| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
戦場に向かうような気持ちで、手術に入ることがあります。
麻紀さん(仮名)は、前回帝王切開、前置胎盤の妊婦さん、
あの福島県立大野病院事件でお亡くなりになった妊婦さんと、同じ状態の方です。
考えられる範囲で、あらゆる準備をしました。
術者は私ですが、助手には産婦人科部長に入ってもらいます。
麻酔科の先生にも、よくよくご相談しておきました。
そして、麻紀さんとご主人にも、厳しい説明をしました。
前置胎盤で、通常の帝王切開より出血が多くなる可能性のあること。
もしかしたら、癒着胎盤である可能性があること。
場合によっては、子宮を取らないとならないかも知れないこと。
そして、麻紀さんと同じ状態の妊婦さんで、お亡くなりになった例があること。
私の話を静かにお聞きになっている麻紀さんご夫婦は、何と福島事件をご存知でした。
当然のことながら子宮温存を強くご希望されつつ、
万が一の場合は子宮全摘もやむを得ないということを、ご理解下さいました。
手術は、午後からでした。
午前の外来が終わってから、お昼を食べる時間はあったのですが、
緊張のあまり、何も喉を通りそうにありません。
レモンボルビックをひと口だけ飲んで、手術室に向かいました。
幸いなことに、物々しい準備や、皆の厳粛な覚悟をよそに、
あっけなく胎盤は剥がれ、ほどなく止血し、無事に手術は終了しました。
全身の力が、抜けます。
手術室の前で、ご主人が緊張した面持ちでお待ちになっていました。
無事手術は終了し、輸血もせず子宮も取らずに済んだことを説明し、
「もう一人いけますよ」と言い添えると、
ご主人は涙されていました。
麻紀さんの乗ったストレッチャーを引いて、病棟に帰る途中のことです。
新生児室で先に赤ちゃんと会ったご主人が、麻紀さんに話しかけます。
「赤ちゃん、かわいいぞ。なあ、ほんっっとに赤ちゃん、かわいいぞ。
俺、チューしちゃおうかと思ったもん」
麻紀さんもナースも私も、一斉に笑い出します。
産婦人科医として、至福の時です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
手術が無事にできたのも、過剰なくらい厳重な準備ができたためだと思っています。
これも、大野病院事件という、苦くも貴重な前例があったおかげです。
あの事件がなかったら、あそこまでの準備はできなかったでしょう。
しかし、あの事件の顛末と昨今の状況を見ると、
この手術に入る前に、場合によっては刑事罰もあり得るだろうと、
覚悟せずにはいられませんでした。
今まで苦労してきた若い麻紀さんに、是非とも幸せになってほしいし、
そんな麻紀さんとご主人のために、子宮を残す努力をぎりぎりまで頑張るつもりでした。
それができなければ、医者ではありません。
しかし、どこまで頑張っていいものか。
きちんと見極められるのだろうか。
結果が悪かったら、書類送検ぐらいはされるんだろうな。
そう、思っていました。
帝王切開の前に、緊張しながらもそんとなことが思い浮かんでしまう現実が
ちょっと悲しくなりました。