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2008.01.31 18:21 |  診療  |  生活 / くらし  |  なな  | 推薦数 : 34

「ありがとう」のひと言

一日の元気の素、朝ごはんはしっかり食べます。

目覚ましシャワーを浴びた後、夕べのスープを温めながら、コーヒーを入れ、

サンドイッチを作り、フルーツを飾ります。

サンドイッチをひと口食べたところで、病院からの呼び出しです。

お産の最中に赤ちゃんの心音が下がってきたので、来てほしいとのこと。

入れたてのコーヒーもフルーツもテーブルの上に放置して

髪の毛は湿ったまま、寒い戸外に飛び出します。

 

赤ちゃんは、元気に生まれました。

一番ほっとする瞬間です。

 

外来で担当していた妊婦さんではないので、分娩室で初めてお会いした方です。

しかし、むずかしいお産になって、一番早く駆けつけられる上級医師として私が呼ばれ、

無事にお産になったことは、感じ取って下さったようです。

産婦さんの笑顔を見届けて分娩室を出ると

ご主人がドアの外まで来て、丁寧に頭を下げながら、お礼を言って下さいました。

「先生、ありがとうございました。」

 

このお産に立ち会ったことに対して、病院から出る報酬はゼロ円ですが、

ご主人の真摯な「ありがとう」の言葉に、心の報酬をたっぷりと頂戴しました。

医師なら、きっとこんな経験があると思います。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

私のところにも、研修医が来ています。

当然、手術にも入ります。

上級医師がやってしまえば、正確に早く終わるのは言うまでもありませんが、

それでは後達が育ちません。

若手のドクターにも執刀させるのが、医学の宿命です。

研修医に執刀させると、これまで私を育てて下さった産婦人科の師匠たちが

いかに忍耐強かったか、思い知ります(苦笑)。

指導するには、つい手を出してしまいそうになるのをグッと抑えて、見守らないとなりません。

 

自分で執刀するよりもはるかに緊張し、時間もかかり、opeを終えます。

さすがにぐったりしながら病棟に戻ると、執刀した研修医が待っていました。

私を見るなり立ち上がり、

「なな先生、今日はご指導ありがとうございました。」

・・・ああ、私が師匠から受け継いだものを、渡すことができたんだ。

疲れも、吹き飛びます。

指導者を経験すると、自分も成長します。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

opeやお産で、帰りが遅くなってしまうこともあります。

朝から混雑する外来をやって、時間があればお昼を飲み込んで、

そのままopeに入って、終わる頃には外は真っ暗。

今までだったらそのまま病院に泊まっちゃったり、

コンビニで何か買って帰って、食べるなり眠ったりしていましたが、

結婚してからはそうは行きません。

外来やopeをした勢いをそのままキープして、

わーっと食材を買って大急ぎで帰宅して、夕食の仕度です。

もちろん、そんなに手の込んだものはできませんが、

それでもなるべく夫がキャッと喜びそうな、栄養のあるものを、と考えながら。

 

夫の帰宅を待って、一緒に食事をします。

至福の時間です。

しかし食事を始めると、もうそれまでの勢いをキープできずに、ぐったりして食べ切れないことも(笑)。

そんな時でも、夫が

「おいしかったよ。ありがとう」

と言ってくれると、さあ、また美味しいものを作らなくちゃ!と思います。

主婦はこうして明日も頑張れる?!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ありがとう」のひと言に、

産婦人科医として、一人の人間として

毎日パワーをもらっています。

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2008.01.27 06:09 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 26

どんな病院で働きたいか

一万人を切る絶滅危惧種となった、産婦人科医です。

どんな病院で働きたいか、考えて(・・・というか、空想して遊んで)みました。

 

1 お産がいっぱいあるところ

  これは当然。

 

2 優秀でやさしい看護師・助産師の揃っているところ

  今のうちの病院みたいに♪(すみません、のろけて)

 

3 優秀で働かない上司と、イマイチでよく働く部下のいるところ

  逆だったら、たいへん。

 

4 当直食のおいしいところ

  重要です。

 

5 opeの道具や診療器具をすぐ買ってくれるところ

  金の鉗子、あと2本ほしいなー。

 

6 玄関から駐車場までの距離が近いところ

  車通勤していても、駐車場までたどり着けないくらいへとへとになることがあるので~。

 

7 患者さんの層が良いところ

  医療に対する正しい意識を持つ地域って、あるのです。

 

