6月19日、朝日新聞の文化欄に書かれている「定義集」で大江健三郎さんが「アマチュア知識人の大切さ」について述べています。
正確を期すために、少し長くなりますがそのまま引用いたします。
「ロシア・ポーランド文学の研究で世界的な友人から東大教養学部の学生の、文学部へ進学する数がじり貧なので、どのような志望を抱いてフランス文学科に入ったか話してもらいたい、と依頼がありました。
私は、高校2年で読んだ本の著者の教室へ行こう、と希望しただけなので、強いて言えば「知識人になるたに」めだった、という講演をしたのです。(記録は『すばる』8月号)、先生や友人の話に熱中して、寄せられた質問に答える時間をなくしました。
遅ればせながら、その幾つかに答えます。
1,あなたは、老年ですがどんな年金をうけていますか? と言う時事的なトピックのものから。
同業者に文化功労者や芸術院会員の、また同級生に大学教授を勤め上げて、年金を受けている人はいますが、私はありません。
長男の「心身障害者扶養年金」へ240回払い込みましたが、石原都政が制度を廃止したので私らの死後彼にも年金はあたりません。
2,大学の理学部他での専門研究を発展させて、その成果をあげ、政府・企業に『取り込まれる』立場にもなった専門家たちに、あなたは冷淡な様でしたが、この国に(世界にさえ)経済的発展をもたらしたのは、彼らではありませんか?
そういう人たちにも、また自立して陽の当たらぬ場所で力をつくしていられる専門家たちにも、私は、敬意を持っています。
国や大学が専門家の要請に資金を投ずるのにも賛成です。
私が強調したのは、エドワード・サイードの意見ですが、最先端から地道なものまで、専門の研究と日々の実績を重ねた後、社会の現状と進み行きに憂慮する者として、それぞれの専門から踏み出して協働する人たち(アマチュアとしての知識人)の大切さです。
かれらは実力と勇気をそなえた批判者で、時に政府・企業とも対立します。
私は、原爆被害者の医療に長年従事され、欧米でもよく知られている、核廃絶の理論家の老医師の方に、憲法「九条の会」の集まりで偶然お会いした感銘を忘れません。
・・・・・・・(中略)・・・・・・・
教育基本法が改訂された時、この勢いに乗って、政府・企業に「取り込まれる」タイプの専門家たちが(かならずしも教育の専門家でなくとも)強い声を発し始めるはず、と思いました。
そこで私は子供のための薄い本の一冊に、教育のアマチュアであることを自覚した上での、批判的な呼びかけを書き込もうと思っています。」
これと同じような事が、2年前の日本整形外科学会総会の記念講演でお話された、大江さんの言葉の中にありました。
出席された多くの整形外科の諸先生に、「自分の専門以外に、つまり医学・医療と言う専門分野以外でも、社会参加すべきではありませんか?」と語ってくれました。
恥ずかしくも、初めて直接、聴いた大江さんの講演と言う気持の高揚もあり、私の胸に深く刻まれた言葉でした。
「本当の知識人とは何か。それは、アマチュアになって社会参加することである」と・・・・
そうしたアマチュアになることのできる自信は、今の自分にはありませんが、少しでもそれに近づくことができるように努力したいと思っています。
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いい言葉だと思います。
僕も少しでもそれに近づくことができるように努力したいと思います。
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