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2007.02.25 05:21 |  診療  |  生活 / くらし  |  なな  | 推薦数 : 10

働けど働けど・・・

その日は、開腹のopeが4件ありました。

 

心地よい疲労と充実感に浸って自宅に帰り、

お風呂を沸かして、ゆっくりと浸かりました。

生そばをゆでてカキッと冷やし、

とっておきのそばつゆと刻みねぎにからめて、ひと口食べたところで、

病院からの呼び出しです。

今から緊急帝王切開なので、来てほしいという電話でした。

 

分娩室に着くと、赤ちゃんの心音がかなりシビアに落ちていたましたが、

赤ちゃんは無事、生まれました。

 

産婦さんの寝顔を見届けて、更衣室に戻ろうとしたら、

病院履きのサンダルが、ぶちっと切れてしまいました。

安いけれど履き心地のいいサンダルだったので、ちょっと残念。

 

病院を出たのが、午前3時。

24時間営業のマックに行って、メガマックとポテトのLを買って帰ろうと思ったら、

知らない間に24時間営業ではなくなっていました。

タクシーで帰って、お金を払おうとお財布を取り出したら、

小銭入れが擦り切れて、お金が自動で出て来ました。

コンビニで温かいものでも買って帰ろうと立ち寄ったら、

おでんも肉まんもフライドチキンも、売り切れ。

自宅に着いて、手を洗おうとしたら、

お気に入りのハンドソープが空になっていました。

更に、部屋に入って電気をつけたら、

電球が切れてしまって、真っ暗。

 

もうこうなると、徹底的にみじめな気分を味わいたくなって、

テレビの明かりで、のびきったそばをすすりました。

 

働けど働けど、我が暮らし、楽にならず・・・(大泣)

 

 

 

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2007.02.23 05:49 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  なな  | 推薦数 : 10

2.18の、警官と産婦人科医の一場面

2月18日(日)は、東京マラソンでした。
都内の約600ヶ所の道路で、通行止めになっていたそうです。

多くの時間を病院で過ごし、世事に疎い私は、
それを知らずに愛車で病院に向かいました。
ほどなくしてあっちで迂回、こっちで渋滞となり、
病院到着予定時刻を過ぎてしまいました。
入院患者さんと診察の約束をしていましたので、遅刻する旨病棟に連絡すると、
約束していた切迫流産の妊婦さんが、出血しているとのことです。
休日だしゆっくり行けばいい、と鷹揚に構えていた気持ちが、一気に吹き飛びます。

しかし、迂回を繰り返して、どんどん病院から遠くなるし、
交通量も増える一方です。
しびれを切らして、警官の前で停車しました。
身分と、入院中の妊婦さんが出血していることを説明し、
「中区(病院の所在地、仮名)に抜けたいのですが、どうしたらいいでしょう」
と言うと
「中区もヘチマもないよ、あっちに行くしかないね」
わかりました、ありがとうございます、と、その時は言われた通りにしましたが・・・

「中区もヘチマもない」だと??

警察にとっては、産婦人科医が急いでいようが、妊婦さんが出血していようが
知ったことではない、ということでしょう。
せめて近道を教えてもらいたかった、などというのは
医者のエゴなのかも知れません。
それにしても、産婦人科医であるなしに係わらず、一市民を馬鹿にしていませんか?
いえ、それとも私の風体が、医者には見えなかったのかな・・・
(何しろ、ジーンズにダルメシアン柄のシャツしたので)。

結果として、その妊婦さんは流産してしまいました。
流産は、一度始まってしまうと、どうやっても止めることはできませんので、
私が早く病院に到着したところで、結果は同じです。
ですが、その時に主治医として傍にいることができたら……
などというのは、欲張り過ぎかも知れませんが。

奇しくも1年前、福島県立大野病院の加藤克彦先生が不当逮捕された日と同じ、
2月18日のことです。
警察の、医療に対する姿勢が、垣間見える一件でした。


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2007.02.18 19:01 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  なな  | 推薦数 : 11

潜在助産師さんたちに聞く

看護師による内診問題の浮上以来、カルテ記載が厳格になり、

夜間は助産師のいない産院で当直するのは、すなわち完全徹夜と化しました。

お世話になったS先生の産院ですので、

少々きつくてもお手伝いしたい、という思いから非常勤医を続けていますが、

その産院で当直している時に、数分の仮眠を取ると

動悸で目が覚めるようになり、さすがにちょっとまずいかな、

と思ったりもしています。

 

