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加藤克彦先生の無罪が確定したようです。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008082900661
無罪判決を聞いた時、涙がにじみました。
喜びの涙ではない、敢えてなぞれば安堵の涙に一番近かったと思います。
医師としての人生観を、根底から覆す事件でした。
私自身は、加藤先生とは全く面識もなく、福島県には縁もありません。
共通点は、ただ産婦人科医だということ、だけ。
しかし私だけではなく、産婦人科医だけではなく、全国の医師たちの心をあまりにも大きく揺さぶり、
我が事のように必死に、真剣にさせた事件でした。
自分でも御し難いこの強烈な感情は、不思議ですらあります。
何故なのか。
それは、産婦人科医療に対する誇りを傷つけられる出来事だったからなのかも知れません。
産婦人科医ですから、いつでも訴訟のリスクと隣り合わせなのは覚悟していますが、
標準的な医療をしていて、国家権力を持って処罰しにかかってきたということが、
驚愕であり、圧倒されるような恐怖であり、
自分が一番大切にしてきたことを無残に蹂躙される、強烈な屈辱でした。
我々医師は、奴隷労働には極めて強い耐性を持っていますが、
患者さんから向けられるマイナス感情や敵意に対しては、非常に脆弱です。
まして相手が国家権力では・・・
加藤先生がお受けになった心的負荷は、窺い知ることもできません。
無罪確定によって、加藤先生と、志を同じくした全国の医師たちの心はいくらか救われますが、
皆の心の中で確実に何かが死んだという印象は、否めません。
私自身も、何故今も医者を続けていられるのかはわかりません。
外来も手術も分娩予約も混む一方、産婦人科医は減る一方で、
これからどうなるのか、わかりません。
しかし、考えても答えの出ない問いは存在するし、
時には、遠くは見ないことも必要。
我々を必要として下さる、目の前の患者さん一人一人を大切にすることを、
粛々と続けて行こうと思っています。
加藤克彦先生が、誇りと、普通の日常を、
一日も早く取り戻されることを、心から願います。
<9月3日:追記>
本日、加藤先生の無罪が法的にも確定しました。
このブログも目的を果たしましたので、これで修了したいと思います。
今まで支えて下さった皆様方、ほんとうにほんとうに、ほんとうにありがとうございました。
コメンターの方々とお話の場は残しておきたいので、
ここは、しばらくこのままにしておきます。
やさしい心に、感謝を込めて
なな
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お知らせのための記事です。
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今日は、寝る前にお祈りをします。
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明後日は、福島県立大野病院事件の、第一審判決の日です。
無罪が確定しても、福島県警と福島地検を、罰してはならないと思います。
警察も検察も、その道のプロフェッショナルだからです。
警察は、プロとして犯罪捜査をし、逮捕しました。
検察も、プロとして捜査・起訴・立証をしました。
専門家が判断して、その場その場で正しいと思って行ったことです。
しかし、専門家も人間ですから、過ちを犯します。
だから、誤認逮捕も冤罪も、存在します。
誤認逮捕をした警察官を処罰し、結果として無罪の人を起訴した検察官を処罰してしまったら、
警察官も検察官も、萎縮してしまいます。
警察が凶悪犯の逮捕を躊躇して、第2第3の犯罪が起きたり、
検察が迷った挙句不起訴処分にして、真犯人が野放しにされたら、
日本の治安が守れなくなってしまいます。
そんな危険な国にしてはなりません。
やるべきことは、警察・検察の処罰ではなく、
何故このような逮捕・起訴・裁判がなされてしまったのか、 原因を究明し、
二度とこのようなことが繰り返されないように、対策を立てることです。
処罰は、過失の根絶につながるのではなく、萎縮につながるものだと思います。
警察と検察が、萎縮することなく仕事ができる世の中を、願って止みません。
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それでは、おやすみなさい。
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その患者さんは、病院にいらっしゃった時には、ひどい状態でした。
痩せこけた身体に、お腹だけがポコンと出ています。
呼吸困難のため、横になることもできず、聴診器を当てると胸は水だらけです。
血液検査をしたら、生きているのが不思議なくらいの腎機能とDIC。
頬骨が突き出た小さな顔には不釣り合いなくらいの大きな目に、涙が浮かんでいます。
芙美子さん(仮名)は、まだ50代半ばの若さで、癌が全身に広がっている患者さんでした。
「癌が全身に広がっています。このまま何もしなければ、恐らくひと月も生きることはできません。
治療方法としては抗癌剤があり得ますが、残念ながら抗癌剤が効きにくい種類の癌です。
抗癌剤は副作用も強い薬ですので、使うことによって却って死期を早めてしまうかも知れません。
どうしますか。」
芙美子さんへの説明は、そんな内容でした。
気丈な芙美子さんは、抗癌剤治療を希望されます。
いちかばちかでやった抗癌剤治療は、奇跡的・劇的に効きました。
しかし芙美子さんは、強い副作用に苦しみます。
