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<医者になった理由>
・・・というより、「医学部を選んだ理由」と言った方が適切です。
医者になりたかったのではなく、医学が面白そうだったからなのです。
子供の頃から、理科の時間の「からだのしくみ」が好きでした。
自宅あった、「ひみつシリーズ:からだのひみつ」という科学マンガがお気に入りで、
ぼろぼろになるまで読みました。
人のためになりたいとか、手に職を持ちたいと思ったわけではありませんでした。
今でも「好き」という気持ちが全ての原動力という点は、変わっていません。
<産婦人科を選んだ理由>
行きたい科が、3つありました。
生化学、心療内科、産婦人科です。
1 生化学
医学部に入った理由の延長線上で、単に生命現象に興味があったからでした。
本当は生理学の方がよかったのですが、
生理学教室では、犬を使った実験をしていました。
実験前に一緒に散歩をして、おしっこをさせてから、麻酔をかけていました。
これが私には無理でした。
生化学で使うのは大腸菌でしたので、これなら私にも殺せました。
2 心療内科
実家の本棚に、「心療内科入門」という、古びた本があります。
九州大学で、日本初の心療内科を標榜した当時に、
初代教授・池見酉次郎先生がお書きになった本です。
中学生だった私が買ったものです。
プラセボの話に、心から感動したのを覚えています。
3 産婦人科
独特の、神聖で明るいオーラに心惹かれました。
しかし、最終的に産婦人科に混入したのは、かなり適当な理由です。
進路を決める際に、最初に相談に行ったのが、産婦人科の教授室だったからです。
「ななくん、それは君、産婦人科がいいに決まっているよ。医局長と話しておいで。
(ガチャ。おもむろに受話器をあげ、ダイヤル)
あ、もしもし、陣内ですけれど(教授の仮名)、入局希望の学生が○月○日に行くから、
よろしく(ガチャ)」
え、先生、私、まだ、あの・・・という私の声は、
陣内先生のお耳には、届いていませんでした。
いえ、それとも届いていたのに、届いていないふりをなさったのかも知れませんが。
かくして産婦人科医としての人生の出発の日、陣内先生にご挨拶に行きました。
「ななくん。医局には、私の娘もいる。私自身が所属し、自分の娘もいる医局に
これはと思う人材以外を入れたりはしない。どうか頑張ってくれたまえ」
今、こうしてくるくると働きまわっている私を見て、
一番喜んでいらっしゃるのは、陣内先生かも知れません。
でも、本当はもっとなりたかったものがあります。
ピアノの先生です。