本年、10月下旬から、このブログサイトに参加させていただき、ありがとうございました。
いつも『ちょっと固めの内容』でお詫び半分の気持です。
さて、いろいろな事がめぐりめぐった1年でした。
医療の歩みは、「国の責任放棄」とまで言えるまでになりました。
そこに現れている矛盾を医療機関とそこに働く医療従事者の犠牲の上に成り立っている事がますます明らかになりました。
また、医療制度の改悪で患者さんへの負担は一層酷いものになっています。
社会の中で、「格差・貧困社会」の進行、いじめ問題の顕在化が社会の矛盾の否定的な断面として私たちの前に出てきました。
そして、「改定教育基本法」や「防衛省」法の実現は、安倍内閣が「実現を公言」している「憲法改正」の実質化の先取りでありました。
発足3ヶ月でほころび続きの安倍内閣には、国の進路を左右する「憲法改正」を論じる資格の無さを感じます。
どうか、来年は「医療と社会」が少しでもよくなりますように・・・・・
来る年も、先生方からの御指摘、御教示を宜しくお願い申し上げます。
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近頃の社会状況を表すキーワードとして「OO格差」が汎用されています。「医療格差」をはじめ、「教育格差」「労働格差」「賃金格差」「生活格差」「地域格差」そして「希望格差」などです。
確かに状況を的確に表現するのには適切な言葉ではあります。しかし、「OO格差」は、本当に事の実態を反映しているのかと疑問を感じることがあります。
「格差」はいくつかを比較してそれぞれ違いに上下、貧富、量・質の「差」をもうけて区別するものです。本来、「下流に属していると言われる人」「経済的に貧しい人」「高等な教育を受けることが出来ない人」などその人がおかれている否定的な状況を表すのに用いられています。
しかし、「格差」の上流で富を所有し、社会文化的恩恵に浴している人(一部権力者)からは、『この世に格差があるのは、当たり前じゃないですか、何が悪いのですか』と言い放たれます。
これは、「格差」の是認を主張しながら、実は、格差の対極にいる「下流の貧しい」人の状況や存在に目を閉じてしまうことになります。いや、その存在を意識的に無視し、切り捨てることを目的にしているのかも知れません。
私は、そうした曖昧さを持ち、実態を正確に反映されない、そして、「富んでいる」側に無視ないし「居直る」余地を与える「OO格差」という言葉だけでは、不十分であると感じています。
従って、「格差のある社会」をもっと正確に、それを少しでも解決する立場から「貧困」の問題を「格差」と一緒に提起して行くべきものと考えています。
例えば、「医療格差」を例にとると、医療を受ける側の「貧困」が最も問題となります。「貧困」が国民保険料を払えず、医療機関に受診できない、「病人が患者になれない」事の最大の原因になっているのです。これは、「格差」という「客観的」な事実よりも「貧困」という「主体的」な事実の方が状況を正確に伝えることが出来るのではないでしょうか。
また、つけたしですが、「働く貧しいもの」を「ワーキング プア」として表現するのは間違いではないと思います。しかし、横文字=英語に置き換えることにより「いくら働いても豊かになれない」層の実態、場合によれば悲惨な実態を何かしらオブラートに包まれてしまう感じがしてなりません。
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厚労省は28日、75才以上の外来医療について、「定額制」を導入する方針を固めました。この外来「定額制」は、単に、75歳以上という局所的な制度にとどまらず、国民医療全体にとって大変重要な意味を持っています。10月19日のこのBLOGにも多少触れておきました。http://blog.m3.com/northcosmos/20061019/75_/trackback
1)これまでの「定額制医療」は主に入院医療で少しずつ導入されてきました。「療養病棟」や「回復期リハビリ病棟」「老人保健施設」[在宅医療の一部」などでは「定額制医療」が施行され、病状が悪化すると「一般病棟」へ転棟するか、転棟せずに赤字覚悟の「持ち出し医療」で過ごすことは少なくありません。また、日本型DRGと言われるDPCも急性期医療における「定額制医療」の亜型として急性期病院を中心に拡がりを見せています。
そして、今度は外来医療にこの「定額制」を持ち込もうとしているのです。今回は、75歳以上となっていますが、まもなく外来医療全体に拡げられることは明らかです。そうなると、日本の医療のかなりの部分が「定額制」におかれることになってしまいます。
これは、日本の医療が「出来高払い」から「定額制」へ移行される重要な転換点になります。
