、「国民医療費の総額抑制」にための道具として使われることは誰もが予想しているのではないでしょうか。

そして、DPCを用いた医療内容の国家統制への道が待っているのです。

つまり、将来、梯子がはずされるのを知っていながら、短期的な経営を追い求めざるを得ない状況に、医療界が経営的に追い込まれているのかもしれません。

そして、小山先生が指摘するように、結果的には、「自分の首をしめる」事になりかねません。

DPC病院にならざるを得ない場合でも、DPCにはそうした狙いがあることを肝に銘じることが必要と思われます。

経済財政諮問会議からは、「DPCでは、生ぬるいので早くアメリカ式DRGを導入せよ!!」との突き上げを食っている始末です。

後期高齢者医療制度で、「外来包括医療」が導入され、DPC病院では「入院包括医療」が着々と準備されているのです。

もう一度、日本医療のあり方の原点に立ち返り、「国民皆保険制度とは」 「診療報酬の出来高払い制度とは何か」などを検討する必要がありそうです。 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (2)

 舛添会議◆Vol.4 「医師の指示の下」という体制は限界看護師・助産師の業務範囲の拡大で、患者も含め「Win-Win」の関係に 橋本佳子(m3.com編集長)

 「安心と希望の医療確保ビジョン」の第5回会議が319日開催された。この日は、歯科医師、看護師、助産師の代表者へのヒアリングが行われたが、共通していたのは、業務範囲の拡大を求める意見だ。特に看護師、助産師の業務は、「医師の指示の下」でしか認められていないものが少なくないが、看護師・助産師が自らの判断で実施できる業務範囲が拡大されれば、医師の業務負担の軽減につながる上、患者にとってもメリットがあるとしている。

 会議は午後6時から午後730分までの予定だったが、予定を1時間オーバーして午後830分まで議論が続いた。この日の発言者は以下の通りだ。

 田上順次・東京医科歯科大学歯学部長
 坂本すが・東京医療保健大学医療保健学部看護学科長

 堀内成子・聖路加看護大学看護学部長


 

「業務範囲拡大の阻害要因は何か」と舛添大臣

 一連の議論を受けて舛添氏は、「スキルミックスを阻害している要因は何か。各職能団体が自らの立場を主張するのはいいが、その割を食うのは患者だ」と指摘、大きな思考・発想の転換が必要な時期に来ていると業務範囲の拡大を支持する姿勢を見せた。

 その上で、具体的な方策まで踏み込み、「医師がリーダーとしてスキルミックスを進めるのか、厚労省が制度として進めるべきか」「看護師などのスキルアップが、給与の引き上げなどのキャリアアップにつながるのか、権限をどう付与していくか、といった点の議論が必要」などと舛添氏は投げかけた。


 矢崎氏は、「臨床能力を持つ看護師を育てることが必要」と答えた。その上で、国立病院機構では、看護師の専門職大学院を作り、卒業生には一級上の待遇にするなど、看護師がスキルアップして権限を持って働ける体制作りを検討していることを紹介した。


  看護師や助産師の業務範囲の拡大は、今に始まったことではなく、従来から議論されてきた。折りしも、今年4月の診療報酬改定では、「医師事務作業補助加算」が新設された。これは、事務クラークが診断書作成などを行った場合に算定できる点数だ。


 舛添氏は、業務範囲の拡大を「なぜ今までできなかったのか」との疑問を呈したが、もはや「なぜ」ではなく、「一定の教育・研修を課すなどの条件で、どこまで可能か」「医師が絶対やらなければならない仕事は何か」を議論すべき時期が来ている。

 

 医師不足と医師の長時間過密労働に対して、看護師の業務範囲の拡大で対応しょうとするのは、全く姑息的な手段でしかありません。 

 

「医師不足」と言う非常に大きな課題が提起されると、それへの解決の方法として、「医療費削減政策」や「医師過剰を決めつけた閣議決定」の撤回、「医師の働条件改善」や「医学部定員の抜本的増加」を抜きにして、あたかも看護師が援助し助けるかのような動きが出てきました。 

ところが、当の看護師でさえも、決して有り余っているわけではありません。 

そもそも、医師、看護師の区別なく、医療従事者が全体的に不足しているのはいうまでもありません、介護職の現状を見ても明らかではありませんか。 

 

