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2008.06.26 18:20 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 35

やさしい患者さんを助けたい

外来診療中、受付の女性から声がかかりました。

「何だか、とても辛そうな方がお待ちになっているんですけれど・・・」

様子を見に行くと、上半身を折ったうずくまるような姿勢の方がいらっしゃいます。

「どうされましたか?」とお聞きしたら

「はい、お腹が痛くて・・・」

明らかに苦悶様の表情です。

順番を飛ばして診ると、お腹にエコーをあてて「えっ」と驚きます。

血液と思われる液体が、かなりの量溜まっています。

卵巣出血です。

 

急いで手術の準備をし、本人にも説明しますが、

痛みのあまり、話もまともに聞けないようです。

幸いにしてご家族がすぐに駆けつけて下さって、開腹手術になりました。

卵巣が裂けて、出血が続いています。

お腹の中に溜まっていた血液は、1000mlを超えていました。

もう少し遅かったら・・・と思うと、背筋が寒くなります。

 

術後、落ち着いてからご本人にお聞きすると、

「早朝、お腹が痛くて目が覚めたのですが、

 もうすぐ病院が始まる時間になると思って、我慢してしまいました。

 他の患者さんも大勢待っているので、私だけわがままを言ったら申し訳ないと思って」

とのことです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「コンビニ受診を控えよう」という運動が、少しずつ広まっています。

非常に重要なことです。

実際、コンビニ受診をする患者さんは見受けられます。

「生理痛の薬が欲しい」と夜間受診する人、

「1週間前からできものがあるけれど、昼間は仕事が休めないから」という人、

普段は妊婦健診をさぼって、時間外に受診しようとする人。

厳に慎んでもらわなければなりません。

現状のままでは、救急医療は破綻するでしょう。

 

その一方で、良識のあるやさしい方のことが、心配になってきました。

本文中の卵巣出血の患者さんもそうですが、

医師に聞きたいことがあるのに、

「こんなことを聞いてもいいのかな、忙しいのに迷惑ではないのかな」と、

医療者に配慮して下さるがために、遠慮したり、お悩みになっている女性が、

このコメント欄にも、何人もいらっしゃいました。

 

やさしい人の方が生きにくい世の中なのかな・・・

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2008.06.23 18:27 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 18

臍帯血に思うこと

お産の時に、臍帯血(胎盤と臍帯に残った血液)を採ることによって、

白血病のような重い血液疾患の治療に使うことができます。

臍帯血の採取・管理・供給をしている「臍帯血バンク」という事業があります。

臍帯血に関わっている方たちのお話です。

 

<臍帯血をバンクから全国各地に運んでいる人>

飛行機で臍帯血を運ぶ際、優先搭乗・優先降機になるそうです。

空港でも非常に細やかな配慮を受け、

航空会社の方々の臍帯血に対するご理解とご好意に、感謝するばかりです。

臍帯血の到着を待っていた血液内科の先生から

「血内も医者が足りません。患者さんの傍を離れられない中、届けて下さって、

 本当に助かります」

と感謝されたこともあるそうです。

「この仕事は、生命と善意のリレーです」。

ずっと年長の方の、輝く言葉でした。

 

<元患者さん>

白血病の治療は、非常に厳しいものです。

ひどい倦怠感、吐き気と嘔吐、全脱毛、精神的苦痛。

そんな中、「適合する臍帯血が見つかった」と聞いて

これで地獄から解放される、という思いと

提供してくれた妊婦さんに対する感謝だけで、精一杯だったそうです。

臍帯血移植を受け、元気を取り戻してから改めて、

臍帯血を提供してくれた妊婦さんだけではなく、

採血した産婦人科医や、臍帯血バンクの人たちの存在に気づき、

感謝の気持ちを伝えたいのだ、とおっしゃっていました。

元患者さんの言葉です。

「私には2回誕生日があります。

ひとつは本来の誕生日、もうひとつは臍帯血移植を受けた日です。」

 

