昨夜放送されたNHKスペシャル“追跡・秋葉原通り魔事件”は、あの通り魔・無差別殺傷事件を現時点での「中間総括」として、秀作の放映内容でした。
こうした事件を考えるに当たり、事件を犯した加藤智大容疑者の責任は全く許されないものであり、厳正な対処の必要なことは当然なことであります。
しかし、NHKのみならず様々なメディアへ寄せられているメールでは、「加藤智大容疑者の行為自体は許されないものの、そこに至った境遇や社会的な背景には共感する」という内容が多くあることを示していました。
キーワードとしてあげられている「家族の崩壊」「“派遣労働“の不安」「社会からの孤立」のほかに、「どこからも認められない自分」を感じて、その裏返しとして「自暴的自分を認めさせる」ために、あのような無差別殺傷事件を起こしたのかもしれません。
こうした複合的原因のひとつとしての「競争社会」の進行も問題にしなければなりません。
「受験競争」のなかを走らされ、その中での「挫折」のあとの待っていたのは、非正規雇用や派遣労働が闊歩する、激烈な競争社会・「使い捨て社会」であったことは、加藤容疑者の同僚が証言してたところです。
また、同様の事を被害ま者のお父様からも語られていました。
そして、容疑者の同僚の方が「もう少し加藤さんの相談に乗っていれば防げたかもしれない・・・」とつぶやいていたことも印象に残る場面でした。
重層的競争社会は、一部の「勝ち組」と大量の「負け組」を社会に作り出しています。こうした中で、多くの若者を希望のない、絶望のみちへと追い立てている気がしてなりません。
こうした殺傷事件のひとつの社会的要因としてある、日本の「労働環境」を根本から変革しなければ、第2、第3の「加藤容疑者」が出現しない保障はどこにもありません。
しかし、政府・行政の側からは、「社会・行政的反省」なることは、全く発せられていないのではないでしょうか。
現在の「暴走する資本主義」「新自由主義的市場経済万能主義」による、日本社会の崩壊に歯止めをかけなければ、取り返しのない事になりはしないかと心配がつのります。
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