2)今回の方式では、患者さんは特定の慢性疾患の医療機関をあらかじめ選ぶ必要があると言うことです。患者さんは、選んだ医療機関に一定期間通い続ける事が求められるのです。これでは、日本の医療保険の優れた特徴である「いつでも、どこでも」の「医療機関へのフリーアクセス」が制限されてきます。この面でも、「国民皆保険制度」の崩壊の第一歩が踏み出されるのです。
3)さて、「定額制」をはみ出ざるを得ない診療はどうなるのでしょうか。それは「自己負担」・「自由診療」か赤字覚悟の病院負担となります。と、すると・・・次に出てくるのは、多くの先生が反対している「混合診療」が待っているのです。そして、「自由診療」部分には、「民間保険」が顔を出してきます。ここからも「国民皆保険制度」の破壊がはじめられる事になります。
4)こうして、「定額制」と「自由診療」を組み合わせて、患者負担を含む「国民医療費」は伸びても、国庫だけが負担する「医療給付費」は削減する方向に持ってゆこうとしているのです。
一度、「定額制」が持ち込まれるとその「定額」を操作する事により国の「医療給付費」の減額は思いのままではありませんか。
その結果、真面目に医療を進める医療機関の経営は厳しさを増し、この面からも倒産を含む「病院崩壊」が加速されてくるのではないでしょうか。これはつまり、「地域医療の崩壊」へと進み、強いては「地域の崩壊」を来すのです。
5)一方、「自由診療」・「混合診療」の公認は、国民の中に「医療格差」を持ち込む以外の何者でもありません。お金のないものは「良い医療」を受けるなと言うことに繋がります。
以上のような、日本の医療の根本的な問題に繋がる、今回の「75才以上、外来定額医療」の導入であります。また、その根本は国の「医療費削減政策」にあることはじめいのことです。年明け早々、多くの人々がこの課題に声を上げてほしいものです。
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「スウェーデンではベビーブム」が沖縄の海先生から紹介されました。http://blog.m3.com/turedure 少子高齢化の社会の中で生活する昨今では羨ましい限りです。日本における「ベビーブム」は現時点で望むべきもありませんが、「決してあきらめない」事を自分に言い聞かせつつ、健やかにみ育てる事を阻んでいるものを考えてみました。 1)スウェーデンからの報告でも分かるように、子供を安心して育てることの出来る環境と社会保障制度の充実が大前提のようです。出産前後の医師、助産師の手厚いフォローから、十分な保育園、両親への産休と育児休暇の保障などが大切です。 2)また、何人かの子供を産み、育てる事の出来る経済的な保障が両親にあるのかどうか。今日の非正規雇用が増加する中で、若者の生活と将来への不安も高まっています。そんな不安定な生活の中で、子供を育てる事へのモチベーションは上がってこないのではないでしょうか。 3)それどころか、結婚そのものの成立、つまり家庭を創り出すこと自体が困難にされているのが現状です。年収200万円までも到達しない若者も多く、また「ワーキングプア」が再生産されつつある今日では、婚姻の成立自体が減少してくるかも知れません。 4)しかし、一方で結婚と出産が直接結びつかなくても良いのがスウェーデンの社会的合意です。日本でもいずれそれに似た文化が拡がってくるかも知れません。今からそうした事に備えを創ることも重要ではないでしょうか。 5)子供を送り出す先の「学校崩壊」「いじめ問題」も深刻です。学校教育の建て直しが急務ですが、どうか、官僚的な押しつけ改革だけは避けてほしいものです。特に、「改正教育基本法」の具体的な実施には注意が必要です。家族が安心して送り出す事の出来る学校を創りたいです、もちろん私たちも協力してです。 6)そして、子供達を「学校教育」だけでなく、地域ぐるみで育てて行く事を実践したいものです。「地域の中で子供の騒ぎ声が聞きたい」これが私のささやかな希望です。これからのスキーシーズンで、スキー場で子供の歓声を聞くと胸がワクワクしてしてくるのです。 7)大人は、長時間労働から解放され、家庭に関与できる生活を保障することです。いま、問題となっている「ホワイトカラーエグゼンプション」等は、全く逆行する経営者側の「利益追求だけの論理」です。これが導入されると、家庭に帰る時間が減少するどころか過労死に結びついてしまいます。 8)私たちの医療現場では、産科・小児科医療の崩壊が始まっています。医師・看護師・助産師の絶対的な不足と「医療費削減政策」のなかでその崩壊が加速されそうです。医師の偏在の是正等という姑息な手段でなく、医師そのものを増加させる事を実現させるべきです。また、診療報酬上もさらに手厚い政策が必要ではないでしょうか。産科・小児科医療をもっともっと充実させなければなりません。 以上、我が国にも「ベビーブーム」が到来することを夢みて思いつくままに綴ってみました。先生方のご指摘を宜しくお願いします。