<採血協力病院の産婦人科医>

「当直が何日も続いて、夜中に何件もお産があると、正直きついな、と思うことはあります。

でもそんな時に、臍帯血提供希望の妊婦さんのお産があると

”よし、頑張ろう!”という気持ちになります」

そうそう、そうなんですよねー。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「こんなご時勢に善意でやっている産婦人科には、しかるべき報酬が支払われるべきだ」

と言って頂くこともあります。

嬉しい評価です。

でも、不思議と何もほしくないのです。

ボランティアの何たるかが、ちょっとだけ理解できたのかも知れません。

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2008.06.16 18:52 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 19

中絶手術と産婦人科医の葛藤

20代後半の、妊娠初期の患者さんがいらっしゃいました。

診察すると、子宮の中に10数mmの小さな赤ちゃんがいます。

しかし、どうも浮かないご様子です。

気になって、患者さんの言葉を待っていると

「今回はあきらめようと思いまして・・・」

「・・・そうですか。それは、パートナーの方とよく話し合った結果ですか?」

「話し合って、彼は生んでほしいと言っているのですが・・・」

ここで、言葉が途切れます。

その日は、妊娠は間違いないこと、考える猶予はまだあることをお話して

診察を終えました。

 

数日後、再診にいらっしゃいました。

やはり今回はあきらめます、と言いながらも、今にも泣き出しそうなご様子。

お話をお聞きしたら、彼とは2人で育てて行こうと決めたのですが、

ご両親が、彼の職業を理由に反対なさっているのだそうです。

でも、2人とも20歳をとうに超えているし、

親と縁を切ってでも生んで育てたい、と思う一方で、

両親に大反対されてまで生まれた子が、幸せになれるのだろうか、

という思いも、ぬぐい切れません。

ご両親は、大丈夫、すぐに次の子ができるから、と言っているそうですが・・・

 

どんな手術でも、100%絶対に成功する手術は存在しません。

中絶手術でも、1000件に1件くらい子宮穿孔が起きますし、

術中の大量出血、子宮内腔癒着など、

今後の妊娠に影響する危険性も、皆無ではありません。

 

何故、我が子が選択した幸せを信じないのか。

中絶手術に伴う危険を冒し、心に傷を負わせ、

それでも親の選択が正しいのだ、と信じて疑わない自信に、

ただ、圧倒されます。

 

しかし、親子関係は様々で、本人同士にしかわかり得ないものがあります。

患者さん本人が悩んだ末辿り着いた、ひとまずの結論です。

却って混乱させるようなことは、言えません。

 

でもでも、大反対を押し切ってお産をしたら、

赤ちゃんを見た途端、骨抜きになった、という例は本当にあります。

 

いいえ、私は医師なんだから、

あくまでも医学的なアドバイスだけをすべきだろう、

あまり個人的な考えを述べるのは、控えなくては・・・

 

でも、私は医師だ。治療マシーンじゃない。

人間味があったって、いいじゃない。

 

医師も、迷います。

 

「ご両親は、リスクのこともご承知の上で、そうおっしゃっているのですか」

この問いには、言葉に詰まっていました。

 

結局、結論は先に持ち越されました。

最終的に患者さんがどのような選択をしても、支持するのが、

産婦人科医の仕事であると思っています。

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2008.06.08 15:02 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 45

いつまで続けられるか

最近、「いつまでこの仕事を続けられるだろう」と考えることが、多くなりました。

 

 

1 仕事に余裕がなくなってきた 

2年くらい前に比べて、明らかに仕事量が増えて来ました。 

産婦人科医が減っていることと、

分娩取扱いを中止する施設が相次いでいることが、ひとつの原因です。

また、以前だったら個人病院で充分お産できたような、例えば肥満や小さい子宮筋腫など

合併症とも言えないような軽微な状態の妊婦さんが、

総合病院に紹介されてくるようになったためです。

特に妊婦健診は混む一方です。

予約枠はないも同然で、2時間近くお待たせしてしまうこともあります。

好きな仕事ですから、別に1日中やっていても平ちゃらですが、

「お腹の大きい人や具合の悪い人をお待たせしている」という

心理的な圧迫感が、重いのです。

 