そうした、大局的、本質的な事を抜きにして、当面の実用主義的な発想は、医師・看護師の増加を実現する上で有害になることもあります。 

 

そうしたことに与する看護協会の幹部の考えは、「この危機」に乗じて自らの「権限」の拡大に走ろうとしているように見えてなりません。 

 「医師が足りないから、看護師が代わりに・・・・」は、「医師が足りないから、衛生兵でも・・・」と言う様な論理に似てはいないでしょうか。 

 

さて、もう一つ、こうしたことで、患者さんとの関係が良くなるのでしょうか。 

 

今まで医師に診て貰っていたことが、今度は看護師だけが対応するようでは、患者さんの側からすると満足できるものなのでしょうか。 

 

こうした、医学と医療の基本をわきまえた上で、医療業務のあり方を検討すべきなのです。 

 

ところで、舛添会議なるものを主導している、舛添厚労大臣に「問責決議」が突きつけられる状況になりました。 

 

「年金問題」も3月末日までの公約がほごにされてしまったのですから、当然かもしれません。 

 

医療現場や患者と医療従事者の実態と心を知らない「タレント大臣」は、そろそろTVのバラエティー番組に戻った方がいいかもしれません。

固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)

連続爆弾テロで54人死亡 バグダッド

200803071019分 朝日新聞)イラクの首都バグダッド中心部の繁華街で6日夜、連続して2回の爆弾テロがあり、AFP通信によると54人が死亡、123人が負傷した。  最初に、路肩に仕掛けられた爆弾が爆発。人々が負傷者の救助に駆けつけたところで、爆発物を身につけた人物が自爆した。現場は週末の夜を楽しむ若者らでにぎわいが戻り始めたカラダ地区。市民を無差別に狙った計画的なテロとみられる。
 増派戦略が奏功して治安が回復傾向にあるとして駐留米軍はこの日、首都に展開する2000人規模を近く撤退させる計画を発表した矢先だった。

イラク戦争がアメリカの侵攻で開戦されて以来、5年目が立ちました。

今では、ブッシュアメリカの開戦の過ちは、衆目の一致するところです。

しかし、荒れ狂うテロの被害は、イラク人と弱者に集中しています。

今日から私は、「遅い夏休み」が取れたので、シリア・ダマスカスとヨルダン・アンマン1週間ほど出かけてきます。

目的は、200万とも言われるイラク難民キャンプの訪問や障害児に車椅子を届けるボランティア活動が中心です。

同時に、イラク難民の実態と中東がの雰囲気に触れることができれば・・・・と考えています。

314日に帰国の予定です。その後、何回かに分けて報告したく思います。  

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

 医師の過失を処罰すべきか

 医療事故の原因を調べる第三者機関(医療事故調査委員会)の創設に向けた議論が進む中、「医師の過失は処罰すべきではない」という意見もある。日本産科婦人科学会(吉村泰典理事長)は、故意や悪意などの場合を除いて、事故調査委員会の報告書を刑事手続きに利用しないよう求めている。厚生労働省の審議会では「重大な過失」の場合には刑事手続きに移行することに大筋で合意しているため、過失を含めるかどうかが大きな対立点となっている。(新井裕充)


 日本産科婦人科学会は229日に発表した「診療行為に関連した死因究明等の在り方に関する見解と要望」の中で、「資格を有する医療提供者が正当な業務の遂行として行った医療行為に対して、結果のいかんを問わず、業務上過失致死傷罪を適応することに反対する」と主張している。

 同学会によると、「故意、悪意、または患者の利益に即さない目的で行われた医療等に起因する事故」は「正当な業務の遂行」ではないが、患者の利益を第一義的な目的として診断や治療などを行った場合は、「正当な業務の遂行」であるとしている。

 同学会は、医療行為は人の死や傷害に直接かかわること自体が業務である「極めて特殊な分野」としている。その上で、医療行為に業務上過失致死傷罪を適用することが不合理である根拠として、(1)業務内容が持つ本来的なリスク(医療の不確実性)、(2)適正な診療の非普遍性と過失認定の困難性、(3)応招義務と善意の行為、(4)刑法の目的(応報)との齟齬(そご)――を挙げている。

