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http://www.doctor2007.com/hokkinin.html
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我々の大学では、6年生になると選択ポリクリといって、興味のある科を2つ1ヶ月ずつ回る事になります。それが終わると、国家試験の勉強や現在であればスーパーローテーション先を探したり、といったことになるようです。
僕自身は、スーパーローテーションが始まる直前の年だったため選択ポリクリは5個まで選び秋までみっちり実習してました。
それはともかく、これに選択されなければ将来うちの脳外科に入ってくれる可能性はかぎりなくゼロになるわけです。で、とりあえずは選択してもらおうとどの講座もがんばる、というか必死になるわけです。
この時期、どの講座も医学部5年生を対象に講座説明会(前だと医局説明会)を行う事になります。まずは教室内で、今後の研修の流れ、専門医までの道のりなどを話した後、懇親会へ、となるわけです。まあ、懇親会(飲み会)の方がメインなのですが、、、。
先週、うちの講座も説明会を行いました。昨年などは、2人(しかもほぼさくら)とかだったので、今年も全く期待していなかったのですが、なんと7人も5年生の学生さんが来てくれました。びっくりです。
(しかし、この日は神経内科、産婦人科も講座説明会があり、どちらの講座も15人以上の人が集まったらしいです。この人数でびびっている我々は、、、)
それはともかく、今回集まってくれた学生さんは熱心な方が多く、やや期待が持てました。1人は入ってくれる気がしました。(もちろん気がしただけです)
飲み会にうつると、学生さんも活発にいろいろ聞いてきます。けっこう率直に、「忙しいのか?」(暇なわけはない)、とか「給料は?」(どの位を期待してるの?)など。で,全部ありのまま話しておきました。あまり、見栄えのいいこといっても将来的にお互いの為にならないですしね。
2次会、3次会、4次会まで行きました。スタッフ陣は2次会で切り上げ、3次会からは我々若手と学生だけになりさらに実際の現場を突っ込んで聞かれました。さすがに4次会は僕と学生4人にまで減りましたが。
こうして、顔見知りになると、たとえ彼らが脳外科に入らなくても、どこかの病院など偶然顔を合わせた時、彼らの科の疾患について相談しやすくなることがメリットです。こうした関係を築けるのも、説明会の役割なのかもしれません。
もし、彼らが何かを間違ってうちの脳外科に入ることになっても実は早くても3年後です。気長に待つ事にしましょう。
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年を経るごとに朝目覚めるのが早くなる。普段、私は23時30分ごろ就寝、6時ころ起床の生活を送っている。病院の泊まりの時はその限りではないが、以下の2つの論文を読むと、自分のためだけでなく家族のためにも、可能な限り1日7時間の睡眠をとるようにしたい。
日本人11万人の睡眠時間の研究で、7時間(6・5-7・4時間)の人が死亡率が最も低く、それより長くても、短くても死亡率が高くなることが約10年間 の追跡調査で分かった。睡眠時間が長い人でも短い人でも7時間の人に比べると死亡しやすく、その程度は、4時間未満(4.4時間まで)の睡眠時間では、男 性で1.62倍、女性で1.60倍、また10時間以上(9.5時間以上)の場合には男性で1.73倍、女性で1.92倍。
http://www.med.nagoya-u.ac.jp/yobo/jacc/reports/tamakoshi_suimin/index.html
自治医大の11,325人のコホート研究でも、男性の4時間以下、女性の9時間以上の睡眠時間が死亡しやすい結果を認めている。脳血管、心臓疾患死をみてみると、上写真のように男性では7-9時間、女性では7-8時間の睡眠時間が一番死亡率が低い結果になっている。
Sleep Duration and Mortality in Japan: the Jichi Medical School Cohort Study
Yoko Amagai, Shizukiyo Ishikawa, Tadao Gotoh, Yuriko Doi, Kazunori Kayaba, Yosikazu Nakamura, Eiji Kajii
Journal of Epidemiology, Vol. 14 (2004) , No. 4 pp.124-128
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/14/4/124/_pdf
一日7時間の睡眠で長生きしましょう!