午前の外来が終わると、予定の手術です。

しかし、時間通りに始められなかったり、

時間ぎりぎりにope室に駆け込んだりすることが、多くなりました。

また、手術中にも診察や指示出しの催促の電話が

容赦なくかかってきます。

常に追い立てられている感じです。

 

 

2 訴訟のリスクを肌で感じる

未解決の術後合併症の患者さんが、いらっしゃいます。

お産の時に新生児仮死になって、予後が未定の赤ちゃんもいます。

今のところ訴訟沙汰になる気配はありませんが、

もしそうなったら、間違いなくボキッと行くでしょう。

「医療被害者が訴訟を起こすことが医療崩壊につながっているという誤った考えが

 一部の医者から出ている」

という主張もあるようですが、

今、私が産婦人科医療から逃散することになったら、

訴訟は間違いなくとどめになるでしょうから

少なくとも私に関しては、真実です。

実際、訴訟が原因で辞めた産婦人科医は、身近にいます。

 

 

お産や手術のような体力の要る仕事は、

いずれにしても、いつまでもできるものではありません。

ゆくゆくは、産婦人科医としての経験を生かして、

女性のメンタルケアにゆっくりじっくりと取り組んで行くのが、私の夢です。

でも、最近の「常に追い立てられている感じ」と、訴訟と常に肉薄している恐怖を思うと

ちょっと早いけれど、女性のメンタルに専念しようかな・・・と思うのです。

本当はもうしばらく、お産をやりたいのですが。

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2008.05.31 18:56 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 42

小さな紳士

外来に、産後1ヶ月健診の方がいらっしゃいました。

順番が来たのでお呼びすると、

コンコン、という元気のいいノックの音に続いて入って来たのは、

生まれた赤ちゃんの、お兄ちゃんです。

4,5歳でしょうか。

入るなり、”きをつけ”の姿勢で私に向かって

「せんせい、いもうとのおさんのときは、ありがとうございました」

もう、感激のあまり、全身の骨がずるんと抜けそうになります(笑)

 

後でママにお聞きしたら、お産の時、お兄ちゃんは

ママにつき切りで、励ましてくれたのだそうです。

その姿を見た私が

 「お兄ちゃんが励ましてくれたおかげで、いいお産ができましたね」

と、褒めたらしいのです。

それが嬉しくて、ありがとうを言いたくて、

前の晩からお礼の挨拶を練習して、来てくれたそうです。

あ~~~、感激!!

 

いいでしょ? 産婦人科医。

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2008.05.22 06:30 |  診療  |  生活 / くらし  |  なな  | 推薦数 : 21

真夜中の電話

深夜、病院からではない携帯の呼び出し音。

 

「ふぁい、もしもし」

「あ、ななちゃん、俺・・・」

 

電話の相手は産婦人科医局の同期、沖田くん(仮名)。

「ああ。おきたくん。どしたの?」

「・・・ななちゃん、あのさ・・・」

「うん?」

「・・・俺って、顔、でかいかな」

「・・・。う、うーん、そおねえ。ま、首も太いんだから、いんじゃない」

「あ、そか。そだよな。ははは・・・」

「ははは」

「・・・・・」

「で、相談は何?」

「・・・最近さ、動悸するんだよね」

「へえ」

「それから、脈飛んだり。夜中に喉渇いて、目が醒めたり。

 あとね、ピザとナッツとフライドチキン食ったら、吐いちゃった」

「・・・」

「血液検査したらさ、肝酵素全部3桁だった。エコーあてらた、真っ白だったし」

「え・・・」

「でね、ななちゃん俺、思うんだけれど、

 無罪判決が出て、控訴されるくらいなら、あの地検の庭に麻の実まいてこようかと思って」

「あ、麻の実?」

「うんそう。で、生えて来た頃に、警察に通報する。

 あのさ、どうせ俺、もう肝臓も身体もぼろぼろだし、

 毎週5連直とかでくたくただし、

 このまま生きて産婦人科医やるより、地検をとっちめた方が

 多くの生命を助けられるんじゃないかと思うんだよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ここで、目が醒めました。 