「どっかに助産師さん、いないかな~」

と、徹夜明けのモヤモヤ頭でぼんやりと考えながら自分の病院に帰って、

午前の外来のために持ち場につくと、

いるじゃありませんか、助産師さんが、何人も。

天使のような笑顔を浮かべる彼女たちは、いわゆる「潜在助産師」です。

助産師としてのキャリアを持ちながら、子育てのため、

夜勤のない外来勤務についています。

その気になれば、すぐにでも分娩取扱いができる人たちです。

 

極めて単純な質問をしてみました。

「ねー、何で、お産やらないの?」

答えも極めて単純明快でした。

「夜勤の時に、子供を見てくれる人がいない」

「子供のことを何とかやりくりしても、見合った給料が貰えない」

回答の、あまりの分かりやすさに却って興味が湧き、

他の潜在助産師さんにも聞いてみました。

助産師の資格を持ちながら、産科以外の病棟で働いている助産師さん、

専業主婦をやっている助産師さん。

「本当はお産をやりたいんだけれど、産婦人科が閉鎖になってしまった」

という回答が加わったくらいで、

やはり同じような内容でした。

「お産をやりたくないから」という人は、

少なくとも私の周囲の助産師さんの中には、

一人もいませんでした。

 

では、

保育施設を確保して、

専門職として見合った給料を支払えば、

現場に戻ってくれる助産師さんは、増えるのではないでしょうか。

  

平成17年以来、厚生労働省の看護職員確保対策特別事業として、

潜在助産師さんたちを対象とした研修会が、各地で開催されました。

この効果は、きちんと検証されたのでしょうか。

 

 

潜在助産師さんたちに

「こういう研修会があるんだけれど、これを聴いたら現場に戻ろうという気になる?」

と聞いたら、みんな吹き出していました。

我々産婦人科医もそうですが、助産技術も

元々研修会で取得したものではありませんから。

 

「どうやったら、潜在助産師さんたちがお産の現場に戻ってくれるか」。

一人でもいい、まずは本人たちの声に、耳を傾けてはどうでしょう。

子育て中の女性こそ、助産師の仕事に向いていると思うのですが。

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2007.02.12 17:24 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  仕事 / 職場  |  なな  | 推薦数 : 36

恩師井上先生の辞表

「疲れちゃってね・・・」

それが、辞表提出の理由だそうです。

産婦人科医としての育ての親である、敬愛する、井上先生(仮名)。
50代半ば、大病院の産婦人科部長です。
妊婦さんにとてもやさしい、お産の大好きな井上先生は、
ご自分の担当の妊婦さんのお産には、ほとんど立ち会っていらっしゃいました。
「お産の時、来て下さいますか?」と言われると、
必ずカルテに「入院時呼んで下さい」と書く私のスタイルは
井上先生から譲り受けたものです。
また、比類なくタフな先生で、
遷延した分娩を徹夜で診つづけて、
翌朝から外来と5時間のopeをこなしても
「さあ、飲みに行こうか」なんてことも、しょっちゅうでした。
井上先生の口から「疲れた」という言葉が出るのは、
一度も聞いたことがありません。

井上先生のロマンは「分娩死」。
頑張って頑張って、ようやく自然分娩になったお産を見届けて、
「よかったね、おめでとう!」と言って
分娩室の片隅で死ねたら最高だね、と言っていたのに。

ですが、私が井上先生のもとにいた頃と今とでは、
産科医療を取り巻く環境は、激変しました。
訴訟の的になりやすい小児科は、萎縮的・防衛的医療にならざるを得ませんので
井上先生のお考えにそぐわなくても、産科も萎縮医療にならざるを得ません。
患者さんの権利意識増大に伴って、要求もクレームも増えました。
頑張って自然分娩になっても、あまり喜ばれなくなってしまいました。
分娩費踏み倒しも増えています。
大学医局の人手不足も甚だしく、非常勤医派遣が打ち切られたそうです。
また、新生児死亡があった時には、警察が介入して来ました。

