侍脳外科医
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2008.02.25 22:24 |  仕事 / 職場  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 7

全国医師連盟発起人一覧

http://www.doctor2007.com/hokkinin.html

黒川 衛    真珠園療養所内科    長崎県
遠山 義浩    おたる北脳神経外科    北海道
三輪 高之    北津島病院 精神科医師    愛知県
杉本 恵一    国保おいらせ病院    青森県
大森 義範    札幌医科大学大学院    北海道
角田 鉄太郎    クリニック・サザンウィンド    奈良県
木田 博隆    三重大学医学部    三重県
川嵜 真    熊本回生会病院    熊本県
立野 太郎    鹿児島大学大学院腫瘍制御学・消化器外科学    鹿児島県
龍宮 克尚    獨協医科大学病院泌尿器科    栃木県
林 克英    四街道さくら病院    千葉県
森下 清文    市立函館病院心臓血管外科    北海道
金澤 信彦    消化器内科医    東京都
元岡 和彦    内科勤務医    東京都
石川 貴久    いしかわクリニック    茨城県
山口 千穂     みなと医療生協 協立総合病院産婦人科    愛知県
近藤 千里    東京女子医科大学放射線科    東京都
村崎 徹    神戸大学医学系研究科環境医学教室    兵庫県
泊 慶明    市立池田病院急病救急総合診療科    大阪府
太田 信次    財団医療法人中村病院    福井県
田中 純也    産婦人科医    神奈川県
工藤 篤    東京医科歯科大学大学院 肝胆膵・総合外科学分野    東京都
峰村 健司    久我山病院眼科    東京都
伊藤 陽子    内科医    岐阜県
井上 徹    大阪医科大学血液浄化センター・腎臓内科    大阪府
森実 和樹    愛媛生協病院整形外科    愛媛県
桑本 将    鳥取大学医学部整形外科    鳥取県
市川 直明    血液内科医    長野県
今井 真    内科勤務医    大阪府
雪下 岳彦    順天堂大学医学部医学研究科    千葉県
紺谷 真    内科専門医、循環器専門医    岡山県
澤田石 順    鶴巻温泉病院    神奈川県
由利 佳代    千歳病院    北海道
新見 正則    帝京大学医学部外科    東京都
吉本 桃子    小児科医    米国
木原 浩一    循環器科勤務医    鹿児島県
提箸 延幸    診療所勤務医    千葉県
内海 健太    東京医大八王子医療センター    東京都
飯島 禎貴    順天堂小児科医局    東京都
加藤 善郎    加藤眼科医院    東京都
竹上 徹    竹上内科クリニック    京都府
平林 円    大阪市立十三市民病院小児科    大阪府
笹岡 正弘    笹岡クリニック    大阪府
斉尾 武郎    フジ虎ノ門健康増進センター    東京都
濱田 啓義    婦人科医    大阪府
奈良 健司    聖隷三方原病院    静岡県
羽田 智則    産婦人科勤務医    岡山県
高橋 邦康    帯広厚生病院    北海道
日野 晃治    日野レディースクリニック    大阪府
齋藤 竜太    福岡新水巻病院周産期センター    福岡県
朽木 律子    皮膚科医    京都府
荏原 正幸    東京慈恵会医科大学脳神経外科    東京都
奥村 恭男    日本大学医学部附属板橋病院    東京都
影山 幸雄    埼玉県立がんセンター 泌尿器科    埼玉県
田中 直    放射線科医    三重県
臼井 雅宣    リハビリテーション科医    兵庫県
林 恭弘    一般外科医    東京都
久留宮 隆    消化器外科医    愛知県
佐賀 宗彦    八街総合病院    千葉県
川嶋 栄司    医療法人回生会大西病院循環器内科    北海道
池田 佳広    循環器内科医    北海道
本山 浩道    呼吸器内科医    長崎県
一木 崇宏    むかわ町国保穂別診療所    北海道
田村 久    呼吸器内科医 民間病院(札幌市)    北海道
今井 拓    諏訪中央病院    長野県
齋藤 勝也    東京慈恵会医科大学    東京都
島袋 洋    那覇市立病院 副院長(脳神経外科)    沖縄県
箭内 宏    中央通りクリニックやない    福島県
向井 晃太    玉島中央病院    岡山県
河村 春生    龍ケ崎済生会病院    茨城県