市民が医療に対する正しい意識を持って、今にも壊れそうな医療を守っている地域があります。

「県立柏原病院の小児科を守る会」です。3つのスローガンを挙げています。
1 コンビニ受診を控えよう
2 かかりつけ医を持とう
3 お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう
併せて、兵庫県立柏原病院HPの1月17日更新分もご覧になって下さい。
 

イソップ童話の「北風と太陽」を思い出します。

----------------------------------------------

あるとき、北風と太陽が力比べをしようとします。

そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をします。

まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとします。

しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、

北風は旅人の服を脱がせることができませんでした。

次に、太陽が燦燦と照りつけます。

すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまいました。

これで、勝負は太陽の勝ちとなりました。

----------------------------------------------

 

「もっと働いて、もっと頑張って」と言われ続けている現状と、

「これ以上頑張らずに済むには、どうしたらいいのか」という温かい視線と。

 

小児科医でなくても、全く別の地域に住んでいても、

「小児科を守る会」のお母さんたちの声を聞いて胸を熱くする医者は、

日本中にいるのではないでしょうか。

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2008.01.24 19:00 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 34

拒食症少女の記事に思う

拒食症で入院中の患者さんについて、精神科の先生から診察の依頼を受けることがあります。

入院が必要なほどの拒食症の患者さんは、まず無月経になっています。

極端にやせ細っていますので、月経どころではないのですが、

産婦人科医の立場からもケアをすることによって、患者さんを支えるのが目的です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

花子さん(仮名)は、拒食症で入院中の高校生の患者さんです。

身長155cm、体重27kgと、骨と皮だけのような身体に

どこかあどけなさが残る、かわいらしい女の子でした。

躾の行き届いた聡明なお嬢さん、という感じで、

月経や妊娠・出産のしくみをお話しすると、目を輝かせて聞いていました。

花子さんと私はすぐに仲良くなり、他愛のないお話をしに

毎日訪室するようになりました。

 

しかし。

日ごとに、花子さんの別人のような面を見るようになりました。

極度に体力が低下していますので、安静を指示されているはずなのに、

部屋に入ったら、室内に踏み台を作って、昇降運動をしている最中だったことがあります。

頑なに食べることを拒否している花子さんですが、

お料理の本や食べ物の写真に夢中になっていて、

ノックの音に気づかなかったりもしました。

花子さんにとっては、「デパートの地下はお花畑みたい」なのだそうです。

また、点滴をこっそり外して、「金の烏龍茶」のペットボトルに貯めているのを発見!

なんてこともありました。

 

情緒も不安定でした。

ほとんどは穏やかに笑っている花子さんですが、

暗い表情で「太るくらいなら死んだ方がまし」と言うこともありました。

もちろん、本気で言っているわけではありません。

「将来、赤ちゃん、ほしくない?」と聞くと

これには必ず「ほしいです」と答えます。

 

ある日のことです。

午前の外来が終わる頃、病院内全館放送で、緊急コールがかかりました。

招集先は、精神科病棟です。

患者さんの急変時にかかる招集の合図で、産婦人科医は行っても役に立たないことも多いのですが

ひとまず行きます。

 

行ってみると、呼ばれたのは、花子さんの部屋です。

全身に、鳥肌が立ちます。

必死で覗いた人垣の間から見えるのは、花子さんの枯れ枝のような手足が、

異様に伸び切って硬直した姿です。

麻酔科の先生が既に何人か駆けつけていて、必死で挿管を試みますが、入りません。

鼠径部の血管から点滴を入れると同時に、ブドウ糖や薬剤を投与しますが・・・

 

花子さんは、亡くなりました。

16歳でした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

拒食症は、5%が死に至る、恐ろしい病気です。

他にも、救急車で運ばれた患者さんを、何人か知っています。

意識を失い、調べたら血糖値が10mg/dlだった人。

こんにゃくゼリーを50個くらい食べて、腹痛で運ばれて来た人。

爆発的な過食の後、自己嫌悪感と絶望とで、手首を切ってしまった人。

 

1月19日付けの時事通信の記事からです。

同じ16歳の女の子が、拒食症で死亡しています。

 

