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『宇宙ライブ』が見せた明るすぎる日本列島==流されている「原発必要神話」==地上の原発と核兵器の解決は、自然界からの宿題==

 

渚にて
海辺だけではなくて、宇宙にも「渚(なぎさ)」があるそうだ。連休中の日曜日にNHKが放送した国際宇宙ステーション(ISS)からの生中継で知った

 

地上数十キロから数百キロの高さ。青空が漆黒の闇へと溶け込む高度域を番組では「宇宙の渚」と呼んでいた。そこでは、オーロラや放電閃光(せんこう)など地球と宇宙がさまざまな物理現象を交わしている。ISS滞在中の宇宙飛行士古川聡さんが撮影した超高感度カメラの映像は見応えがあった

 

宇宙から見て「渚の底」にある夜の日本列島は、地図の形そのままにまばゆい光で縁取られていた。やはり宇宙に長期滞在した宇宙飛行士若田光一さんは、地球の夜景から「いかに人間が大量の電気エネルギーを使っているかが分かる」と語っていた

 

英国人作家ネビル・シュートのSF小説「渚にて」(1957年)は核戦争でわずかに生き残った原子力潜水艦の乗組員の苦悩を描く。冷戦は終わっても、地上にはなお大量の核兵器が残り、原発事故におびえる日々がある。海中ではなく、宇宙にいる間に故郷を喪失する宇宙飛行士の物語も絵空事とは言い切れないだろう

 

月曜日に作家大江健三郎さんらの呼びかけで開かれた脱原発集会は、約6万人(主催者発表)の参加者が東京・明治公園を埋めた

 

上空ヘリが撮した人の波は、「渚の底」の暮らしを変えていく大きなうねりのように見える。(2011・9・21 北海道新聞 卓上四季)

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私も国際宇宙ステーションからの生中継を観ました。

 

科学の発展がこうも地球を丸裸にしてしまうものかと・・・・。

 

確かに、夜の日本列島上の都市部分が明るく浮かび上がってくるのに疑問を持ちました。

 

「明るすぎる日本列島・・・ここまで明るくなくてもいいのでは」と。

 

地上では、「原子力発電」の是非が問われ、原発推進派からは『原発がなければ電力不足になる』という新たな『原発必要神話』が捏造・流布されています。

 

彼らにとっては、宇宙に輝く日本列島を創ることが理想なのだろうか・・・・。

 

その果てに原発事故を起こし、人類の生存さえも危うくする事態を招いてしまうのです。

 

科学と文明の発展の過程に、人間の制御が届かない「原子力発電」を導入することにより、発展が破壊に転化することがわかりました。

 

広島と長崎、スリーマイルからチェルノブイリ、そして福島から私たちが学んでことを私たちがどのように歴史に生かすのか、それが問われているのではないでしょうか。

 

一方、「宇宙ライブ」を見ていて感じたことは、あの宇宙の渚を映し出す技術が、人類の歴史に何をもたらすのかということでした。

 

地球温暖化や放射能汚染などの環境問題、その中でも「原発問題」は最も今日的な課題であります。

 

同時に、もっとも地球を破壊するもののひとつとしてあるのは「戦争」ではないでしょうか。

 

特に、劣化ウラン兵器をも含む核兵器は、「原子力・核」を媒体として「原発」と共に我々人類自身が解決しなければならない自然界から課せられた宿題かもしれません。

 

力を尽くさねばなりません。

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「原発立地自治体」の果敢な決断==原発マネーからの決別で本当の地域活性化を==それを応援するのが国の仕事==

静岡・牧之原市議会に「浜岡原発永久停止」決議案

静岡県牧之原市議会は21日の全員協議会で、隣接する御前崎市にある中部電力浜岡原子力発電所について「確実な安全・安心が将来にわたって担保されないかぎり、永久停止にすべきだ」とする決議案を26日の本会議に提出することを賛成多数で決めた。

  牧之原市では福島第一原発の事故後、自動車メーカーのスズキが浜岡原発から11キロの相良工場の一部機能の移転を検討中。同市が実施した市民意識調査では、浜岡原発の「停止」か「廃炉」を求める意見が6割を占めており、西原茂樹市長は「浜岡原発の是非について方向性を出して欲しい」と市議会に要請していた。

 全員協議会では「国の福島原発の事故検証がまだなのに拙速だ」「歩調を合わせてきた御前崎市や菊川市、掛川市の周辺市との関係にひびが入る」といった反対意見もあったが、議員17人のうち、賛成12人、反対4人、欠席1人で、議案提出が決まった。(竹田和敏 朝日新聞 9月22日)

