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JR宝塚線事故遺族らも 「御巣鷹の尾根」への慰霊登山

2007年08月13日朝日新聞) 520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故から22年を迎えた12日、墜落現場の「御巣鷹の尾根」(群馬県上野村)への慰霊登山に、遺族同士のきずなを深めるため今回初めて、JR宝塚線脱線事故と明石歩道橋事故で子どもを失った遺族4人が参加した。亡き人への思いを胸に山道を一歩一歩踏みしめた。

 参加したのは、107人が死亡した05年4月のJR宝塚線脱線事故で長女の中村道子さん(当時40)を亡くした藤崎光子さん(67)=大阪市城東区=と、長男の孝広さん(当時34)を亡くした石橋位子(たかこ)さん(62)=大阪府阪南市。11人が犠牲となった01年7月の明石歩道橋事故の遺族、下村誠治さん(49)=神戸市垂水区=と三木清さん(38)=兵庫県姫路市。

 両事故の遺族は、日航機事故の遺族でつくる「8・12連絡会」事務局長の美谷島邦子さん(60)と、重大事故の再発防止について話し合うシンポジウムなどを通じ交流を深めてきた。今回、「安全を祈る人の『聖地』で、事故防止の声を大きくするため遺族同士交流しよう」と、前日に「御巣鷹の尾根」のふもとを流れる神流(かんな)川であった灯籠(とうろう)流しと、慰霊登山への参加を決めた。

 JR事故の遺族らでつくる「4・25ネットワーク」の世話人として、メンバー向けの会報を毎月発行している藤崎さんは、最近体調が優れず何をするにもおっくうになった時、道子さんの励ます声が聞こえる気がするようになった。慰霊登山も、「私が行けたら行っていたのに」と言われた気がして、狭心症の持病を押して参加を決めた。

 山登りが好きな石橋さんは、孝広さんが小学生だったころから一緒に自宅から車で1時間ほどの所にある金剛山に登っていた。今回の登山には、孝広さんにプレゼントされたリュックに遺影とお供えの千羽鶴を入れて一緒に上った。

 藤崎さんは「山に登り多くの墓標を目にして、JR事故の現場で感じるのと同じように胸を締め付けられる思いをした。改めて安全の大切さを感じ、事故を風化させてはならないという気持ちを強くした」と話した。
 あの、痛ましい日航ジャンボ機墜落事故から22年が経ちました。おびただしい犠牲者のかた方とご家族の皆様の心痛は心に余るものがあります。

にもかかわらず、その後も「公共の安全性」をないがしろにされることが何度もありました。 
05年4月のJR宝塚線脱線事故や01年7月の明石歩道橋事故などは、私達の記憶にも新しいことです。 

後手に回る国の安全対策や、利潤と効率優先の企業経営は、市民の生活の中に未曾有の危機を創り出すことを肝に銘じるべきではないでしうか。

 また、それらの尊い教訓は、私達の医療事故防止にも役立たされています。  
ごく最近では、中越沖地震を契機に「原子力発電所」の安全性の不備が露呈しました。
 柏崎刈羽原発の安全性軽視は、全国に展開する「原発」に大なり小なりの共通性があると思います。 

「御巣鷹の尾根」は、それらの事故も含めて、「公共の安全性」と「重大事故防止」を国民の中に啓発し続けており、これからも大切にしてゆきたいものです。

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