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厚労省の労働政策審議会の労働条件分科会で「ホワイトカラーエグゼプション」の導入が最終報告案にもりこまれました。
医療の民営化で私達になじみの深い「規制改革・民間開放推進会議」がかねてから主張していたものです。
多くの方から指摘されているように、残業時間なしの24時間労働の強要です。これが一度導入されると労働環境はどのようになるのでしょうか。
1)最初は、年収800万円程度をめどに導入を考えていますが、それをさらに進めてすべての労働者に拡げてゆくのは明らかです。これは、消費税の導入と似ています。最初、まずは「小さなホワイト・・・」を出生させ徐々に大きく育てようとするのは経営側の狙うところです。
2)長時間・過密労働はより加速されてきます。特に、私たちの医療現場では、働くものの健康と同時に患者さんの生命に関わる事態になります。安全で、質の高い医療が求められている今日の医療のあり方には逆行するものではないでしょうか。
3)もちろん、過労死や過労自殺の増加は、加速されてくることでしょう。そして、過労死の基準となる「残業時間」「1ヶ月の労働時間」「連続労働時間」などという、労働者を過労死から守るそうした概念がなくなるのかも知れません。
4)何が働きすぎで、どこくらい休むべきなのかその概念やボーダーラインが消えてしまうのです。
5)賃金も成果主義・年俸制が主流となる事が予想されます。チーム医療の中での成果主義のもたらす弊害はいくつかの否定的なリポートが報告されています。
6)こうして、実質的な「賃下げ」に「成功」した大企業は、人件費の抑制の恩恵に浴してさらに世界進出を果たそうとしてるのかも知れません。
そこで、「ホワイトカラーエグゼプション」がすでに導入されている英国では、一般の労働者、特に病院で働く人たちがどのような実態になっているのか・・・tarogo先生http://blog.m3.com/Dotherightthingにリポートしていただければ嬉しいのですが・・・。
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本日夕方、佐田行革相が辞職届けを出してし安倍首相もそれを了承しました。
自らの政治資金収支報告書の虚偽記載問題に責任を取る形になりました。
しかし、まだまだ問題がありました。
1)佐田氏の記者会見で「・・・国民に誤解と不信を招いた・・・」と語りました。ちょっと待ってください、国民からすると「不信」がいっぱいですが、「誤解」なんてしていません。佐田氏も手を染めている「金権政治」の本質をかなりしっかりと理解しているのではないでしょうか。
2)しかし、まだ事務所経費7800万円が何処から集めたものなのか、そして何に使用したのかが明らかになっていません。
3)また、ことの舞台となった「佐田玄一郎政治研究会」にはこの10年間、活動実態がありませんでした(公設第一秘書への共同通信の取材)。にもかかわらず、政治資金収支報告書には2億1300万円の政治活動経費が収支報告書に記載されていたとの事です。活動実態がなかったのですから、この大金も虚偽である疑いが出てきました。
こうした中での佐田大臣の辞任ですが、他の大臣、議員を含めて徹底的なな調査と誠実な公表が必要です。疑惑の曖昧化は許されません。
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発足3ヶ月を迎えた安倍内閣で、今度は佐田玄一郎行革担当大臣の政治資金疑惑が発覚しました。
「『非核三原則』議論容認発言」に始まり、「やらせタウンミーティング」や「造反議員復党問題」、「本間官舎入居スキャンダル」そして今度は、現役閣僚の政治資金疑惑です。
これは、「疑惑」と言うより確信的な犯罪です、しかも10年の長きにわたって7800万円もの使途不明金を何かに使っていたものです。
まず、佐田大臣がその出所と使い道を調査し国民の前に明らかにすべきです。そして、その疑惑が事実であれば即刻辞任すべきものであります。
内閣発足以来、国民に充分な議論も保障せず「やらせTM」で「国民合意」と偽って「教育基本法」をとおし、偽装民主主義の安倍内閣とまで指摘されました。
「本間問題」では小泉・安倍チームの倫理的欠陥を露呈しました。
今度は、現職閣僚のスキャンダル・犯罪です。
安倍総理は「佐田氏自身が調査して国民に説明してほしい」などと客観的に当たり前のことだけをコメントしないでほしいです。
リーダーを自認するのであれば首相自らの判断で佐田大臣に引導を渡すべきであります。そして、自らの任命責任も明確にすべきであります。ただ、減俸等という姑息な手段だけは避けてほしいものです、国民の笑いものになるだけですから。
一方、他の閣僚・議員における同様の疑惑の有無を徹底調査すべきと思います。
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アメリカに対して日本の持つ「強み」とは?