大竹 宏直    耳鼻咽喉科医    愛知県
佐々木 紀幸    栗山赤十字病院    北海道
三成 善光    外科医    大阪府
牧田 俊則    大阪赤十字病院    大阪府
粟屋 智就    京都大学大学院医学研究科発達小児科学    京都府
須原 貴志    下呂市立金山病院外科    岐阜県
松川 誠司    まつかわ小児科    滋賀県
上松 正朗    関西労災病院    兵庫県
田尻 仁    大阪府立急性期・総合医療センター小児科    大阪府
鷲山 久之    飯田市立 上村へき地診療所    長野県
渡辺 浩志    福島県立医科大学     福島県
申 偉秀    関町内科クリニック    東京都
福島 弘樹    太田福島総合病院     群馬県
知花 朝美    消化器外科勤務医    沖縄県
蛭田 芳文    内科勤務医    福島県
大崎 芳典    筑波大学附属病院    茨城県
中積 智子    金沢メディカルステーション ヴィーク    石川県
武井 孝    たけい腎泌尿器クリニック    山梨県
二宮 康郎    要町病院    東京都
白石 直人    岩手県立久慈病院    岩手県
葛西 敏史    岩手県立軽米病院    岩手県
山口 敦子    短大非常勤講師    福岡県
荒木 和憲    柏厚生総合病院    千葉県
吉田 明子    産休中    千葉県
倉岡 敏彦    国家公務員共済連 吉島病院    広島県
田中 亨    内科勤務医    大阪府
野口 康男    佐賀県立病院好生館    佐賀県
横井 達夫    岐阜県総合医療センター     岐阜県
城崎 潔    じょうざき内科クリニック    兵庫県
長谷 充康    三愛会総合病院循環器部長    東京都
吉田 一人     旭川赤十字病院神経内科    北海道
辻 晋也    循環器内科医    東京都
竹内 忍    竹内眼科クリニック    東京都
田中 卓    センチネルクリニック     北海道
片平 竜郎    医療法人譲仁会    北海道
諸藤 慎一郎    医療法人社団 潤成会     東京都
廣瀬 瑞樹    京都大学附属病院    京都府
新田 清明    医療法人八香会 湯村温泉病院    山梨県
下山 晶樹    医療法人下山医院    鳥取県
高橋 武久    長野赤十字病院 副院長(精神科)    長野県
武者 信行    済生会新潟第二病院外科    新潟県
大谷 英祥    深谷赤十字病院 副院長    埼玉県
倉澤 聡    呼吸器内科勤務医    東京都
武田 義雄    武田内科胃腸科医院    山形県
井上 純人    山形大学医学部第一内科    山形県
鶴見 晴子    虎の門病院小児科    東京都
上野 尚    宇部協立病院    山口県
青木 良仁    (医)青木整形外科医院 整形外科    福島県
近森 正昭    近森病院 臨床工学部部長    高知県
吉田 常孝    関西医科大学附属滝井病院 精神神経科    大阪府
谷亀 光則    東海大学医学部腎代謝内科    神奈川県
西岡 亮治    内科専門医    埼玉県
金子 栄    島根県立中央病院 皮膚科    島根県
岸本 恭紀    岸本レディスクリニック    栃木県
石井 博    済生会西条病院外科勤務医    愛媛県
木曽 昭光    木曽病院外科(尾道市)    広島県
滑川 明男    仙台市立病院循環器科    宮城県
河村 春生    龍ケ崎済生会病院整形外科部長    茨城県
倉岡 敏彦    KKR 吉島病院 永年勤務医(内科)    広島県
三浦 一樹    医療法人社団三浦医院    兵庫県
谷口 裕紀    血液内科医    大阪府
土師 時成    早来医院    北海道
中山 幸    眼科専門医 何氏眼科(瀋陽市)    中国
布施 養善     東邦大学医学部新生児学教室    神奈川県
大窪 恭光    内科医    佐賀県
浅井 洋貴    内科勤務医    神奈川県
森 亮太     名古屋共立病院外科      愛知県
上川 雄士    東部地域病院心臓血管外科    東京都
笠置 康    松山笠置記念心臓血管病院病院長      愛媛県
吉村 健佑    千葉県下市中病院    千葉県
原 晃    透析専門医(退職)    大阪府
大平 文    眼科勤務医    東京都
青山 泰孝    医療法人生長会府中病院 血液内科医長    大阪府
菅野 隆彦    小清水赤十字病院 内科勤務医    北海道
調 漸    長崎大学学長補佐 医学部教授    長崎
中山 良輔    麻酔科医    熊本県
 

