侍脳外科医
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2012/02 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック

< 前のページ

赤羽先生が解放されて安堵した。彼女が在籍する長崎大学は以前からナイロビを拠点に医療活動を行ってきた。

 ~さだまさしの知る人ぞ知る名曲『風に立つライオン』のモデルになった、柴田紘一郎先生(現介護老人保健施設 サンヒルきよたけ施設長、前宮崎県立日南病院長) はこの歌ができた直後に、さだまさし氏に宛て、次のように葉書を送ったそうである。

「まさしさんはこれは僕の歌だと言うけど、これは『風に立つライオン』という歌であって、自分はこの歌のヒントになったに過ぎない。だけど僕はあなたの描いたライオンに一歩でも近づくために、これからもがんばっていきます」と。

さだまさし氏は、ああ、やっぱり自分の好きな医師だなあと、思ったそうである。「あの歌はカッコ良すぎて、柴田先生は自分がモデルだなんて自慢するようで嫌なんじゃない」と語っている
 なぜ『風に立つライオン』か
この歌を聴いた人は、なぜ『風に立つライオン』なんだろう、と思ったかもしれない。

さだまさし

ライオンというイメージは、医師というよりも、一人の人間として捉えてくれるといいです。僕らの国はちょっと変だつていうのは、医者だからということではなく、海外に暮らす一人の日本人としての思いなんですよね。
人間というのは、職業に殉ずるといいながら、どこまでも自分を捨てることはできないでしょう。 心の中で、悩みも苦しみも、切ないこともいっぱいあるけれど、くじけるもんかっていう意味で、自分を勇気づけ励ます意味で、ライオンっていう動物を出したのです。

逆境の中でもひるむことなく、心だけは王様のような、強い心を無くしたくないという、すっくと立っている百獣の王のプライドです。
プライドっていうと、身勝手さを連想されると困るけれども、人間の尊厳っていうか自分の意志っていうか、そういうものに誇りを持ちたいっていう気持ちの現れです。

それは医者だからではなく、生きているということに対する誇りのことです。この歌は医者の立場を借りながら、自分に対するエールでもあるわけですよね。
カッコイイでしょ、風に立つライオンって。ライオンなんて何もしないんだけれど。()
うん、風が後ろから吹いたりしたらみっともないですよね。
 ~

世界の医療団(Medicine du Monde)は、もともと国境なき医師団(Medicine Sans Frontiers)のメンバーが元の組織から袂を分かち形成した組織でフランスの現外相であるベルナール・クシュネル氏が発起人である。MSFは、どこよりもはやく被災地域や戦闘地域に赴くが、MdMはさらに過激な政治的発言やアピールを厭わないのでより狙われやすいとも言える。 

今回はいくら身代金を払ったのかは分からない。長崎大学からこれから先、世界の医療団の一員としてアフリカで働こうとする医師は出まい。長崎大学が従来の自分達のテリトリーで出来ることをやっていくのか?これも分からない。

ただ言えることは命をかけてまでアフリカの危険な地域へ行こうとする医師はこの事件以降、出ないという重い現実だけが残る。どんな医師でも自分の命がまずは大切なのだから。 

最後に、、、赤羽先生の帰国後のコメントは熟慮されていて感心した。まずはゆっくりと休養をとって考える、本当にそうあって欲しいと切に思う。 

さだまさし

風に立つライオン

http://jp.youtube.com/watch?v=OyFixulQSNU

 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (4)

2008.11.28 23:37 |  診療  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 5

ドライブスルー診察wインフル対策

佐賀、厳密には鳥栖(九州の交通の要)市でおもしろい事やってます。何故にここまでインフルに鳥栖は熱いのか?なんかハリウッド映画をみているような錯覚に、、、多少めまいがw
たぶんお偉いさんがドライブスルーをみて閃いたんでしょうねorz

 ~新型インフルエンザの大流行で多数の患者が受診する事態を想定した訓練が27日、鳥栖市の鳥栖保健福祉事務所であった。院内感染を防ぐため、患者が車に乗ったまま医師の診察を受けるドライブスルー方式による「発熱外来」の運営などを試した。

 鳥栖三養基地区の医師会、薬剤師会、消防本部、鳥栖署、鳥栖市など8機関が参加。駐車場を一巡するコース上に受付、問診、診察、投薬ブースをつくり、車10台に乗った13人の患者と家族が受診した。

 医師4人が看護師とともに、車の窓越しやドアを開けて患者に症状を聞きながらノドや胸部を診察。新型インフルエンザの感染が疑われる患者にはタミフルを処方。重篤な患者は救急車の出動を要請し搬送するなどの手順を確認した。
 
 全国でもドライブスルー方式の診察訓練はなく、今回の訓練を通して車に乗った多くの患者を診察できるのか、狭い車内で点滴などの処置が可能かどうかを検証し、地域の対策に役立てる。併せて電話相談を受ける発熱相談センターの設置訓練も実施した。

【写真】新型インフルエンザに備えて、車に乗った患者を診察する訓練を実施=鳥栖市の鳥栖保健福祉事務所~

http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&mode=0&class...

