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もう、何年も前のことです。
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夕方、私が外来で診ていた妊婦さん・裕美さん(仮名)が
陣痛が始まったので、今からいらっしゃるという連絡を受けました。
病棟で到着をお待ちしていたら、何故か入り口の警備室から電話がかかってきました。
「先生! 妊婦さんがお腹痛がって、立てないみたいです」
助産師と一緒に玄関に飛んでいくと、裕美さんがお腹を抱えて、うずくまっています。
痛がり方が、尋常ではありません。
にわかに緊張が走ります。
すぐに病棟に運んで、内診台に上がってもらったら、血性羊水が流れています。
赤ちゃんの心音は聴取できず、エコーをあてたら・・・
心臓は、既に、止まっていました。
嗚呼・・・
「裕美さん」と呼びかけると、
怯えきった目が私の顔を捉えて、一瞬表情が緩みます。
愛おしさが、こみ上げて来ます。
しかし、告げなくてはなりません。
「裕美さん、残念だけれど、赤ちゃん・・・亡くなっているみたい・・・」
「えっ・・・。先生、私はいいから、赤ちゃん助けて・・・」
なす術は、ありませんでした。
常位胎盤早期剥離です。
通常はお産になってから剥がれてくるはずの胎盤が、先に剥がれてしまう、
原因不明の恐ろしい病気です。
胎盤が剥がれてしまえば、赤ちゃんに酸素が行かなくなりますので、
赤ちゃんは数分で亡くなります。
さらにDICという血液凝固異常を併発すると、
血が止まりにくくなる一方で、血が固まり過ぎて血栓ができてしまうことがあり、
母体の生命も危険です。
なるべく早めに、死んだ赤ちゃんをお腹から出さないとなりません。
帝王切開が頭に浮かびましたが、準備する間もなく分娩が進行して、
あっという間にお産になりました。
急激に進んだお産にありがちなのですが、弛緩出血や頚管裂傷を起こすことがあります。
裕美さんの場合もやはり、なかなか血が止まりませんでした。
両手で子宮を圧迫して止血を試みますが、叶いません。
産婦人科医3人がかりで出血点を確認しようとしても、
子宮を圧迫している手を緩めると、ジャーッと血が出て、何も見えません。
輸血をオーダーし、院内にいた他科の先生にも来てもらって、
3本の点滴ルートから、輸血を注射器で流し込みます。
産婦人科部長が、決断しました。
「だめだ、開腹しよう」
お腹を開けてみて、全員が驚きました。
子宮頚管から子宮の壁に向かって、ざっくりと裂けています。
頚管裂傷が延長した、子宮破裂です。
子宮、取らないと、だめかな・・・
しかし部長が、粘ります。
鮮やかな手際で、すいすいと破裂した子宮壁を縫合し、
あっという間に縫い終わりました。
部長すごい、と思ったのも束の間、DICという凝固障害を引き起こしており、
縫合した針穴からも血が流れています。
もはや縫合では止血できません。
麻酔科の先生が、凝固因子をどんどん点滴します。
これで止血はできますが、今度は過凝固になって、血栓症を引き起こす危険があります。
しかし今、目の前の出血を止めないことには、裕美さんを救命できません。
最終的に出血は止まり、子宮を残せました。
裕美さんはICUに入院し、DICに対する厳重な治療を受け、
一時は透析をする状態になりましたが、生命は助かりました。
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産婦人科医をしていると、全身の血液が沸騰するような、恐ろしい思いをすることがあります。
そのうちの何例かは、常位胎盤早期剥離によるものでした。
恐ろしく悲しい病態です。