我々の病院は、大きな組織で、院長の上に理事会があり、その上に会長が居ます。
この年の秋に、吉田会長の退職送別の会が盛大に催されたのでありますが、私にとっては誠に辛いものがありました。
例によって円座の携帯、今回は歯も痛くて、勿論肛門様も威張っている。
様々な余興も済んだところで、最後に吉田会長がお返しに♪親父の海♪を歌われたのです。
海はよ~、でっかい海はよ~、俺を育てた~、親父のうみだ~。
誠に朗々として、堂々として結構な歌でしたが、病んでいる私には、錯覚でしょうか?
ウミはよ~、~厄介な膿はよ~、俺を泣かせた~、オヤ!痔の膿だ~と聞こえたのは、・・・ちょっと嘘くさいかな~。

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最近の男子の下着はトランクス派が主流で、自分も年を考え、漸くブリーフ派から脱却して間もない時の出来事でした。股間の消毒とガーゼ交換のあと、これをバンソウ膏で止めるとなると、洒落てばかりはいられません。残念ながら元のブリーフ派に復帰せざるを得ません。
密室での作業はなかなか厄介なもので、もっと簡便にならないかと思ったときに、ふと浮かんだのが、密室の戸棚にあるアレであった、
今まで男子禁制の品の一つで、一度も手にしたことの無いシロモノです。
その構造はといえば、固定性、吸収性、肌触りのいずれもこの上なく良好で、まさに要望にぴったりのものでありました。
ある時、その減り方に異常を感じた妻に尋問されて、事情を説明して、漸く拝借を許されることになったのではありますが、「自分の分は自分で買ってきなさいと」と言われたのには参りました。因みに最近の妻はこれを全く使用している気配が無いのである。
ナプキンについた分泌物の観察は、医師の務めということでよくよく観察していると、面白いことを発見したのであります。
時々ナプキンの表面についた消毒薬の茶色の面に、一部白く抜けたようになった部分のあることが判明したのです。
これはどうも、屁の成分が多分、消毒薬のヨード色素を脱色させて、言わば、屁の通り道をネガプリントしたものであります。
面白いことに”ブー”は”ぶー”、”プー”は”ぷー”、スカシは又それなりに見えることで、私は一人、密室での楽しみにしていた訳であります。
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鮎の骨が原因かどうかは兎も角として、様々な痔の薬を試しても、こう門様の痛みは治まらず、毎日の外来診察は勿論、どこへ行くにも、円座は欠かせない物となりました。
円座を忘れた宴会の席などは、オカマスタイルで座らざるを得ません。
洋式なら隣の椅子を失敬して、二つの椅子の間に肛門様を安置して、不審に思う同席者と暫しの痔談義となります。
”酒は禁忌ですよ!”とか”手術をしてしまえ”とか他人は好きなことを言います。
一週間目からは肛門の12時の方向にシコリが伸び始め、腹圧で痛みが強く、Hもままなりません。
自分の親以外は妻にも見せたことのない秘部だけに、簡単に外科へも行けず、我慢に我慢を重ねての3週目、遂にシコリは破裂して、生温かいものが股間を伝わり始めて、これが肛門周囲膿瘍であったことが判明したのであります。
恐ろしいことに、あろうことか我が大事なふぐりの根っこに穴が開いてしまったのです。
医者としては清潔がモットーでありますから、それからの毎日は、排便後は勿論、起床就寝時の消毒、ガーゼ交換という苦労が加わります。
抗生物質も闇雲に使用したのではありますが、穴は閉じたり開いたりを繰り返すだけで、完治しません。
他人には頼めず、自分でバイキンの検査のために、右手に注射器を持ち、左手でふぐりを捧げつつ、膿瘍の穿刺に及んだときの格好たるや、今思うとなんと滑稽な姿であったことか、可笑しくて涙が出てまいります。

