戦禍の記憶忘れない 63回目終戦の日 平和の誓い新た 各地で催し(08/15 北海道新聞)
六十三回目の「終戦の日」の十五日、戦没者の冥福と平和を祈る行事が道内各地で行われた。戦争体験者の高齢化が進み、戦禍の記憶の風化が進む中、参加者は平和への誓いを新たにした。
小樽市緑三の小樽商大では、小樽高商時代の戦没者三百四十七人を悼む慰霊祭が構内の緑丘戦没者記念塔前で行われた。
遺族、同窓会組織の緑丘会、学生、教職員ら約百人が参列し、正午のサイレンとともに黙とうした。
山本真樹夫学長が「戦争の愚かさを再認識し、不戦の誓いを新たにしたい」とあいさつ。参列者が献花台に花を供え、最後に同大グリークラブOBらが校歌を合唱した。
札幌市中央区の商業ビル前では、労組や市民団体でつくる「さっぽろ平和行動実行委員会」のメンバー約七十人が戦時中の召集令状(赤紙)のコピーを市民に配った。札幌市の高校二年萩野夏生さん(17)は「こんな紙切れで『戦争に行け』と言われ、生きて帰れないと思うと悲しすぎる」と話していた。
また、渡島管内七飯町では、町主催の平和祈念祭が七重小学校で行われ、戦没者の遺族ら約百人が参列した。六日に行われた広島市の平和記念式典に町平和大使として出席した井内夏菜さんら町内の中学生八人が「過去の悲しみに耐え、憎しみを乗り越えて全人類の共存と繁栄を願う」と、平和への誓いを発表した。
道内と樺太(サハリン)関係の戦没者約六万三千人をまつる旭川市の北海道護国神社では「終戦記念献灯みたま祭」が開かれ、遺族らは小雨の中、灯籠(とうろう)八百数十個が並ぶ境内を進み、本殿で玉ぐしをささげた。
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今日は、63回目の終戦記念日でした。
全国各地で、「二度と戦争はしてはならぬ」という気持ちをこめて、さまざまな行事が営まれました。
北海道でも小樽商科大学で、戦没者を慰霊する営みが執り行われました。小樽商大といえば、今ブームを巻き起こしている小林多喜二さんが青年時代に学んだ大学です。
多喜二を訪ねて、また所用で何度か足を踏み入れましたが、部外者の私にとって、大学へ通じる「地獄坂」も含めてなんとなく「多喜二の匂い」を感じることができるところでした。
多喜二といえば、小説「蟹工船」で、現在の過酷な労働条件に苦しむ若者を中心にベストセラーとなっている日本プロレタリア文学の代表作です。
しかし、多喜二の「凄さ」は、当時の日本政府と軍部が引き起こした侵略戦争に、文字通り命をかけて反対を貫いたことではないでしょうか。
彼の小説のひとつ、ひとつに、当時の「労働者をいじめる?企業経営者」の告発と同時に、侵略戦争を遂行しょうとする、軍部とそれにつながる「特高警察」や権力との非妥協的な戦いがリアルにまた文学的に書かれているのです。
終戦=敗戦記念日の今日、多くに人々が多喜二を思い浮かべているに違いありません。
一方、今夜もNHKスペシャルで放送される「戦場の証言」は、観るもの、聴くものにとって、戦争の非人間性、人間破壊を告発し、平和の尊さを訴えています。
そうした、証言や小説などを駆使しながら、戦後世代の私たちも先達の「体験」を単純化せず、できるだけ正確に後世に伝えてゆく義務があるような気がしてなりません。
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