固定リンク | コメント (1) | トラックバック (1)

2008.11.07 19:56 |  開業 / 病院経営  |  海外留学  |  グルメ / お酒  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 6

ドギーバッグ下さ~い

海外では食べ残すとドギーバッグと言えば店員が箱を持ってきてくれます。皆で適当に分ける、一人暮らしの参加者に渡すとかするのが習慣になっています。食中毒になるかどうかは自己責任という考え方ですが、日本ではこの自己責任と割り切ることが出来ない為?普及していません。

私の娘は黙っていてもドギーバッグと店員に言ってましたが帰国してからは言わなくなりました。親も言ってません。習慣がないということもありますね。ただ中華料理店では出してくれる店、結構あるように思います。
有名な話では故 美空ひばりさんが食事の後に残ったらドギーバッグを持ってこさせて皆に分けたという話も。

日本人の「もったいない」精神には合う習慣なんですが、自己責任という概念を忘れてしまい食中毒をおこそうもんなら食堂、レストランの責任!としてしまう風潮から衰退した習慣なんでしょうか?土地によっては日本でもリクエストすれば用意してくれますが、嫌な顔する店もあります。

もちろん自分でタッパを持参して持ち帰る方法もありますが、スーパーにエコバッグすら持っていくのを忘れる自分としては、、、Doggie!

私個人はドギーバッグ広まってくれないかな~と願っています。

~広がる?「ドギーバッグ」 海外では当然も…食中毒恐れ、日本は消極的
11月7日12時44分配信 産経新聞

「食べ物を捨てるのはもったいない」とドギーバッグを手にする桝谷周一郎シェフ=東京・広尾のルッカ(写真:産経新聞)

 レストランなど飲食店で、食べ残した料理の「持ち帰りサービス」を実施するところが増えてきた。9月には「ドギーバッグ」と呼ばれる専用容器も発売され、食品廃棄物の削減に向けた取り組みとして注目が高まっている。海外では当たり前とされる「食べ残しの持ち帰り」だが、食中毒の恐れから日本では拒否する店も少なくない。果たして普及は進むのか?(中曽根聖子)

  ■写真で見る■ 「ドギーバッグ」の容器って、どんなもの?

 ≪もったいない≫

 「お持ち帰りになりますか?」

 東京・広尾にあるイタリア料理店「オステリア ルッカ」。ここでは、スタッフが客の食べ残し具合を見ながら声をかけ、サラダや肉、魚料理などを専用の容器に詰めてくれる無料サービスが女性客らに好評だ。声をかけた人のほぼ9割が持ち帰り、自分で容器を持参する常連も増えたという。

 「世界中に飢餓で苦しむ子供がいるのに、食べ残しを捨てるのはもったいない。以前から、店で何かできないかと考えていた」

 桝谷周一郎シェフは、サービスを開始したいきさつをこう説明する。

 ≪恥ずかしい…≫

 同店で利用する容器は、デザイン雑貨のレアック・ジャパン(東京都港区)が手がける折りたたみ式「ドギーバッグ」(大小2個で1セット、819円)。プラスチック製まな板などに使われるポリプロピレンで作られており、洗って繰り返し使えるのが特徴だ。9月から、全国の東急ハンズや通販サイトが取り扱いを開始し、同社は年間500万セットの販売を見込む。

 宮沢勲社長によると、海外のレストランでは食べ残しを持ち帰る習慣は当たり前。特に1人分の量が多い米国では「犬の餌にする」という意味で名付けられた「Doggie bag(ドギーバッグ)」がどの店にも置かれているという。

 「日本ではもったいないと思っても、恥ずかしくて言い出せない人も多い。ドギーバッグの導入に前向きな自治体や商店街もあるので、将来的には実施店が一目で分かるマークを掲げ、持ち帰り運動を定着させていきたい」と語る。