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2008.02.19 15:12 |  仕事 / 職場  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 4

脳神経外科講座説明会

我々の大学では、6年生になると選択ポリクリといって、興味のある科を2つ1ヶ月ずつ回る事になります。それが終わると、国家試験の勉強や現在であればスーパーローテーション先を探したり、といったことになるようです。
僕自身は、スーパーローテーションが始まる直前の年だったため選択ポリクリは5個まで選び秋までみっちり実習してました。
それはともかく、これに選択されなければ将来うちの脳外科に入ってくれる可能性はかぎりなくゼロになるわけです。で、とりあえずは選択してもらおうとどの講座もがんばる、というか必死になるわけです。
この時期、どの講座も医学部5年生を対象に講座説明会(前だと医局説明会)を行う事になります。まずは教室内で、今後の研修の流れ、専門医までの道のりなどを話した後、懇親会へ、となるわけです。まあ、懇親会(飲み会)の方がメインなのですが、、、。

先週、うちの講座も説明会を行いました。昨年などは、2人(しかもほぼさくら)とかだったので、今年も全く期待していなかったのですが、なんと7人も5年生の学生さんが来てくれました。びっくりです。
(しかし、この日は神経内科、産婦人科も講座説明会があり、どちらの講座も15人以上の人が集まったらしいです。この人数でびびっている我々は、、、)
それはともかく、今回集まってくれた学生さんは熱心な方が多く、やや期待が持てました。1人は入ってくれる気がしました。(もちろん気がしただけです)

飲み会にうつると、学生さんも活発にいろいろ聞いてきます。けっこう率直に、「忙しいのか?」(暇なわけはない)、とか「給料は?」(どの位を期待してるの?)など。で,全部ありのまま話しておきました。あまり、見栄えのいいこといっても将来的にお互いの為にならないですしね。
2次会、3次会、4次会まで行きました。スタッフ陣は2次会で切り上げ、3次会からは我々若手と学生だけになりさらに実際の現場を突っ込んで聞かれました。さすがに4次会は僕と学生4人にまで減りましたが。

こうして、顔見知りになると、たとえ彼らが脳外科に入らなくても、どこかの病院など偶然顔を合わせた時、彼らの科の疾患について相談しやすくなることがメリットです。こうした関係を築けるのも、説明会の役割なのかもしれません。

もし、彼らが何かを間違ってうちの脳外科に入ることになっても実は早くても3年後です。気長に待つ事にしましょう。

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2008.02.12 10:17 |  仕事 / 職場  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 4

受験シーズン


現在受験シーズンまっただなかです。中学入試、高校入試、大学入試、そして国家試験と、受験勉強している方達が多々いらっしゃると思います。
僕自身についていえば、来年脳外科専門医試験が控えております。(いろんな上の先生に聞くといままでの人生で一番つらかったと言っていたような)

