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何年か前の、盛夏の話です。
良乃さん(仮名)は、ホスピス病棟にご入院中の患者さんです。
70歳を越えた、笑顔の素敵な女性で、
毎日、男女2人ずつのお子さんご夫婦と、多くのお孫さんたちが
入れ替わりお見舞いにいらっしゃっていました。
広めのお部屋は、お花や果物、小さなお孫さんが描いた絵やお手紙で
いつもいっぱいでした。
誰に対しても、とてもたおやかに接していらっしゃいました。
ナースたちにも「あんなかわいらしいおばあちゃまになりたい!」と評判でしたし
他の患者さんたちにも人気で、若い患者さんが、良乃さんのお部屋で
泣きながら悩みをお話しているのを見たことがあります。
私にも、大変丁寧に接して下さいました。
ご自分の病状を把握し、運命を受け入れていらっしゃる良乃さんに
「生涯最後の出会いがなな先生で、ほんとに嬉しい」と言って頂いたことは
私の人生の宝ものです。
その日は、町の花火大会でした。
ホスピス病棟は病院の高層階にあるのですが、
良乃さんのお部屋からも、打ち上げ花火の音が聞こえるだけで、
花火は見えません。
その町で生まれ育った良乃さんは、毎年欠かさず花火大会を見ていたそうです。
「今日は、子供たちも花火を見に行っていますから」
珍しく、お見舞いの方が来ておらず、良乃さんは少し寂しそうでした。
ふと医局の机に、花火セットの残りがあるのを思い出しました。
何故そんなものを、しかも医局に持っていたのか覚えていませんが、
とにかく数本あったはず。
「良乃さん、花火、しましょう」
驚く良乃さんを車椅子で連れ出そうとしていると、
丁度そこへ息子さんが一人でいらっしゃいました。
かくして、病院の庭で、小さな花火大会!
良乃さんのお好きな線香花火に、火をつけて手にお渡しすると、
良乃さんは少女のように笑っていらっしゃいました。
息子さん(50代後半)は、5本くらい束にして一度に火をつけて、
大きな玉をつくって、得意そうにお母さんにお見せしています。
打ち上げ花火の大きな音を耳にし、小さな線香花火に見入りながら、
多分、来年の花火大会を見ることはできないことをご存知の良乃さんが
あの時、何をお思いだったかは、わかりません。
夏が終わる頃、良乃さんは亡くなりました。
ご家族が集まり、諸々の手配を話し合っている時のことです。
「おふくろは、俺が連れて帰る」
「兄さんは遠いし、お母さん、私のこと一番かわいがってくれてたから、私が」
「いや、うちの子供たちが一等なついてたし」
ご家族が、一瞬顔を見合わせて、そして笑い出しました。
良乃さんのお子さんたちは、みんな「自分が一番かわいがられている」と思っていたのです。
なんて素敵な子育てでしょう!
良乃さんを見送って、病室を掃除していると、
ティッシュに包まれた線香花火の切れ端が、数本見つかったそうです。
「生涯最後の出会いがなな先生で、ほんとに嬉しい」。
素直に喜んだ私ですが、良乃さんは、他の出会いにも
きっと同じように感謝されていたのでしょうね。
でも、私も良乃さん以外の患者さんも同じように大切ですから、
おあいこです。