勿体ないことこの上ない引退ですが、
地方病院では、産科医の自殺者が出ていることを思うと、
思い切ってお辞めになったことを、英断と考えるべきかも知れません。

「お辞めになったら、何をして過ごすんですか?」とお聞きしたら、
「映画でも観ようかな・・・」という返事が返って来ました。

50代半ばの男性が、長年勤めて来た職を辞するということ。
ベテラン産婦人科医が、burn outするということ。
敬愛する、大切な師匠が、この道からいなくなること。

言葉が見つかりません。

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2007.02.09 00:19 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 8

"義理・人情” の入り口で

とも子さん(仮名)は、妊娠後期の妊婦さんです。
赤ちゃんの不整脈と、発育遅延のため、詳しい検査目的で入院されて来ました。

検査と言っても、実はあまりやることはありません。
胎児エコーと、連日CTG(赤ちゃんの心拍数の変動を診るもの)をするくらいで、
あとは安静にして、赤ちゃんが育つのを待つだけ、という入院生活です。
赤ちゃんの状態がある程度安定していることが確認されると、外出許可が出ました。
とも子さんはとても気さくな女性で、年齢も私とほぼ同じだったこともあり、
すぐに仲良しになりました。
当時私は、入局したばかりの研修医でした。
今考えると「いいの?」という気はしますが、その時は喜んで一緒に出かけました。

行き先は、デパートの子供服売り場。
とも子さんのお腹の中の赤ちゃんは女の子とわかっていましたので、
とも子さんの大好きなキティちゃんグッズを、いっぱい買いました。
2人できゃあきゃあ言いながら買い物をして、外に出ると、
外は、晴れた休日。
忙殺されそうな研修医生活、ほっとひと息つけたことに心和ませていると、
背後から、野太い男性の声が。
「とも子先輩じゃないっすかぁ」
驚いて振り返ると、どう見ても怖いお兄さんたちが、数人。
「ちわーーーーっす」
「ちーーーーっす」

そう、とも子さんは、レディースの頭だったのです。

「お荷物、お持ちいたします」と、ちょっと重いくらいの量のキティちゃんグッズは
怖いお兄さんたちに軽々と運ばれて行きました。
呆気にとられている私を、とも子さんが紹介してくれました。
「こちら、なな先生。私の主治医よ。お世話になってるの」
「なな先生、お世話様~~~っす」(唱和)
・ ・・って、ショッピング街の真ん中なんですけど(苦笑)。

さらにあろうことか、とも子さんのご実家に、荷物と一緒に運ばれてしまいました。
とも子さんのお父様は、どうやら任侠道のえらい人のようです。
一見、ごく普通の穏やかな紳士なのですが、ふとした物腰に迫力のある方でした。
「とも子が、どうもご面倒をおかけします。」
当時の私のような小娘研修医に向かって、丁寧にお辞儀をされる姿に、
静かに感動しました。

翌日の夕方のことです。
先輩ドクターに呼び止められました。
「ななちゃん、あのお鮨、どうしたの?」
何のことかわからないまま医局に行くと、
テーブルに、直径50cmくらいある鮨枠の、5段重ねが置いてありました。
一番上の段に「なな先生へ」の文字。
とも子さんのお父様から私への、贈り物でした・・・

若くて活発なとも子さんは、次第に入院生活に退屈して来ました。
どこが痛いわけでもなく、ただ毎日赤ちゃんの様子を見るだけの生活ですので、
仕方がないかも知れません。
「退院したい」としきりに言うようになりました。
しかし、赤ちゃんの発育遅延は少しずつ進行し、平均体重から完全に外れて来ました。
こうなると、いつ赤ちゃんの具合が悪くなるかわかりませんので、
退院は厳しい状況です。
ある時、指導医の先生ととも子さんとで
ほとんど言い合いのようなやり取りになってしまいました。
「先生が何と言っても、帰りますっ!」と言うとも子さんに、
「自主退院するなら、仕方ありません」
そう言って、指導医の先生はその場を離れてしまいました。
ただ、おろおろする私をよそに、とも子さんは帰り支度を始め、迎えを呼んでいます。
「ね、とも子さん。赤ちゃんの命賭けてでも、帰りたいの・・・?」
多分半泣きになっていたと思います。
「・・・しょうがないな、ななっちに泣かれたら」。
とも子さんは、退院を思いとどまってくれました。