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早まらないで下さい。実は-初めに-のつもりで書き出したいところですが、訳があって-終わりに-となったのです。
これは私がある冊子の編集委員をしていた頃、「気になる病の話」というシリーズものを担当していたのですが、冊子の装丁を大きく変更するに当たり、シリーズを閉じることになったのであります。ところが、そそっかしい私は、最後の執筆者を想定していなかったために、最終回を自分で担当せざるをえなくなったのです。
そこで思いついたのが一時期、自分自身が、ある病で難儀をした事を思い出して、その頃の様子をあからさまに綴った次第です。シリーズを閉じるに相応しい話題で、とどのつまりの肛門様の病気であります。
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その年の夏、恒例の海水浴の朝、心地よい排便のあと、突然我が肛門様が痛み出したのであります。
前の晩、鮎を食べる会にて、歯の無い私は、意地汚くも、会費に見合う鮎を食べようとして、骨ごと呑み込むようにして食べていたので、これはてっきり鮎の骨が肛門に刺さったに違いないと、医者ともあろうものが、そう思い込んだのであります。
皆はバーベキューで楽しんでいるのを横目に、熱い砂を踏みながらの、哀れな私は、カプセルトイレ回りとなったのです。
喉に刺さった魚の骨ならば、何かをぐっと呑みにすれば取れるという理屈に従い、大便が通れば何とかなるものと思った次第です。
しかしその日のアテガイは既に通った後でしたので、結果は悲惨なものでした。
この夜の宴会では、酒を飲んでも治まらず、言い寄る看護師さんも居たのですが、事情を話して引き取っていただき、早々に床について、翌朝までの我慢となったのであります。

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もう十年以上も前の話になります。
病院から視察を兼ねた初めての海外旅行での報告記事を頼まれた時に、残しておいた原稿が目にとまりました。
なにしろバルセロナでオリンピックが開かれる前の年の話でありますから、記憶も薄れ掛けておりますが、幸い旅の徒然につけていた日記が出てまいりましたので読んでいるうち、またまたその時の様子が、匂いや肌触りまでもが思い起こされて、思わず吹き出すような場面もあり、暫くシリーズとして、ブログに載せたいと思います。
日記の内容で当然多いのはやはり食事についてでありますが、私の日記では、次が、生理現象のたびに訪れたトイレの印象が強かったせいか、その記憶のほうが多く残っていますので、食事についてはまたの機会に譲り、今回は後者に的を絞って報告することにいたします。
少し下品でクサくなるところは、平にご容赦願っておきます。
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湾岸危機が去って、再び海外旅行者の数はうなぎのぼりで、その混雑は凄い。
ここはまだヨーロッパでは無いが、順序として述べておかなければならない。
初めての海外旅行でもあり、緊張気味から、少し軟らかめの大用を済まして、トイレを出て驚いた。
いつの間にかドアの外には、外人もまじえて4,5人の列が出来ていたのである。
こんなに期待されて出場をしたのは初めてであったが、、少し恥ずかしい思いをしたことと、いかに大勢の人が空港に詰め掛けていたかということが言いたかったのである。

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ジャンボジェットなのに、中程から後ろは荷物室のようで、我々のエコノミークラスは最後方の座席ではあったが、時々ジャスミンの香りが漂って心地よい。
さすがにイタリア流のサービスかと感心していたが、それが人の通りと同期していることに気付いて、がっかりである。
トイレの真横に座っていることが判明してからは、ジャスミンの香りも、少々苦痛の匂いとなったのである。
機内食が済んだ頃には、必ず大混雑で、おまけに本来禁煙席であったのが、喫煙席になってしまうことも屡であった。
飛行機が到着する前にと思って、トイレに入ってみてぎょっとした。
便器の中は、消毒液で青く染まったトイレットペーパー団子で一杯になり用が足せない状況であって、これでは無着陸飛行も、この辺に限界があると思ったしだいです。

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真夜中に着いたホテルは壁からベッド,何もかもがピンクのツインルームであった。 バストイレ室は、8畳敷きの馬鹿広いものであった。
最初に入った相棒の高橋先生が感心して出てきていうには,さすが外国人はケツデカが多いらしく、それように別の便器が用意してあったという。
あまり広いトイレは,小にしろ大にしろ出が悪い。
ちょうど夢の中で催しながらも、トイレが広い座敷の真ん中にあ て、用事ができない気分と同じである。
先の例のモノは私には便器には見えず、お湯のコックも付いていたので、ヨーロッパのホテルでは,長期滞在者用の洗濯機を用意しているものと判断、 実際、滞在3日目には下着の洗濯をここで済ませたのてあるが、少し低すぎて腰がいたかった。
実は洗濯機ではなかったようだ。

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朝5時の出発の為,ホテルにて用を済ますことができなかった私は空港でお世話になることとなった。
すっきりしたところで水を流そうとするとコックがない?天井から下がる紐もない。
集合時間も迫っていて焦りまくって最後の手段,コキ逃げと決めた。日本人のクソか何人のものか分かることもないはずと,出がけに何気無く壁に手を置くと,意外にもドーと水が出た。
危うく前科持ちにならずに済んだのではあるが,何か表示があるほうが親切だなと思う。
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