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2008.08.17 19:37 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 17

赤い髪飾り ~いちかばちかの治療~

その患者さんは、病院にいらっしゃった時には、ひどい状態でした。

痩せこけた身体に、お腹だけがポコンと出ています。

呼吸困難のため、横になることもできず、聴診器を当てると胸は水だらけです。

血液検査をしたら、生きているのが不思議なくらいの腎機能とDIC。

頬骨が突き出た小さな顔には不釣り合いなくらいの大きな目に、涙が浮かんでいます。

 

芙美子さん(仮名)は、まだ50代半ばの若さで、癌が全身に広がっている患者さんでした。

「癌が全身に広がっています。このまま何もしなければ、恐らくひと月も生きることはできません。

治療方法としては抗癌剤があり得ますが、残念ながら抗癌剤が効きにくい種類の癌です。

抗癌剤は副作用も強い薬ですので、使うことによって却って死期を早めてしまうかも知れません。

どうしますか。」

芙美子さんへの説明は、そんな内容でした。

気丈な芙美子さんは、抗癌剤治療を希望されます。

 

いちかばちかでやった抗癌剤治療は、奇跡的・劇的に効きました。

しかし芙美子さんは、強い副作用に苦しみます。

全脱毛、つまり髪の毛も眉毛も、睫毛もなくなってしまいました。

強い吐き気と苦悶感、倦怠感、重症の貧血、易出血、易感染で、

一時期は起き上がることもできなくなってしまいました。

 

少しでも苦痛を和らげようと、芙美子さんのベッドサイドに行っては、いろんなお話をしました。

芙美子さんは、海外生活の長い女社長さんであること。

肉親は既におらず、パートナーの方が唯一の心の拠りどころであること。

2人の出会いと、これまでの幸せな日々。

私の方からも、いろいろお話しました。

産婦人科医になった理由と、産婦人科医療の醍醐味、

大学院生活がさんざんだったこと(苦笑)、

当時、恋人募集中であったこと(笑)。

 

そんな他愛のない話を重ねているうちに、芙美子さんと私は、

とても波長が合っていることを感じるようになりました。

治療しているはずの私が、芙美子さんのベッドサイドに行くのが一日の楽しみになった頃、

芙美子さんは、当初予定していた抗癌剤治療をやり抜きました。

 

抗癌剤が奏功したら、今度は手術です。

しかし、人工肛門にしないことには、病巣を取りきれません。

ところが驚いたことに、芙美子さんは2つ返事で人工肛門を受け入れます。

 

手術前の、約1週間の絶食期間に入る前日です。

いつものように芙美子さんのところに行ったら、

芙美子さんは、ものすごい量の食糧を前に、むしゃむしゃと食べていました。

チョコレートや小さなお菓子の詰め合わせ、ケーキ、サンドイッチ、果物。

声も出さずに、ぼろぼろと泣きながら、ただ、食べ続けています。

なんて、切ない・・・

芙美子さんの横に座り、肩を寄せ合って、

芙美子さんの咀嚼の振動を、肩で共有することしか、できませんでした。

 

全脱毛になった芙美子さんは、いつも頭にバンダナを巻いていました。

輸血の日は「気合いを入れるため」赤、

白血球が下がりそうな日は、癒しの青、

抗癌剤が始まる日は、元気の出る黄色かオレンジ。

手術の朝、私も気合いを入れるために、赤い髪留めを選んできりっと結びました。

おはようございます、といつものように穏やかに笑う芙美子さんは、やはり赤いバンダナです。

「芙美子さん、今日は私も、ほらっ」

いつもと違う赤い髪留めを見ると、芙美子さんは大笑い。

つられて笑う私の目にも、うっすらと涙が滲みました。

 

そして、病理組織検査結果が返ってきます。

「残存腫瘍(-)」

・・・・・!!

走ってはいけない廊下を走り、結果を握ったまま、芙美子さんの部屋に飛び込みます。

「芙美子さんっ!」

いつにない勢いに、一瞬驚きの表情を見せますが、私の様子と、手には結果と思われる紙があるのを見て、

芙美子さんは何があったのか、感じ取ってくれました。

嬉し涙にむせぶ芙美子さんの姿に、涙をこらえることができず、

2人でただ、エンエンと泣きました。

あの私たちは紛れもなく、病気と闘う「同志」でした。

 

あれから5年近くたちました。

芙美子さんは社長業をお休みして、いよいよ人工肛門閉鎖術を受けるのだそうです。

私は友人として、お見舞いに行く予定です。

 

 

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