遺族14人、夢つづる 日航機墜落、22冊目の文集

2008813日 朝日新聞)

 日航ジャンボ機の墜落事故から23年。遺族たちの手記をまとめた文集「茜雲(あかねぐも)」が12日、群馬県上野村の御巣鷹の尾根にある「昇魂之碑」に届けられた。22冊目となる茜雲のテーマ「夢」に寄せて、14人があらためて鎮魂の思いをつづった。

  「初めて見る機体の残骸(ざんがい)であった。大きな尾翼・ぼろぼろになった隔壁・ぐにゃっと曲がった座席には誰が座っていたのか」  元中学校長の栗原哲さん(85)=栃木県大田原市=は、日本航空が06年に東京・羽田に開設した「安全啓発センター」を見学した際の驚きを記した。大阪大講師だった長男嵩志(たかし)さん(当時33)の一家3人の命を奪った事故機のあまりの壊れように声を失った。

  栗原さんの自宅には、孫の祥(さち)ちゃん(当時1)がはいていた赤いサンダルや、嵩志さんが愛用したランニングシューズなどがある。23年たった今も2人のぬくもりが感じられるこうした遺品と、原形をとどめない機体が頭の中で結びつかない。なぜ、子や孫は命を絶たれてしまったのか。

  「事実はそこにあるが、それを解明することのできないもどかしさ……」  嵩志さんたちが帰ってくるという、かなわぬ夢を胸に栗原さんは思う。航空機事故の再発防止という願いはなぜ届かないのかと。

  「主人が亡くなってから毎日毎日を生きていくだけで精いっぱいで、目標や夢などは、私には関係のないぜいたくなもののように思っていました。事故後23年を迎え、やっと私の夢は? と考えられる時が来たのかも知れません」  谷口真知子さん(60)=大阪府箕面市=一家には今年、慶事が相次いだ。長男の篤志さん(36)、次男の誠さん(32)が5月と7月に結婚した。

  「まち子 子供よろしく」  操縦不能に陥った日航123便の機内で、夫の正勝さん(当時40)は、座席に備え付けられた紙袋に鉛筆で「遺言」を走り書きした。

  2人の結婚を何よりも正勝さんが喜んでいるだろうと、安堵(あんど)の胸をなでおろす。  事故後3年は涙にくれたが、隣人や知人がさりげなく手をさしのべてくれた。ネクタイの結び方を息子に教えてくれたり、息子を受験会場へ朝早く車で送ってくれたり。頼もしくなった息子たちに助けられることも多くなった。

  「パパ、本当に会いたいけれど、私もやっと一安心した所なので、もう少し会うのは後にしましょうか? 私がパパの所に行くまで、私や子供たちを見守って下さいね」(菅野雄介) ===============================

日航機墜落事故がおきてから23年目の夏を迎えました。

『医療事故』を克服する上でも参考にする航空機事故です。

また、我が国の航空機史上絶対に風化させてはならない『事故』です。

事故の再発防止につながる『事故原因』を一日も早く、全面的に明らかにする努力が日本航空はもとより行政当局にも求めらています。 

それにしても、事故当時の乗客の方々が記した「手書きの言葉」、残された遺族の方々からの「手記」は、何度読んでも自分の胸に深く染み入ってくりる内容ばかりです。

今年も、文集「茜雲(あかねぐも)」をゆっくり読んでみたいと思っています。

そして、航空機事故、人の命、突然の死、そして、家族などについて学ばさせてもらおうと思います。

そういえば、横山秀夫作の「クライマーズ ハイ」も日航機墜落事故に関連した内容の秀作でした。   

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