侍脳外科医
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2007/11 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

2007.11.18 08:18 |  医療制度 / 行政  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 9

日本医師*の大罪

日本医師会の大罪
虎の門病院 泌尿器科 小松秀樹

 国民と患者のため、医療の改善と向上のため、現場の医師による自律的な集団が必要である
 厚生労働省は医師に対する全体主義的な統制を行う強大な力を手に入れつつある
 過剰な統制は自律性を奪い、医療システムを破壊する
 日本医師会の役員の一部は全ての現場の医師を裏切り、厚労省に加担した
 いま、日本医師会に対し、現場の医師は自らの意見を明確に主張しなければならない
 国民と患者には、自分達自身と家族のために、現場の医師を支援していただきたい
 07年10月17日、厚労省は診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する第二次試案を発表した。その骨子は以下のようなものである。

1) 委員会(厚労省に所属する八条委員会)は「医療従事者、法律関係者、遺族の立場を代表する者」により構成される。

2) 「診療関連死の届出を義務化」して「怠った場合には何らかのペナルティを科す」。

3) 「行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行われるよう、」「調査報告書を活用できることとする」。

4) 「行政処分は、委員会の調査報告書を活用し、医道審議会等の既存の仕組みに基づいて行う」。

  第二次試案は、この制度の検討会の座長で刑法学者である前田雅英氏の主張「法的責任追及に活用」(讀賣新聞07年8月14日)に一致している。 法的責 任追及という理念の実現が目的であり、これが現実に人々に何をもたらすのかを、多様な視点から考えた形跡がない。 日本の刑法学はマルキシズムと同様、ド イツ観念論の系譜にある。理念が走り始めるとブレーキがかかりにくい。ここまでの統制が、医療に対して求められなければならないとすれば、他の社会システ ム、例えば、裁判所、検察、行政、政党、株式会社、市民団体などにも、相応の水準の統制が求められることになる。

 理解しやすくするためにこの状況をメディアに置き換えてみる。

1) 報道被害調査委員会を総務省に八条委員会として設置する。事務は総務省が所管する。

2) 委員会は「報道関係者、法律関係者、被害者の立場を代表する者」により構成される。

3) 「報道関連被害」の届出を「加害者側」の報道機関に対して義務化し、怠った場合にはペナルティを科す。

4)行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行われるよう、調査報告書を活用できることとする。

5)ジャーナリストの行政処分のための報道懲罰委員会を八条委員会として総務省に設置する。報道被害調査委員会の調査報告書を活用して、ジャーナリストとして不適切な行動があった者を処分する。

  厚労省医政局の幹部には歴史的視点と判断のバックボーンとなる哲学が欠如している。 そもそもわが国の死亡時医学検索制度の貧弱さこそが問題なのだとい う現状認識すらない。このような異様な制度は、独裁国家以外には存在しない。独裁国家ではジャーナリズムが圧殺されたばかりでなく、医療の進歩も止まっ た。 私は、自由とか人間性というような主義主張のために、過剰な統制に反対しているのではない。この制度が結果として適切な医療の提供を阻害する方向に 働くからである。

 システムの自律性が保たなければそのシステムが破壊され、機能しなくなる。「システムの作動の閉鎖性」(ニクラス・ ルーマン)は、社会システム理論の事 実認識であり、価値判断とは無関係にある。機能分化した個々のシステムの中枢に、外部が入り込んで支配するようになると、もはやシステムとして成立しな い。 例えば、自民党の総務会で市民団体、社民党、共産党の関係者が多数を占めると、自民党は成立しない。内部の統制は内部で行うべきであり、外部からの 統制は裁判のように、システムの外で実施されるべきである。

 そもそも厚労省は、医療を完全に支配するような強大な権力を持つことの責任 を引き受けられるような状況にあるのだろうか。当否はべつにして、厚労省はメ ディア、政治から絶え間ない攻撃を受け続けてきた。政府の抱える深刻な紛争の多くが厚労省の所管事項である。憲法上、政治が上位にあるため、厚労省は攻撃 にひたすら耐えるしかない。しばしば、攻撃側の論理を受け入れて、ときに身内を切り、現場に無理な要求をしてきた。現在の厚労省に、社会全体の利益を配慮 したブレのない判断を求めることは無理であり、強大な権限を集中させることは、どう考えても危険である。

