リコール

(1月29日、北海道新聞 卓上四季)

たった一つの部品のおかげで、ここまで影響が広がるものなのだ。アクセルペダル関連部品の不具合により、トヨタ自動車が米国で行うリコール(無料の回収・修理)は230万台にもなるという。現地での販売、生産も中止する
欧州では200万台のリコールを検討中だ。合計で400万台を超える勘定になる。昨年、日本国内で売れた新車(軽自動車を含む)は、全社で460万台だった。これと比べても規模の大きさがわかる
問題となった部品は米国メーカー製だ。リコールされる8車種で同じ部品を使っていた。自動車会社は部品の共通化を進めている。生産コストを削減できるし、在庫を減らすこともできるからだ
それが裏目に出た。問題のある車をわざわざ「大量生産」したことになる。伝染性が強いウイルスが、似た体質を持つ人に次々と広がっていくような構図だ。多様性を失った自然は弱体化してゆく、といった摂理も思い浮かぶ
トヨタは昨秋以降、今回とは別に、米国で530万台の自主改修を決めている。この問題では、対応が遅れたと米メディアから批判された経緯がある
「世界一」を体験した巨大企業を、相次いでトラブルが襲う。10年前にリコール隠しが発覚した三菱自動車は、消費者の強い不信から経営が揺らいだ。トヨタは今、自動車の質と共に、情報公開や危機管理の質を意識する時なのだろう。

なるほど・・・・。

自動車の大量生産をさせてきた「画一化と自動化」は、思わぬところで甚大な被害を出してしまいました。

多様性を失った自然界が脆弱性を露わにするように、経済界でも独占企業が利益を得るための「合理化」で、製品と企業そのものを弱くしてきたのではないでしょうか。 

ただ、今回の欠陥自動車は、すでに人命を奪ってしまう事故を派生させているのですから責任は重大です。

さらに、社会的にもグローバリゼイションなどの世界標準はもとより、地域社会や学校教育、我々がいる医療界までも「画一化」が入り込んでいます。

例えば、「OOマニアル」(基準)などは、そん一例にすぎません。

最初は「便利」そうで重宝していますが、時期にそれに慣れきって物事を考えようとしなくなります。

そして、その基準が最高のものになってしまいます。

勿論、バージョンアップすればいいという事ではありますが、実際には、無理なことが多い様です。

何よりも恐ろしいのは、考えようとしたい人間を増殖させていることなのです。

これはとりもなおさず、人間社会を脆弱化させる象徴とでも言えるかもしれません。

多様性を認めない社会の「画一化」は、逆に言うとそれに当てはまらないものを「排除」する社会です。

その「排除」の結果、排除された人間の「孤立化」が始まります。つまり、社会の中での「分断された人間関係」ではないでしょうか。

このようにして、多様性を認めない社会は、人間の分断された社会を作り出し、特に弱い人間に対して住みづらいものとなってしまいます。

また、予想も出来ない犯罪が多発する社会にもなってきます。こうした「排除の社会」に対して、多様性を前提に多くのものを包み込む「社会的包摂」を広げる必要性をつくづく感じさせられます。

今回のトヨタのリコール騒動は、画一的基準化化社会の脆弱さを教えてくれました。

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