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福島県立大野病院事件が起きるまでは、私は眠っていました。
インターネットの使用目的は、電子メールと文献検索だけ。
テレビは見ないし、新聞はたまに読む程度、
医学関係も専門分野の勉強ばかりで、医療問題とか、法律や裁判とか、
全く無縁の世界でした。
地方の基幹病院から、産科閉鎖と共に撤退して来ましたが、
「こういうこともあるかな」くらいの認識でした。
当直がひと月15回を超えるようになっても、夜間に呼ばれる回数が増えても、
患者さんと向き合っていさえすれば幸せで、
仕事量が増えたことに、何の疑問も感じていませんでした。
辞めていく産婦人科医の仲間たちを見ても、
「今どきこんなきつい仕事、流行らないのよね~やっぱり」
くらいにしか思っていませんでした。
きっと10年後も同じように産婦人科医をやっていて、
少しずつ成長して、患者さんからもスタッフからも、もっと頼りにされるようになって、
年々幸せに産婦人科医療ができるようになるのだと、信じて疑っていませんでした。
平成18年2月18日、大野病院事件が起きました。
あまりに不合理な逮捕。
連日のように出される、医学系学会からの抗議声明。
100を超えた抗議声明に対抗するかのような、福島県警本部長賞授与。
たぎるような怒りに、私は目を醒ましました。
この異常な事件に接して、私がしたことは、インターネットでの検索でした。
調べてみると、情報の嵐です。
m3掲示板、医療系ブログ、HP、あちこちに峻烈な文章が掲げられています。
「私にも、何かできないだろうか」
そんな時、ふと「m3ブログ」をのぞいたら・・・
個性豊かなブログが、いくつも輝いていました。
東京日和、産科医療のこれから、がんばれあかがま、天国へのビザ、
さあ 立ち上がろう、マイアミの青い空、医者のホンネを綴りたい、やぶ医師のつぶやき・・・
惹きこまれるように読みました。
一気に、世界が広がります。
「私も書いてみよう。そしていつか、大野病院事件に対して峻烈な意見を書くんだ!」
そう思いながら、ひとまず患者さんたちのことを綴り出したら、綴り出したら、
止まらなくなってしまいました。
その間にも、「大野病院事件に対する峻烈な意見」は、
他の先生方がものすごいものをどんどんお書きになって、
言うことなんか、あっという間になくなって、そしてとうとう機会を逸しました(笑)。
一昨日、2歳を迎えた「ななのつぶやき」です。
当初の目的とは全然かけ離れてしまったものの、それなりの役割は存在するのかな、と
無理やり納得しています。
今日まで支えて下さった方々に、心からの感謝を込めて。