<7病院断り、16歳少女死亡=拒食症で治療拒否-大阪> 

 大阪市で2006年11月、救急搬送を要請された16歳の少女が7病院に受け入れを断られた後、

搬送先の病院で死亡していたことが19日、分かった。

市は搬送遅れと死亡との因果関係は不明としている。

 市消防局によると、06年11月30日午後10時20分ごろ、少女の母親から

「娘が食事をせず、起きてこない」と119番があった。間もなく救急隊が到着、搬送先を探したが、

7病院に断られ、8病院目となる守口市の病院に搬送した。

救急隊が少女の自宅に到着してから搬送先の病院に到着するまで57分かかった。

 搬送先の病院によると、少女は拒食症で、到着時にはショック状態で意識が無かった。

約1時間後に心肺停止状態となり、翌朝心不全で死亡した。

それまでも複数の病院で受診していたが、治療を拒んでいたという。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

報道の仕方を、間違っていると思います。

書き方によっては、

「拒食症って怖いんだ、死んでしまうこともある、恐ろしい病気なんだ」

ということを、世の中の女の子とそのお母さんたちを啓蒙するのに

役立てることだってできたはずです。

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2008.01.16 18:30 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 26

産婦人科医療に残されたもの

恵子さん(仮名)は、高度不妊治療によってご妊娠された妊婦さんです。

いわゆる高齢妊娠の方には多いのですが、とにかく熱心です。

 

毎回、ご主人と2人で妊婦健診にいらっしゃって、

満面の笑顔で赤ちゃんのエコーに見入っています。

赤ちゃんが口など開けようものなら、もう、大はしゃぎ(笑)。

ご主人は、とにかく恵子さんが大事で大事で、

お腹の赤ちゃんが大事で大事で、

常に愛情あふれる表情で、恵子さんをいたわっていらっしゃいます。

とても微笑ましいご夫婦で、お会いする度に私の方が幸せな気持ちになっていました。

 

妊娠後期になると、今度はお母様もご一緒にいらっしゃるようになりました。

狭い診察室に大人3人、まあ入れなくはないですが、

お母様もおんなじ調子で、恵子さんとお腹の中の赤ちゃんをパワー全開でいたわります。

エコーが終わると、

ご主人とお母様と2人がかりでエコーゼリーを拭き拭きして、

ご主人が手を取って、お母様が背中を起こして差し上げています。

私の話も、皆さん全員で身を乗り出して

メモを取りながら、真剣な表情でお聞きになっていますので、

こちらもつい、説明に熱が入ります。

健診が終わると、恵子さんもご主人もお母様も私も

みんな一緒にぐったり、という感じでした(笑)。

 

分娩方式に関して、よく話し合いました。

恵子さんは、自然分娩をご希望されています。

いわゆる高齢初産ですので、微弱陣痛や分娩停止、胎児仮死のリスクがあること。

自然分娩にトライしても、途中で帝王切開になってしまう可能性があること。

恵子さんの場合、病院や産婦人科医によっては

最初から帝王切開を標準的方針にしているケースもあること。

 

その結果、自然分娩にトライし、

「ちょっとでも危険になったら、帝王切開にしましょう」ということになりました。

 

お産は、37週~41週くらいまでの間、いつ始まるかわかりません。

多少冒険的なお産ですので、その間、気が抜けません。

緊張半分と、

恵子さんご一家のことだから、どんな素敵なお産になるだろうというわくわく半分との心持ちで、

その日を待ちました。

 

ある日の夜中、恵子さんの陣痛が始まりました。

ご入院と一緒に、私も病院に入ります。

私より10歳は年上のご主人、それぞれのお母様、全員が徹夜です。

 

しかしこちらの心配をよそに、非常に順調に経過し、

普通にお産されました。

赤ちゃんも元気です。

 

リスクを伴いながらも、妊婦さんがご家族に囲まれて頑張ってお産をし、それを見守る。

産婦人科医の、ロマンです。

しかし今のような世の中になってしまって、こんなお産は、どんどん減ってきています。

 

私自身も、今回のようなお産はこれで最後になるかも知れない、と思いがなら

ここにしたためます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

産科医療を取り巻く環境は、年々厳しくなっています。

長時間勤務、緊急呼び出し、当直の多さに加えて、

どんどん離職者が出て、勤務条件は厳しくなる一方です。

加えて、訴訟に巻き込まれる割合が年々上昇し、

さらに産婦人科医全体の高齢化が進み、新人医師は減っています。

未来は明るくありません。

 

そんな中、産婦人科医に残されたものは、夢だと思うのです。

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2008.01.12 14:15 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  なな  | 推薦数 : 41

スーパーローテ、何のため?

