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先日、理由あって人工妊娠中絶術を施行しました。
胎児が少し大きくなってからの手術でしたので、
肋骨と思われる骨の一部が見えて、背筋が凍りました。
多くを語るよりも、ご紹介したい談話があります。
荻野式避妊法を考案された荻野久作先生による、歴史に残る談話
「”オギノ式”乱用者に告ぐ」です。
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どんな職業についている人でも、それぞれの仕事の上の喜びというものがある。
大工さんは、木の香も新しい家を前にして、胸をふくらませるであろうし、
教師もまた、巣立っていく教え子の後姿に自分の夢を描いているに違いない。
私が専門にしている産婦人科医の場合も、それはまったく同じである。
難しいお産を無事に切り抜けたとき、
まだ人間の態をなしていないような赤ん坊が手足をばたつかせて、
「オギャア」と第一声を放つその瞬間ほど、
我々の心を解きはなしてくれるものはない。
この道を歩みはじめてから六十年近く、私はもう八十歳を越えているが、
それでも勤務先の病院でこの「オギャア」を毎日のように耳にするたびに、
朗らかな気分になる。
沈痛な面もちで、為すこともなくただうろうろと廊下を歩き回っている若い夫に、
何か祝福の言葉でも贈ってやりたいような気分になるのも、
おそらくは「生命の誕生」というものが持つ犯しがたい価値に由来するのであろう。
私は、産婦人科医を、すばらしい職業だと信じている。
(中略)
一人一人のケースについて、我々産婦人科医が本気で悩んでいたら
自分が死んでしまうだろうから、
あとは教育なり政治なりにおまかせするのが順当だが、
どうしても言っておきたいことがある。
それは、世の男性諸君がもっと真剣に、
深刻に子供とは何であるかを考えるようになってほしい、ということである。
子供を育てていく自信があったら、
親の誇りと責任に於いてすばらしい子供を生むように夫婦で協力する。
もし、子供を生むのはまだ無理だと考えるなら、
そんな自信が湧いてくるまで、
妊娠しないように慎重な配慮をするのが当然である。
(中略)
性に対する不当な抑圧感が解けて、じめじめした感じが無くなったことは喜ばしいが、
反面、よい加減な解説書が巷にあふれて、
科学に対する安易な考え方を植え付けてしまう傾向も、困ったものである。
(中略)
金があればレジャーに費し、
欲情のおもむくままに、深く考えもせずに行動して、
その結果については人間としての最低の責任すら果たせないような、そんな人間に、
いったい何がなせるというのであろうか。
~昭和39年、文藝春秋第42巻第2号より~
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数年前、地方の中核病院に勤務していた時のお話です。
確か、日曜日の夜でした。
当直をしている3年目の先生から、電話がかかって来ました。
「A市の救急隊から、腹痛の女性の受け入れ要請が来たんですけれど」
病棟の状況を聞くと、分娩進行中の産婦さんが1人、
他に人手の必要な患者さんは、重症の癌患者さんが1人いました。
A市は、同じ県内ですが50km近く離れたところにあります。
よほど受け入れ先に難渋しているのだろうから、いいでしょう、うちで受けましょう、とお返事をすると、
「あ、あの、救急隊の話では、どうやら妊娠している人らしいんですけれど」
病院に行くと、救急車で来たのは、本当に妊婦さんでした。
どこの病院にもかかっていない上、最終月経もわからないため、診断に悩みますが、
赤ちゃんの推定体重は2000gくらいです。
腹痛は、切迫早産によるものらしく、
モニターを取るとお腹が張っており、子宮口も少し開いています。
そして、逆子です。
入院してもらうしかありません。
安静の上、お腹の張り止めの点滴をしながら、
赤ちゃんの成長を待つことになりました。
余談ですが、当時、病棟内に「ななの部屋」を持っていました(笑)。
物置きだった狭い部屋を整頓して、寝具と身の回りのものを運び込んで、
よく、その部屋に泊まっていました。
不法占拠ですが、ほとんど院内に私がいるので(当時、副部長職でした)、
むしろみんなが歓迎し、頼りにしてくれました。
その日も、「ななの部屋」に泊まりました。
翌朝、まだ8時前でしたが、院内PHSが鳴りました。
「すぐに病棟に来て下さい!」
とだけ言うと、切れてしまいましたが、
ただ事ではないだろうと、病室の方に走って行くと、
昨日救急車で来た妊婦さんが、廊下にうずくまっています。
急いでその場で内診すると、赤ちゃんのお尻が、すぐそこに。
そう、お産です!