ななのつぶやき「犠牲」
http://blog.m3.com/nana/20071120/1
オフコース / 眠れぬ夜
http://www.youtube.com/watch?v=wuUXTwz6csQ&feature=related
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「19年ぶりの声」と「はじめての声」
3日まえに新しいメーリングリスト(ML)に参加した。メンバーもまだ10人足らずである。昨夜、そのMLのメンバーの1人の眼科の先生(女性)から個人宛にメールが届いた。差出人の名前も勤務先も記憶はない。MLのそのかたの自己紹介をよむと 九州、関西、関東、東海と勤務を異動して、都市部と地方、国立・私立・個人病院と複数の医局を経験されているようである。
メールの内容は大変懐かしいものであった。私は最北の大学の出身の脳外科医であるが、研修医2年目の昭和63年秋から半年間、南の旧帝大神経内科で研修している。大変有意義で楽しい半年間であった。初めての南の都会で なれない職場、不安な気持ちで生活は始まったが同僚に恵まれた。見ためは外科系とも思える1年先輩の神経内科医の先生がリーダーシップをとって、よく 食事に連れて行ってもらった。メールの主はその先生の同級生で大学院生として神経生理におられた先生であった。彼女は神経生理でおそらくVEP(Visual evoked potentials:視覚誘発電位)の 研究をしていたかと思う。被験者となって検査を受けた記憶がある。私も神経内科研修の半年間のうち、誘発脳電位、脳波、筋電図と神経生理の研修も週1-2 日受けており、個人的にも大変かわいがって頂き(自分だけそう思っているかも?)、神経内科の同僚の先生と一緒にふぐを食べに門司までいったこともあっ た。
すぐにメールの返事で自分の近況なりを伝えた。Re Reメールがすぐ届く、今年の年末から中国瀋陽の病院で勤務とのコト、そして彼女の携帯番号も添えられていた。早速、電話を手に取った。19年前の面影を思い浮かべて「19年ぶりの声」を聞いた。話も弾む、19年前の20歳代半ばに戻ったようだ、電話を切った後、40歳代半ばの自分に戻った。浦島太郎の気分であった。
そんなBlog記事を書いているとき携帯が鳴った。見知らぬ電話番号、恐る恐る電話を取った。「はじめての声」である。名前を聞いて、「あっ」思わず「いつもお世話に、、、はじめまして」と答えてしまった。写真の顔と声の「ギャップ」が少しあった。でも、初めてとは思えずぺらぺらとおしゃべりをした。電話の主はこの「5人の脳外科医」を一緒にやっている脳外科医であった。彼は海外から帰国して、今月から私が19年前にいた思い出の都市で働きはじめているのだ。
昨夜は「19年ぶりの声」今夜は「はじめての声」。北と南の都市、
不思議なキモチ。
昭和63年ヒット曲 乾杯 長渕 剛
Kanpai
http://www.youtube.com/watch?v=_SDLWML8quA
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私がアメリカで一番印象的だったのは両手が
熱傷後の瘢痕で不自由になった医師と働いた経験です。ちょうど野口英世博士が幼い頃【てんぼう】と福島で呼ばれて育ったように、彼は右手は薬指と小指しか使えず、左手は2指から5指まで癒着しています。
この医師がレジデントとして私の所へ回ってきました。初日、彼はうまくカテーテルを握れませんでした。注射器で生理食塩水を吸う作業も時間がかかります。しかし、徐々に彼は努力をしてほとんど他のレジデントと同じ作業が出来るようになりました。
また彼は私が手術用ガウンに着替えようとするとテーブルの上に私のサイズに合った手袋、術着を準備してくれています。手術の前からレジデントに“Thank you.”と言ったのは初めてでした。
アメリカにはADA(障害をもつアメリカ人法)http://www.arsvi.com/0i/3usa3000.htmがあります。時にこの法律はいき過ぎと言いますか、超肥満者をも障害者として認定しているため、病院の駐車場は障害者用のスペースに半分の面積を使用しています。その為、健常者が駐車スペースを探すのに一苦労することがあります。
医師には命を預けるのだから完璧な人間であって欲しいと人間は心のどこかで願っています。しかし、心身ともに健全で全てが完全な医師は居るのでしょうか?医者は誰一人神でもなく、スーパーマンでもありません。みんな、どこかに弱点、欠点があって、それを他人が補って生きています。
両手に障害を持ったレジデントは私にその事を再認識させてくれました。心から彼に“Thank you.”と言いたいと思います。
Dreams Come True ドリカム - サンキュ. http://www.youtube.com/watch?v=Ld0xAQbN7Xs&mode=related&search=
<紹介>聴覚障害を持つ医学生の会http://adhims.blog92.fc2.com/
<参考資料>
1.医師法第4条
次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。1.心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
2.障害者等に係る欠格事由の適正化等を図るための医師法等の関係法令改正試案に寄せられた意見について http://www.mhlw.go.jp/public/kekka/p0316-1.html
3. 医師国家試験に視覚障害者が初めて合格 厚生労働省は24日、今年3月に実施した医師国家試験の合格者を発表した。視覚障害のある男性が初めて合格。 心身の障害を理由に資格や免許の取得を制限する法律が政府全体で見直され、医師国家試験は01年7月の法改正で目や耳などが不自由な人の受験が可能になった。厚労省の検討会が昨年11月、問題の読み上げや試験時間の1.5倍までの延長を認める特例受験の方針を決め、3月の試験で初めて3人の視覚障害者が受験した。今後、厚労省は専門家らによる委員会を設置し、合格した男性からどの分野を目指すのかなどを聞き、医師としての業務が可能か判断し、免許を与えるかどうか決める。米国には全盲の精神科医がいるという。男性は大学5年のときに病気で、重度の視覚障害と足、手指に障害が残った。http://j.peopledaily.com.cn/2003/04/25/jp20030425_28288.html
4.「障害がある人の受験とその結果、試験時の配慮、試験広報」http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/shiryo/shikaku-shiken/shiken2004.html
5.Barriers Fall for Disabled Medical Students by Linda Villarosa
As a fourth year medical student, Jeffrey Lawler listens—really listens—as his patients run through their lists of physical complaints. (中略)
