今年の誕生日に、交通事故を起こして(起こされて?)しまいました。
「事故」の次第は、私が時速20kmに走行中、駐車場の車の陰から予備校生が乗車する自転車(激チャリ)が飛び出してきて私の車の左前方にあったものです、全治1週間の怪我(堅い挫傷と逆行性健忘)でした。
早速、交通事故警察がやって来て、加害者と被害者の立ち会いで現場検証。
前方を中止しながらゆっくり徐行まがいの運転をしていた私にとって、物陰からの飛び出しは避けようがありませんでした。
しかし、交通事故は、『自動車の運転手が加害者』という不文律のようなものがあり、後日、『加害者』として警察に呼び出され事情聴取を受けるはめになりました。
問題は、その事情聴取の方法にありました。担当警察官が、PCで聞き取りながら文章を作り上げ、それを読み上げて「総意がなければサインを」というやり方です。
しかし、その読み上げの中に「運転中に前方注視を怠り・・・・」と言う一文が入っていました。
前方を見ながら運転していた私は、「前方注視を怠って言いません」と言い返すと、「怠っていないのなら、事故は起きないはずだ!!」・・・・「いや、怠っていない」たばこの匂いがしみ込んだ広さが3畳間ほどの「取調室」でこのやりとりが延々と3時間以上続きました。
こうした中で、「あぁ~、面倒くさい・・・警察官の言うとおりなのかもしれない。サインしてしまおうか」と言うことが頭をよぎりました。
同時に、これまで暴かれた数々の冤罪事件について、「こうしたやりとりの中で作られてくるのかも・・・」と言う考えも浮かんできました。
時刻も午後9時を超え、これ以上ラチがあかないのなら、知り合いの弁護士さんに連絡しょうかなどと、これからのことを考え出したところ、取調官の上司が出てきました。
「前方注視が怠りでなく、『不十分であった可能性があり‥‥‥』に変えてはどうか」との「妥協案」を提示してきたのです。
この時点で、心身共に消耗してきた私は、その「妥協案」にのまれてサインしてしまいました。
事の顛末の要約は、以上です。
私のつたない経験は、世に言う冤罪事件と比較すると、日常茶飯事の小さな出来事です。
しかし、こうした小さな出来事が、毎日毎日、「冤罪作り上げ」の予備行動として全国の警察でおきなわれている事を考えると身が凍る思いなのです。
そして、このエピソードから解ったことは、「警察は、人助けにだけあるのではなく、人の罪を作るところ」だと言うことでした。
罪を確定しやすいように、それに合わせて状況を作り、組み合わせてゆく、不都合な事実は隠す‥‥‥そんな感じがしてなりませんでした。
その流れが、検察との相互関係でがんじがらめに作り上げられているのが日本の検察権力の実体化かもしれません。
そうしたことを、突破する上でも冤罪と言われている事件もひとつひとつ解決しなければなりません。
今回の「布川事件」、無罪判決への道が開かれることを説に望んでいます。
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