「正当業務行為」として違法性を阻却するか
 医師が診療ミスで患者を死亡させた場合、医師の不注意の程度が軽い場合(軽過失)でも、重大な場合(重過失)でも刑法211条の業務上過失致死罪に当たる。

 厚生労働省は131日の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」(座長=前田雅英・首都大学東京法科大学院教授)で、事故調査委員会から捜査機関に通知すべきケースを「重大な過失」に限定し、軽過失を刑事手続きに移行させないことを明確にした。これに対し、複数の委員から「大きな前進だ」と評価する意見があった。

 しかし、医療界や一部の法律関係者などの間では、医師の過失を処罰する考え方に反対する意見もある。例えば、急に殴りかかられたので、自分の身を守るために殴り返してけがを負わせた場合は傷害罪(刑法204条)に該当するが、「正当防衛(刑法36条)により、違法性を阻却(そきゃく)する」と説明される。
 これと同様に、医師の治療行為は「正当業務行為」(刑法35条)であるから、「違法性が阻却される」と考えられている。例えば、医師が手術のために患者の体をメスで切る行為は傷害罪(刑法204条)に該当するが、「正当業務行為」として、刑法35条により違法性が阻却されるため犯罪が不成立になる。

 では、医師が手術ミスで患者を死亡させた場合にも「正当業務行為」として刑法35条により、違法性が阻却されないだろうか。つまり、患者を治療する目的でなされた医師の行為はたとえ死の結果を招いたとしても、その行為自体は「正当な業務行為」であり、違法性を阻却するのではないかが問題になっている。

 これに対し、厚労省の「死因究明の在り方に関する検討会」では、「重過失の場合に刑事手続きに移行するのは当然だ」という考えで合意している。
 確かに、重大な過失のある行為で患者を死亡させた場合にも「正当な業務行為」とするのは、国民の理解を得にくい。

 では、「許された危険の法理」によって違法性は阻却されないか。医療行為は人の死に直結する危険性を持っているが、それは患者の生命を守ろうとする善意の行為であるから、「社会的に有用な行為」として正当化されないだろうか。

 この問題について、厚労省の検討会で座長を務め、刑法学者でもある前田雅英氏は、医師らの過失と違法性阻却事由(正当業務行為、許された危険の法理など)との関係について、「本来、軽過失であっても業務上過失致死罪に該当するはずだが、これを重過失の行為に限定するのが刑法35条の役割であり、許された危険の思想だ」と話している。

【許された危険の法理】
 自動車の運転など、他人の生命や身体など対する危険を伴う行為は本来許されないはずであるが、その行為が持つ「社会的な有用性」を根拠に、一定の範囲内で危険行為そのものは違法でないとすること。

【日本産科婦人科学会の要望書のPDF
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/kenkai-youbou_kourousyou29FEB08.pdf
更新:2008/03/04 10:07     キャリアブレイン

今度は、日本産婦人科学会から故意や悪意などの場合を除いて、事故調査委員会の報告書を刑事手続きに利用しないようと言う要望書が出されました。 

 

 

産婦人科と言えば、医療訴訟の多い分野で、救急医療の中でも現在もっとも困難なところであります。 

 

 

「軽度でも、重度でも」第3者機関の判断で刑事事件にされてしまうのが、現在の第2次試案ではないでしょうか。 

 

 

一部に「直接、警察が介入するよりは,マシ」などという意見も散見されますが、問題なのは、第3者機関の判断になると、「公的なお墨付き」の刑事訴訟となることなのです。 

 

 

そして、その「公的結論」は、その後に続く「刑事裁判」に引き継がれてゆくのです。 

 

 

医師が、患者さんのと病気の治療をも目的に診療行為を提供し、不幸にして予期せぬ結果になったとしても、それを「医師の過失」として処分すべきではありません。 

 

 

第2次試案で提案されている内容の公的な第3者機関の判断ではなく、まずは、専門家の自律的検討機関のなかで、再発の予防を充分視野の中に置きながらの検討が大切ではないかと思います。 

 

 

さらに、多くの学会から、第2次試案への疑義や反対意見をあげて、早急な第三者機関(医療事故調査委員会)の創設にストップをかける

固定リンク | コメント (1) | トラックバック (1)