日本国民には「慎重ポーズ」をとりながらアメリカでは、原発再稼動を語る優柔不断な「どじょう」こと野田首相を尻目に、牧之原市議会の決断でした。

福島第一原発の事故の実態やその後の収束状況を知らぬままに、「電力不足は日本経済の足を引っ張る」論理で再稼動を容認する野田首相と比較して、牧之原市議会が倫理的・社会的・政治的に数枚上な感じがしてなりません。

また、市民の60%以上が『原発反対』と言う世論状況の下で、市民の代表である市議会が「永久停止」を決議するのは当たり前と言えばそれまでですが、「政治の貧困」が蔓延している今日、清々しさを感じてもいます。

さて、原発立地自治体と言えば、「原発安全神話」に乗せられて?、これまで多額の「原発交付金」を注入されて、自治体財政に深く入り込んでいるのが実態です。

原発がなくなれば、そうした『原発交付金』の途絶えることが予想されます。

しかし、そうした財政的締め付けを跳ね除けてでも『原発』と決別するのですから二重の意味で意義深い決議ではないかと思います。

そして、「原発交付金」に頼らない本当の地域活性化を応援するのが国の責任だと思うのです。

全国に数多く存在する「原発立地自治体」へ、こうした流れが続くことを心から願っています。

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「原発再開」に固執する野田首相==海外メディアで「本音」を暴露==原発ゼロでも必要電力は十分では==

【インタビュー】原発再稼働はできるものから来年夏には必要=野田首相

2011 9 21  8:55 JST ウォール・ストリート・ジャーナル)

  【東京】野田佳彦首相は20日、ウォール・ストリート・ジャーナル/ダウ・ジョーンズ経済通信とのインタビューで、現在停止中の原子力発電所を来年夏までに再稼動していく考えを示した。国民の間では反原発の機運が高まっているが、原発を再稼動しないことや、すぐに原発を廃止することは「あり得ない」と述べた。

  首相は原発政策について、「例えばゼロにするとすれば、他の代替エネルギーの開発が相当進んでいなければいけない。そこまで行けるかどうかも含め、いま予断をもって言える段階ではない」と答えた。

  3月の福島第1原発事故以来、かつては広く原発を支持していた国民の間で反原発の声が高まっている。こうした現状を踏まえ、脱原発をどこまで、また、どれだけ早く進めるかが野田新政権にとって最も困難で意見の分かれる問題となっている。

 日本語音声/英語字幕 インタビュー前日には、警察推計で約3万人の国民が集まって反原発集会が行われた。これは原発事故以来最大級の集会で、政治問題に対するデモとしても長年例のなかった規模だ。

 原発事故以降、定期点検のため停止中の原発の再稼働が国内各地で拒否されている。現在稼働している原子炉は国内にある全54基中、10基程度に過ぎない。政府が原発再開に向けて地元自治体を説得できなければ来年には全国すべての原子炉の稼働が停止し、事実上の脱原発となる。

 野田首相は、「再稼動できるものは再稼動していかないと、 まさに電力不足になった場合には、日本経済の足を引っ張るということになる」と述べた。

 しかし反原発派は、今年夏のピーク時にも、いくつかの原発停止にもかかわらず大きな電力不足がなかったことを指摘し、停止中の原発を再稼動しなくても来年の夏も乗り切ることができるのではないかとみている。これに対し、野田首相は、「そういういうことはあり得ない」として、原発なしには来年の夏は電力不足に陥るとの見方を示した。

 少なくとも当面は原発を維持するという野田首相の姿勢は、菅直人前首相とは対照的だ。前首相はかつて原発を強く推進していたが、福島第1原発事故後は反原発に方向転換した。前首相は、原発事故対応を誤ったとみなされたことも一因となり、約1年で首相の座を去った。

インタビューの続きは・http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_309592

野田首相は、就任早々、国内では原発再開に『慎重』な印象を与えていました。 

それは、あくまで国内の「反原発」と言う国民感情を意識してのことです。 

それが、それが海外メディアであるとすると明け透けに「本音」を言い出す始末です。

 ちょうど前原政調会長がアメリカの講演で「集団自衛権行使」と「武器輸出三原則の見直し」発言をしたのと同じではありませんか。http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/sha2011/sha20110918.html

 こんなの日本の指導者としては全く資格がありません。 

その主張が、仮に国民世論と真っ向から対立していても、国民を相手に「本音」を語りかけるものでなければ誰からも信頼されるものではありません。 

さらに、「原発ゼロ」はありえないと公言していますが・・・果たしてそうなのか???? 