He cannot read the numbers on a thermometer, blood pressure monitor, or his pager.His eyesight began fading twenty years ago, as a result of the disease retinitis pigmentosa. By 1993 Mr. Lawler, now forty-three, was legally blind. Still he took the medical college application test with the help of a reader and a scribe and was accepted to Western University Medical School in Pomona, California. He will graduate in June near the top of his class and hopes to practice physical medicine and rehabilitation."
Some medical schools, for example, say that one cannot rely on the physical skills of a third party for assistance, but other schools don't have that," Dr. Sabalis said.(中略)
"Too many schools are using the standard that a doctor has to see perfectly, walk perfectly, and hear perfectly, but if they really followed that standard, no one would graduate," said Ms. Premo of the Center for Disability Issues."I support dropping students who don't achieve, and I don't believe in lowering standards," she added, "but you have to allow for difference."The disabilities legislation may have had other influences as well. No studies have looked at malpractice and whether disabled doctors and medical students are at higher risk.
But, according to the Physician Insurers Association of America, a trade association of medical malpractice insurance companies, there is no difference in underwriting medical liability policies for doctors who are disabled and those who are not.(中略)
Mr. Lawler, the student, said he had a hard time getting a surgery rotation, a medical school requirement, because of his blindness."Me being in the operating room became a big issue," he said. "In the third year you don't do anything except hold retractors during surgery, but it was very challenging finding a site where I'd be accepted. Finally I was able to scrub in on a procedure, and I was extremely focused.
(中略)As for insurance coverage, Dr. Yarnell said, "The company knew I was blind, but as long as I could perform a procedure safely with or without accommodation, then the malpractice carrier had to insure me at the same rate as other physicians performing the same procedures."
Dr. Margaret Stineman, an associate professor of rehabilitation medicine at the University of Pennsylvania, was born with a deformity of her skeletal system, a reduced lung capacity, and missing muscles to move her eyes. She consults on rehabilitation of patients with neurological injuries."I look for settings where my mind and creativity are valued because these are the two particular gifts I have," Dr. Stineman said.She said that early in her career some mentors were concerned that she might have difficulty getting through medical school.
To her knowledge, however, "there has never been a patient who has been uncomfortable with my disabilities," she said. "I work in a trauma service, and as a person who has lived with disabilities, I can help my patients figure out how to develop ways to overcome their physical problems and grow. The life experiences that I've had are part of what I bring to patients, and they appreciate that."http://www.nfb.org/Images/nfb/Publications/bm/bm04/bm0401/bm040106.htm
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