 31日、札幌で、北海道保険医会主催で小松秀樹先生の講演会が開催されました。

医療事故調査制度をめぐり厚労省のしている(自民党案もほぼ同じ)第2次試案の持うつ危険性が明らかにされました。

小松先生の考え方と提案の骨子を資料から抜粋いたします。

1)  厚生労働省第二次試案は、患者と医療提供者の軋轢を大きくする。軋轢は、紛争になりやすい救急重症患者の診察を避けることにつながり、医療崩壊を決定的なものにする。

2)  第二次試案は、全体主義的統制医療をもたらし、医療の自律性を奪い、医療の進歩と国民への適切な医療の提供を阻む。

3)  したがって、第二次試案には断乎反対する。

4)  何よりも、患者・家族の理解と納得を高めるように支援して、医療提供者との軋轢を小さくするための対策が求められる。

5)  医療問題は複雑であり、対策の結果が期待通りとは限らない。取り返しのつかない失敗を避けるためには、多段階で時間をかけて、関係者の認識の変化を確認しつつ、対応していくべきである。

以上が、小松先生の論旨のエッセンスであります。

今回の講演会で、私が特に感じたことは、小松先生の『理論』の基礎になっている「規範的予期類型」と「認知的予期類型」の側面から、現在の社会のあり方を見ることが重要であるということでした。

前者が古い過去の規範をもとに現在の事象に判断を下すのと対照的に後者が事象を発展的にとらえて当面の「正しさ」を確立し、しかし明日には新しい次の「正しさ」へと歩みを進めているのがわかります。

医学・医療を含めた科学が「認知的予期類型」の典型として、文字通り「日進・月歩」の発展をとげているのはいうまでもありません。

そうした医学と医療に対して、古い判断を基にした「規範的予期類型」の典型である法学が判断を下すことが大変困難なことがわかります。

それは、前記のまとめでも触れられている、検察と厚労官僚による「全体主義的医療統制」に道を開きます。

そして、その判断のもとに「医学と医療」の正否や「善悪」の判断が下されることになります。

こうなると、失敗や誤りから教訓を引き出し、新たな発展につなげるという科学の方法論自体が否定されてくるのです。まさに「全体主義的統制」が医療の中で始まろうとしているのです。

最近、目を通した面白い本があります。

講談社刊『保守問答』(中島岳志―西部 ススムの対談形式の著作)なかで、中島岳志氏が指摘している箇所があります。

ところで、「規範」をめぐって、日本の保守思想の系譜の中で、小林秀夫が「職人」と「芸術家」を比較しています。そこで、彼は真の「伝統」を獲得できるのは優れた「芸術家」のほうであると述べ、その理由は、「職人」は、材料に服従しているからだといっています。

P46 : 小林にとっての「伝統」は、規範に服従するのではなく、規範に抵抗する意思と行為によってこそ獲得されるものです。材料と規範を一旦否定した上で、それを新たに肯定しなおすことによってこそ「伝統」や「美」は獲得されるものだといいます。つまり、小林は新の伝統というものは再帰的存在であるといっているわけです。

引用している中島岳志氏が保守だとは思いませんが、日本の保守思想の中でさえも「規範」は否定されるべきもの位置づけられているのです。

否定されるべき「規範」を判断基準にすること自体が「科学」=「医学と医療」の進歩を阻害することが、哲学的にも語られているのかも知れません。

小松秀樹先生の提起している問題は、「医療事故」問題に止まらず、科学全般に哲学的にも重要な課題であるような気がしてなりません。

固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)

 11病院が搬送断る 胸の痛み訴え95歳女性死亡 東京

2008年01月23日朝日新聞) 東京都清瀬市で今月8日夜、自宅で体調不良を訴えた無職女性(95)を清瀬消防署が救急搬送する際、近隣の11の病院に受け入れを断られていたことが分かった。女性は12番目の病院で応急処置を受けたが、まもなく死亡した。通報から病院到着まで52分かかっていた。

 東京消防庁などによると、女性は胸の痛みを訴え、8日午後9時34分に通報があった。救急車が通報の3分後に女性宅に到着し、病院の選定を始めたが、清瀬市や小平市などの病院から「満床で対応できない」などと断られ続け、選定開始から38分後に12番目の病院に決定。病院に到着したのは午後10時26分だった。女性には心疾患の既往症があったという。