今夏の「節電騒動」(私はこう呼びますが・・・)があっても、ほんのわずか、国民が生活様式を変えるだけでいわゆる「停電」など起きませんでした。

電力会社が叫んでいた「計画節電」なるものは、単なる「国民への脅迫」だったようにも思えてなりません。

 これまで国民に大量の「電力消費」を呼びかけ、オール電化住宅など「電力消費=豊かな生活」と言う幻想を振りまきながら、余計な電力を使わせてきたのが電力会社の「経営戦略」でした。

 そして、大量の電力消費は、自動的に「電力会社」の利益に還元されてきたのでした。

 一方で、私達にもあるときには「無批判」に電力を無駄使いしていたことも事実でした。

 これからは、原発をゼロにしても電力不足に陥らない「実績』を作り、「原発の存在意義」を看破する実績も必要かもしれません。

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福島・武藤類子さんが訴える「FUKUSHIMA」の現実と心==それに答えられるか、政府と東京電力・・・そして、日本国民==

去る919日に大江健三郎氏らの呼びかけにより東京で行われた「さよなら原発集会」でのハイロアクション福島・武藤類子さんのスピーチに感動いたしました。

 その内容をそのままご紹介します。

●9.19集会の様子:後半に武藤類子さんのお話

http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU

●9.19デモ行進の様子:

 http://www.youtube.com/watch?v=TjLRe2-71NA

 みなさんこんにちは。福島から参りました。

  今日は、福島県内から、また、避難先から何台ものバスを連ねて、たくさんの仲間と一緒に参りました。初めて集会やデモに参加する人もたくさんいます。福島で起きた原発事故の悲しみを伝えよう、私たちこそが原発いらないの声をあげようと、声をかけ合いさそい合ってこの集会にやってきました。

 はじめに申し上げたい事があります。 3.11からの大変な毎日を、命を守るためにあらゆる事に取り組んできたみなさんひとりひとりを、深く尊敬いたします。

 それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様々な支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございます。

 そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった子供たち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心からあやまりたいと思います。本当にごめんなさい。

 みなさん、福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を臨む浜通り。桃・梨・りんごと、くだものの宝庫中通り。猪苗代湖と磐梯山のまわりには黄金色の稲穂が垂れる会津平野。

 そのむこうを深い山々がふちどっています。山は青く、水は清らかな私たちのふるさとです。

 3.11原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャとなりました。

 大混乱の中で、私たちには様々なことが起こりました。

 すばやく張りめぐらされた安全キャンペーンと不安のはざまで、引き裂かれていく人と人とのつながり。

地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人々が悩み悲しんだことでしょう。

毎日、毎日、否応無くせまられる決断。

逃げる、逃げない? 食べる、食べない? 洗濯物を外に干す、干さない? 子どもにマスクをさせる、させない?

 畑をたがやす、たがやさない?

 なにかに物申す、だまる? さまざまな苦渋の選択がありました。

そして、今。半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、

・真実は隠されるのだ

・国は国民を守らないのだ・事故はいまだに終わらないのだ

・福島県民は核の実験材料にされるのだ・ばくだいな放射性のゴミは残るのだ

・大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ

・私たちは棄てられたのだ

 私たちは疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。

  でも口をついて出てくる言葉は、「私たちをばかにするな」「私たちの命を奪うな」です。

 福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。・子どもたちを守ろうと、母親が父親が、おばあちゃんがおじいちゃんが・・・

自分たちの未来を奪われまいと若い世代が・・・

大量の被曝にさらされながら、事故処理にたずさわる原発従事者を助けようと、労働者たちが・・・

土を汚された絶望の中から農民たちが・・・ 

   放射能によるあらたな差別と分断を生むまいと、障がいを持った人々が・・・   

ひとりひとりの市民が・・・

国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。

 私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です。

 私たち福島県民は、故郷を離れる者も、福島の地にとどまり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支えあって生きていこうと思っています。私たちとつながってください。私たちが起こしているアクションに注目してください。政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発・放射能についての学び。そして、どこにでも出かけ、福島を語ります。今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。私はもうひとつ、お話したいことがあります。

 それは私たち自身の生き方・暮らし方です。

 私たちは、なにげなく差し込むコンセントのむこう側の世界を、想像しなければなりません。便利さや発展が、差別と犠牲の上に成り立っている事に思いをはせなければなりません。原発はその向こうにあるのです。

 人類は、地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物がほかにいるでしょうか。

 私はこの地球という美しい星と調和したまっとうな生き物として生きたいです。ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。

 どうしたら原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか。誰にも明確な答えはわかりません。できうることは、誰かが決めた事に従うのではなく、ひとりひとりが、本当に本当に本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。ひとりひとりにその力があることを思いだしましょう。

 私たちは誰でも変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を取り戻しましょう。そして、つながること。

 原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、限りなく横にひろがり、つながり続けていくことが、私たちの力です。

 たったいま、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。見つめあい、互いのつらさを聞きあいましょう。怒りと涙を許しあいましょう。今つないでいるその手のぬくもりを、日本中に、世界中に広げていきましょう。

 私たちひとりひとりの、背負っていかなくてはならない荷物が途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかにほがらかに生き延びていきましょう。  

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『大切な人』を本気で守ろうとするなら・・・==それぞれが、「脱原発」の根源を語ろう==そして、街頭へ出て運動に関わてはどうでしょう==   