 第二次試案発表から15日目の 07年11月1日、ほとんど報道されなかったが、日本の医療の歴史を大きく変えかねないような重要な会議があった。自民党 が、医療関係者をよんで、厚労省の第二次試案についてヒアリングを行った。厚労省、法務省、警察庁の担当者も出席した。日本医師会副会長の竹嶋康弘氏、日 本病院団体協議会副議長の山本修三氏、診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業事務局長の山口徹虎の門病院院長(立場としては学会代表)が意見を述べ た。私はめったなことでは驚かないが、この会議の第一報を聞いたときには、びっくりした。全員、第二次試案に賛成したのである。

 なぜ驚 いたか。07年4月以来、この制度について検討会で議論されてきた。ヒアリングに出席した山口徹モデル事業事務局長、日本医師会の木下勝之理事、 日本病院団体協議会の堺秀人氏、の三氏は検討会の委員として、この間、議論に加わってきた。 私自身、第二回検討会で意見を述べる機会を得たが、検討会で は猛スピードで議論がすすめられた。議論はかみ合わず、かみ合わせようとする努力もなしに、多様な意見が言いっぱなしになった。8月24日に発表された 「これまでの議論の整理」も、多様な意見が併記されていただけだった。

 自民党の働きかけが、モデル事業、日本医師会、日本病院団体協議 会の三者に、第二次試案に対し賛成か反対か態度を鮮明にすることを迫った。自民党の迫力 に背中を押されて、三つの団体が賛成の機関決定をした。結果として、自民党に対し、大半の医師が第二次試案に賛成しているというメッセージを送った。

  日本医師会はなぜ賛成したのか。前会長は、小泉自民党と対立した。現会長になって、自民党につきしたがうようになったが、それでも邪険にされつづけてい る。日本医師会の最大の関心事は診療報酬改定である。現在、診療報酬の改定作業が進行中である。厚労省の第二次試案に賛成することが、自民党を支えること になり、診療報酬改定で自分たちが有利になるとの期待があると考えるしか、日本医師会の行動を合理的には解釈できない。だとすれば、目先の利益を、今後数 十年の医療の将来に優先させたと非難されるべきである。

 よく考えると、日本医師会の行動が、目先の利益につながるのかどうかも疑わし い。自民党内にも、第二次試案に対する疑問の声はある。第二次試案の真の姿 が、社会に広く理解されるようになったとき、第二次試案でよいとする説得力のある理由が用意できていなければ、日本医師会の信頼性が更に低下する。実際、 一部の医師会役員は、執行部が第二次試案に賛成したことを知って激怒したときく。

 私には、日本医師会が時代から取り残されているように思える。現場で働く開業医と議論すると、日本医師会の中枢を占める老人たちとの間に、越え難い溝があることがよく分かる。この危うい状況を本気で検証して、対策を講じないと日本医師会に将来はない。

  現場の医師はどうすべきか。このままだと、医療制度の中心部に行政と司法と「被害者代表」が入り込み、医師は監視され、処罰が日常的に検討されることに なる。この案に反対なら、それを示さないといけない。自民党の理解では、医師がこの案に賛成していることになってしまったからだ。モデル事業運営委員会、 日本医師会の指導者、病院団体に意見を撤回させて、それと同時に、多くの医師がこの案に反対していることを自民党にも分かるようにしなければならない。学 者は無視して、ここは、行動の対象を最大の政治力を持つ日本医師会の一部役員に絞るべきである。

 第二次試案では、勤務医のみならず、開業医も厚労省のご機嫌を伺いながら、常に処分を気にしつつ診療することになろう。積極的な医療は実施しにくくなる。開業医と勤務医の共通の問題と捉えるなら、日本医師会内部で執行部に抗議をして撤回を迫るべきである。

