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昨日のお産です。
2日前に破水して、なかなか進まなかった「難産」です。
何とかお産になりましたが、3800gと大きめの赤ちゃんでした。
このようなお産にありがちなのですが、
子宮の筋肉が疲労して伸び切ってしまい、陣痛がしっかりと行き渡りません。
だから、分娩後にも子宮が収縮できず、弛緩出血を起こします。
その上、胎盤が出ません。
癒着胎盤です。
胎盤は、出る前に「剥離出血」と言って
水道の蛇口をひねったようにザーーーッと出血するのですが、
剥離出血もあって、胎盤のほとんどがはがれているのに、
一部が子宮壁にくっついたままです。
でも、胎盤が出ないと子宮は収縮しませんから、
胎盤を出そうと思って、子宮壁と胎盤の間に
めりめり、めりめり、と、ちょっとずつ指を入れました。
上腕の中ほどまで、産道から子宮内に入ります。
でもでも、指が胎盤と子宮壁の間に入りません、硬くて硬くて。
その間も、出血は容赦なく続いています。
点滴をめいっぱいの速度で落としながら、考えます。
「頑張って剥がすか、諦めて子宮全摘するか」。
でも、子宮全摘を準備している間にも、ものすごい量出血します。
年末のこの時期ですから、輸血だって間に合うかどうかわかりません。
咄嗟の判断で、福島県では「禁忌」のクーパー、使いました。
クーパーとは、手のひらサイズの手術用はさみです。
胎盤と子宮壁の間に、指は入らなくても
クーパーの先なら、入ります。
左手は、中指の先よりクーパーの先端がちょっと出るくらいに握って、
右手は子宮底をぐっとおさえ、
左右の手で子宮壁と胎盤の厚みを感じながら
ゴリゴリと胎盤を剥がしにかかりました。
逮捕とか裁判とか、頭に浮かびますが、
それよりこの産婦さん死なすわけ、いきません。
取れました、胎盤。
こわかった・・・
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人生の半分が、独り暮らしでした。
この季節が一番、一人であることを感じる季節です。
町に行けば、カップルばかり。
レストランに行くと、幸せそうな家族連れであふれ返っています。
デパートの地下に買い物に行くと、
洗練された男女がシャンパンやチーズ、バケットと両手いっぱいに買い物をしているのを尻目に
私が買うのは、サラダ100gに小ぶりのチキン1ピースと、明らかに一人分の食料です。
ですが、一人を寂しいと思ったことは、ありませんでした。
金魚鉢の中の金魚が、鉢の中の世界が全てであるのと同じように
一人の世界しか知らず、それを当然と思いながら快適に暮らしていました。
どこに行くのも一人で平気でした。
動物園が好きなのですが、他のお客さんは99%が家族連れかカップル、女の子のグループです。
そんな中で、一人で好きな動物を見て、うっとりしていました。
ちょっと敷居の高いレストランも平気。
前もって、女性一人で行くことを告げておくと、
それなりに気を配って、もてなしてくれます。
一人で飲みに行くのも全然OK。
うちから歩いて5分のところに、静かなバーがあるのですが、
コートのポケットにお札一枚で、一人でふらりと飲みに行っては
「男前!」と冷やかされて、楽しんでいました(笑)。
このままずっと一人であることに、多少の不安を感じながらも
この生活はこの生活で良いだろう、と満足していました。
そんな中、地道に働く私に、誰かがご褒美をくれました。
やさしさという、人として一番大切な能力に天才的に恵まれた
素晴らしい男性に出会いました。
秋の晴れた日、私たちは結婚しました。
結婚して初めて、見えて来たものがあります。
家族がいるって、こんなに温かいことなのだ。
一人ではないって、素晴らしい。
人生の中で接した、好意を持てる他人を大切にできるとは、
なんて豊かなことなのだろう。
こんな当たり前のことの意味に気づく、ということが
年齢を重ねる、ということなのかも知れません。
このブログに接して下さった全ての方に、最上級の幸せを!