41年前のイタリア映画「ひまわり」が再上映されると聞いて試写を見た。ご存じ、戦争から還(かえ)らぬ夫を捜し、若妻が旧ソ連を訪ねる悲話である。切ない調べが流れるタイトルバック。風にそよぐヒマワリ畑を、カメラはゆっくり左に動いていく

▼地平線に至る黄色の海は、ウクライナで撮影されたという。花は500年前、北米から欧州に渡り、油の原料として広まった。最大の産地が旧ソ連で、映画には異郷を語る景色として登場する 

▼チェルノブイリ原発事故の汚染域にも、菜種と共に植えられた。土壌の放射能が油に移りにくいためだ。ただ除染の力は定かでなく、福島で実験した農水省の判定は「ほぼ効果なし」。根を深く張るので、地表近くの放射性物質は吸収しづらいらしい

除染の早道は表土の除去だ。4センチまで削ると、セシウムの75%が除かれたという。森口祐一東大教授の試算では、除染対象の面積は最大で福島県の7分の1にもなる。気が遠くなる労力と費用に、改めて原発事故の罪深さを思う 

▼昨日、東京での「さようなら原発」の集会と行進には、大江健三郎さんらの呼びかけで大勢が参加した。壇上から作家の落合恵子さんが訴えたように、平仮名しか読めぬ子が「ほうしゃのうこないで」とおびえる現実、捨て置けない

▼孫の将来を案じてか、敬老の日を脱原発にあてたお年寄りも多かった。大切な誰かを本気で守ろうと思えば、人は街に繰り出す。黄色を身につけた群衆が、波打つヒマワリ畑に重なった。
920日 朝日新聞 天声人語)

昨日の『さよなら原発』集会に呼応して、18日、札幌でもその北海道版が開催されました。

その規模は、2000人・・・・・・。

80Kmのところに立地する泊原発を抱える札幌での集会としては、多少寂しい感じもしましたが、最近では「大集会」でした。

雨天にもかかわらず参加した人々は、本当に「原発さよなら」の気持ちが強いのだと思いました。

ソフィアローレンが主演のイタリア映画「ひまわり」は何度も鑑賞した名作です。

私の小学生のころの思い出のひとつに、原爆が落とされるとみんな死んでしまうと言う「妄想」?で一晩眠ることが出来なかったことがありました。

確か、第五福竜丸事件か映画「原爆の子」を見た後だったかと思います。

一瞬にしてすべての生き物が「融けてしまう」恐ろしさが今も脳裏に焼きついています。

物心のつき始めたころの「体験」の中のいくつかは、一生続くのかも知れません。

このたび、福島原発事故で「被曝」し、内部被曝を含めてこれから生涯にわたって「ホウシャノウ」と向き合わざるを得ない人々にとって、原発推進政府の「犯罪」は、今後収束するどころか拡大の一途ではないでしょうか。

発ガンの問題、遺伝子異常発生の問題などどれもこれも現在の医学では解決できるものではありません。

唯一可能なのは、「ヒバク」を予防することです。

これが、「脱原発」を主張する根源なのです。 

そうだ!!「大切な誰か」を守るために、街頭へ出よう、そして大きな声で「脱原発」を語り、住みよい国と国土をみんなで作りたいものです。

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2000年・泊3号機問題」は、北海道電力のよる「社会的犯罪」==道議会はじめ、拡大周辺市町村議会での説明と『事実解明』が必要==容認してきた高橋知事の責任は重大==

北電、賛成依頼認める 泊原発3号機建設 00年「聴く会」住民20人に

09/14 07:55 北海道新聞)

 北海道電力泊原発(後志管内泊村)3号機建設に関する2000年の道主催「道民の意見を聴く会」をめぐり、同社社員が地域住民に賛成意見の表明を求めていた問題で、北電は13日、賛成派住民約20人に推進意見を述べるよう依頼したと、道に報告した。

  北電の浜谷将人・電源立地部長が道庁を訪れ、道経済部の坂口収部長に報告した。坂口部長が9日に詳細な調査を要請したことを受け、北電は当時、泊原子力事務所渉外課などで地元との交渉に当たっていた社員5人を対象に面談や電話で聞き取り調査した。

北電「聴く会」 全道で賛成工作か

09/15 08:25 北海道新聞)

 2000年に後志管内泊村で開かれた北海道電力泊原発3号機建設に関する道主催の「道民の意見を聴く会」で、北電が地域住民に賛成意見の表明を求めていた問題で、同社は14日、北海道新聞の取材に対し、同年に札幌など他の道内4カ所で開かれた「聴く会」でも同様の依頼を行っていた可能性があることを明らかにした。<北海道新聞9月15日朝刊掲載>