 農林水産省によると、日本の食料自給率は40%にとどまる一方、外食産業による食品廃棄物は年間約300万トンに上る。食べ残しを減らす取り組みが各地で始まっており、「おいしいふくい食べきり運動」を展開する福井県では、ホテルや飲食店など約50店舗が持ち帰り用容器を提供している。

 ≪自己責任≫

 ただ、日本では客が持ち帰りを希望しても断る店は少なくない。欧米と違い夏場は高温多湿で、食べ物が腐りやすいという懸念があるからだ。外食チェーンが加盟する日本フードサービス協会では「持ち帰った後でお客さまがいつ、どんな状態で食べるのか、店側は責任が持てない。食中毒などの事故があればチェーン全体の問題になりかねず、積極的に導入するのは難しい」とみる。

 とはいえ、米国に本社を置く「アウトバックステーキハウスジャパン」のように、東京や大阪など全国の店舗で持ち帰り無料サービスを実施するチェーン店もある。容器に日付を記入し、「お早めにお召し上がりください」と声をかけるなど、衛生面に細心の注意を払っている。

 米国生活が長い同社マーケティング・ディレクターの虎見弥生さんは「お持ち帰りはお客さまの自己責任が前提。トラブルは一度もない」ときっぱり。

 日本にも持ち帰り文化が定着するかどうかは、むしろ消費者一人一人の意識にかかっていると言えそうだ。 ~

固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.08.10 22:28 |  海外留学  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 11

長崎市長平和宣言よか~

伊藤市長さんも良かったけれど、田上市長さんの平和宣言良かったです。市長の平和宣言は有識者が集まって作っているのですが、6日の広島市長の宣言より長崎の方が説得力がありました。英訳して世界に発信して欲しいです。各国の名前を出している点、キッシンジャー長官という著明人を出してアメリカの元国務長官の行動を出している点、永井博士の言葉と訴えるものがあります。毎年聞いている長崎市長の平和宣言の中で一番良かったと思います。 

~あの日、この空にたちのぼった原子雲を私たちは忘れません。   1945年8月9日午前11時2分、アメリカ軍機が投下した一発の原子爆弾が、巨大な火の玉となって長崎のまちをのみこみました。想像を絶する熱線と爆風、放射線。崩れ落ちる壮麗な天主堂。廃墟(はいきょ)に転がる黒焦げの亡骸(なきがら)。無数のガラスの破片が突き刺さり、皮膚がたれさがった人々が群れをなし、原子野には死臭がたちこめました。   7万4千人の人々が息絶え、7万5千人が傷つき、かろうじて生き残った人々も貧困や差別に苦しみ、今なお放射線による障害に心もからだもおびやかされています。   

今年は、長崎市最初の名誉市民、永井隆博士の生誕100周年にあたります。博士は長崎医科大学で被爆して重傷を負いながらも、医師として被災者の救護に奔走し、「原子病」に苦しみつつ「長崎の鐘」などの著書を通じて、原子爆弾の恐ろしさを広く伝えました。「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」という博士の言葉は、時を超えて平和の尊さを世界に訴え、今も人類に警鐘を鳴らし続けています。   

「核兵器のない世界に向けて」と題するアピールが、世界に反響を広げています。執筆者はアメリカの歴代大統領のもとで、核政策を推進してきた、キッシンジャー元国務長官、シュルツ元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院軍事委員長の4人です。   4人は自国のアメリカに包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を促し、核不拡散条約(NPT)再検討会議で合意された約束を守るよう求め、すべての核保有国の指導者たちに、核兵器のない世界を共同の目的として、核兵器削減に集中して取り組むことを呼びかけています。   

これらは被爆地から私たちが繰り返してきた訴えと重なります。   

私たちはさらに強く核保有国に求めます。まず、アメリカロシアとともに、核兵器廃絶の努力を率先して始めなければなりません。世界の核弾頭の95%を保有しているといわれる両国は、ヨーロッパへのミサイル防衛システムの導入などを巡って対立を深めるのではなく、核兵器の大幅な削減に着手すべきです。英国、フランス、中国も、核軍縮の責務を真摯(しんし)に果たしていくべきです。   国連と国際社会には、北朝鮮、パキスタン、イスラエルの核兵器を放置せず、イランの核疑惑にも厳正な対処を求めます。また、アメリカとの原子力協力が懸念されるインドにも、NPT及びCTBTへの加盟を強く促すべきです。   