全ての研修医に、新臨床研修制度が義務付けられて、数年たちます。

この制度は、医師が幅広い診療能力を身につけることを目的として、スタートしました。

「スーパーローテーション」と呼ばれ、

将来何科の医師になろうと、各科を研修することになっています。

 

産婦人科には、卒後1年間の研修を終えた先生が回ってきます。

これまで来た研修医は全員が、既に何科に進むか決めていました。

つまり、耳鼻科に進もうが皮膚科に進もうが、

お産や不妊治療、婦人科手術などを研修しなくてはなりません。

それも、たった1ヶ月の間です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

1 佐藤先生(仮名)は、呼吸器内科に進むことが決まっている研修医です。

opeの時、簡単な操作くらいはやらせてあげようかと思って、

「ope、興味ある?」と聞いたら

「いえ」。

(・・・あ、そ)。

と、私に冷たくされてしまいました。

でも熱心なので、切迫早産で入院中の妊婦さんたちみんなの胸に、毎日聴診器を当てています。

しかし、お腹が張ること以外は元気な若い女性たちに、毎日胸を出させているわけですから、

当然の流れとして、妊婦さんたちに嫌われてしまいました(苦笑)。

そんな佐藤先生ですが、

横で見ていると、必ず患者さんの目を見て話しています。

きっといいお医者さんになってくれるでしょう。

 

 

2 伊藤先生(仮名)は、循環器内科に進むことが決まっている研修医です。

 病棟で師長さんにオリエンテーションを受けた後、

「ところで、産婦人科部長に挨拶した?」と聞かれて、

返事は、

「どうして挨拶しないとならないんですか」。

 

引継ぎの言葉が飛び交っていたナースステーションが、シン・・・としました。

 

どこの病棟でもそうですが、病棟を仕切っているのは医者ではなく、師長さんです。

師長さんに嫌われたら、おしまいです。

産婦人科には興味がないとしても 

この先、どうするのでしょうね・・・

 

 

3 斉藤先生(仮名)は、私が所属する産婦人科医局に入局することが決まっている研修医です。

実に、熱心です。

夜中だろうが休日だろうが、お産がありそうとなると、やって来ます。

毎日全ての患者さんのベッドサイドを回り、我々よりもよく患者さんの話を聞いています。

opeの時も「ちょっと、そんなに近寄ったら手術できないでしょ」と言われるくらい、

熱心に見入っています。

「身体壊すから、もう今日は帰ったら」と、こちらが言いたくなるくらい、病院に張り付いています。

「是非、自分の部下にほしい」と思うような、好人物です。

 

しかし、最近は分娩の研修ができる病院が減ってきて、

他の病院から産科の研修だけしに来ている人が増えており、

数人の研修医がいっぺんにかち合ってしまうことがあります。

産婦人科医局で自分の後輩になることが決まっている、超熱心な斉藤先生に、

本当だったら全ての手術に入ってもらいたいのですが、

他の研修医の手前、そうも行きません。

本人は「見るだけでも勉強になりますから」と謙虚なことを言っていますが、

他科に進むことが決まっている研修医の先生たちも、遠慮がちです。

私自身が、研修医時代に上の先生たちにかわいがってもらったように、斉藤先生にもしてあげたいのに、

そんな気持ちも、活かすことができません。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

産婦人科のことしかわかりませんが、

たった1ヶ月研修したところで、

「幅広い診療能力」の足しになるとは、到底思えません。

おそらく、正常分娩ひとつ取ることができないでしょう。

一体誰の、何のためになるのか。

 

スーパーローテーションは、当然現場から出た発想ではありません。

「現場のことは現場で決める」

「現場で起きた症例は、現場の人間が検討する」。

こんな当たり前のことがなされないから、医療が壊れてきたように思えてなりません。

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2008.01.07 18:22 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 24

「お正月をやろうよ。」

不妊のために悩む女性は、大勢いらっしゃいます。

 

約半年前の記事では、様々な苦悩を何とか乗り越えて体外授精に到達したものの、

受精卵を子宮に戻す段階で、どうしても受け入れられず、

クリニックの最寄りの駅で過換気発作を起こしては苦しむ、B子さんのお話をしました。

 http://blog.m3.com/nana/20070719/1

 

B子さんのような女性は、実は稀ではありません。

しかし、ほとんど同じ境遇にありながら、

ご主人のひと言の違いによって、全く違う転帰をたどった方がいらっしゃいます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