誤用

とかく敬語は難しい。国語学者の大野晋さん(故人)は、<日本語社会では相手がウチの存在かソトの存在か、上か下か、非常に敏感に反応する。その意識を具体化したのが敬語の体系だ>と説いている(「日本語練習帳」岩波新書)

尊敬、謙譲、丁寧。授業で習った記憶はあるが、なかなか身につかない。話すにも書くにも、冷や汗をかく。それでも自分の意見を「ご意見」とは言わないくらいの常識はある

まして、敬語ではない「聴く」という基本動詞は他人の話に耳を傾ける行為で、自らの考えを述べることではないのは、日本語を習いたての外国人でも知っているだろう

北電という会社は世間と違う言葉のルールを使用しているのか。2000年3月に道が主催した泊原発3号機増設の是非を問う集会で、地元住民に賛成意見を述べるよう働きかけていた 

会場に掲げられていた集会名は「道民のご意見を聴く会」。北電が自らに都合の良い「ご意見を述べる」場ではない。ましてや前年に社員を動員した賛成工作が発覚。いったんは延期になったいわく付きの集いだ

懲りずに「やらせ」を仕掛けるとは。集会の趣旨を踏みにじれたのは、「啓発活動の範囲内」というウチ(社内)の論理がソトにも通じると勘違いしているからか。言わずもがなだが、真相究明の「第三者委員会」は「隠れみの」と同義ではない。

(2011・9・15 北海道新聞 卓状四季)

実態を知るにつけ、あきれるばかりの北海道電力の『社会的犯罪』です。

2000年・泊原発3号機問題」は、徹底的に解明されなければなりません。

そして、それは法的拘束力を持つことが必要です。

従って、第一に北海道議会で知事の出席の下に実施されることが必要です。

さらに、周辺4町村のみならず、札幌も含めた周辺80km圏内の市町村議会での説明も必要です。

これだけ北電による「世論誘導のための不正工作」が明になりつつある今、当時にさかのぼりすべてを洗いざらい公開することが社会的企業としてのけじめではないでしょうか。

さらに、この不正に満ちた「やらせ世論工作」に立脚した高橋北海道知事の責任は重大です。

そして、道により行われた「設置許可判断」も同様に白紙に返ることも当然です。 

北電の不正工作の実態をさらに明らかにすると同時に、高橋知事の判断に「不正」の入り込む隙がなかったのか否か、道議会でも解明に向けて真摯な取り組みが求められます。 

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貧困大国アメリカの『根源』は?==「新自由主義的経済政策」と「虚構の対テロ戦争」==野田政権が後を追う日本の『貧困アメリカ化」==

 

米国で貧困者の割合が増加、1993年以来最悪に

 2011.09.14 Wed posted at: 12:09 JST  ニューヨーク(CNNMoney)

 

 米国の人口に占める貧困者の割合が2010年の統計で15.1%に上昇し、1993年以来最悪となった。13日に発表された国勢調査結果で明らかになった。

米政府は、家族4人で年収2万2314ドル(約171万円)以下、単身で1万1139ドル(約85万円)以下の層を貧困と定義している。景気低迷が続く影響で、10年の貧困者数は約4620万人と、09年より260万人増加した。09年の貧困者の割合は14.3%だった。

中間層の世帯年収は4万9445ドルで、09年の4万9777ドルに比べて微減となった。中間層の世帯年収は過去30年の間ほとんど変化がなく、インフレ調整後の数字で比較すると、10年の年収は1980年に比べて11%しか増えていない。これに対して人口の5%を占める富裕層の年収は42%増えた。

年齢別にみると、18歳以下の子どもに占める貧困者の割合は22%に増え、米国の子どもの5人に1人が貧困状態に陥っている。18~64歳の貧困率も13.7%に上昇、65歳以上は9%と横ばいだった。

景気低迷の影響で両親から独立して暮らす若者も減少した。両親と同居している25~34歳は景気後退前は470万人だったが、10年の統計では590万人に増えた。

健康保険に加入していない人も、09年の4900万人から10年は4990万人へと増加した。人口に占める割合は約16.3%で統計的には横ばいとなっている。

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 以前から予想されていたとはいえ、アメリカの貧困率が上層の一途です。

景気回復が低迷しているのが原因かと言われていますが・・・・

問題は、なぜ景気回復が遅いのかです。

あの「9.11同時多発テロ」から10年たち、虚構の対テロ戦争で費やされた戦費は、直接軍事費で1,3兆ドル、すべてをあわせると3兆ドルとなることは、経済学者のステイングリッツ氏が指摘していました。(これは現実化されそうです)

もっと大切なことは、対テロ戦争なるもので、アメリカの若者達の6200人が戦死に追いやられ、それに何倍もの若者達が様々な戦争後遺症に悩まされていることではないでしょうか。