  しかし、第二次試案は開業医より、勤務医にとってはるかに深刻な問題である。第二次試案は主として勤務医の問題といってよい。産科開業医等を除くと、日 本の診療所開業医は高いリスクを積極的に冒すことによって生死を乗り越えるような医療にあまり関与しない。勤務医の多くは、目の前の患者のため、リスクの 高い医療を放棄できない。日本医師会には多くの勤務医が加入している。勤務医と日本医師会の関係が問題になる。端的にいうと、日本医師会が勤務医の意見を 代弁してきたのかということである。勤務医は収入が少ないので、会費が安く設定されている。このためかどうか知らないが、代議員の投票権がない。発言権が ないといってよい。それでも、日本医師会は医師を代表する団体であるとして振舞いたいので、勤務医の加入を推進してきた。「勤務医と開業医が対立すると、 厚労省のいいように分割統治されるので、勤務医も日本医師会に加入すべきだ」という論理が使われてきたが、日本医師会は、常に、開業医の利害を代弁し、勤 務医の利害には一貫して冷淡だった。最近、日本医師会の役員が、勤務医の利害を配慮してこなかったと反省を表明するようになったが、今回の問題でそれが リップサービスに過ぎないことが明白になった。どうみても、勤務医は「だしにつかわれてきた」と考えるのが自然である。

 そこで勤務医の とるべき態度である。これは、日本医師会に抗議すれば済むような生易しい利害の抵触ではない。第二次試案に賛成か、反対かを確認するだけ で、抗議する必要はない。生命を救うためにぎりぎりまで努力する医師を苦しめ、今後数十年の医療の混迷を決定づける案に日本医師会が賛成していることが確 かならば、すべての勤務医は日本医師会を脱退して、勤務医の団体を創設すべきである。

 開業医と勤務医の大同団結を説く声をよく聞く。従 来、その立場をとってきた友人が、今回の日本医師会の行動をみて、医師会に期待することの限界を感じた と連絡してきた。そもそも、勤務医が医師会の第二身分に据え置かれるような形が続く限り、人間の性質上、勤務医が本気で医師会と協調することはありえな い。勤務医の組織ができて初めて、協調の基盤ができる。今では医師会の理不尽なルールそのものが、医師会の正当性を阻害し、開業医の利益を損ねている。

  まず実施すべきことは、勤務医医師会の創設と、患者により安全な医療を提供するための、勤務環境改善を含めた体制整備である。この中には、再教育を主体 とした医師の自浄のための努力も含まれる。自浄作用がないような団体が、自分の利益を言い募っても、周囲には醜く映るだけで説得力はない。臨床医として活 動する医師の登録制度を自律的処分制度として活用している国が多い。全ての勤務医と一部の開業医だけでも、なんとか工夫をして、国の力を借りずに自浄のた めの制度を立ち上げたい。これは国民に提供する医療の水準を向上させ、かつ、医師が誇りを持って働くことにつながる。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (2)

2007.11.18 00:10 |  研究  |  脳神経外科手術  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 7

50年前の開頭手術

ある日の外来受付終了後の12時過ぎに、80代の男性が食欲不振と認知症状を主訴に来院した。この日は午後から手術予定で、大学の医師による神経内科外来があったので、内心、「神経内科か精神科、あるいは内科にお願いしてもいいのでは」と思いながら行ってみると、CTには予想通りの萎縮した脳があったが、左頭頂部に開頭手術の跡があった。

 

同じく80代で、認知症状があり、かつ難聴の妻の耳元で、何度も大声で尋ねた。「この人、昔頭の手術してますね」老婆はしばらくうつろな目をしていたが、急にはっと思い出したように答えた。

「この人ね、50年前屋根から落ちて大怪我して、この病院に運ばれたんですよ。死ぬところだったんです。そしたらね、医大から教授先生がこられてね、手術してくださったんですよ。」(原文は当地の方言)娘さんは50代なので当時は5歳前後のはずで、尋ねてみても、「さあ、昔大怪我したことくらいしかわかりません」という。

 