 受け入れを断った病院の一つの公立昭和病院(小平市)は、生命の危険のある患者を処置する3次救急医療施設だが、「要請があった時は担当の医師が別の患者の処置中で、待たせては命にかかわると判断し、他の病院への搬送を求めた」と説明している。

中核救急病院、2年で174カ所減 搬送遅れの要因に

2008年01月14日朝日新聞) 地域の救急患者を受け入れる中核的存在の「2次救急病院」が、この2年間で174カ所減ったことが、朝日新聞の全国調査でわかった。深刻化する医師不足や経営難が影を落とした結果、減少傾向が加速しており、新たに救急を掲げる病院がある一方、救急の看板を下ろしたのは、2年間で全体の5.6%にあたる235カ所に上る。急患の収容先選びが困難になり、搬送遅れが続発するなど市民生活への打撃は大きい。国の医療費抑制政策が救急医療の根幹を揺るがしている実態が、色濃く浮かんだ。

 日本の救急医療機関は、開業医らが軽症患者を診る「1次(初期)救急」▽入院や手術の必要な患者を治療する「2次救急」▽救命救急センターなど重篤患者に対応する「3次救急」に分かれ、中でも、多くの市にある公立・民間の2次救急病院が地域医療の中心的担い手となっている。調査は、救急医療計画を策定する各都道府県を対象に、05年10月~07年10月の増減状況を尋ねた。

 全国の2次救急病院は05年10月時点で4170カ所あったが、2年後には3996カ所となり、174の純減。救急対応をやめた235カ所に加え、21カ所が3次救急に移行するなどした一方、新たに82カ所が2次救急病院になった。04年以前のデータがある自治体の多くで、05~07年の年間減少数がそれ以前を上回り、減少率が高まっている。

 2次救急病院の減少数トップは福岡県の26カ所。県東部の京築地区で市町村の補助金が打ち切られた結果、当番制で急患を受け入れる「輪番制度」がなくなり、10病院が一気に救急から外れたのが響いた。東京都の15カ所、大阪府の14カ所がこれに続き、診療報酬の改定に伴う収入減などで、診療体制を縮小する病院が都心部で増えている実情を裏づけている。当直の確保で人件費がかさむ救急が不採算部門になっている例も多く、東京では、5病院が破産や廃院に追い込まれていた。

 地域別では、四国の落ち込みが著しく、全体の11%にあたる22カ所の減。北陸・甲信越でも8%(22カ所)減少し、激務などから救急勤務医の退職が相次ぐ地方病院の苦悩が際立っている。

 こうした状況を背景に、各地で救急患者の搬送先探しが難しくなっており、兵庫県姫路市では昨年12月、吐血して搬送された男性が17病院に受け入れを拒まれた後に死亡。大阪府富田林市でも下痢や嘔吐(おうと)で搬送された女性が30病院に断られた翌日に亡くなった。福島市では同11月、交通事故に遭った女性が4病院に計8回搬送を拒否された後、死亡している。

 このほか、2次救急に指定されている診療所も同時期に57カ所減り、404カ所になった。2年間で12%が消えたことになる。

 調査と並行して、救急対応をやめた235病院のうち、自治体が公表しなかった病院などを除く227病院に撤退の理由(複数回答可)を聞き、204病院から回答を得た。

 最多は「医師や看護師の不足」で66病院。次いで「診療所への変更」(40病院)が多く、「療養型病院などへの転換」も28病院あった。「地域の輪番制度がなくなった」が24病院、「倒産・廃院」は20病院だった。

 スタッフ不足を挙げた病院は地方に顕著で、「大学の医局による医師引き揚げで常勤医が10人以上減った」「医師が半減し、当直態勢が取れなくなった」などと事情を説明。「看護師が給与の高い都市部へ流れ、夜間の救急体制が築けない」との声も多かった。

 都市部では、人手不足を訴える病院が多い一方で、「救急での収益が期待できない」「病院の収支が厳しい中で続けるメリットがない」など、経営上の理由も目立った。中には「当直医の専門外の患者が来る救急は、訴訟リスクが高い」と回答した病院もあった。

毎週のように、救急患者さんの残念な報道が国民の中に流されています。 

救急患者さんが発生後、何軒もの病院で受け入れを断られ(私は、「たらい回し」という表現に反対です)結局は、手遅れになって、場合によっては生命を落とすことになってしまいます。