こうした戦争後遺症は、国家の再建に多大の困難をきたすことは幾多の歴史が証明しているところです

さらに、一世を風靡?した『新自由主義的経済政策』は、アメリカを中心とした資本主義経済圏で、貧富の差を大きく拡大しました。

その根底には、国家の政治・経済政策にその影響力を隅々まで浸透させたことがアメリカ経済の衰退を招いた最大の原因です。

そのアメリカに真似て、日本経済をとことん転落させ、ついにはデフレ経済からの脱却の道筋さえ示せなくなっています。

あの小泉政権から続く経済政策が、今度の野田内閣で再び返り咲こうとしているのが気がかりです。

増税路線、TPPへの参加、農漁業を経済界に売り渡す「災害復興政策」など、日本経財のデフレスパイラルを加速させるかのような思索のオンパレードです。

これでは、民主党の自民党回帰どころか『貧困大国アメリカ化』ともいえなくはありません。

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日本の3.11は、国際的課題==「脱原発」と「人権尊重の被災地復興路線」が必要==

 

終わりと始まり

1996年にノーベル文学賞を受賞したポーランドの詩人シンボルスカは、非政治的な言葉を貫くことで政治に対抗する力を獲得するポーランド詩の系譜に連なる作家とされる。彼女の詩を翻訳した文芸評論家沼野充義さんは、「その頂点」と高く評価する

93年に発表された代表作「終わりと始まり」は、こう語りかける。<戦争が終わるたびに/誰かが後片付けをしなければならない/物事がひとりでに/片づいてくれるわけではないのだから>。きょう、あの9・11から10年、3・11から半年になる

誰かが瓦礫(がれき)を道端に押しやらなければならない。泥と灰の中に、ガラスのかけらに、血まみれのぼろ布の中に、誰かがはまりこんで苦労しなければならない-。シンボルスカの言葉はいまを生きる私たちの心の奥に、低く真っすぐ響く

「テロとの戦い」は、世界に不寛容の種子をばらまいた。震災復興の歩みは、もどかしさが募る。原発災害では途方もなく長く険しい道のりが待ち受ける。それでも、立ち止まるわけにはいかない。生きる場を確保するために

だが、詩人は見逃さない。<片付け>のさなかにも、<退屈した人たちが/そわそわし始めるだろう>と予言する。それは「あの日」から何も学ばず、再び災厄への道を選ぶ愚かさへの警告だろう 

<アメリカに九・一一日本に三・一一瞑(めい)して想へ>(長谷川櫂)2011・9・11===================

 

アメリカの9.11 と同様に日本の3.11 は、わが国はもとより国際的に重要な問題提起をしています。

その第一は、いうまでもなく原発事故に起因する放射能被害に関してです。

アメリカ・スリーマイル事故、チェルノブイリ事故に続く第3の世界的原発事故であることはいうまでもありません。

我々は3度目の「原発事故」で、「脱原発」へと舵を切る貴重な現実と向き合っているのではないでしょうか。

そうした中で、3.11からの復興の基本点は何か・・・・。

それは、『脱原発』と『人権尊重の被災地復興路線』ではないでしょうか。

「脱原発」は、日本がこれをやりきる立場に立つや否や、特に環境問題における世界のリーダーとしての役割を果たさざるを得ません。

「人権尊重の復興路線」とは、あらゆる分野、例えば雇用問題、住宅問題、医療・介護問題、産業振興などで、地域住民の生活と命、雇用とコミュニティが守られは点させる方向がしっかりしていることです。

明日への生活への不安の第一は雇用問題です。

被災者の生活再生のために必ず必要な「仕事」を国と自治体の責任で作り出すことです。

ここで、「民間の活用」なる文言を持ち出すことは、国と自治体の責任を投げ捨てることになります。

また、医療・介護についても同様な視点が大切です。

災害前からすでに崩壊していた、東北地方の医療体制は、この災害で壊滅的な打撃を受けています。

地域的にも、もっとも困難な医療状態に置かれてる被災地の医療を再生させることは、日本の医療制度改革が誰のためにやるのかの試金石なるのです。

『健康で文化的な生活を送る権利」がすべての国民が有しているのですから・・・!!!

