北海道、日本の先住民族であるアイヌの民族文化を伝えようとして命尽きた知里幸恵さんについて、その業績や思いを後世に伝える事の重要さは、言い尽くすことはできません。
先日、9月17日に生誕の地である北海道登別市に「知里幸恵 銀のしずく記念館」がオープンしました。
それに向けて、作家の池澤夏樹氏が中心となり様々な分野から建設資金が集められ、このたび開館にこぎつけたとのことでした。
私は、当日所用のため参加できずにいたところ、建設呼びかけ人であり童話作家の加藤多一氏にさんに誘われて、念願の「記念館」を訪れることができました。
その周囲は、現在宅地化が進んでいるとはいえ、周りの樹木など何となくアイヌの人々が生を受け、生活を営んだ「風」が吹いてくるようでした。
喧噪の札幌から車で小一時間ですが、せっかちな私を落ち着かせてくれる「風」があるような気がしてなりませんでした。
さて、様々な展示物を見て一番驚いたことは、その昔(明治時代)、函館に「土人学校」というアイヌの人々の通う実業学校の存在していたことでした。
江戸時代から明治にかけて、北海道開拓使の名のもとに屯田兵や移住者の手で開拓されてきた北海道。
しかし、そこには先住民族であるアイヌの人々が暮らしていた事実を以前は教えられず、「土人」という名で差別と同化政策が強行されてきたのです。
こうした歴史的事実を知させるだけでも「記念館」の存在価値は充分に余ることだと思いました。
同時に、知里幸恵さんの短い生涯の中で貫かれたアイヌとしての誇り、またアイヌそのもの存在を世に知らしめようとする努力にただただ脱帽の思いでした。
文字のなかったアイヌの伝承を発音を独学のローマ字で拾い、それに対して和訳を添えると言う仕事を明治時代にやりと遂げたのでした。
北海道在住のかたは是非一度、他の方は北海道旅行の際にでも「記念館」にお立ち寄り頂けると幸いです。http://ginsizuku.exblog.jp/
PS:
1) 登別駅前のプチレストラン「道」のカレーが美味しかったです。
2) 「記念館」友の会(会費,年二千円)に入りました。皆さんの参加されては如何でしょうか。
3) そこで、高校で日本史を教わった林恒子先生にお会いした。全く偶然でした。
4) 帰りに、加藤多一さんが無農薬キャベツと絶景な長沼町の夕陽をおなかいっぱいごちそうしてくれました。
感謝です!!!!
次回計画している「記念館」行は、何に逢えるのか今から楽しみです。
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