100歳超す高齢者、新たに3人所在不明 東京
(2010年8月3日 朝日新聞)
高齢者が長年所在不明になっていたことが東京都内で相次いで明らかになった問題で、八王子市で102歳、荒川区で108歳と103歳のいずれも男性3人の所在が確認できなくなっていることが3日、新たにわかった。
八王子市によると、同市の102歳の男性は8年前から所在がわからなくなっている。市は100歳を迎えた住民宅を訪問して記念品を贈っているが、2007年の8月末にこの男性が健在であることを確認しようとしたところ、民生委員から「いないのではないか」と連絡があった。
同居していることになっている息子の妻(63)も「2002年ごろからいなくなっていて、どこにいるかわからない」などと話したという。08年8月に改めて職員が訪問したが、やはり所在はわからなかったという。
荒川区に住民登録されている108歳と103歳の男性は、いずれも外国籍。2人とも、少なくともここ3年は連絡が取れていないという。いずれも住民票上では同居の家族がいるはずだが、家族にも連絡が取れない状態だという。
同区は長寿の記念品を贈っているが、この2人については過去に贈った記録がないという。=========================================================大阪2児遺体事件 虐待通報、出動したが実態つかめず
(2010年8月1日 朝日新聞)
大阪市西区のマンションで、母親による育児放棄の末、幼い姉弟が亡くなった事件。児童相談所(児相)は家庭訪問を繰り返したが、姉弟や母親に会えないまま悲劇を迎えた。対応に問題はなかったのか。
厚生労働省の指針では、原則として児童相談所職員が虐待情報を受けてから、子どもの安全確認をするのは48時間以内とされている。この「48時間ルール」は守られたのか。
児童相談所の大阪市こども相談センターは3~5月に3回、同じ近隣住民から「子どもが泣いている」との通報を受け、職員が現場マンションに足を運んだ。通報を受けてから約10~約30時間後だった。
最初の通報は3月30日午前9時半ごろ。「夜中の2時や3時に『ママー、ママー』と長時間叫んでいる。母親が子どもを置いて働きに出ているのではないか」。玄関のインターホンのスイッチが入った状態で、スピーカーから泣き声と母親を呼ぶ声が漏れてくるという。
センターは西区役所にこの部屋で住民登録している人を照会。しかし、登録者はいなかった。センター職員は31日午後3時、インターホンを鳴らしたが応答はなかった。センターでは、不在の場合は違う時間帯に再訪問することにしており、4月1日午前10時、2日午後6時にもマンションを訪れたが、いずれもインターホンに反応はなかった。
2回目と3回目の通報を受けた訪問でも、インターホンを鳴らしたが、応答はなかった。職員は手紙を残し、立ち去った。
厚労省の指針は安全確認について「子どもを直接、目で確認することを基本とする」と定めている。また、通報者の情報だけで事実関係が分からない場合は「近隣などと密接な連絡をとるなど、情報収集に努める」としている。今回、職員は通報後48時間以内に現場に行った。だが、結局、子どもの安全を確認できず、近隣住民から情報を集めることもしなかった。
センターの市村好弘・相談支援課長は「近隣への聞き込みをすれば、通報された親と近所との関係が崩れてしまうことがある」と説明する。センターは保護者も子どもも特定できず、立ち入り調査など次のステップに進めなかった。「手詰まり」(市村課長)状態となり、通報や手紙への返答もなかったため5月18日の訪問が最後になった。
関西学院大の才村純教授(児童福祉論)は「安全確認の努力は認めるが、甘かったと言われても仕方ない。児童虐待防止法にも『近隣住民の協力を得つつ安全確認をする』とある。住民に状況を聞けば、手がかりを得られたかもしれない。通報があったことを伏せて聞き込みをすることもできる。安全確認の方法を再検討する必要がある」と指摘する。============================
超高齢者の所在の確認も大阪2児遺体事件の幼児虐待発見も共通した問題が含まれていないでしょうか。
超高齢者の確認は、実際上行政のほうからは正確になされてこなかったのが実態です。
これまで、行政の側から一方的に「敬老のお祝い」などを届け、断られると正確な確認がないままに翌年に繰り越していたのでしょう。
ここには、行政が高齢者に対面して「お祝いを届ける」という心のこもった対応からは程遠い姿が想像されてしまいます。
一方、「2児遺体事件」は、育児放棄した母親の責任は問われなければならないと同時に、住民からの通報で5回も訪問しているにもかかわらず、虐待死を防ぐことはできませんでした。
ここにも行政の側が、とことん虐待死を防ぐという姿勢の欠如を指摘せざるを得ません。
もちろん、双方とも現場でそれらに対応する職員が圧倒的に不足している現状もあります。
こうした、行政の「量と質」を早急に正さなければ、同様のことがこれからも頻発することが避けられません。
同時に、家族や地域の中での「人間同士の絆」が急速に薄れているのがそれらの基礎にあることが危惧されます。
家族関係の崩壊で、「自分の親の消息や居所がわからない」「簡単に育児放棄に走る・・・それを家族の中での助け合いもできない」状態が顕在化しています。
また、地域の崩壊で、「地域での人間同士の交流がなくなり」「隣の人の存在」さえ判らない、いや、わからなくても生活に支障をきたさないのが多くの地域の姿なのかもしれません。
それにしても、行政の怠慢さと地域・家族の崩壊が急速に進んでいることに日本社会の危機の深刻さを感じてなりません。
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