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2007.03.02 21:20 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 11

忘れられない患者さん (3)

医療にまつわる話題に関しては
暗い話ばかり、こと欠かない日々が続いています。
大阪の国循で、ICUの先生方が、全員お辞めになるとは……

私自身も、いつまでこんな状態が続けられるか、わかりません。

でも、続けている限り、こんな日々もあったことを
留めておきたいのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

研修医として、初めて癌患者さんに接した頃のことです。

担当したのは、30代の若い患者さん、千代子さんでした。
受け持った時には、既に病状が進行しており、
癌に対する積極的な治療はしておらず、「緩和ケア」と言って、
痛みや苦しみを和らげることを主眼とした治療のみをしていました。
ご家族は毎日お見舞いにいらっしゃるのですが、
お嬢ちゃんが小さいこともあり、あまり長時間ベッドサイドに居られないようでした。
自らの余命をご存知の患者さんは、絶望的な心細さと、常に隣り合わせです。
当然のことながら千代子さんも、いつも寂しがっていらっしゃいました。
新米研修医だった私には、どうすることもできませんが、
寂しがる千代子さんのそばにいることだけは、できました。

そばにいると、千代子さんが喜んで下さるので、
とにかくいつも千代子さんいる、あの2人部屋にいました。
千代子さんが何の癌だったか、どうしても思い出せませんが、
千代子さんのご家族と、ペットの名前、食べ物の好き嫌い、好きな曲、
病院の近くの喫茶店のお気に入りメニュー、得意なお料理、好きなお花は
全て思い出せます。
リンパ浮腫のため、両足が非常に浮腫んでいましたので、
毎日1時間くらいかけてマッサージしながら、おしゃべりしていました。
「気持ちいい」と言われては、得意な気分になったものです。
歩けなくなった千代子さんが「どうしでも外に出たい」と言った時には、
車椅子で病院の庭までお連れして、2人で銀杏の葉とぎんなんを拾ったこともありました。
癌性腹膜炎のため、ほとんどものが食べられなくなってしまいましたが、
眠っていることが多くなった千代子さんに、アイスクリームを食べたいと言われて、
こっそり買いに行って、一口だけ食べさせてしまったこともあります。

コマねずみのように働き回らなくてはならない研修医が時間を取れるのは、主として夜ですので、
一日の仕事が終わった夜になって、ゆっくりと千代子さんのお部屋に行くのが、日課になっていました。
次第に意思の疎通ができなくなってきましたが、それでも夜2,3時間は一緒に過ごしました。

ある寒い朝、千代子さんは眠るように亡くなりました。
医者になって初めて経験する、患者さんの死でした。

受け持ち患者さんが一人亡くなっても、いつもと同じ日常業務をこなさなくてはなりません。
千代子さんを見送ったその日も、病棟処置にopeに、一日中動き回りました。
学会の下準備まで手伝って、仕事が終わったのは、午前0時過ぎ。
千代子さんに下顎呼吸が見られるようになってから、ずっと付き添っていたため
かなり頭がボーっとしていた私は、つい朝のことを忘れて、
千代子さんの部屋にふらりと入ってしまいました。
空っぽになったベットをみて、はっと気づきました。

千代子さん、もういないんだ・・・

いつものように、ベッドサイドのパイプ椅子に腰かけました。
大きめの窓から、光々とした月明かりが差し込んでいます。
不意に、ドア側にあるもうひとつのベッドから、声がかかりました。
「先生、寂しいですね・・・」

千代子さんと闘病生活を共にした、同室の、節子さんです。
50代半ばの物静かな患者さんですが、
そういえば、どなたかお見舞いに来ているのを見かけたこともなければ、
節子さんの担当医も、あまりベッドサイドに侍るタイプではなく、
いつも一人で、ひっそりとベッドにいらっしゃいました。
私自身も、自分の担当患者さんばかりに夢中になって、
節子さんとは、朝晩の挨拶をする程度でした。

同室の患者さんが亡くなり、運ばれて行くのを見て、
どんなお気持ちだったでしょう。

「先生、寂しいですね・・・」
私の働きぶりを見て下さっていただけでなく、それまでの非礼を赦し、
さらに、千代子さんを失った悲しみを共有して下さる、懐の深さ。
あのひと言に、人として、医者としての基本的な思い遣りを、
教えて頂いたと思っています。

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