(2009年1月5日 東京新聞夕刊)
住居や仕事を失い「年越し派遣村」(東京・日比谷公園)のテントや厚生労働省の講堂で寝泊まりしていた派遣労働者らが五日、新たな受け入れ先に向けて引っ越しを始めた。派遣村ができた先月三十一日から五日間に登録した入村者は四百九十九人。厚労省講堂で開いた「大移動集会」には荷物を抱えた失業者ら約三百四十人が集まった。 集会では、延べ約千七百人のボランティアが参加し、約二千三百万円のカンパがあったことが報告された。
村長の「自立生活サポートセンター・もやい」の湯浅誠事務局長は「再就職やアパート探しなど、これからが大変。派遣村は解散するわけではなく、一人一人が避難所を出られるよう、できることをしていきたい」と支援を約束。「派遣ユニオン」の関根秀一郎書記長は「生きる権利を否定される今の事態はまさに災害。路頭に迷う人々の受け皿になる機関をつくり、派遣切りを出さない緊急立法を」と求めた。
この後、生活保護の希望者約二百三十人のうち約八十人が、ホールに面談会場が特設された千代田区役所へ電車で向かった。 その他の参加者は国会までデモ行進。「大企業は首切りをやめろ」「労働者派遣法を抜本改正しろ」とシュプレヒコールを上げた。同日午後にはチャーターしたバスで、都内の廃校跡など四カ所に移動する予定。入居期限は一週間で、ハローワークなどの臨時窓口が設けられ、職場や住居の相談を受ける。
「あと一週間は暖かい建物で寝ることができる」「次の仕事を早く見つけたい」-。年末年始を「年越し派遣村」で過ごした元派遣社員らは五日、当面の宿泊先が決まり安堵(あんど)の表情を浮かべる一方、新たな職探しに対する不安を口々に語った。
先月二十七日まで、愛知県内の自動車製造工場で働いていた男性(42)は「寮を退去させられて、行くあてもなくここに来た。今日から一週間ほどは別の施設で寝泊まりできるし、食べるのも困らない。頑張って次の仕事を見つけて、助けてくれたボランティアの人たちに恩返しをしたい」と涙ぐんだ。
神奈川県内の自動車製造工場で期間従業員として働いていて年末に解雇された男性(36)は、先月三十一日に派遣村に来るまで都内のインターネットカフェで寝泊まりした。「派遣会社から次の仕事も来ない。生活保護を受けるのは恥ずかしいけど、背に腹は代えられない。派遣村に来て、ちょっとだけ希望が見えてきました」と話した。 (小川慎一)
「ここには四日に来た。今日はこれから、図書館で本を読もうかな」。埼玉県出身の男性(47)は、支給されたパンをほおばりながら口を開いた。生活保護の申請には行かないという。
半年前まで派遣契約の重機オペレーターをしていたが、二年前に患った肝硬変が悪化し解雇された。
「医者から寿命宣告された。働ける状態じゃないし。今のうちに見たいところを見ておこうかと思う。イスラエル大使館とか。ガザ地区への空爆はズルいよ」
男性は発病後も、無理して働き続けたという。結婚はせず、家族もいないが、以前働いていた長野県内に家を買いローンが残っている。「支払いは終わってない。行き詰まっている」と声を震わせた。
「大酒を飲んで死のうと思ったけど死ねなかった」と言い、続けた。「体はしんどいけど、もう一回やり直したい。ここに来て、何とか仕事を見つけようと頑張っている皆の姿に勇気をもらった」
木漏れ日が差す日比谷公園の一角、布団などをあわただしく片付けるボランティアが声をかけると、男性は黄色がかった目から落ちた涙をぬぐっていた。「優しい言葉が心に染みちゃった」
年末・年始に生命の危険魔で心配されていた、「派遣切り」労働者の方々が、一時的にせよ、「年越し派遣村」や厚労省の講堂で数日の暖をとることができました。
そして、中には、生きる希望を取り戻した人も少なくありませんでした。
そこから発せられた「派遣切り」労働者の実態は、私たちの想像をはるかに超えるものでした。所持金もほとんどなくなり、勿論、職や住居も全くあてがありませんでした。
そうした人がやっとたどり着いたのが、日比谷公園・「派遣村」でした。しかし、これらは、「派遣切り」され人たちのごく一部であることも予想させるものです。
湯浅誠村長をはじめとした実行委員会のかた方とそれを支えるボランティアの果敢な問題提起と行動が今回の成果になっており、心から尊敬するものです。
さて、問題の真の解決に向けてこれからが本番です。「生活保護の申請・承認「や「就労先の確保」、「市民生活の確立」そして、こうした事態をもたらした「派遣労働の原則禁止」をめざす運動の展開・・・・・。
なすべきことは山積みですが、先ずは、政府・厚労省の英断を強く求めることが重要です。
厚労相、派遣法改正案の修正検討 製造業派遣の禁止も
(2009年1月5日11時34分 朝日新聞)
舛添厚生労働相は5日の閣議後の記者会見で、すでに国会に提出している労働者派遣法改正案の修正に前向きな考えを明らかにした。さらに「個人的には」と断ったうえで、「製造業まで派遣労働を適用するのはいかがなものか。そのことも含めて検討しないといけない」と述べ、製造業派遣を禁止したい意向も明らかにした。
政府は昨秋の臨時国会に日雇い派遣の原則禁止を柱とした労働者派遣法の改正案を提出し、継続審議となっている。しかし、派遣労働者の約7割を占める登録型派遣の規制を見送ったことで労働者側から「不十分」との批判が相次いでいた。「派遣切り」が社会問題化し、さらなる規制強化に踏み込まざるをえなくなった形だ。
舛添氏は「原則的に日雇い派遣を禁止する方向で議論していきたい。その過程で各党の意見も頂いて、もっといい形で修正出来れば、それは柔軟に修正すればいい」と述べた。
製造業派遣については小泉政権時代の04年に解禁されたことで、大手製造業の工場などでの派遣労働者が急増、今回の景気後退に伴う急速な「派遣切り」を招いたと批判されている。厚労省のまとめでは、昨年10月から今年3月までに8万5千人の非正社員が職を失う見込みだ。
一方、河村官房長官も5日の記者会見で、今後の雇用政策のあり方について、「派遣社員の受け入れがこの問題を惹起(じゃっき)したのは紛れもない。企業の社会的責任の議論もある。内部留保をこういうときに活用し、有能な技術をもった人材確保をすることは、まさに経営者の姿勢の問題。生涯雇用の日本的経営の利点も考えながら、経営者側にも再考をお願いしたい」と述べ、経済界と連携しながら対処していく考えを示した。
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