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いつか、つぶやきたいと思っていました。
美保子さん(仮名)は、初産の妊婦さんです。
低位胎盤のため、妊娠30週を過ぎた頃から、安静目的でご入院されました。
週数がたつと、胎盤の位置が上がることもあるのですが、
美保子さんの胎盤は低いままでしたので、37週で帝王切開の予定でした。
帝王切開の前に、ご主人を交えて、手術に関する詳細な説明がなされました。
胎盤が子宮口に近いため、帝王切開が安全であること。
通常は、赤ちゃんが出た後に胎盤が出ると、
大きくなっていた子宮が急激に収縮することによって、胎盤剥離面の止血がなされるものが、
子宮口に近い部分は収縮しにくいので、大量出血の危険があること。
万が一止血困難な場合、輸血をしたり、子宮を取らなくてはならないケースがあること。
ご夫妻は、当然のことながら子宮温存を強く希望されました。
あとはその日を待つばかり、という頃、美保子さんは出血してしましました。
36週の低位胎盤は、ひと度出血し出すとまず止めることはできませんので、
緊急帝王切開です。
緊急opeと言っても、腰椎麻酔で意識はあるので、
緊張気味の美保子さんとおしゃべりしながら、和みムードで手術しました。
赤ちゃんが出るところまでは、非常に順調でした。
出血を少しでも抑えるため、切開した子宮筋層を粘膜鉗子で挟鉗し、
少しの間、胎盤が自然に剥れるのを待ちましたが、
剥離兆候がないので、臍帯を軽く引きました。
全く手ごたえがないし、待っていてもあまり意味はないので、
用手剥離を始めました。
ところが、胎盤付着面と子宮壁の間に手を入れたところ、
半分以上は剥れたのですが、
一部、硬くて指が入らないところがありました。
癒着胎盤です。
この時点で麻酔科の先生が、貯めていた自己血の輸血を始めました。
通常の胎盤剥離時より出血量が多いのは見た目で明らかですが、
剥離を完了しないことには止血できないと判断し、剥離を続行しました。
しかし、助手で入っていた後輩ドクターがやっても、やはり剥れません。
先の見通しも踏まえて判断し、全身麻酔に切り替わりました。
この間にも、湧き出るような出血が容赦なく続いています。
血の海のようになった術野を見て、子宮全摘が頭に浮かびました。
でも。
「先生、私、もう一人赤ちゃんほしい」
術前にそう言っていた美保子さんの表情も、同時に頭に浮かびます。
「子宮取ることなんて、まずありませんよね」
若いご主人の、ちょっと不安気な表情。
しかしこのままでは、止血は叶いません。
子宮内にガーゼを何枚も詰めて、助手のドクターに両手で子宮を握りしめてもらい、
私はope室の外で待つご主人に、ご説明に行きました。
子宮を取らないと、出血を止めることはできないでしょう、とお話したところ
ご主人はしばらく黙考されていました。
そして、
「先生、せめて本人に話してから取ることはできませんか」
ope室に戻ると、子宮を握りしめて圧迫している分には、出血は止まっています。
ここまでの出血量は、羊水込みで5000ml弱、
日赤にオーダーした輸血はまだ届いておらず、ope続行は危険です。
「いちかばちか」の判断でした。
ヨードホルムガーゼを1メートル以上、子宮内に詰めて、そのまま閉腹しました。
挿管したまま、しばらくope室で様子を見ていましたが、
外出血もなく、バイタルも安定しています。
眠れない一夜を病棟で過ごした後、
麻酔から醒めた美保子さんに、状況をお話しました。
美保子さんは、悲しみを露にしながらも
「目が醒めたら子宮がなくなってた、なんてことよりはずっといいですから」。
ご夫婦って、同じことを考えるのでしょうか。
その日、ガーゼの入ったままの子宮を摘出しました。
本来、誹りを免れない点だらけの手技です。
再出血のリスクはもちろんのこと、
感染のリスクも、血栓症のリスクもありました。
当然ガイドラインに載ってもいなければ、標準的とは言い難いやり方です。
かつ福島県では「禁忌」とされる、いちかばちかでやったことです。
結果が悪ければ、今の世の中なら業務上過失とされ、
私は犯罪者として扱われていたでしょう。
しかし現実には、後遺障害なく終わりました。
余分な負担は、麻酔を2回かけたという点くらいでしょうか。
何よりも段階を踏んだことに、ご本人とご主人が納得し、
感謝して下さいました。
でも、今の世の中では、同じことはできないかな……