メリー・クリスマス。
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以前は、飛び込み分娩も普通に受けていました。
最初に経験したのは医者になって2年目、救急指定病院に勤務していた時です。
その地方の基幹病院ですから、何でも受けるのが当然と思っていましたし、
何でも受けることを使命と考え、何でも受けられることに誇りを持っていました。
ですので、救急隊が「自宅分娩後、十代前半の女性と新生児」と連絡をしてきても、
小児科の先生も私も、何とも思いませんでした。
今、同じことをするとしたら、2年目の医者としては無謀です。
でも、当時の上級医師たちも病院管理職もみな、普通の搬送例として捉えていました。
最後に経験したのは約3年前、産科医療崩壊元年の一年前です。
当時勤務していた地方基幹病院が、分娩取り扱いを休止し、
医局派遣撤退が決定した後、撤退を実行するまでの間のことです。
産婦人科は「宅直」と言って、自宅待機しながら、
必要時は電話で指示を出したり、場合によっては病院に駆けつけるという体制を取っていました。
休日の夕方、病院から電話がかかってきました。
出ると、その日の内科系当直の血液内科の先生(50代のベテラン先生)からです。
「腹痛の女性が運ばれて来たんだけれど、妊娠しててガンイだからさ、なな先生、来てくれる?」
・・・ガンイ??
まずは、「顔位」を診断した血液内科の先生、すご過ぎます(笑)!
「顔位」とは、本来頭頂から出てくるはずの赤ちゃんが顔から出て来てしまう、異常分娩です。
帝王切開にするしかありません。
産婦人科医でも、研修医レベルでは診断すら困難なものです。
それを、内科の先生が「顔位」なんて・・・!!
結局、その日の外科系当直だった呼吸器外科の先生と帝王切開をし、ママも赤ちゃんも無事でした。
後日、血液内科の先生に
「先生、すごいですね。どうして顔位とご診断なさったのですか?」
とお聞きしても
「ははは」
としか答えて下さいませんでしたが。
その世代の先生方の、臨床力の計り知れなさを感じたエピソードでした。
時代は、変ってしまいました。
専門医不在を理由に受け入れを断ると、メディアにバッシングされます。
基幹病院が30分以内に帝王切開できないと、多額の賠償金を払わないとなりません。
若い医師の使命感も、ベテラン医師の臨床力も、封印せざるを得ない世の中になってしまいました。
何が、いけなかったのでしょう。
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産婦人科になって十余年、医療を取り巻く環境は、激変しました。
患者さん側には、医療に対する不満、不信感が広がりつつあります。
具合が悪くなった時、まずどこの病院に行ったらいいのか、わかりにくくなりました。
病院に行っても、長い時間待たされて、あっちの診療科、こっちの検査と
一日中歩き回らなくてはなりません。
検査や治療がどんどん発達する一方で、情報が氾濫し、
自分の受ける医療がどんなものなのか、理解しにくいような状況になってしまいました。
産婦人科の領域では、産婦人科医の減少に伴い、
遠距離通院、長時間待ちの傾向は増悪する一方で、
緊急時のママと赤ちゃんの安全さえ、確保されていないのが現状です。
医療者側も、じわりじわりと苦しくなっています。
限られた労働力を120%使って診療にあたっても、
手が回らないと「義務を忘れた医師たち」と書きたてられてしまいます。
患者さんの、医療に対する要求はエスカレートする一方で、
医者の労働環境は悪化する一方です。
義務は膨れ上がり、権利はないがしろにされています。
しかし、我々医師は、心身ともに良好な状態でないと、良い医療は提供できません。、
こんな状況は、患者さんにとっても医師にとってももう限界、
変えて行かないとなりません。
しかし、何も変えなければ、何も変わりません。
もうご存知の方もいらっしゃると思いますが、
「全国医師連盟」という組織が、産声を上げようとしています。
全国医師連盟設立準備委員会:http://www.doctor2007.com/index.html
診療環境改善の活動
医療問題の社会啓発
医事紛争解決と医師の自浄機能
この3つを、組織の目的として掲げています。
この組織に関わる、志と行動力、洞察力を持った先生方を、応援しています。
旧約聖書「伝道の書」、私の座右の銘です。
天が下のすべての事には季節があり すべてのわざには時がある
生まるるにときがあり 死ぬるには時があり
植えるには時があり 植えたものを抜くには時があり
殺すに時があり 癒すに時があり 壊すに時があり 建てるに時があり
泣くに時があり 笑うに時があり 悲しむに時があり 踊るに時があり
石を投げるに時があり 石を集めるに時があり
抱くに時があり 抱くことをやめるに時があり
