「日米両国の認識の一致のもとに・・・」と言うフレーズをよく耳にします。
これは、日本の政府高官が、外交政策を説明するとき、特に、日本がアメリカの外交方針に従おうとする時に使われてきました。
「果たして、二つの国どうしの認識がいつも一致していていいものでしょうか?」と言う疑問がついて廻ります。
外交政策上、個々の方針についてそれぞれの国の利益に基づいて合意する事があるのは当然です。
しかし、今日の日米外交のようにどの場面でも、どの課題でも「認識の一致」が出てきては、日本も独自性が不明確になってしまいます。
イラク戦争への「盲目的支持」の表明に始まり、陸自の派兵、そして今は、空自の派遣が続けられ、さらなる延長も予定される始末です。
アメリカ自身が「イラク戦争の誤り」を言い出しているにもかかわらず、日本自身は、依然として「イラク戦争正当論」の立場に立っているのです。
それだけでなく、アメリカのグローバリゼイションへの追随は、日本国内に陰を落としています。
郵政民営化も巨額の郵便貯金を民間、アメリカに開放するのが、本来の目的ではなかったのではないでしょうか。
私たちが直接関係する、医療・福祉の分野でも、「株式会社の参入」や「混合診療の容認」、高価な医療機器や医療材料の日本での販売などがアメリカ企業の利益のために行われています。
アメリカの農産物や牛肉もしかりです。
これらは、日本の大企業のアメリカ進出の条件つくりとしての取引材料なのかもしれません。
しかし、日米の本当の友好は、「認識の一致」といってアメリカの政策に従属するのでなく、しっかりと日本国民のための「外交政策」を主張する事ではないでしょうか。
そうしなければ、世界中から、日本と日本外交は、相手にされなくなるでしょう。そして、いつかはそのアメリカからもです。
米中外交の「進展」はそれを物語るものではないでしょうか。
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