あ、なんだ、夢か・・・

 

 

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2008.05.15 18:50 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 61

常位胎盤早期剥離の経験

もう、何年も前のことです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

夕方、私が外来で診ていた妊婦さん・裕美さん(仮名)が

陣痛が始まったので、今からいらっしゃるという連絡を受けました。

病棟で到着をお待ちしていたら、何故か入り口の警備室から電話がかかってきました。

「先生! 妊婦さんがお腹痛がって、立てないみたいです」

助産師と一緒に玄関に飛んでいくと、裕美さんがお腹を抱えて、うずくまっています。

痛がり方が、尋常ではありません。

にわかに緊張が走ります。

 

すぐに病棟に運んで、内診台に上がってもらったら、血性羊水が流れています。

赤ちゃんの心音は聴取できず、エコーをあてたら・・・

心臓は、既に、止まっていました。

嗚呼・・・

 

「裕美さん」と呼びかけると、

怯えきった目が私の顔を捉えて、一瞬表情が緩みます。

愛おしさが、こみ上げて来ます。

しかし、告げなくてはなりません。

「裕美さん、残念だけれど、赤ちゃん・・・亡くなっているみたい・・・」

「えっ・・・。先生、私はいいから、赤ちゃん助けて・・・」

なす術は、ありませんでした。

 

常位胎盤早期剥離です。

通常はお産になってから剥がれてくるはずの胎盤が、先に剥がれてしまう、

原因不明の恐ろしい病気です。

胎盤が剥がれてしまえば、赤ちゃんに酸素が行かなくなりますので、

赤ちゃんは数分で亡くなります。

さらにDICという血液凝固異常を併発すると、

血が止まりにくくなる一方で、血が固まり過ぎて血栓ができてしまうことがあり、

母体の生命も危険です。

なるべく早めに、死んだ赤ちゃんをお腹から出さないとなりません。

 

帝王切開が頭に浮かびましたが、準備する間もなく分娩が進行して、

あっという間にお産になりました。

急激に進んだお産にありがちなのですが、弛緩出血や頚管裂傷を起こすことがあります。

裕美さんの場合もやはり、なかなか血が止まりませんでした。

両手で子宮を圧迫して止血を試みますが、叶いません。

産婦人科医3人がかりで出血点を確認しようとしても、

子宮を圧迫している手を緩めると、ジャーッと血が出て、何も見えません。

輸血をオーダーし、院内にいた他科の先生にも来てもらって、

3本の点滴ルートから、輸血を注射器で流し込みます。

産婦人科部長が、決断しました。

「だめだ、開腹しよう」

 

お腹を開けてみて、全員が驚きました。

子宮頚管から子宮の壁に向かって、ざっくりと裂けています。

頚管裂傷が延長した、子宮破裂です。

子宮、取らないと、だめかな・・・

しかし部長が、粘ります。

鮮やかな手際で、すいすいと破裂した子宮壁を縫合し、

あっという間に縫い終わりました。

部長すごい、と思ったのも束の間、DICという凝固障害を引き起こしており、

縫合した針穴からも血が流れています。

もはや縫合では止血できません。

麻酔科の先生が、凝固因子をどんどん点滴します。

これで止血はできますが、今度は過凝固になって、血栓症を引き起こす危険があります。

しかし今、目の前の出血を止めないことには、裕美さんを救命できません。

 

最終的に出血は止まり、子宮を残せました。

裕美さんはICUに入院し、DICに対する厳重な治療を受け、

一時は透析をする状態になりましたが、生命は助かりました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

産婦人科医をしていると、全身の血液が沸騰するような、恐ろしい思いをすることがあります。

そのうちの何例かは、常位胎盤早期剥離によるものでした。

恐ろしく悲しい病態です。

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2008.05.06 14:16 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 56