第1に、敗戦をきっかけに日本がとってきた内外政策が、基本的に「平和憲法」に基づいて行われてきたことでしょう。
その結果、今回のイラク戦争まで自衛隊の海外派兵をせずにきました。と言うことは、他国の人々を戦争で「殺さず」に来ることが出来ました。
これは、世界に向けて、平和を訴えるのに強力な「実績」になります。アメリカは、米国のいう「民主主義国家」=アメリカ従属国家を創るため年中戦争をしているくにです。時には、謀略的な手段で「国家の転覆」まではかってきました。 戦後、アメリカの肝いりで「自衛隊」が発足しましたが、防衛予算=軍事費がアメリカや当時のソ連などと比較して少なく経過してきました。その分、教育費や社会保障費の確保、経済発展の財政的な基礎を創ることが出来ました。それが一時は「エコノミックアニマル」等と揶揄されたこともありましたが。 しかし、日本は不十分ながらも「戦争をしない国」=「平和国家」なのです。これが一番の強みです。
第2に、まがりなりにも「非核三原則」を国是とし、核兵器廃絶の国際的なリーダーになりうる条件を持っています。
それに至るまでの広島、長崎での被爆や第5福竜丸事件という悲惨な歴史の経験を積んできました。
北朝鮮の核保有についてもそれを律する「真の論拠」を持っているのも日本なのです。
安倍内閣のもとでは米国の影響下に外交の中で充分これを発揮出来ていません。今こそ日本の自主的な外交努力が求められています。
日本は「非核世界」実現のリーダーになりうる条件を持っています。
第3に、特に米国と比べて見ると不十分ながらも「差別のない国」つくりを進めてきたことです。
ご存じのように米国はあらゆる面で「差別社会」です。特に、多民族の中での人種差別は解消されそうにありません。また、「経済格差」がもたらす影響は、社会の隅々まで暗い陰をおとしています。失業問題や多数の無保険者の存在、治安の悪化等は今の日本社会ではなかなか想像しづらい事もあります。
「差別のない安心・安全な国」には、国を発展させる「真の活力」がでてくるのはないでしょうか。
第4に、日本が「アジアの一員」であると言うことです。中国やインドそして東南アジア諸国の急速な発展は、21世紀における「アジアの時代」を予想させるものです。
そのなかでの日本の位置づけは、「非核・平和外交の旗手」として、また、経済的技術的援助国として貢献することではないでしょうか。
そのためにも、20世紀に行った「侵略戦争」への反省を、内外に、持続的に発信し続けることが必要です。
以上が、私の考える「日本の強み」を簡単に述べてみました。まだまだ不十分さがありますが、ご指摘があればよろしく御教示くださいませ。
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「日本がアメリカに対してかかえる最大の弱み」を考えてみました。
まず、第一に、東西冷戦時代から引き続き、「核抑止理論」によりアメリカの「核の傘」を確保したいということです。
核抑止論に基づく核開発や核兵器保有の危険性は、すでに国際的な常識となりつつありますが、依然として核の脅威はなくなりません。現在は、テロ対策として、核兵器の新たな位置づけを模索しています。「劣化ウラン兵器」などはその典型ではないでしょうか。
日米安保条約に基づきアメリカの世界戦略に完全に組み込まれつつある日本は、アメリカとまさに一心同体の関係になってしまいました。「日本の軍事」はもはやアメリカ抜きには成り立たなくなってしまいました。
こうなると今では「アメリカに対する弱み」どころか、積極的にそのパートナーになろうとしているものと思います。
しかし、その内容たるや米軍基地にまみれた沖縄の現実が示すように、大変屈辱的な内容であります。
