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2008.05.15 18:50 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 63

常位胎盤早期剥離の経験

もう、何年も前のことです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

夕方、私が外来で診ていた妊婦さん・裕美さん(仮名)が

陣痛が始まったので、今からいらっしゃるという連絡を受けました。

病棟で到着をお待ちしていたら、何故か入り口の警備室から電話がかかってきました。

「先生! 妊婦さんがお腹痛がって、立てないみたいです」

助産師と一緒に玄関に飛んでいくと、裕美さんがお腹を抱えて、うずくまっています。

痛がり方が、尋常ではありません。

にわかに緊張が走ります。

 

すぐに病棟に運んで、内診台に上がってもらったら、血性羊水が流れています。

赤ちゃんの心音は聴取できず、エコーをあてたら・・・

心臓は、既に、止まっていました。

嗚呼・・・

 

「裕美さん」と呼びかけると、

怯えきった目が私の顔を捉えて、一瞬表情が緩みます。

愛おしさが、こみ上げて来ます。

しかし、告げなくてはなりません。

「裕美さん、残念だけれど、赤ちゃん・・・亡くなっているみたい・・・」

「えっ・・・。先生、私はいいから、赤ちゃん助けて・・・」

なす術は、ありませんでした。

 

常位胎盤早期剥離です。

通常はお産になってから剥がれてくるはずの胎盤が、先に剥がれてしまう、

原因不明の恐ろしい病気です。

胎盤が剥がれてしまえば、赤ちゃんに酸素が行かなくなりますので、

赤ちゃんは数分で亡くなります。

さらにDICという血液凝固異常を併発すると、

血が止まりにくくなる一方で、血が固まり過ぎて血栓ができてしまうことがあり、

母体の生命も危険です。

なるべく早めに、死んだ赤ちゃんをお腹から出さないとなりません。

 

帝王切開が頭に浮かびましたが、準備する間もなく分娩が進行して、

あっという間にお産になりました。

急激に進んだお産にありがちなのですが、弛緩出血や頚管裂傷を起こすことがあります。

裕美さんの場合もやはり、なかなか血が止まりませんでした。

両手で子宮を圧迫して止血を試みますが、叶いません。

産婦人科医3人がかりで出血点を確認しようとしても、

子宮を圧迫している手を緩めると、ジャーッと血が出て、何も見えません。

輸血をオーダーし、院内にいた他科の先生にも来てもらって、

3本の点滴ルートから、輸血を注射器で流し込みます。

産婦人科部長が、決断しました。

「だめだ、開腹しよう」

 

お腹を開けてみて、全員が驚きました。

子宮頚管から子宮の壁に向かって、ざっくりと裂けています。

頚管裂傷が延長した、子宮破裂です。

子宮、取らないと、だめかな・・・

しかし部長が、粘ります。

鮮やかな手際で、すいすいと破裂した子宮壁を縫合し、

あっという間に縫い終わりました。

部長すごい、と思ったのも束の間、DICという凝固障害を引き起こしており、

縫合した針穴からも血が流れています。

もはや縫合では止血できません。

麻酔科の先生が、凝固因子をどんどん点滴します。

これで止血はできますが、今度は過凝固になって、血栓症を引き起こす危険があります。

しかし今、目の前の出血を止めないことには、裕美さんを救命できません。

 

最終的に出血は止まり、子宮を残せました。

裕美さんはICUに入院し、DICに対する厳重な治療を受け、

一時は透析をする状態になりましたが、生命は助かりました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

産婦人科医をしていると、全身の血液が沸騰するような、恐ろしい思いをすることがあります。

そのうちの何例かは、常位胎盤早期剥離によるものでした。

恐ろしく悲しい病態です。

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