我が国には、被爆国として核兵器廃絶のリーダーシップをとる使命と責務があります。日本政府は朝鮮半島の非核化のために、国際社会と協力して北朝鮮の核兵器の完全な廃棄を強く求めていくべきです。また、日本国憲法の不戦と平和の理念にもとづき、非核三原則の法制化を実現し、「北東アジア非核兵器地帯」創設を真剣に検討すべきです。

   長崎では、高齢の被爆者が心とからだの痛みにたえながら自らの体験を語り、若い世代は「微力だけど無力じゃない」を合言葉に、核兵器廃絶の署名を国連に届ける活動を続け、市民は平和案内人として被爆の跡地に立ち、その実相を伝えています。医療関係者は、生涯続く被爆者の健康問題に真摯に対応しています。   

来年、私たちは広島市と協力して、世界の2300を超える都市が加盟している平和市長会議の総会を長崎で開催します。世界の都市と結束して、2010年のNPT再検討会議に向けて核兵器廃絶のアピール活動を展開していきます。国内の非核宣言自治体にも、長崎市が強く呼びかけて活動の輪を広げていきます。   

核兵器の使用と戦争は、地球全体の環境をも破壊します。核兵器の廃絶なくして人類の未来はありません。世界のみなさん、若い世代やNGOのみなさん、核兵器に「NO!」の意志を明確に示そうではありませんか。   被爆から63年が流れ、被爆者は高齢化しています。日本政府には国内外の被爆者の実態に即した援護を急ぐよう重ねて要求します。   

ここに原子爆弾で亡くなられた方々の御霊(みたま)の平安を心から祈り、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。   

2008年(平成20年)8月9日  長崎市長 田上富久~

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.07 21:35 |  映画 / 音楽 / 読書  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 10

焼き場に立つ少年

焼き場に立つ少年は、亡くなった幼い弟を、おんぶ紐(ひも)で背負い、直立不動で火葬の順番を待っている10歳くらいの少年を撮影したものだ。はだしの少年の、きつくかみしめた唇には、血がにじんでいたと、後にオダネル氏は語っている。足に浮腫がみられた少年は、その後どんな人生を歩んだのか、オダネル氏は再会を望んだが、果たせなかったという。1945年、長崎、ジョー・オダネル撮影

 

ジョー・オダネル
1945年、被爆した広島・長崎や空襲で被災した各地の様子を記録するため、占領軍カメラマンとして来日。46年帰国後、私用カメラで撮影した写真ネガを罪悪感から自宅のかばんにしまい込んだ。49年から68年まで、米国情報局ホワイトハウス付カメラマンとして、トルーマンら歴代の大統領に仕えた。
 89年、米国内の反核運動に触発されてかばんを開け、90年米国で原爆写真展を開催。写真集「トランクの中の日本」(小学館)を出版。2007.8.9 母国アメリカで脳卒中のため死去。長崎での写真展に彼の息子が訪れ、長崎で笑顔の子供達を写真に撮った。父、オダネルが生前、あの時、長崎に笑顔はなかったと息子に話していた。

 

ジョー・オダネルのコメント

佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。
荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。

10
歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも裸足です。
少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。
この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。
男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。
少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。
夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。

 

昨年彼の死亡を伝えた新聞から~

The photographs were stricken from curators' plans, as were other features that offended veterans. In an interview that year with National Public Radio, Mr. O’Donnell contended that, given what he had seen immediately after the war, Japan could have been defeated with conventional arms, and without the hundreds of thousands of American casualties that an invasion of the Japanese home islands had been expected to entail.


退役軍人の怒りを買った他の展示と同様、その写真はキュレーターの企画から削除された。この年の国営ラジオNPRのインタビューでオドネル氏は議論を投げかけた。彼が戦後すぐに見たものからすれば、日本は通常兵器で敗戦に追い込むことができた。しかも、本土上陸による十万人規模の犠牲者を要せずとも可能だった。
   

固定リンク | コメント (1) | トラックバック (1)

2008.08.06 11:07 |  医療事故  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 13

大野病院事件判決に際して

「福島県立大野病院事件判決に際して、全国医師連盟の声明」

はじめに、今回の手術でお亡くなりになられた方、そして御遺族の皆様方に心より哀悼の意を捧げます。

平成十六年十二月十七日、福島県立大野病院で、患者さんが帝王切開術中の大量出血によりお亡くなりになりました。この手術を担当した産婦人科医は、業務上過失致死罪(刑法211条1項)および異状死の届出義務違反(医師法21条違反)容疑で逮捕、起訴されました。本年八月二十日には、一審判決の言い渡しが予定されています。