第二に、日本の経済的世界進出の条件をアメリカにも援助してもらう事です。石油を中心としたエネルギーとその輸送の確保、世界中に展開している日本の海外生産拠点の安全の確保(これらにはアメリカの軍事力も必要)があります。しかし、21世紀となって日本が協調すべきは、中国やインドなどアジア中心に軸足を置くべきですし、エネルギーはロシアも充分視野に入れるべきなのです。
第三に、市場の確保です。特に典型的なのは自動車産業です、来年にはトヨタがGMを抜いて自動車の生産・販売で世界1位となる事が確実視されています。
第四に、こうしたことを進める上でアメリカによる「民主主義国家」作りです。アメリカからして本来であれば多国籍軍の中で直接軍事的な貢献を求めてきましたが、それは憲法の制約下で「平和的非軍事貢献」にとどまらざるを得ませんでした。憲法の下で海外での軍事力行使が禁止されているのは、アメリカに「後ろめたさ的弱み」となっています。
ここから、集団自衛権の発動を可能にする「九条を中心とした憲法改正」が執拗に求められる理由の一つが明らかになります。
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小泉前内閣が登場して以来、政権政党としての自O党は、大きく変容をとげつつあります。
1)権力を握るためには「何でもアリ」です。選挙に勝つためには、「刺客」であろうが、昨日までの反対勢力であろうが、中央権力を握った一部幹部によってどうにでもされてしまいます。郵政選挙での「刺客」、造反組の復党問題、徳田毅氏の自O党への入党問題などさまざまな事が起きています。さらに、本間官舎入居問題までも・・・
2)その根底には、「新自由主義的国家主義」のバックボーンがあるように思えます。アメリカと常に共同歩調をとろうとするため、アメリカからの要求を「必ず実現」する事を至上命題としているのではないでしょうか。ここには日本の自主的な外交姿勢はありません。(イラク戦争への協力姿勢は世界の笑いものになりかねません。)
3)日本の財政の組み方ももとを糾せば「アメリカ国債」購入の為でもあります。それにより、我が国の財政赤字は増え、赤字解消を名目にして医療・社会保障費を削減を迫っているのです。この根底(=アメリカへの従属的な関係)を変えなければ、公共事業費や医療費の削減だけでは赤字の解消にはなりません。
4)小選挙区制、政党助成金などが自O党本部の不当な力を大きくしてしまいました。一小選挙区に一人の候補者、しかも政党助成金を分配してです。自O党公認と選挙資金を得るには、本部の言うことは絶対命令に近くなります。これでは、政党内での政策論議や政党のあり方など、自由に十分な議論が保障されなります。その結果、以前にあった、自O党内の活発な論議や活力が失われてしまいます。中選挙区制の時には自民党候補同士が政策論議の行っていました。
5)その結果、残るのは「新自由主義的国家主義」に基づいた、ブッシュアメリカと一緒に歩む一部幹部のみとなります。まさに、タコが自分の脚を食べ始めている様でもあります。そこで、生きのびた「幹部?」だけで党三役や閣僚を構成しようとするため、人材不足がたたり、理論も気概も品位もない人々を登用せざるを得ないのです。(「刺客」で当選した方がたのその後を見れば明らかです。)
6)このように内部から弱体化してきた自O党を外部から支えているのが公O党ではないでしょうか。小選挙区制の中で公O党の「票」がなければ自O党がこんな大勝利にはなりませんでした。しかし、これも心ある自O党からすると、生死の半分を公O党に握られてしまった現状をよしとはしていません。
7)今国会で「改定教育基本法」や「防衛省」法を成立させ、任期中に「憲法改正」まで実現すると「豪語」するまでに至った安倍首相を中心とした自O党の「品位なき幹部」であります。そうした人々に日本の進路の舵取りを任せるわけには行きません。
2007年を展望するにあたり心に止めておくべき事と思いました。
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