洋子さん(仮名)は、遅い結婚をされた、いわゆるキャリア女性です。

仕事に対して明確な目標を持ち、「この仕事は、天職だと思っています」と目を輝かせていました。

ご本人は、赤ちゃんは自然に授かるならそれでいい、というお考えですが、

ご主人がとても子供好きな方で、赤ちゃんを熱望されていました。

それなら、愛するご主人のために子作りをしよう、と決心し、

数々の段階を踏んで、体外授精にたどり着きました。

 

しかし、B子さんと同じ苦悩に陥りました。

受精卵の凍結保存まで成功していながら、子宮に戻すステップを、

どうしても心と身体が受けつけられません。

 

洋子さんはそれまで、本当は自分の望むことではない不妊治療と体外授精に

様々な無理を圧して、頑張りました。

産婦人科の診察なんて、誰だって嫌なものです。

恥ずかしいし、痛いし、怖いし、気持ちわるいし。

その上、洋子さんが何よりも大切にしていた仕事を休まなくてはなりません。

当然心は沈む一方で、感情のコントロールが困難になり、日常生活にも支障が出始めてきました。

 

ご主人は、洋子さんをとても大切になさる、やさしい方です。

診察室に入ったり、椅子に座ったりする仕草ひとつひとつに、

洋子さんに対する深い愛情がにじみ出ています。

しかし、多くの男性がそうであるように、不妊治療に通う女性の苦しさまでには

なかなか思いが及びませんでした。

洋子さんが、検査のためにキリキリと痛むお腹を抱えて帰宅しても、

労いの言葉をかけてはくれなかったそうです。 

 

ご主人を愛するがために頑張った洋子さんですが、ある日とうとう音を上げます。

「もうだめ、ごめんね、私にはもう、無理」

しかし、ご主人の返事は

「僕は子供がほしいから」、だけ。

 

洋子さんは、辛く苦しい気持ちをわかってもらおうと、説明しました。

 

クリニックに向かう途中、車道にふらりと歩み出て、トラックにはねられちゃえばいいと思う。

もう、仕事も何もかも放り出して、実家に帰りたい。

子供がほしいのはわかるけれど、子供がいないのなら私は要らないというのなら、

離婚して下さい、一人で生きて行きます。

 

それでも、それでもご主人の返事は

「僕は、子供がほしい。子供と、洋子と、3人で生きて行きたい」。

 

妊娠・出産は、甚だしい男女不平等です。

少なくとも、身体的負担や生命と健康の危険は、女性と男性では10対0。

男性にとっては楽な反面、愛する妻のために何ひとつ代わってあげられない苦しみもあるでしょう。

 

しかしご本人は、「泣かない日は一日もありません」というところまで追い詰められています。

こんな時我々医療者に、一体どんなケアができるのだろう、と考えあぐねたまま、事態は停滞しました。

 

ある日、転機は訪れました。

 

お正月の早朝、洋子さんは不妊クリニックに向かおうとします。

街には、トラックどころか、車もほとんど通りません。

日本晴れの空の下、大通りで足がすくんで、呼吸が苦しくなってきた洋子さんは、

何とか必死で、ご主人にメールを打ちます。

 

「だめ、もう、行けない」

 

待つこと数分、返って来たメールは

 

「行かなくていいから、お正月をやろうよ。帰っておいで」。

 

短いメールなのに、終わりの方は、涙で読めなかったそうです。

 

洋子さんの言葉です。

「胚移植に行けない私を主人が受け止めてくれたことで、すっと肩の荷が降りました。

 ひと月くらい、2人だけの時間を楽しんだら、子宮に戻そうと思います。」

 晴れ晴れとした、笑顔でした。

 

洋子さんがどうしても受け入れられなかったものは、

受精卵を子宮に戻すことでは、なかったのでしょう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  

仕事をしながら不妊治療に通う女性は、増える一方です。

しかし、「不妊治療のために仕事を休みます」とはなかなか言えないのが現状でしょう。

日本を上げて、少子化対策と言っていながら、何故なのでしょうね。

不妊治療は、愛し合う2人の子供を作ろうとする、尊い行為です。

赤ちゃんを望む女性たちが、堂々と「不妊治療に行きます」と言えるのが本来の姿だと、

私は思っています。

 

そして、赤ちゃんを望みながらも、

病院に行くことをためらい、誰も知らないところで心を痛めている女性も、

大勢いらっしゃいます。

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