侍脳外科医
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2007/11 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

2007.11.12 09:08 |  映画 / 音楽 / 読書  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 5

スパルタの精鋭たち

先週、とあるビジネスホテルで『300<スリーハンドレッド>』という映画を観た。
2007年のアメリカ映画。フランク・ミラー原作のグラフィック・ノベルを元にペルシア戦争のテルモピュライの戦いを描いた作品。
紀元前480年。スパルタ王レオニダスのもとに、圧倒的な軍力を誇るペルシア帝国・クセルクセス王の遣いがやって来た。曰く、土地と水を差し出さなけれ ば、国を滅ぼすという。しかしレオニダスは遣いを葬り去り、ペルシアと戦う道を選んだ。託宣師のお告げも無視し、テルモピュライでの決戦に挑むスパルタの精鋭たち。その数はたった300人。対するペルシアの軍勢は、なんと100万の大軍だった…。
スパルタは、ギリシャ共和国南部 ラコニア県 の県都、古代ギリシア時代、ラコニア、メッセニアを治めていた、ドーリア人による軍事都市国家。自らはラケダイモンと称した。
テルモピュライの戦い(-たたかい、Battle of Thermopylae)は、ペルシア戦争さなかの紀元前480年、テルモピュライで、スパルタを中心とするギリシア軍とアケメネス朝ペルシアの遠征軍の 間で行われた戦闘。「テルモピレーの戦い」とも呼ばれる。ヘロドトスの『歴史』(第7巻)に記述される。海戦(アルテミシオンの海戦)ではギリシア艦隊が ペルシア遠征軍に善戦したが、テルモピュライではペルシアの圧倒的な戦力の前に敗退した。しかし、スパルタ軍は全滅するまで戦い、ペルシア軍を3日間に渡って食い止めた。
この戦いでレオニダスとスパルタ兵は英雄として讃えられ、テルモピュライにはスパルタ軍を記念して碑が置かれた。碑文はシモニデスが草したもので、ヘロド トスによれば、「旅人よ、行きて伝えよ、ラケダイモンの人々に。我等かのことばに従いてここに伏すと」(ラケダイモンはスパルタのこと)と唱われている。 現在はコロノスにこの言葉を刻んだ石碑が設けられている。

いまの医療の環境と重なる。医療崩壊が進行する状況下、公的医療費削減、混合医療と民間医療保険の解禁、徴医制、地方自治体病院リストラなど次々に繰り出される攻撃に勤務医たちはひたすら耐えしのいで医療崩壊を防ごうとしている。スパルタの兵士にならんとする精鋭をお待ちしております。
一部スパルタの兵士の会合が、さる11月11日に行われました。

全国医師連盟設立準備委員会

http://doctors21.jp/?m=pc&a=page_o_sns_privacy

固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.11.12 07:35 |  お金 / 株  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 5

年賀状

もうこの年賀状というものを意識する時期になりました。
CMでも、年賀状に関するものが出てきました。
まだ早い、と思っているうちにいつのまにか大晦日になり、あせって書いたりしているのが毎年のことになっている私です。ついには、もらってから書くということにもよくなってます。というわけで、今年こそは余裕をもって年末に年賀状のことで悩まないようにしたいです。
最近は、メールで済ませる方もおおいのでしょうか。
しかし、あの年賀状の束を郵便ポストから取り出す喜びというのは、皆さん持っているのではないでしょうか。今は一人暮らしですが、小さい時は家に送られて来た年賀状から、自分宛のものを探す楽しさがあり、また親父に来る年賀状は自分とは比較にならないくらい多く、それが親父の威厳の一つだったようにも思います。(その上にはおじいちゃんという大物がいるのですが)

年賀状を書くときのちょっとした自分のこだわりとしては、手書きで書いてます。やはり、手書きの方がなんとなくいいような気がしまして。けっして字がきれいなわけではないのですが.さらに途中で面倒くさくはなるのですが、、、。

年賀状も、もしかしたらこれからの時代なくなっていくものなのかもしれませんが、やはり年始にある日本の伝統的な贈り物として残していきたいものの一つでしょうか。(お年玉もかな?)

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)