前回帝王切開、前置胎盤の症例

戦場に向かうような気持ちで、手術に入ることがあります。

麻紀さん(仮名)は、前回帝王切開、前置胎盤の妊婦さん、

あの福島県立大野病院事件でお亡くなりになった妊婦さんと、同じ状態の方です。

 

考えられる範囲で、あらゆる準備をしました。

術者は私ですが、助手には産婦人科部長に入ってもらいます。

麻酔科の先生にも、よくよくご相談しておきました。

そして、麻紀さんとご主人にも、厳しい説明をしました。

前置胎盤で、通常の帝王切開より出血が多くなる可能性のあること。

もしかしたら、癒着胎盤である可能性があること。

場合によっては、子宮を取らないとならないかも知れないこと。

そして、麻紀さんと同じ状態の妊婦さんで、お亡くなりになった例があること。

 

私の話を静かにお聞きになっている麻紀さんご夫婦は、何と福島事件をご存知でした。

当然のことながら子宮温存を強くご希望されつつ、

万が一の場合は子宮全摘もやむを得ないということを、ご理解下さいました。

 

手術は、午後からでした。

午前の外来が終わってから、お昼を食べる時間はあったのですが、

緊張のあまり、何も喉を通りそうにありません。

レモンボルビックをひと口だけ飲んで、手術室に向かいました。

 

幸いなことに、物々しい準備や、皆の厳粛な覚悟をよそに、

あっけなく胎盤は剥がれ、ほどなく止血し、無事に手術は終了しました。

全身の力が、抜けます。

 

手術室の前で、ご主人が緊張した面持ちでお待ちになっていました。

無事手術は終了し、輸血もせず子宮も取らずに済んだことを説明し、

「もう一人いけますよ」と言い添えると、

ご主人は涙されていました。

 

麻紀さんの乗ったストレッチャーを引いて、病棟に帰る途中のことです。

新生児室で先に赤ちゃんと会ったご主人が、麻紀さんに話しかけます。

「赤ちゃん、かわいいぞ。なあ、ほんっっとに赤ちゃん、かわいいぞ。

 俺、チューしちゃおうかと思ったもん」

麻紀さんもナースも私も、一斉に笑い出します。

産婦人科医として、至福の時です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

手術が無事にできたのも、過剰なくらい厳重な準備ができたためだと思っています。

これも、大野病院事件という、苦くも貴重な前例があったおかげです。

あの事件がなかったら、あそこまでの準備はできなかったでしょう。

しかし、あの事件の顛末と昨今の状況を見ると、

この手術に入る前に、場合によっては刑事罰もあり得るだろうと、

覚悟せずにはいられませんでした。

今まで苦労してきた若い麻紀さんに、是非とも幸せになってほしいし、

そんな麻紀さんとご主人のために、子宮を残す努力をぎりぎりまで頑張るつもりでした。

それができなければ、医者ではありません。

しかし、どこまで頑張っていいものか。

きちんと見極められるのだろうか。

結果が悪かったら、書類送検ぐらいはされるんだろうな。

そう、思っていました。

 

帝王切開の前に、緊張しながらもそんとなことが思い浮かんでしまう現実が

ちょっと悲しくなりました。

 

 

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2008.05.03 20:01 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 27

町医者の問題意識:(4)価値観

恵理さん(仮名)は、不眠、頭痛、無月経、疲れやすさを主訴に受診された方です。

もうすぐ1歳になる男の子のママですので、もしかして育児が大変なのかな、と思い

それとなくお話を向けてみました。

 

聡明な恵理さんが語ったお話は、以下のようでした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

恵理さんは結婚前、大変なエリートコースにのった、職業婦人でした。

仕事に自分の存在意義を感じ、仕事は天職であり悦びの源であり、

生活の全てだったそうです。

仕事がどんどん発展して、活き活きと充実した毎日を送る中、

予定外に妊娠をしました。

迷った末、中絶を考えたそうですが、

当時の彼(現在のご主人)に、「お願い、産んで!」と頼み込まれて

考え直し、ご結婚されたそうです。

 