僕は、大学に入るのに少し人より時間がかかったため、受験経験はやや豊富です。といって、アドバイス出来るほどのことはないですが、、、。(人よりたくさん落ちているわけですから)

それはともかく、昨日当直中に何気なく夕方の情報番組(ローカル)を見ていたら、今時の受験生必要アイテムBEST3なんてものをやっていました。僕らの世代でしたら、まあ参考書、単語帳、お守りなんてとこでしょうか。しかしいまは、電子手帳、さらになんとニンテンドーDSなんてものが上位にきていました。しかも、ニンテンドーDSのソフトに、社会の教科書を出している山川書店のものがあるんです。(
http://namco-ch.net/ds_yamakawa/index.php
英語や漢字検定のソフトがあるのは知ってましたが、こんなものまで出ているのは驚きでした。まあ、それをメインに勉強しているのではなく、少し疲れてきたときの息抜きも含めて、といったように使っているみたいでした。
さらにお守りに関しても、もちろん従来の神社のものを大事にしているかたも多いようですが、携帯メールを大事にしている人も多いようでした。最近のメールは、絵文字にデコレーションメールといったものまであるようで、このメールを励みに勉強している方がけっこういました。受験生が身近にいる方は、少しデコレーションメールの打ち方を勉強して送ってあげると、喜ばれるのではないかと思います。

今年は、雪が多かったり気温が低かったり、受験生にとって大変な事が多いと思いますが、まずは健康に気をつけて、自分の今できる事をしっかりやり、試験に望んで下さい。(自分も来年のことを考えると他人事ではないのですが)

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2008.01.14 19:37 |  仕事 / 職場  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 4

全国医師連盟設立準備委員会


1/13に無事、決起集会が開催されました。今後とも皆様のご協力をお願い致します。

http://www.doctor2007.com/ 

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2008.01.08 11:23 |  仕事 / 職場  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 4

熱かった九州オフ会1・5

1/5/2008 第2回九州オフ会は宴会だけのつもりで話をしていくうちに土佐から論客を呼んで飲みたいと薩摩の人間が言う。それに悪乗りして博多でやったら人も集まりやすかろう!といつのまにか音頭をとっていました。

人数は全部で14名、うちの看護師長、医療安全管理部、ケアマネ、SWも呼んで聞いてもらいましたがComedicalの方からも好評でした。なんと言っても9名の医師、1名の医学生が会議室で講演、講演の途中で演者を止めて質問する自由さ、活発さがあり疲れを感じませんでした。午後2時から途中休憩10分をはさんでみっちり5時間。更に1次会、2次会(屋台でラーメン)、3次会と延々に語り明かしました。

皆が自分の得意分野を語り、議論していくこと。各診療科を超えて看護師さんが聞いても理解できる内容に砕いて(英語を減らす、極力専門用語も日本語で)医学生も交えて議論ができたことは明日に繋がったような気がしています。

さ~次回は薩摩で九州オフ会第3回開催予定です。維新を起こした地で多いに語り明かせたら最高です。13日の医師新組織決起集会には参加できませんが盛会を祈ります。

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2007.11.22 15:53 |  研究  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  脳血管障害  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 5

死亡率低い7時間睡眠

 

年を経るごとに朝目覚めるのが早くなる。普段、私は23時30分ごろ就寝、6時ころ起床の生活を送っている。病院の泊まりの時はその限りではないが、以下の2つの論文を読むと、自分のためだけでなく家族のためにも、可能な限り1日7時間の睡眠をとるようにしたい。

日本人11万人の睡眠時間の研究で、7時間(6・5-7・4時間)の人が死亡率が最も低く、それより長くても、短くても死亡率が高くなることが約10年間 の追跡調査で分かった。睡眠時間が長い人でも短い人でも7時間の人に比べると死亡しやすく、その程度は、4時間未満(4.4時間まで)の睡眠時間では、男 性で1.62倍、女性で1.60倍、また10時間以上(9.5時間以上)の場合には男性で1.73倍、女性で1.92倍。
http://www.med.nagoya-u.ac.jp/yobo/jacc/reports/tamakoshi_suimin/index.html