翌日、5段重ねのお鮨が、今度は2山届きました・・・

その数日後、赤ちゃんの状態が急変し、緊急帝王切開になりましたが、
とも子さんは、元気な女の子をお産されました。
おそろいのキティちゃんグッズを身に着けた、とも子さんとお嬢ちゃんの笑顔の年賀状は、
今年で10数枚になります。

つい先日、トークライブで聴いた言葉です。
「義理・人情というと、マイナスのイメージで捉われがちです。
 でも本来は“義理がたい”、“人情に厚い”と、いい意味で使われていたはずです。
 義理・人情は、日本的な良さを含んでいますので、
 これを粗末にすると、社会がすさんで行くのではないでしょうか」。
 

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2007.02.03 21:07 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 6

妊婦さんと煙草

患者さんにアドバイスをする時は、なるべく具体的なお話をするよう心がけています。

例えば、妊娠中の体重増加がオーバーペースになる妊婦さんには、

「体重を増やさないように、気をつけて下さい」と言うのではなく、

「次の健診までに、1.5kg増までに抑えて下さい。次の健診は4週間後ですから、

1週間に500g増えたら増えすぎですよ。そう思いながら、毎日体重計にのって下さいね」

という具合に。

内容的に優れたアドバイスであることよりは、

患者さんの心に響くような言い方をすることの方が、よい医療につながると思うのです。

 

しかし、未だに妙案が浮かばないのが、妊婦さんと煙草。

決して新しいことでもなければ、稀な話でもないこの局面で、

どうしたらいいのか、考えあぐねているのです。

 

 

妊婦さんの煙草への暴露が問題になるケースは、3通りあります。

1 ご家族(たいていの場合はご主人)が喫煙者

2 煙草の害を知っていながら、禁煙しようとしない妊婦さん

3 禁煙しなくては、と思いながら、止められない妊婦さん

 

 

1 ご家族が喫煙者

この場合は、一切手加減しません(笑)。

得てして妊婦さんご自身は、「頼むから自分のそばで煙草を吸わないでほしい」と思っていらっしゃいます。

ですので、特に喫煙者本人が一緒に受診に来ている場合は、容赦ない言葉を浴びせます。

「煙草は、全ての能力が低下します」

「まあ、妊婦さんのそばで煙草を吸うということは、赤ちゃんの顔にフーッと煙草の煙を吹きかけるのと、

おんなじですからねぇ」

「赤ちゃんに何かあった場合に、一生責任を感じることになりませんか」

という具合です。

 

 

2 禁煙しようとしない妊婦さん

赤ちゃんに対する煙草の害を知らないわけではないけれど、それでも煙草を止めない人がいます。

彼女たちの思考回路は、こんなところです。

「ちょっとくらいならいいんじゃない」

「吸わないと却ってストレスになって、赤ちゃんに悪いし」

「いろいろ書いてあるけど、私は大丈夫よ」

こういう妊婦さんたちに対しては、危機感を促すような話をします。

「赤ちゃんのいるお腹の環境を、お母さんが守ってあげなくて、誰が守ってあげられるんですか」

「赤ちゃんの細胞が酸欠になりますから、細胞が育たなくなります。赤ちゃんの頭の細胞が育たなかったら、

大変でしょう?」

あるいは、低出生体重児の写真を見せて、視覚に訴えることもあります。

 

 

3 いけないと思いながら、禁煙できない妊婦さん

このグループの妊婦さんたちは、大抵の場合、思いつめた表情で、煙草を止められずにいることを告白します。

「先生、実は私、煙草がやめられなくて・・・。赤ちゃんに、影響しますよね」

 

この場合、産婦人科医は、何と言ってあげられるでしょう?

 

まずは、思い切って相談してくれたことをねぎらいます。

そして、1日何本吸うのかお聞きして、こちらも真剣に捉えているのだという姿勢を見せます。

危機感を促して、絶対に止めるようにと言ったところで、

妊婦さんを心理的に追いつめるだけです。

「まず目標は、絶対に今の本数を増やさないことです。

 これだけは守って。

 そして、今日よりは明日、明日より明後日、という調子で

 1本1本減らして行くことを目指しましょう。」

と、こんなことしか言えずにいるのですが・・・

 

 

妊婦さんと煙草。

患者さんの心に響くアドバイス。

未だに模索中の課題です。

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