何とか分娩室に運びましたが、分娩台の上に乗ると同時に、お産になりました。
幸いなことに、小児科の先生が朝早くからいらっしゃっていて、
すぐに駆けつけて下さいました。
しかし未熟児で、しかも妊婦健診にかかっていなかった赤ちゃんですので、
この後の集中治療に非常に手がかかったのは、言うまでもありません。
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様々な偶然が重なって、何とか無事(?)だった、エピソードです。
まず、若いドクター1人で、あの病棟の状況では本来受けられないところを、
何とか頑張って受けようとした、3年目ドクターの前向きな姿勢がありました。
「ななの部屋」があったために、逆子の未熟児のお産に、すぐ駆けつけることができました。
士気の高い病棟で、スタッフたちが使命感を持って協力してくれる雰囲気がありました。
小児科の先生が、たまたま朝早くからご出勤されていました。
もし、どれかひとつ、欠けていたら・・・
一番怖い思いをされたであろう、当事者の産婦さんの明るい笑顔に救われましたが、
その笑顔の、紙一重の向こうにあった危険に、身震いのする思いでした。
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そのしばらく後、この病院は、分娩取り扱いを中止しました。
今も日本のあちこちに、当時の私たちと同じような状況で、
ぎりぎりのところで、なんとか頑張っている病院が、存在します。
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産婦人科にかかる患者さんたちは、大部分は善良な女性です。
しかし、ごくごく一部に、そうではない人がいます。
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1 「でも、タダでしょ?」
その患者さんの問診表には、「検査希望、薬希望」と書いてありました。
しかしこれだけでは、何故外来にいらっしゃったのか、わかりません。
とにかく診察室にお呼びして、お話をお聞きすると、
「公的保護を受けているが、今月いっぱいで打ち切りになる。
今月中ならお金がかからないので、可能な限りの検査と、
出せるだけの薬を出してほしい」とのことです。
むむむ。
「何か症状がありますか」
「いえ・・・」
「どんな検査を、ご希望されますか」
「ええと、できるものを、全部」
「お薬は、どんなものをご希望ですか」
「出せるものを、なるべく多くお願いします」
こんな調子で、しばらくやり取りをしていましたが、
発展しないので
「保護の財源は、税金なんですよ。○○さん(その患者さん)はここでお金を払わないと言っても」
と言ってみましたが、
「でも、タダでしょ?」。
う~ん・・・
2 飛び込み分娩
救急隊からの連絡です。
病院から5分くらいのところで、女性が激しい腹痛を訴えており、
どうやら分娩が始まっているようだ、受けてもらえないか、とのことです。
受ける旨お返事をしたら、ほんとに5分くらいで到着し、
ちゃんと間に合って、分娩室でお産になりました。
母児共に無事です。
ほっと、安堵の息が漏れます。
しかし、直後から様子が変でした。
経産婦さんで、赤ちゃんには慣れているはずですが、
ほとんど赤ちゃんに触れようとしません。
産後薬はきちんとのむし、悪露交換も受けますが、
疲れた、と言っては授乳を休みがちだと
助産師たちが心配していました。
ある日、赤ちゃんを置いたまま、産婦さんが行方不明になってしまいました。
当然費用は払っていません。
その後、師長をはじめ病院職員が走り回って、
赤ちゃんだけは、産婦さんのもとに返りましたが。
あれから数年たっています。
今頃、どうしているでしょうね・・・
3 ゴネ得?
もうすぐ赤ちゃんが産まれそう、という時に、
産婦さんのご主人が病院に到着しました。
ナースが状況を説明しに行った数分後、
その方向から男性の怒鳴り声が聞こえて来ます。
内容は聞き取れませんが、気になって耳を傾けていたら、
陣痛に苦しむ産婦さんご自身が、陣痛の合間に
「すみません、うちの主人、いつもああなんです・・・」。
その後もそのご主人は、しょっちゅう来ては怒鳴っていました。
看護師や助産師、清掃の人、食事を運んできた厨房の人までならまだしも、
他の患者さんのお子さんが騒がしい、とか
同室のお見舞い客の態度が悪い、とか
ナースステーションにやって来ては、大声で文句を言っています。
スタッフたちは、クレームに慣れていないわけではありませんが、
周り中に響いてしまうので、困り果てていました。
また、横で申し訳なさそうに涙ぐんでいる産婦さんが、
お気の毒でなりません。
分娩費支払いの段階で、いよいよ勢いは増し、
結局たまりかねた師長が、未払いのまま帰しました。
戦いは病棟外に持ち越されたので、その後支払いがどうなったのかは、わかりません。
それにしてもあのご主人、私には文句を言うどころか、
目を合わせようともしなかったのですが、
怖かったのかしら・・・(苦笑)
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1週間、夏休みを取っていました。
年末年始も、お盆もない私たちですが、
夏休みだけは死守する慣習があります。
毎年夏休みを過ごす、隠れ家に行って来ました。
のんびりとお風呂に入って、
お腹がすいたらご飯を食べて、
眠くなったら眠って。
あとは、空を見ていました。
戸外に椅子を運んで、
流れる雲を、ただぼんやりと、眺めていました。
緑いっぱいの森の中、
聞こえるのは、鳥の声と、虫の声だけ。
自分がどこにいるのか、何をしているのかも忘れ、
過去や未来からも切り離されたような、
空っぽな時間。
またしばらく、頑張れそうです。