自治医大の11,325人のコホート研究でも、男性の4時間以下、女性の9時間以上の睡眠時間が死亡しやすい結果を認めている。脳血管、心臓疾患死をみてみると、上写真のように男性では7-9時間、女性では7-8時間の睡眠時間が一番死亡率が低い結果になっている。
Sleep Duration and Mortality in Japan: the Jichi Medical School Cohort Study
Yoko Amagai, Shizukiyo Ishikawa, Tadao Gotoh, Yuriko Doi, Kazunori Kayaba, Yosikazu Nakamura, Eiji Kajii
Journal of Epidemiology, Vol. 14 (2004) , No. 4 pp.124-128

http://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/14/4/124/_pdf

一日7時間の睡眠で長生きしましょう!


ななのつぶやき「犠牲」
http://blog.m3.com/nana/20071120/1

オフコース / 眠れぬ夜
http://www.youtube.com/watch?v=wuUXTwz6csQ&feature=related

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2007.11.04 11:37 |  仕事 / 職場  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 4

人一人知るは宝なり

私ごとき若輩者が道徳のような事を書くのは気が引けるのですが、、、。 僕は、鹿児島の某中、高一貫の学校出身です。(有名なカタカナのとこではないです。)新しい学校で、僕は2期生でした。伝統、恒例行事などがなく手探りで作っていっている感じの学校だったと思います。 一応、進学校のつもりだったのですが、そんなに勉強した覚えはないです。(授業数は多かったですが)それが、後の浪人生活に結びつくのですが、、。ちなみに今はそこそこ実績あるようです。(少なくとも自分たちの時よりはずっと)

で、その時の校長が入学式、新学期、朝礼、その他諸々の場面でいつも言っていた言葉がタイトルの 「人一人知るは宝なり」 でした。 当時は、また校長言ってるよ、くらいにしか思っていませんでしたが卒業し、歳を重ねるごとに言葉の大事さがわかってきました。

本でいくら病気の事を勉強しても、やはり実際患者さんを診察させてもらって学ぶ事の方がどんなに身につくことでしょう。いろんな方と出会い、話すこと、ほんとに勉強になりますし、そういう付き合いができる事で、どれだけ助けられてきたことでしょう。 もちろん、嫌な人と出会ったり、付き合ったりしないといけないこともあります。僕は、まだまだ小物ですから、無愛想になったりしてしまいます。しかし、上の言葉を心に留め その出会いも大事にしないといけないんだよなあ、と思いながらまだ全然できていません。

要修行です。 この5人の脳外科医のブログですが、実は中にまだお会いした事がない先生もいます。当然、5人そろって会った事などありません。いつかお会いできる日を楽しみにしています。貴重な出会いですから。もちろん、このブログを読んでくださっている方々とも。

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「19年ぶりの声」「はじめての声」

3日まえに新しいメーリングリスト(ML)に参加した。メンバーもまだ10人足らずである。昨夜、そのMLのメンバーの1人の眼科の先生(女性)から個人宛にメールが届いた。差出人の名前も勤務先も記憶はない。MLのそのかたの自己紹介をよむと 九州、関西、関東、東海と勤務を異動して、都市部と地方、国立・私立・個人病院と複数の医局を経験されているようである。

