海惺が生まれてもう5日経ちました。日に日に顔が丸くなって可愛らしさも一入で、優々の乳の出もまずまずのようです。
ところで某、爺の名前で生まれようかと思いましたが、何時何処へ生まれたら良いかで悩んでいるところです。
ここは実録、爺の自伝的、ノンフィクション鍵小説風に発展するとしたら、趣向としては面白いのかな~?
・・・・ということで早速で恐れ入りますが、な、なんと某、水杜尤耶(爺)が生まれたのは、金沢の犀川大橋の袂にある雨宝院という寺でありまして、ご存知の方もあろうかと思いますが、室生犀星(金沢が生んだ三大文豪の一人)所縁の寺であります。
犀星は金沢裏千日町で生まれ、7日目に雨宝院住職の室生真乗の養子(正式縁組は7歳)照道として育てられましたが、僧侶の道には入らず文学の道を歩むことになりました。
真乗亡き後、この寺を引き継いだ爺の父、真尚の三男として某、水杜尤耶がこの雨宝院で産声を上げたことになります。(ちょっとややこしくって理解できない方もあろうかと思いますがお許し願います)
時代は太平洋戦争開戦の1週間前でありました。奇しくも犀星が金沢に帰郷して、隣のうどん屋、月見屋の二階に居たころで、なんとも犀星とは縁が深い話と言わなければなりません。
そんなこんなで、真乗と真尚、犀星と海惺、語路が合うということも妙といえば、可笑しな繋がりでなかったかと、爺(後の水杜尤耶)は一人ほくそえんでいるところです。
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
トラックバック
この記事のトラックバック URL
http://blog.m3.com/nh/20060816/2/trackback
コメント
コメントはまだありません。
コメントを書く