予期しない医療事故が生じた場合、後遺症を負った患者さんや御家族、あるいは患者さんが不幸にして亡くなられた場合の御遺族には、耐え難い悲しみが襲いかかります。同時に、現実生活の上で経済的困難が大きく立ちはだかります。
現在の医療技術や診療環境の実際においては、どうしても不幸な医療事故をゼロにすることは出来ません。

不幸な医療事故が起きたときには、それが医療従事者による過失によるものだったのか、あるいは人の力では如何ともし難い結果だったのかを問わず、こうした患者さんや御家族・御遺族を社会的に慰撫し、経済的に救済する必要があります。

私達医師は、国によってその制度が設立されることを望み、また制度設立のために協力を致したいと思います。

もう一つ重要なことが有ります。
この事件では、担当医の逮捕、起訴という衝撃もあり、多くの医療団体及び医学系の学会から「これでは医療が出来ない」との抗議声明が出ております。
多くの医師達は、本件訴訟において検察側・弁護側の立証から明らかになった診療経過を検討し、本件担当医と同じ診療条件に置かれた場合、最善の医療を施しても助け得なかったのではないかと判断しています。
また、日常診療における予期しない死亡事故が起こったとき、最善の医療を行っていても、不幸な結果のみで過失犯として断罪される危険を強く感じました。
私達は、本件の逮捕、起訴が誤りであったことを確信しています。

私たち医師は、救命救急活動中や日常診療中に予期しない事態に遭遇することはまれではなく、その際、判断を瞬時に行わなければ患者さんの死に直結します。その一連の医療行為を後で検証すれば、正しい判断であったかどうか不明な部分は必ず出てきます。
しかし、それは後方視的検討によって浮かび上がる問題点であり、今後の医療の改善に役立つ情報ではあっても、その当時に通常の医師として為すべきことを為したかという過失認定とは異なるものです。従って、救命活動などの緊急時の医療行為は、多くの場合、業務上過失致死罪の成立が阻却されると考えます。

医療事故に対して無闇に刑事訴追を行うことは、国民と医療者との対立を深め医療現場の荒廃を生み、その結果が国民には、十分な医療を受けられないという不利益となってはね返ります。
福島大野病院事件のような事件を、二度と繰り返してはなりません。国民に必要な医療を守り医療事故から救済するために、全国医師連盟は以下の事を主張いたします。

医療過誤の有無を問わず不幸にして予期せぬ医療事故に会われた患者さん、御家族、御遺族への社会的慰撫と経済的救済を行う制度の設立を強く望みます。私達医師は、その救済制度実現に協力いたします。

また、救命活動時の医療行為に対する刑事罰適用は限定し、刑事訴追を回避する法的整備を望みます。

これらの救済制度の実現と刑事訴追回避のための法整備は、国民と医療の未来の為に、是非とも必要な措置であると信じます。

平成二十年八月五日
全国医師連盟

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (4)

2008.07.16 12:55 |  恋愛 / 結婚  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 8

解夏

ベーチェット病を発症した小学生教諭が次第に視力を失っていく過程の苦悩とそこから立ち直っていくまでを描いた作品です。2004年映画化、ドラマ化(愛し君へ)されています。

東京から恋人が長崎まで追いかけて来るのですが、失明までに故郷長崎の風景を目に焼き付けたいという思いから毎日散歩して長崎の風景が描写されています。さだまさしだけあって描写が正確に書けていて懐かしい風景が目に浮かびます。

聖福寺という禅宗の寺で出会った林という老人が結夏、その対語となる解夏(げげ)について語ります。仏教の僧が夏に行う安居という修行が終わる時をいうそうです。失明までの不安、恐怖は失明した時点で喪失する、それが彼にとっての解夏となります。

失明の恐怖って考えたことはありませんでした。素人的には真っ暗、暗闇になるのかと考えていたら最後は乳白色になる、なるほど。ベーチェット病の発作、進行具合が医師としては興味がありますし、失明までの恋人とのやり取り、長崎の情景が目に浮かんで、内容は決して明るくないのですが夏のお勧め短編集です。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.07.12 21:36 |  映画 / 音楽 / 読書  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 5

分身

東野圭吾 分身

東京と北海道に住む全く見ず知らずの2人の女性が、出生の秘密探求をほぼ同時に開始。両親に全く似ていないことから自分には出生の秘密があるのではと調べだす北海道の鞠子。「テレビに出てはダメ」との母親の言いつけを破ったことから人生が狂いだした東京の双葉。やがてお互いが双子以上にそっくりであることを知る。東野氏はクローン羊からヒントを得たのでしょうね。