メールの内容は大変懐かしい
ものであった。私は最北の大学の出身の脳外科医であるが、研修医2年目の昭和63年秋から半年間、南の旧帝大神経内科で研修している。大変有意義で楽しい半年間であった。初めての南の都会で なれない職場、不安な気持ちで生活は始まったが同僚に恵まれた。見ためは外科系とも思える1年先輩の神経内科医の先生がリーダーシップをとって、よく 食事に連れて行ってもらった。メールの主はその先生の同級生で大学院生として神経生理におられた先生であった。彼女は神経生理でおそらくVEP
Visual evoked potentials:視覚誘発電位)の 研究をしていたかと思う。被験者となって検査を受けた記憶がある。私も神経内科研修の半年間のうち、誘発脳電位、脳波、筋電図と神経生理の研修も週1-2 日受けており、個人的にも大変かわいがって頂き(自分だけそう思っているかも?)、神経内科の同僚の先生と一緒にふぐを食べに門司までいったこともあっ た。

すぐにメールの返事で自分の近況なりを伝えた。Re Reメールがすぐ届く、今年の年末から中国瀋陽の病院で勤務とのコト、そして彼女の携帯番号も添えられていた。早速、電話を手に取った。19年前の面影を思い浮かべて「19年ぶりの声」を聞いた。話も弾む、19年前の20歳代半ばに戻ったようだ電話を切った後、40歳代半ばの自分に戻った。浦島太郎の気分であった。

そんなBlog記事を書いているとき携帯が鳴った見知らぬ電話番号、恐る恐る電話を取った。「はじめての声」である。名前を聞いて、「あっ」思わず「いつもお世話に、、、はじめまして」と答えてしまった。写真の顔と声の「ギャップ」が少しあった。でも、初めてとは思えずぺらぺらとおしゃべりをした。電話の主はこの「5人の脳外科医」を一緒にやっている脳外科医であった。彼は海外から帰国して今月から私が19年前にいた思い出の都市で働きはじめているのだ。

昨夜は「19年ぶりの声」今夜は
「はじめての声」の都市、

不思議なキモチ



昭和63年ヒット曲 乾杯 長渕 剛
Kanpai

http://www.youtube.com/watch?v=_SDLWML8quA

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2007.09.21 14:48 |  仕事 / 職場  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 9

医師は不完全な生き物 Thank you.

私がアメリカで一番印象的だったのは両手が熱傷後の瘢痕で不自由になった医師と働いた経験です。ちょうど野口英世博士が幼い頃【てんぼう】と福島で呼ばれて育ったように、彼は右手は薬指と小指しか使えず、左手は2指から5指まで癒着しています。

 

この医師がレジデントとして私の所へ回ってきました。初日、彼はうまくカテーテルを握れませんでした。注射器で生理食塩水を吸う作業も時間がかかります。しかし、徐々に彼は努力をしてほとんど他のレジデントと同じ作業が出来るようになりました。

 

また彼は私が手術用ガウンに着替えようとするとテーブルの上に私のサイズに合った手袋、術着を準備してくれています。手術の前からレジデントに“Thank you.”と言ったのは初めてでした。

 

アメリカにはADA(障害をもつアメリカ人法)http://www.arsvi.com/0i/3usa3000.htmがあります。時にこの法律はいき過ぎと言いますか、超肥満者をも障害者として認定しているため、病院の駐車場は障害者用のスペースに半分の面積を使用しています。その為、健常者が駐車スペースを探すのに一苦労することがあります。

 

 医師には命を預けるのだから完璧な人間であって欲しいと人間は心のどこかで願っています。しかし、心身ともに健全で全てが完全な医師は居るのでしょうか?医者は誰一人神でもなく、スーパーマンでもありません。みんな、どこかに弱点、欠点があって、それを他人が補って生きています。

両手に障害を持ったレジデントは私にその事を再認識させてくれました。心から彼に“Thank you.”と言いたいと思います。

 

Dreams Come True ドリカム - サンキュ. http://www.youtube.com/watch?v=Ld0xAQbN7Xs&mode=related&search=

 

<紹介>聴覚障害を持つ医学生の会http://adhims.blog92.fc2.com/

 <参考資料>

1.医師法第4条

次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。1.心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの 