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「9.11」から10年、何が変わり、何を反省・検証すべきか==テロ発生の根源の解決へ努力を==戦争のない世界へ、力を合わせて!!==

 

テロ後10年の米国武力超え、協調の大国へ

(2011.9.11 朝日新聞

 

 誰も勝者になれない戦争は、いつまで続くのか。 米国の中枢が襲われた同時多発テロから10年。

対テロ戦争はブッシュ前大統領が「米国と共にあるか、テロリストと一緒になるかだ」と始めたが、いまや米国はベトナム戦争に匹敵する大きな痛手を受けている。

テロの首謀者オサマ・ビンラディン容疑者は殺害したものの、9%を超える失業率が続く米国には重い疲労感が漂う。危うい超大国の座 「超大国の座を滑り落ちる」という不安と、「これ以上の負担に耐えられない」という悲鳴のはざまで、米国民の心も揺れている。

 首都ワシントン郊外の丘に広がる国立アーリントン墓地の一角。芝生を削った土の上に、名前が刻まれた目印が置かれている。アフガニスタンで戦死した兵士の墓の予定地だ。白い墓石が今後どこまで並ぶのか、まだ誰も分からない。

 開戦以来、米兵は6千人以上が戦死した。負傷者は55万人を超える。負傷兵の医療費などを含む戦費全体で4兆ドル(309兆円)に達するという試算もある。泥沼化する戦争は、米社会をボディーブローのようにむしばんでいる。

 金融バブルに踊った経済も、リーマン・ショック以後は大きく傾いた。11会計年度の財政赤字は1兆3千億ドル(100兆円)に達し、信用の象徴だった米国債が格下げされる屈辱も味わった。「この10年間、われわれは歳入以上に支出してきた」とオバマ大統領も認める。

 米国の行動によって戦場にされた国では、もっと多くの命が失われた。米ブラウン大学ワトソン研究所の推計では、イラクの民間人は12万5千人、アフガニスタンでは1万1700人、パキスタンでも3万5600人にのぼる。

 イラクでは誤算続きの占領政策の末、全土で血で血を洗う宗派争いをもたらした。各派が対立する中、オバマ大統領は「今年末までの米軍撤退」と公約したが、混乱を考えると完全な撤退は無理とみられる。

 

失われた多くの命

 アフガニスタンでも、この8月に66人と過去最悪の米兵の犠牲者を出した。来夏までに3万3千人を撤退させる方針だが、その後の見通しは立たない。このまま戦闘を続ける意味を、米国民も見いだせなくなっているのではないか。

 米国の外にも、マドリード、ロンドンなどに無差別テロは拡散した。テロの標的も広がり、8月末にはナイジェリアの国連ビルに爆弾を載せた車が突っ込んで20人を超す犠牲者が出た。国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は「人助けのために人生をささげた人々に対する襲撃だ」と悲痛な声明を出した。

 オバマ氏はカイロでの演説で「イスラム世界との和解」を提唱して期待を集めた。だが、地上部隊にかわる無人機での攻撃はイエメンやパキスタンなどで拡大している。虐待が明らかになったグアンタナモ収容所も、閉鎖を先送りしたままだ。

 チュニジア、エジプトなどで民衆が強権政治を倒した「アラブの春」でも、米国ははじめ、運動を支持することができなかった。イスラム過激派の台頭を恐れ、独裁だが友好関係にあるサウジアラビアなどに配慮したからだ。

 アラブの民衆が流血の犠牲を払って改革に踏み出したいま、米国も暗い過去を清算して、新たな関係を築かなければならない。

とくに、アラブ世界の紛争の根源にあるパレスチナ問題に取り組むことが必須だ。

 その困難を避ける限り、今後も反米過激派が生まれてくる。ビンラディン容疑者も「イスラムの聖地」に米軍が駐留したことへの反感が生んだ鬼子だったことを忘れてはならない。 

米国の単独行動主義は、同盟国との関係もゆがめた。日本は小泉首相がイラク戦争を支持して自衛隊を送った。だが大義なき戦争に同調したことは、日米関係を深いところで傷つけた。

 民主主義の旗手としての米国への共感はすっかり薄れ、「米国追随」という反発を日本国内に呼んだ。

 米国が力を過信し、その価値観を世界に押しつけようとした10年は失敗に終わった。米国は今後も突出した大国だが、世界の一員として新たな役割を見いださなければならない。

 対テロ戦争に疲れた米国内には、対外的な負担から手を引くべきだという声も出ている。米国が各国の事情を認めて協調することは望ましい。重い役割変わらず だが、大国が自分の地域以外の安定や民主化を求める動きに無関心になれば、世界は混乱しかねない。安定した秩序の軸を失ってはいけない。

 戦争で抑え込むのではなく、価値観が異なる世界に住む人々とも真剣に対話して、テロがない世界の実現を目指す。それが米国のこれからとるべき道だ。

==========

 

あの「9.11」以降、21世紀初頭の世界に提起された課題は、あまりにも重たいものでした。

「東西冷戦」後のアメリカ一国主義の中で、アメリカ中心の世界秩序を形成することを基本にしたアメリカの世界戦略の中で創られた歴史でした。

その結果、私たちのもたらされたものは・・・・。

多大な数の戦死・戦傷者、民間人の尊い生命の犠牲です。

のみならず、戦争状態の中なら作り出される大量の戦争難民は、今もなおその解決のめどもついていません。

イラクの復興や、アフガンの和平でもいまだ混乱のままです。

アメリカ国内では、『テロとの戦争』を口実に施行された「愛国法」は、アメリカ国民の市民的自由を大幅に制限してきましたし、その延長にオバマ大統領が承認しています。

また、帰還兵士にもたらされる「戦争後遺症」は、これからもアメリカ社会に沈殿してゆくものです。

一方、アフガン・イラク戦争で多大な軍事費によるアメリカの財政悪化は、その後のリーマンショックとあいまってアメリカ経済、ひいては国際経済の歴史的減退を引き起こし今日も続いています。

