多喜二研究で高名やノーマ・フィールド教授の講演「生活か平和化か、経済か環境か・・・二者択一の罠は、回避できるか」
わが国を代表するプロレタリア作家である小林多喜二の研究で知られる、米国シカゴ大学教授ノーマ・フィールドさんの講演会が2月13日札幌で開催されました。
岩波新書「小林多喜二~21世紀にどう読むか」のベストセラーを発したことは記憶に新しいところです。
その趣旨は、『私達はいつも生活の安定と引き換えに、環境保護であれ、平和維持であれ、是とするものを犠牲にすることを常識として強いられてきました。
現在の状況や小林多喜二などの戦前の実践を踏まえて、こうした洗濯を拒否する必要な心構え、行動、そして人間関係を考える』でありました。
一見すると相反する課題が提起されてくるとき、どちらか一方を探るのではなく、双方とも内包してそれを乗り越えることの大切さを語っています。
例えば、沖縄での「米軍基地撤去」と沖縄経済の維持・発展の課題、経済の発展と環境保護の課題など・・・・。
また、「中立が必ずしも客観とは限らない!!」と指摘は、相反する課題を見据える上でも重要な指摘でした。
ここでは、単に中立を維持して客観性を装うマスコミに対しても痛烈なメッセージではなかったでしょうか。
さて、こうした中で、もっとも印象深かった指摘は、「真の敵を見誤るな!!」でした。
市民であれ、労働者であれ困難な社会生活を送ろうとするとき、戦わざるを得ない時があります。
そうした中で、例えば労働運動の中での第一組合と第二組合、米国での人種差別の現実、多喜二の時代の日本人労働者と朝鮮人労働者の関係など・・・、真の敵に向かうまえに、仲同士の「内部の戦い」が常に存在していました。
その「内部の戦い」の克服なしに真の敵への有効な戦いのないことも明らかです。
逆に言えば、「真の敵」は、運動の内部に仲間割れを起こさせて、戦う力を弱めさせることを希求してきたことの歴史の真実でした。
こうした「内部の戦い」を克服するための手段として、『互いに議論せずも必要』との指摘がありました。
『議論する代わりに行動を供にする』ことことの大切さは、自分自身の身の周りにもあります。
また、虐殺が繰り返されたあのウガンダでツチ族とフツ族が和解のために共同で家の建築に携わったり、イラクでの地域の再建のためにシーア派とスンニ派住民が家の再建に協力しあったり・・・、「内部の戦い」の克服には、こうした「議論抜きの共同の作業」が有効なのかも知れません。
オバマ大統領実現後のアメリカ社会の「混迷」についての報告も興味のあるところでした。
大統領選挙に際して期待された「アメリカの改革」が次第に後景に追いやられている現状への不満が充満しつつあることを憂いているようでした。
今回の来日でも、短期間に小樽や沖縄、そして秋田での小林多喜二に関する講演をされる予定がぎっしり詰められていました。
これからの活躍を心から期待するものです。
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