2.障害者等に係る欠格事由の適正化等を図るための医師法等の関係法令改正試案に寄せられた意見について http://www.mhlw.go.jp/public/kekka/p0316-1.html 

3. 医師国家試験に視覚障害者が初めて合格 厚生労働省は24日、今年3月に実施した医師国家試験の合格者を発表した。視覚障害のある男性が初めて合格。 心身の障害を理由に資格や免許の取得を制限する法律が政府全体で見直され、医師国家試験は01年7月の法改正で目や耳などが不自由な人の受験が可能になった。厚労省の検討会が昨年11月、問題の読み上げや試験時間の1.5倍までの延長を認める特例受験の方針を決め、3月の試験で初めて3人の視覚障害者が受験した。今後、厚労省は専門家らによる委員会を設置し、合格した男性からどの分野を目指すのかなどを聞き、医師としての業務が可能か判断し、免許を与えるかどうか決める。米国には全盲の精神科医がいるという。男性は大学5年のときに病気で、重度の視覚障害と足、手指に障害が残った。http://j.peopledaily.com.cn/2003/04/25/jp20030425_28288.html 

4.「障害がある人の受験とその結果、試験時の配慮、試験広報」http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/shiryo/shikaku-shiken/shiken2004.html 

5.Barriers Fall for Disabled Medical Students by Linda Villarosa

As a fourth year medical student, Jeffrey Lawler listens—really listens—as his patients run through their lists of physical complaints. (中略)

He cannot read the numbers on a thermometer, blood pressure monitor, or his pager.His eyesight began fading twenty years ago, as a result of the disease retinitis pigmentosa. By 1993 Mr. Lawler, now forty-three, was legally blind. Still he took the medical college application test with the help of a reader and a scribe and was accepted to Western University Medical School in Pomona, California. He will graduate in June near the top of his class and hopes to practice physical medicine and rehabilitation."

Some medical schools, for example, say that one cannot rely on the physical skills of a third party for assistance, but other schools don't have that," Dr. Sabalis said.(中略)

"Too many schools are using the standard that a doctor has to see perfectly, walk perfectly, and hear perfectly, but if they really followed that standard, no one would graduate," said Ms. Premo of the Center for Disability Issues."I support dropping students who don't achieve, and I don't believe in lowering standards," she added, "but you have to allow for difference."The disabilities legislation may have had other influences as well. No studies have looked at malpractice and whether disabled doctors and medical students are at higher risk.

But, according to the Physician Insurers Association of America, a trade association of medical malpractice insurance companies, there is no difference in underwriting medical liability policies for doctors who are disabled and those who are not.(中略)

Mr. Lawler, the student, said he had a hard time getting a surgery rotation, a medical school requirement, because of his blindness."Me being in the operating room became a big issue," he said. "In the third year you don't do anything except hold retractors during surgery, but it was very challenging finding a site where I'd be accepted. Finally I was able to scrub in on a procedure, and I was extremely focused.

(中略)As for insurance coverage, Dr. Yarnell said, "The company knew I was blind, but as long as I could perform a procedure safely with or without accommodation, then the malpractice carrier had to insure me at the same rate as other physicians performing the same procedures."

Dr. Margaret Stineman, an associate professor of rehabilitation medicine at the University of Pennsylvania, was born with a deformity of her skeletal system, a reduced lung capacity, and missing muscles to move her eyes. She consults on rehabilitation of patients with neurological injuries."I look for settings where my mind and creativity are valued because these are the two particular gifts I have," Dr. Stineman said.She said that early in her career some mentors were concerned that she might have difficulty getting through medical school.

To her knowledge, however, "there has never been a patient who has been uncomfortable with my disabilities," she said. "I work in a trauma service, and as a person who has lived with disabilities, I can help my patients figure out how to develop ways to overcome their physical problems and grow. The life experiences that I've had are part of what I bring to patients, and they appreciate that."http://www.nfb.org/Images/nfb/Publications/bm/bm04/bm0401/bm040106.htm    

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