探すに時があり 失うに時があり 保つに時があり 捨てるに時があり
裂くに時があり 縫うに時があり 黙るに時があり 語るに時があり
愛するに時があり 憎むに時があり 戦うに時があり 和らぐに時がある
今、戦う時です。
全国医師連盟の先生方、どうか、頑張って下さい。
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医者の間では常識と思っていることも、患者さんやご家族にとってはそうではないことが、たまにあります。
それを著しく感じるのが、流産です。
1 流産は本人の不摂生・不注意が原因ではない
「流産するのは、妊婦の不摂生・不注意が原因である」。
とんでもない、誤解です。
例えばテレビドラマで、妊婦さんが階段から落ちて大出血して、流産するシーンが流されます。
誤解を助長するものとして、危惧しています。
このような外傷による流産は、元々非常に稀なものです。
そもそも、流産の発生頻度は約15%、妊娠した女性の10人に1人以上が、流産している計算です。
ほとんどの場合は、胎芽の染色体異常によるものですので、
ご本人にもご主人にも、責任はありません。
それなのに、最近になっても
「流産したのは、あなたが仕事なんか続けているからだ」
などという心ない言葉をご家族に言われて、
深く傷ついた方をお見かけすることがあり、むしろ驚いています。
2 流産の精神的負担は重い
「あなたの一番楽しかったことを+100点、一番辛かったことを-100点とすると、流産は何点ですか」
という質問をして点数化した研究があります。
平均点にして、1回目の流産は-62点、2回目の流産は-79点です。
身体的な負担はお産よりずっと軽いはずの流産ですが、
精神的な負担の大きさに、愕然としました。
3 1度2度流産をしても、無事お産にする可能性は高い
2回の流産で約80%、3回の流産でも70%、さらに4回でも60%の方が無事お産されます。
習慣流産の患者さんには必ずお話していることですが、
これを聞くとたいていの方はその可能性に驚き、希望を持ち直されます。
ちなみに文献的には、25回目の妊娠で無事お産したという例があります。
4 「流産のことは早く忘れましょう」は禁句
自分の子供を亡くしたことを忘れる女性はいません。
社会的には認められなかった生命を、周囲の者たちこそ大切に思っていてあげて
いいのだと思います。
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タクシーに乗った時、朗らかな運転手さんと、話が弾むことがあります。
時節柄、年末年始の勤務のお話になると、私の職業に話題が移ります。
「産婦人科の先生なんですか。最近は減っていて、大変なんでしょう?
この前もテレビでやってましたよ」
・・・う〜ん、随分一般に認知されるようになったのね、うふふ。
「でも、最近は赤ちゃんも減っているから、そうでもない?」
「いえ、お産は産婦人科医の仕事の、ごく一部なんですよ。他にも不妊治療や、生理不順、子宮筋腫、
子宮や卵巣のがん、更年期障害の治療なんかも産婦人科医の仕事なんです」
「へえっ、そうなんだ。がんも産婦人科の先生が診るんですね〜」
・・・そうなんですそうなんです。
「でもさ、そんな一生懸命働いている先生もいるかと思えば、ほら、たらい回しとかあるし」
・・・出たっ!
「たらい回しって、本当は全然ちがうんですよ。本当に引き受けられなくって、泣く泣く断るんです」
「ええっ? そうなの」
「そうですよー、断る方だって、痛くて、辛くて、たまらないんです。
でも、手術中に ”今から救急車で行きます” って言われても、
来てもらって、手術終わるまで待っててもらったり、手術を途中で止めちゃったりするわけ、
行きませんから。心の中で ”ごめんね〜”って言いながら、断るんです。
で、手術が終わると、あの妊婦さんと赤ちゃん、どうなったかな、ってとっても気になるんですけれど、
忙しいとわかっている救急隊に、電話して ”どうなりましたか?” って聞くわけにもいかないし」
「ふ〜ん・・・全然知らなかったよ。ほら、新聞にはすごく悪いことみたいに、書いてあるからね。
何でもちゃんと聞いてみないと、わからないもんだね」
・・・少しは産科医療の現状を一般に伝える、助けになったかな。
その運転手さんは定年退職後の方で、朝6時から夕方まで業務をした後、
90歳を越えるお母様の、介護をなさっているそうです。
現役の仕事を全うしながら尚、真摯に生きる年長者の姿に、感動。
降り際、運転手さんは私にしっかり身体を休めるように、と
私は運転手さんに、お母様を大切になさって下さい、と言い合って、別れました。
心温まる時間でした。
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私の勤務する病院には、医学生や看護学生、研修医が実習・研修に来ています。