東京と北海道で交互に進行する展開で核移植、クローンと医療や生物学に関係ない人間でも分かり易く書いており、近い将来起こるんじゃないか?なんて考えながら読んでいました。残念なのはクローン人間を作る動機、クローン人間である女子大生を追いかけて卵子を取り出さないといけない必然性に無理があったでしょうか。

クローン人間の2人には親近感が生まれるのですが、2人の母親ともいうべき女性からは疎まれる現実。20年前の自分の若い姿を見て老いた自分が情けなく見えてくる、これって起こりえますよ。それと対比して血縁関係のない親子愛の重さが伝わってきます。

2人の女子大生がどこで会うのか?先が読みたくて一気に読んでしまいました。 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.06.13 18:27 |  開業 / 病院経営  |  侍脳外科医  | 推薦数 : 12

電子カルテの罪

国公立病院で病棟クラークがいない病院に各病棟、外来に1人置くことに異論はありません。厚労省も率先して予算をつける位で結構なことです。
しかし既に病棟、外来にクラークを置いている民間病院、私立大学病院で電子カルテを導入している病院では何らメリットがありません。

病棟クラークは当然1人は必要なのですが2人居るかと言われるとNoです。なぜならほとんどの病院は電子カルテ化していますからレセプトを含めて医師が書く項目、書類が多過ぎます
これをクラークが代行できますか?入院証明書も手書きからパソコンで入力が望ましいと保険屋が推奨して日生の子会社他多数のソフトが出ています。

以前のように紙カルテ時代ですと病棟クラークを2人置くことに意味はあるのですが、現在の日本の医療状況ではクラーク一人で十分です。

電子カルテの医師業務時間を少なくするソフトの導入、例えば診断書、入院証明書の類はソフト導入で仕事量を減らせます。医事課にも少し権限を与えてレセプト業務、DPCの記載権限を譲る必要があります。クラーク増だけでは医師の仕事量軽減にはなりません。
実際に事務仕事をしない教授陣、厚生労働省のお役人はこの辺が全く理解できていません。

固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

 ◆全国医師連盟設立集会を6/8(日)1300時~ 東京FMホールにて開催します。参加の事前登録を開始しました。 
〒102-0080 東京都千代田区麹町1丁目7番 FMセンター
 
参加費2000円
定員300名

参加資格は医師新組織の結成に賛同される方。事前登録が必要です(先着順)。
医療関係者以外に一般の方、メディアにも公開します。
■主催者からの挨拶
■来賓挨拶、および挨拶紹介
■役員紹介
■設立集会プレゼンテーション(予定)
○佐藤一樹先生 【被告人の立場からみた東京女子医大心臓手術事件の経緯】
○川嵜真先生 【被告人支援者医師の立場からみた杏林大学割り箸事件の経緯】
○中原のり子様 【医師の過労と医療の改善~あなたの子どものいのち、疲れ切った小児科医にまかせますか?~】
○江原朗先生  【医師の長時間勤務で医療安全は低下】
○澤田石順先生 【受診制限問題に関する行政訴訟(仮題)】
○木田博隆先生 【いまこそ医師の自律性が求められているー実践的倫理と作法ー】

 今回は、佐藤先生、川嵜先生の各先生方が発表されることになり、医療裁判の経験者と、医療刑事裁判の支援者の生の声が聴けるまたとない機会となります。
 また、中原のり子様は、過重労働による小児科医の自死で知られる中原医師の奥様で、現在、医師の過労と医療の改善の為に活動されております。
 また、小児科医として労働環境への積極的な提言があり、日本の医師の過重労働の実態を英文有力誌に発表されている江原先生のお話が聞けます。
 昨今は医療制度改悪の酷いニュースが続いておりますが 、患者の立場に立った医師の活動が重要となっております。澤田石先生は、受診制限に対して反対する行政訴訟を起こしており、勇気ある戦いに注目が集まっております。
最後に、福島県立大野病院産科医逮捕に早期に疑問の声を上げたグループのメンバー木田先生からは、事故調論議などを通してみえてきた「医師の自律と実践的倫理」についてお話しをされます。
 
 このように、設立集会では、医師の医療裁判や、過労の問題に加えて、患者さん救済の運動や、医師の倫理実践へのアプローチについても発表がなされ、設立集会にふさわしい内容となっております。

事前登録はこちらからお願いします。

http://www.doctor2007.com/recommend4.html

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)