妊娠・出産の経過は良好でした。

しかし、どうしても赤ちゃんに愛情が湧きません。

何でも人並み以上に上手にこなしてきた恵理さんですが、

子育ては、そう思うようにいくものではありません。

ご主人は赤ちゃんをかわいがるのですが、恵理さんの辛い気持ちはわかってくれませんでした。

恵理さんを庇う気持ちもあったのかも知れませんが、

ご主人と赤ちゃんが2人で寝て、恵理さんは一人で寝ていたそうです。

周囲からは「育児のストレスね」と言われ、お姑さんからは叱咤激励され、

実のお母様には「心配をかけたくない」と話すこともできないまま、

恵理さんは孤立し、追い詰められて行きます。

 

楽しかった独身時代を思い出します。

快活な恵理さんはお友達が多く、

常に誰かと会っては、食べて、飲んで、しゃべっていたそうです。

大好きだった仕事、自分が一番輝いていた時間。

でも、妊娠によって生活の自由はなくなり、

築いてきたキャリアを捨てて、思うようにならない不本意な育児をやっている、今の自分。

子供を愛せず、育児に幸せを感じられない自分は、誰にも認めてもらえない・・・

これでは頭痛くらい起きても、当たり前でしょう。

 

恵理さんの言葉です。

「同性愛は法的に認められても、

母性のない女は、女としても人としても、認めてはもらえないんです」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

元来、女性は妊娠・出産に幸せを感じ、

自然と子供に愛情を感じるものと思われていました。

しかし、価値観の多様化と言われて久しい現在は、

必ずしもそうではなくなりました。

特に女性が「子供に愛情が持てない」と口にするのは、非常に勇気が要ります。

密かに同じ悩みを抱える女性のために、また、認められない価値観に苦しむ方のために、

このお話を綴りました。

 

痛み、お年寄り、モラル、多様な価値観。

町医者の課題は尽きず、挑戦は今日も続くのです。

 

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2008.04.27 14:14 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 25

町医者の問題意識:(3)モラル

3人とも、うちの病院でお産してくれた妊婦さんがいます。

3人とも、私が取り上げました。

産婦人科医の、勲章です。

 

1人目は、今の病院に赴任した時に前任者から引き継いで、

間もなくお産になりました。

 

2人目は、妊娠初期から私の外来に来てくれました。

毎回上のお子さんを妊婦健診に連れて来ていて、一緒にかわいがっていました。

自分が取り上げた子の成長を見れるのは、本当に嬉しいものです。

この妊婦さんと赤ちゃんが来るのが、毎回楽しみでした。

 

3人目も、初期から私の外来に来てくれました。

今度は子供2人を引き連れて、健診に来ていました。

ママにそっくりな2人の子は、外来ナースたちにも人気で、

みんなできゃあきゃあ言ってかわいがっていました。

妊娠経過中、入院が必要になった時には、

なかなか保育園が見つからなくて困っている彼女を、何とか助けようと

病棟師長が保育園探しに奔走していました。

 

小さなお子さんを2人連れて、大きなお腹を抱えて健診に通うのは、とても大変なはずですが、

いつも笑顔の、かわいらしい妊婦さんでした。

 

無事3人目をお産して、退院になろうという時、

医事課から電話がかかって来ました。

「実はこの方、今までの分娩費が未払いになっていまして・・・」

 

ええええ~~~~っっ??!

 

そもそも医事課が電話して来た理由が、

「今回は個室に入っているが、個室料は払わないと言っている」とのこと。

入院中に感染症にかかってしまったので、個室に隔離したのでした。

「個室に入ったのは自分の希望ではないから」というのが、個室料支払い拒否の理由だそうです。

感染症ですから、これは減免するとしても、

それどころか、前2回とも分娩費を踏み倒していたとは・・・

 

結局今回も、未払いで退院したそうです。

 

その後、産褥1か月健診にも来院せず、

赤ちゃんの1か月健診にも、来ていないそうです。

 

自分が取り上げたあの子たちは、一体どんな大人になるのだろう・・・

先を憂わずには、いられませんでした。

 

人間不信になりそう。

 

 

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