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リハビリ制限/患者の叫びが国に届いた (2007/03/19 神戸新聞)

  昨年、公的保険によるリハビリテーション治療に、疾患ごとに日数制限が設けられた。懸念された通り、十分なリハビリを受けられないまま打ち切られる患者が続出している。患者や医療現場から改善を求める声が上がり、社会問題化していた。

 

このため厚生労働省は、制限日数後も機能維持に医療保険の適用を認めるなどの見直し措置を決めた。中央社会保険医療協議会の諮問を経て、四月から実施する。

 

患者の悲痛な叫びが、やっと国に届いたといえる。だが、緩和策にすぎない面もあり、四月以降も見守る必要がある。

 

国が保険適用のリハビリ日数を疾患別で一律に制限したのは、昨年春の診療報酬改定のときだ。心筋梗(こう)塞(そく)や手足の骨折は百五十日、脳卒中など脳血管疾患は百八十日などとする上限を設けた。ただ、関節リウマチなど五十余の特定疾患については改善が見込まれる場合、除外している。

 

同じ疾患でも回復過程は人それぞれ異なる。目標の日数で機械的に治るものでもない。日数制限は医療費抑制が目的だが、どうみても理不尽な印象は免れない。

 

現に、全国保険医団体連合会が約二百三十の医療機関に行った昨年秋の調査で、脳血管疾患の患者約七千人が回復途上で打ち切りになったことが分かった。厚労省も約二千八百の医療機関を対象に影響検証を実施した。「改善の見込みがある」と診断されたにもかかわらず、日数制限でリハビリをやめた患者の割合は、心筋梗塞や関節炎など特定の疾患で一割を超えた。

 

「リハビリ難民が出ている」との非難の声は、調査結果からも裏付けられたといえる。厚労省が異例の緩和措置を取らざるを得なくなったのも当然である。

 

新たに日数制限を外すのは、心筋梗塞、狭心症など改善の見込みのある患者▽先天性や進行性の神経・筋疾患で、治療が有効と判断された患者-などだ。さらに、日数制限対象でも機能維持に効果があると医師が判断すれば保険適用を認める。

 

ただ、医療費の総額を抑えるため制限日数に近づくと、リハビリ治療の単価を下げる措置も含む。これでは、やはり患者が十分なリハビリを受けられないことにつながらないか。医療費削減を優先した性急な施策ばかりでいいのか、疑問が残る。

 

適切な時期にリハビリ治療を行うことで患者は回復する。結果的に医療費も節約できるという観点に立つ必要がある。「治るものも治らない」リハビリ制限は避けねばならない。患者本位のリハビリ治療とは何か。しっかり見定めるべきだ。

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厚労省は、あくまでも「医療費削減」にこだわっています。

彼らは、「維持期リハビリ」をいずれは、介護保険で給付することを考えていますが、リハビリは、そもそも介護ではなく医療の範囲でなないでしょうか。

そうであるからこそ、維持期も医療保険でみるべきであります。

さらに、日数制限の見直しと逢わせて「逓減制」の導入がもりこまれ、3月14日に公表されました。

これは、医療機関にとって大幅な収入減になる可能性があり、医療機関の経営困難に拍車をかけ、患者さんには十分なリハビリが確保されないことが予想されます。

医療費削減」をうち破らねば・・・です。 

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靖国合祀、旧厚生省が積極関与…国会図書館が資料公開

 靖国神社への戦没者合祀(ごうし)を巡り、当時の厚生省が合祀対象者の決定に、積極的に関与していたことが、28日、国立国会図書館が公表した「新編 靖国神社問題資料集」で明らかになった。
同省は戦犯などの合祀について、神社側と頻繁に協議を重ね、見解を述べていた。同省が合祀対象者の決定に果たした役割がわかる資料は初めて。
 A級戦犯が合祀された9年前の1969年に、同省が神社側の合祀の意向を把握していたことを示す資料もあった。
研究者は「国と神社側が協力しながら合祀者を決めたことが分かる貴重な資料」と話している。
 同図書館では、靖国神社参拝問題に関連し、調査や資料提供の依頼が増えたため、昨年から関連資料の収集を行っていた。資料集には、靖国神社が所蔵する非公開資料や、厚生省と神社側との協議内容など、計808資料、約1200ページにわたり収録されている。
 資料によると、1956年、当時の厚生省が、戦没者の靖国神社合祀について、「3年間で完了するよう協力する」という要綱案を作成。同年以降、同省と神社の協議が断続的に開かれ、合祀基準を詳しく決めていった。
協議は神社の社務所に、厚生省側が出向いて行われた。
 58年4月の第4回会合では、同省側が「戦犯者はB級以下で個別審議して、差し支えない程度で、しかも目立たないように入れてはいかが」と提案。
同年9月の第7回会合でも同省側が、戦犯について「要するに職務上犠牲になった者あるいは事実に反した訴因によるもの」とし、「(だれが合祀に)不適格という事は出来ない」と合祀に積極的な姿勢を見せ、「まず外地刑死者(BC級戦犯)を目立たない範囲で(合祀することで)了承して欲しい」と、具体的に提案していた。
 また、A級戦犯の合祀を巡り、靖国神社が69年1月、同省と会合した内容の資料があることが分かった。神社側が作成した資料には「A級(12名)」が「合祀可」と記載され、「総代会の意向もあるので合祀決定とするが外部発表は避ける」と別記がある。
実際に合祀されたのは78年10月で、同省がその9年前に、神社側の合祀の意向を把握していたことが明らかになった。
 旧厚生省が66年2月、靖国神社に対し「合祀を保留されていた戦犯関係死没者」として、A級戦犯を含む名票を靖国神社に送ったことはこれまで判明していたが、その後実際にA級戦犯が合祀されるまでの間、どのような経緯があったかは分かっていなかった。
 厚生労働省社会・援護局では「66年に名票を出した後に、事務処理のための打ち合わせがあったのかもしれないが、旧厚生省の記録は残っておらず、確認できない」としている。
200732930  読売新聞)
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また、戦中・戦後の歴史のひとつが明るみに出てきました。

終戦で一度は、清算されたはずの国家神道であったのもとにあった「靖国神社」が、戦後も国民の知らないところで脈々と生きていたのです。

今日の「靖国問題」は、ここにも大きな要因があります。

ここまで明らかになったのですから、いよいよ「政教分離」の原則にのっとって「靖国参拝」にも、公式にけじめをつけるべきです。

高橋哲哉東大教授のコメントを聴きたいのですが・・・・。

 

 

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