アフガン・イラク問題に関して、この10年間の間に確信になってきたもののひとつは、イスラム問題の基本がパレスチナ問題にあるということでした。

9月の国連における「パレスチナ国家」承認決議に際してもアメリカは拒否権行使を表明し、パレスチナ問題の解決へ背を向けている状態です。

さて、日本国内でもアメリカとアメリカのアフガンイラク戦争への加担に広範な反対運動が展開されました。

現在、イラク戦争の『口実』となった大量破壊兵器の存在など信じるものはいません。そんなものはなかったのですから・・・。

そんなアメリカ勝手の戦争に当時の小泉政権は無条件に戦争協力を買って自衛隊のイラク派遣を強行しました。

「自衛隊のいるところが非戦闘地域だ」なる小泉元首相の迷言に国民はあっけに取られているなか、戦後初めて武装自衛隊の海外派兵でした

現在も、アフガンからの米軍撤退にも暗雲が出ています。

いつまでも続くテロに対してとるべき道は、テロの根源となる差別や貧困を根本から解決する取り込みを世界の隅々から取り組み必要はあります。

アフガンで、地道に活躍される中村哲先生のように・・・!!!

外交問題を武力で解決するという前時代的な方法からの決別を果たし、21世紀を今後「戦争のない世紀」へ近づくように少しでも力になりたいと思います。

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鉢呂経産相のトンでもない「死の町」発言==FUKUSHIMAのことを真摯に考えていない野田政権?==国民はもとより国際的信用は下降線へ!!==

民主内で鉢呂氏の辞任論広がる 「死の町」発言の経産相

09/10 10:1509/10 11:26 更新 北海道新聞) 

民主党内で10日、東京電力福島第1原発周辺市町村を「死の町」と発言した鉢呂吉雄経済産業相の辞任論が広がった。

福山哲郎前官房副長官はTBS番組で「発言は不適切だ。これからいろいろなことが起きてくる」と述べ、進退問題に発展する可能性に言及。

民主党幹部は「自発的辞任が望ましい」と表明した。鉢呂氏は一段と厳しい立場に追い込まれた格好だ。

  また、自民党の石破茂政調会長は野田佳彦首相の任命責任も厳しく追及する姿勢を示した。

  一方、首相は10日朝、鉢呂経産相は辞任すべきかと聞いた記者団の問い掛けに無言だった。

鉢呂氏「放射能うつしてやる」 視察後、報道陣に 政府、与党に進退論

09/09 19:5009/10 00:46 更新 北海道新聞)
  鉢呂吉雄経済産業相が東京電力福島第1原発の視察を終えた8日夜、都内で報道陣の一人に防災服をすりつけるしぐさをし、「放射能をうつしてやる」という趣旨の発言をしていたことが9日分かった。与党幹部が9日夜、「事実なら厳しい」と述べるなど、政府、与党内に進退問題に発展するとの見方も浮上した。野党は「死の町」発言と合わせ、13日召集の国会で追及する姿勢を強めており、野田佳彦首相が厳しい判断を迫られる可能性も出てきた。

民主党に人材がいない・・・いや、この国に国家の舵取りをする人材のいないことがそもそもの始まりかもしれません。

鉢呂氏は、泊原発を有する北海道4区の出身ですが、大臣になって気持ちが舞い上がっているのでしょうか・・・・。

しかし、収束のメドさえ立たない福島原発の状況を真摯に受けとめようとするのならこのような発言は出てきません。

その『死の町』を作ったのは誰なのか、何なのか・・・、このことをもっともとまじめに考えるべきではないでしょうか。

電力会社の利益を住民・地域の生存に置き換えてきたこれまでのエネルギー・原子力政策を根本から見直すことが、鉢呂氏、あなたに与えられたもっとも大切な仕事でした。

その出発点で、こうした発言を連発していてはこれから先が思いやられます。

こうした「資質」のを任命した野田総理にも責任を免れることは出来ません。

これもまた、政治不信の増強を招く結果になっているのですから・・・。 

FUKUSHIMaは、当初から国内だけではなく『国際問題』として位置づけられています。

FUKUSHIMAをめぐりこうした『醜態』を晒すことは、国際的信用にも少なくない陰を落とすことも覚悟する必要があります。 

原発エネルギー政策を担当する鉢呂経済産業大臣の辞任は免れないません。 

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