憲法問題を考える時、特に「憲法九条」に関して、戦力として従来の「自衛隊」か、それとも「自衛軍」かについて議論されます。
「改憲」と「自衛軍」を支持する人々は、「自衛隊はすでに立派な軍隊であるから、それに合わせてはっきりと「自衛軍」したほうが良い」と主張しています。
しかし、こうした論理には、大きなまやかしがあります。
1) そもそも「立派な軍隊」にしたこと事態が、戦力不保持を宣言している憲法自体に抵触しているのです。憲法違違反の現状をどうして追認しなければならないのでしょうか。憲法をズタズタに破っている現状こそ正さなければならないのです。
2) 「自衛隊」から「自衛軍」への変更は、単に「隊」から「軍」への言葉の変更ではありません。「防衛庁」から「防衛省」への変更・昇格で、防衛省が獲得したものは、独自の予算要求件のみならず、専守防衛から海外活動がその主要任務になったことでも理解できます。
3) 「自衛軍」となれば、文民統制の色合いが徐々に薄まり、独自の判断で軍事力と言う強制力を働かせる事ができるようになります。
4) 「軍」には、必ず独自の「軍事裁判所」が設置され、軍隊としての規律を確立しょうとします。現在の裁判制度とは別の法体系が設置されます。軍事は、最高機密を伴いますので、時には、軍事法体系が、国の最高法規にされる事が充分予想されます。
5) 「自衛軍」は、海外活動を主要任務とする「防衛省」の方針で、その活動場面を「海外の紛争地」となります。(ほとんどがアメリカの支援部隊として)
6) 仮に、イラクのような紛争地でアメリカと一緒に活動すると、現在もアメリカ兵士が死亡するように、日本の「兵士」にも犠牲が伴います。
7) さて、そうした、海外の紛争地に「死を覚悟」してゆく「自衛軍」に、現在、多くの若者が志願するとは思いません。(志願するように、「教育基本法」改定などで国家に尽くす人づくりが進められていますが・・・。)
8) 志願兵が少なくては、「自衛軍」が成立しないので、ついに「徴兵制」の導入は実行される可能性が出てきます。
9) また、これらを成り立たせるために、膨大な「軍事予算」が組まれてきます。そうすれば、この借金だらけの日本では、「軍事費」捻出のために医療・福祉予算や教育予算などの削減と消費税を含めた増税が、国民生活を直撃してくるのです。
このように「防衛軍」への変更は、言葉を変えるといった、表面的なものでなく、上記した、深刻な問題が内包していることを熟知する事が重要ではないでしょうか。
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コメント一覧
小学生の時、憲法9条を暗唱させられた世代としては改憲となると小学校の校歌を変更されるような寂しい気持ちになるんです。改憲、護憲両方の意見を聞いて自分なりの考えを持ちたいと思います。
お恥ずかしいですが、どちらとも私は言えない立場です。
憲法とは、国民が政府に対して基本的人権を保障する事、その為に政府にやってはいけない事を取り決めたものです。
国の最高法規であり、重要な意味を持つものです。
その憲法に「自衛軍」を持つと明記することは、国民が「常に軍隊を必要としている」という意味です。その為には全ての国民は「自衛軍」を「維持」しなければなりません。
志願兵のみの軍隊では「維持」が困難になります。
徴兵は必須の道です。
「自衛隊」が「自衛軍」という名前に変わるだけと言う人は、その辺が理解できていないようです。
兵隊になるのは、私達や私達の子孫です。
憲法を変えさせてはいけません。
私もそうですが、護憲、改憲ともに誠実に向き合いたいと思っています。
ただ、今の改憲論は、「自主憲法」と言いながら、「ブッシュアメリカ」追随の内容なのが気になります。
現憲法下での「集団自衛権」の研究も、取り敢えずブッシュからの要請が直接的な動機のような気がしています。
どうして、改憲派の人々は、そんなに、外国で戦争したいのでしょうか。
私も全く同感です。
改憲派の人々の本心では、改正憲法の中に「徴兵制」を入れたがっています。
もっと、もっと国民の中での議論が必要ですね。
これからも宜しくお願いします
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