元気でひたむきな彼らを見ていると、自分が学生だった頃のことを思い出します。
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外科の実習に回っていた時のことです。
受け持ち患者さんは、年配の女性でした。
何の手術だったかは覚えていないのですが、お腹をあける手術で、
当然のことですが、術前には非常に不安そうになさっていました。
無事に手術が終わって、麻酔から醒まそうとしている時です。
少し醒めてくると、うわごとのようなことを言ったり、手足を動かしたりすることがありますが、
その患者さんも、「終わったんですか」とうわごとのように言いながら、
どこか握るところを探しているかのように、手をさまよわせていました。
近寄って「終わりましたよ」と耳元に言いながら、しばらく手を握っていました。
しかし、学生が患者さんの脇にいたら、邪魔になります。
麻酔科の先生や看護師さんたちが、
慌ただしく血圧を測ったり、麻酔の醒め具合を確かめたりしています。
手を放してその場を離れようとしたら、
その様子をご覧になっていた麻酔科の先生が、言いました。
「手を握るのも立派な医療行為だ。しっかり握って差し上げなさい」
あれから10余年たちますが、この時の麻酔科の先生の言葉は
今でも医療を考える際の、基礎になっています。
もうひとつは、内科を回っていた時のことです。
朝から教授回診がある日、遅刻ぎりぎりで病院に到着しました。
ロッカーに吊るしてある聴診器をひったくって、白衣に袖を通しながら、内科病棟に走ります。
真冬の廊下は寒く、息が白く吐き出されます。
病棟に駆け込むと、回診は既に始まっていました。
こっそり末尾に着くと、ちょうど受け持ち患者・Mさんの順番です。
「担当の学生さんは誰だったかな。あ、ななさんですか。
ではななさん、肺の音を聞いて下さい。」
慌てて、握った聴診器を耳にあてました。
しかし、真冬の空気に晒されていた聴診器は冷たく、
ちょっと患者さんに当てられる状態ではありません。
「あの、先生・・・」
軽く20人近くいる白衣の集団の目が、一気に私に注がれます。
「ん? どうしましたか」
「その、聴診器が、まだ冷たいので・・・」
どっと笑い声が起きました。
その後、どうしたかは覚えていません。
午後、その患者さんMさんのところに行きました。
Mさんからかけて頂いた言葉です。
「私は”冷たい聴診器は当てられない”というあの言葉に、感動しましたよ。
どうか、いいお医者さんになって下さいね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目上の先生や年配の患者さんに、温かく育てて頂いた自分は、
とても幸せだったと思います。
そんなご恩をお返しするには、今、目の前にいる若い医療人たちを温かく育てることだと思うのですが、
一体、自分にそれが、どれだけできているのか。
ふと立ち止まって、考えています。
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「この子に挿管した、小児科医がいけないんです」
10余年前、学生実習の時に小児科で担当した患児、ゆきちゃん(仮名)。
学齢になるかならないかの、小さな女の子でした。
ゆきちゃんは先天性の病気のために、手足の成長が遅れていました。
顔は年齢相応の大きさなのですが、知的発達遅延があり、
おしゃべりすることは、できません。
そして「致死性」、つまり生まれてもほとんど生きることのできないはずの、重い病気でした。
初めて会った時、ゆきちゃんはちいさなベッドに寝ていました。
小学生くらいの女の子の顔に、短い手足。
ちょうど、ちょっと大きめの赤ちゃんくらいの大きさです。
ひと目見て、「かわいい」と思った次の瞬間、
小児科の先生が言った言葉が、冒頭の言葉でした。
すぐには、意味が理解できませんでした。
しかしよくよくお話しを聞くと、こういうことです。
「胎児の時点で診断し、致死性とわかっていたら、救命すべきではなかった」
と。
ショックでした。
確かにゆきちゃんは、生まれてすぐに亡くなる例がほとんどの重い病気です。
「親御さんも全然会いに来ないし、一日生きると数十万円かかるのだ」
と、小児科の先生は言っていました。
でも、ゆきちゃんは、数年生きています。
アイスクリームを食べさせてあげると、嬉しそうに笑います。
それなのに、「救命すべきではなかった」と、
本当に言えるのでしょうか。
産婦人科医になって、胎児が致死性の病気と診断したことは、何度かあります。
ご両親と相談して、妊娠を中断したこともあります。
また、重篤な疾患の場合、積極的な救命措置をしない、という考え方も、理解します。
ゆきちゃんも、生まれた時に何の手も施さなかったら、亡くなっていたでしょう。
でも、「その方がよかった」と、本当に言えるのでしょうか。
未だに、わからずにいます。