 50年前というと昭和32年前後、当然カルテなどの情報はない。他からの情報をあつめて推測すると、この患者は、当時30代で、屋根から落ちて頭部を受傷した。当院に搬送されたということだが、当時脳神経外科はなく、院長は外科で、当時の大学の外科教授(脳神経外科も診療されていたようである)と親しかったという。当時より院長は、当地での脳神経外科診療体制の確立を熱望しており、この外科教授にときどき来院していただいていたという。

 

 どういう状況であったかを想像してみた。CTのない時代、まして高速道路もない。医大から当地までは約100km, 現在は高速道路があるが、車を飛ばしても一時間程度かかる。私が研究会などで大学にいて、代診の医師から急性硬膜外血腫の緊急手術で呼ばれたときもあるが、現代でも法定速度で車を運転すると一時間、(法定速度を若干超えて)飛ばしたとしても30-40分である。一般の国道だと、約2時間かかる。代診医師に家族への説明、手術申し込み、麻酔科医への全身麻酔依頼、術前検査、輸血申し込みなどを行っていただき、入室するころに到着できるかどうか、である。先に開頭を始めていてもらう場合もありうる。初診医が院長であったとしても、当時であれば臨床診断とレントゲン、腰椎穿刺程度であろう。(気脳写や血管撮影まではできなかったであろうと推測される)しかし、今retrospectiveにいろいろな要素をあわせて考えても、驚嘆に値することである。また開頭セットもないはずであるから、線鋸で開頭したのであろうし、その他の器具もどの程度揃っていたか不明である。また脳神経外科の手術などほとんど施行されていなかったのであるから、手術室のナースがこの術式に慣れていたとは到底思えない。常勤の麻酔科医もいなかったはずで、この院長が助手を行いつつ麻酔をかけたものと思われる。

 

 もちろん、結果論として保存的加療が可能な範囲だった、とか、たまたま教授が近く(あるいは当院)にいた、とかいうことは想像できる。しかし、現在に照らし合わせても、種々の幸運と当時の医師たちの努力で、この患者を50年以上も生かすことができたのであろう。同様の症例にもう1例遭遇した。当院の勤務は2度目であるが、前回の勤務時には1例も見なかったし、当院に勤務した他の医師たちからもこういう症例に遭遇した話は聞かなかった。何か不思議な「縁」を感じた。

 

 当院は何度か脳神経外科撤退が検討された。医師不足、大学の方針と当地域住民、医師会、当院各部署の脳神経外科への認識や脳卒中救急体制への見識の乖離もあったと思われるし、これは現在でも感じるときはある。意識障害を伴う他科の疾患で最初にconsultされるのは一人体制の当科で、精神科、神経内科の常勤医不在に伴い、それらの疾患もすべて当科にconsultされ、非常勤医師が来院するまで当科で対応せざるを得ないことも多い。放射線科医もいるのだが、院内でオーダーされたすべての頭部CT,MRIの読影は脳外科がやらなければならなくなった。このために真にわれわれが脳神経外科としての仕事をしなければならないとき、たとえばmajor surgeryの最中や、重症頭部外傷の処置中に、当直医師で対応可能な軽症疾患の診察を強要されたこともあった。またそれを「いままでそうだったから当然」と考えており、私の意見が通らない、ということもあった。(現在はやや改善されたが)

部長が相次いで辞職し、一人体制に縮小され、先に打診を受けた医師たちに拒否された後に、私が着任した。「救急車で隣の市の病院にすぐ転送すれば、ここにはなくてもいい」と考えられることも事実であるし、施設集約化も重要であろう。住民の中にも、最初から当院をスルーして大病院に行く傾向はあり、両隣の市にある総合病院や県庁所在地の脳神経外科単科病院、大学病院に行く人もいる。こういった状況で、犠牲にせざるを得ないものもあり、苦しみながらも、当院で脳神経外科を続けていくことを(現在)選んでいるのは、この症例に遭遇して当時の医師たちの努力にinspireされたことも理由の一つである。

 

HERO/Mr.Chilren

 http://jp.youtube.com/watch?v=6Zx6kfxHtwg

固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)