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九条の会

(6月7日 北海道新聞 卓上四季)

壇上の遺影がほほ笑みかけていた。平和憲法を守ろうと各地で活動する「九条の会」。呼びかけ人の1人で、運動をけん引したのが昨年12月に89歳で亡くなった評論家の加藤周一さんだ

東京・日比谷公会堂で2日開かれた追悼講演会。北海道から沖縄まで2千人以上が集まり熱気にあふれた。作家の井上ひさしさんは加藤さんの思いを「戦争で死んだ友だちを裏切らない」と語った。

「(死んだ)彼が決していわなかったであろうことをいったり、彼が黙っていなかったろうことを沈黙したりということは、したくない」。加藤さんは「私にとっての20世紀」でそう記した

国家に強いられた友人の理不尽な死。戦争への怒りが「九条の会」結成につながった。晩年はユーモアを交え「老人と学生の同盟」を力説した。人生には2度自由の山がある。就職前の学生時代と定年退職以後 

「2つの自由な精神」の共同・協力が日本社会を変える力だ-と。それは、なし崩し的に進む憲法9条の空洞化への警鐘だったろう。米国一辺倒の外交と自衛隊の相次ぐ海外派遣。政府の政策に対する社会の批判力の衰え。若い世代に奮起を促した加藤さんにどう応えるか

 会場では大勢の人たちが運営費をカンパした。千円札と百円硬貨の入った封筒にはこう書かれていたそうだ。「小銭は子どもの小遣いからです」。志は

2006年7月22日、札幌で加藤周一先生の講演会が開かれていました。

前年、横浜で開催された日本整形外科学会において特別講演された大江健三郎氏が『現代日本における最高の知識人』として紹介されたのが加藤周一先生です。

その後、加藤周一先生を何とか北海道でお話しして頂きたくて、直接お願いに伺うもやんわりとお断りの返事でした。

しかし、2006年12月19日の日付で、「初夏の札幌での講演は、原則として、お引き受けします・・・・」との承諾の葉書が、私の医局のメールボックスで見た時には、両手の震えが止まりませんでした。

その翌年(2006年)、7月には、お元気な姿を札幌の市民の前に見せてくれました。

7月21日は、山口二郎教授が中心になり、「北海道大学9条の会」での講演会を北大クラーク会館で語り、翌22日は、「医療九条の会・北海道」結成講演会で「老人と学生同盟」など、若い方々をも「加藤ワールド」に中へと導いてくれたのです。

また、その中で、自分の医師としての生涯の淡々とお話しされたのも印象的でした。その時の模様が写真を通して、今も、これからも私の机の前に飾られているのです。そして、講演会前後でも一緒にいると話がつきませんでした。

あらゆる事象や風景を契機として、その本質へ全面展開して行く様は、思想家としての加藤周一を見る思いでした。

その加藤先生が他界された今、先生が残された膨大な著作の中をこれからもひとつひとつ訪ねて歩くのも楽しみでなりません。その中で、先生の鋭い、しかし同時に優しい眼差しをも思い出させてくれるのですから・・・・。

平和を愛し、そして行動する加藤周一の僅か一粒でも見習うことが出来るように私の心が引き締まります。

9条の会」を結成した加藤周一先生を裏切らないために

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お疲れ様です。読ませて頂きながら、涙があふれてきました。卓上四季は私も読んで、いろいろと考えていました。先生の熱き思いが伝わってきました。私も加藤先生の著作を読もうと思います。オオニシでした。

written by ナース オオニシ / 2009.06.10 20:15

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