全脱毛、つまり髪の毛も眉毛も、睫毛もなくなってしまいました。
強い吐き気と苦悶感、倦怠感、重症の貧血、易出血、易感染で、
一時期は起き上がることもできなくなってしまいました。
少しでも苦痛を和らげようと、芙美子さんのベッドサイドに行っては、いろんなお話をしました。
芙美子さんは、海外生活の長い女社長さんであること。
肉親は既におらず、パートナーの方が唯一の心の拠りどころであること。
2人の出会いと、これまでの幸せな日々。
私の方からも、いろいろお話しました。
産婦人科医になった理由と、産婦人科医療の醍醐味、
大学院生活がさんざんだったこと(苦笑)、
当時、恋人募集中であったこと(笑)。
そんな他愛のない話を重ねているうちに、芙美子さんと私は、
とても波長が合っていることを感じるようになりました。
治療しているはずの私が、芙美子さんのベッドサイドに行くのが一日の楽しみになった頃、
芙美子さんは、当初予定していた抗癌剤治療をやり抜きました。
抗癌剤が奏功したら、今度は手術です。
しかし、人工肛門にしないことには、病巣を取りきれません。
ところが驚いたことに、芙美子さんは2つ返事で人工肛門を受け入れます。
手術前の、約1週間の絶食期間に入る前日です。
いつものように芙美子さんのところに行ったら、
芙美子さんは、ものすごい量の食糧を前に、むしゃむしゃと食べていました。
チョコレートや小さなお菓子の詰め合わせ、ケーキ、サンドイッチ、果物。
声も出さずに、ぼろぼろと泣きながら、ただ、食べ続けています。
なんて、切ない・・・
芙美子さんの横に座り、肩を寄せ合って、
芙美子さんの咀嚼の振動を、肩で共有することしか、できませんでした。
全脱毛になった芙美子さんは、いつも頭にバンダナを巻いていました。
輸血の日は「気合いを入れるため」赤、
白血球が下がりそうな日は、癒しの青、
抗癌剤が始まる日は、元気の出る黄色かオレンジ。
手術の朝、私も気合いを入れるために、赤い髪留めを選んできりっと結びました。
おはようございます、といつものように穏やかに笑う芙美子さんは、やはり赤いバンダナです。
「芙美子さん、今日は私も、ほらっ」
いつもと違う赤い髪留めを見ると、芙美子さんは大笑い。
つられて笑う私の目にも、うっすらと涙が滲みました。
そして、病理組織検査結果が返ってきます。
「残存腫瘍(-)」
・・・・・!!
走ってはいけない廊下を走り、結果を握ったまま、芙美子さんの部屋に飛び込みます。
「芙美子さんっ!」
いつにない勢いに、一瞬驚きの表情を見せますが、私の様子と、手には結果と思われる紙があるのを見て、
芙美子さんは何があったのか、感じ取ってくれました。
嬉し涙にむせぶ芙美子さんの姿に、涙をこらえることができず、
2人でただ、エンエンと泣きました。
あの私たちは紛れもなく、病気と闘う「同志」でした。
あれから5年近くたちました。
芙美子さんは社長業をお休みして、いよいよ人工肛門閉鎖術を受けるのだそうです。
私は友人として、お見舞いに行く予定です。
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ちょっと、ひと息なお話を。
1 天然無敵ナース!
外来に、笑顔のかわいい天然で無敵なナースがいます。
ある日の外来のこと。
いつも通り混雑する中、当日受付の患者さんのご主人らしき人が、窓口で何か言っています。
どうみても、怖いお兄さん風です。
怖いお兄さん:「どれだけ待つんだよ」
天然無敵ナース:「当日受付の方ですと、3時間くらいでしょうか」
怖いお兄さん:「俺ら、そんなに暇じゃないんだよね」
天然無敵ナース:「はい、私もです (^^)ニッコリ」
つ、つおい・・・(^^;
2 粋な心
産婦人科には、2年目の研修医がローテートしてきます。
研修医の田村先生(仮名)は、とても真面目で意欲的な先生ですが、
何故か手術の開腹も閉腹もやったことのない状態で、産婦人科に来ました。
手術手技に興味を持ってよく勉強しているし、とてもやりたそうにしています。
その日の手術は、閉腹になったのが19時頃でした。
是非田村先生にやってもらいたいところですが、
時間がおしており、麻酔科医もナースも婦人科のopeのために居残ってくれています。
田村先生は初心者ですから、私に穴があく程注視されながら、慎重に慎重に縫合することになるので、
当然時間がかかってしまいます。
気さくな麻酔科の指導医先生に、思い切って聞いてみました。
「先生、15分くらい余計にかかってもよろしいでしょうか。
田村先生に閉腹してもらいたいのですが・・・」
そうしたら、こんなお返事が。
「大丈夫ですよ。田村先生ならきっとなな先生と同じくらいの時間で縫ってくれますから」。
このひと言で、居残り組全員が許してくれました。
3 空飛ぶ健診チーム
島嶼部から、5人目の赤ちゃんを妊娠中の妊婦さんが来て下さっています。
上の4人の子たちは、みんなうちの病院で生まれています。
これだけでも、とても嬉しいことですが、
小さな島内で、うちの病院の評判を広めてくれたらしく、
同じ島から妊婦さんが何人かいらっしゃるようになりました。
島には産婦人科医も助産師もおらず、月に1回派遣された産婦人科医が
胎児エコーなしの健診をしているだけなのだそうです。
妊婦さんとお産の大好きな師長が言います。
「あの島、うちで生まれた子が増えてきたのよね。
本当は、子供たちの様子見たり、
妊婦さんや産後のママたちに保健指導したりしに行きたいと思ってるの。
月1くらいで、ヘリをチャーターして。
ね、いいと思わない?」
いいな~~。
うちの病院、ちょっと大きいノートパソコンくらいのエコーが最近入りました。
あれを持って、師長と組んで、月に1回ヘリで健診に行けたら・・・
師長と私の、夢です。